第70話 任せてくれ。そういうのは得意だ

 セドリック達が宿泊した翌日……朝早くに帰っていった二人を見送り、ランディとリズはいつも通り学園へと登園していた。臨時休校もどうやら昨日一日だけだったようで、今日は普段と変わらぬ登園の様子が見られている。


 とは言え学園内の雰囲気はいつも通りとは言い難い。


 やれ生徒会がやった、だの。

 やれ聖女が仕事した、だの。


 皆が口々に、昨日の休校の原因となった七不思議の一つについて口々に噂をしているのだ。


 そんな中、皆に引っ張りだこなのが唯一のオカルト研究会会員、アナベルである。今もエントランスホール付近で、複数の生徒に囲まれ「七不思議ってどうなの?」「本当に危ないの?」などと質問攻めに合っているのだ。


「あ、あの……七不思議については、今纏めてまして。そのうち発表を――」


 たどたどしく答えるアナベルに「今教えてよ」と周囲の熱気は増すばかりだ。無理もないだろう。今まで子供だまし的なものだと思われていた七不思議の一つが、実際にエレメント事件として休校まで引き起こしたのだ。


 他の生徒に興味を示すな、と言うほうが間違っている。


 だが、そんな行動を受け入れるのはまた別の話だが……


「おはようございます、アナベル嬢」


 ……完全によそ行きの貴族スマイルで話しかけたランディに、アナベルが一瞬固まった。なんせ最近は打ち解けたせいで、丁寧な口調で話しかけられることなど無かったのだ。


 だがアナベル以上に固まったのが、彼女を取り囲む生徒たちだ。


 現れたランディという異物。そして後ろに控えるリズという大物。周囲に群がる生徒たちも、この二人を前にそそくさとその場を後にした。


 生徒たちが消えたことで、ようやく状況が飲み込めたのだろうか、「ハッ」と声が出そうなほど表情に現れたアナベルが、「お、おはようございます」と深々と頭を下げた。


「た、助けていただいて、ありがとうございます」


 再び頭を下げるアナベルに、「気にすんな」とランディが首を振った。


「にしても、人の顔見て逃げるとか……失礼な奴らだな」


 口を尖らせるランディに、アナベルも「は、ははは」とぎこちない笑いを返すしか出来ない。ランディは知らないが、彼の学園での評価は真っ二つに割れる微妙な存在なのだ。


 方や優秀なエリザベスを無理やり従える粗暴な男。

 方やそのエリザベスが従うに足ると判断した優秀な男。


 どちらも正解なようで、どちらも不正解だ。


 そもそもリズを従えてなどいないし、優秀かは不明だがリズはランディとともにある事を自らが望んでいる。そしてどこでバレたかは不明だが、粗暴な男は正解だ。


 そんな謎の男が現れては、生徒たちも絡まれないようにと、距離をおきたくなるのも無理はない。


 それに加えリズも、学園中で話題の人物である。


 ランディと違い、ほぼ全校生徒から「優秀すぎる人物」として認識されている。あの婚約破棄騒動を乗り越え、復学し、そんなショッキングな事件があっても王太子や聖女相手に完勝する満点のテスト。


 それを証明するように、様々な分野の教師がリズの知識に舌を巻き、リズを認めていると言う情報もある。


 更に【氷の美姫】とまで呼ばれたリズの見せる、可憐な笑顔だ。多くの学生を密かに虜にする笑顔は、もう【氷の】等と呼ばれる事はない。


 リズ本人は知らないが、学園中の生徒は尊敬と憧れの念でリズを見ている。ランディの言った通り、彼女は既にこの学園中をその実力で黙らせているわけだ。


 とにかくそんな真逆の意味で有名人二人が現れては、生徒たちもその道を開けるしかない。


 賑やかだった事が嘘のように、静まり返ったエントランスホール前で、ランディ達は顔を見合わせた。


「アナベル嬢、ちょいと相談なんだが……」


 小さいアナベルに視線を合わせるようにランディが腰を曲げた。端から見たら、小柄なアナベルにランディが絡んでいるようにしか見えない。


「……最後の不思議を解明したい」

「ね、願ってもないです。私も皆さんに頼もうと思ってましたし」


 頷いたアナベルと、放課後にいつものようにオカルト研究会で会うことを約束し、ランディとリズはひとまず浮ついた雰囲気の中、授業に専念するため教室へと向かうのであった。




 ☆☆☆





「あ、あらためまして、朝はありがとうました」


 オカルト研究会で頭を下げるアナベルに、「いやいや」とランディが首を振った。


 授業も終わり、いつものようにオカルト研究会に集まったのは、これまたここ最近のいつものメンバーだ。


「あれくらい、どうってことねーよ。それよりこっちこそ、ありがとうな」


 頭を下げ返したランディに、アナベルが慌てるのだが、ランディからしたらアナベルには無理を言って報告書の提出を待ってもらっている身だ。ランディの頭一つで待ってもらえるなら、安いものである。


「ひとまず報告書の提出だが、数日中には出してもらってOKだと思う」


 その言葉にアナベルが黙って頷いた。いざ提出できるとなったら、それが与える影響の大きさを実感しているのかもしれない。事実、何度か口を開きかけたアナベルが「ほ、本当に良いんですよね?」と探るような視線でランディ達を見比べるのだ。


 アナベルの視線に、リズ、コリー、そしてセシリアとルークの視線がランディへと注がれた。セシリア達には、今日の午後に情報の公開などの話は通している。話してはいるが、詳細までは話していない。


 つまり、この場でアナベルの質問に答えられるのは、ランディだけという事になる。


 全員の視線を受けたランディが、「逆に聞きたい」とアナベルをまっすぐに見た。


「アナベル嬢こそ、本当に良いのか? 最悪教会を壊しかねない案件だぞ?」


 真面目なランディの顔に、アナベルが一瞬だけたじろぐ……が、それでも力強く頷いた。


「か、構いません。お父様やお母様とも相談しました。今のまま、女神様の意思を捻じ曲げて、人々を騙すような事はいけません……それに――」


 言い淀むアナベルを、コリーが支えるように傍によって、引き継ぐように口を開いた。


「それに……今の教皇様が、教会を利用して私腹を肥やしているのは事実ですから」


 アナベルの横で真っ直ぐな瞳をするコリーは、恐らく二人で色々と話し合ったのだろう。何が何でもアナベルを守るというコリーの気概が見て取れる。


 その気概に何かを言うのは無粋というものだろう、とランディは一言「分かった」と頷くだけだ。


「そんじゃーまあ……日程は先だが、報告書提出の方針も固まったことだし――」


 話題を変える為に、大きく手を打ち鳴らしたランディが、全員を見渡してニヤリと笑った。


「七番目の謎、【新月の塔】に行こうぜ」


 笑顔を見せるランディだが、リズも含めた全員が「行くって……」と微妙な反応を見せている。


「アナベル様、そもそも【新月の塔】に関する情報はどうなってますの?」


 首を傾げるセシリアに、「は、はい」とアナベルがノートを開いて、【新月の塔】について説明を始めた。



 七.新月の塔


 新月の夜にだけ現れると言われる塔。その行き方は様々に伝わっているが、最も有名なものは、陰月の鏡と呼ばれる鏡を使った方法だ。


 陰月の鏡は、特殊な鏡で月の影を映す事が出来る。つまり新月の時に満月の影を映すことが出来ると言われている。


 その陰月の鏡を使い満月の影を運動場に投影する事で、新月の塔を出現させる事が出来るらしい。


 ただ塔の存在や目撃情報は多いが、誰もたどり着けた者はいないという。一説には、塔に入るためには正装が必要という情報もある。新月を表す真っ黒なローブで全身を頭から隠すことで、新月の闇に認められ、塔へ入れるという噂もある。


 とにかく嘘か真か、塔へとたどり着けた者には、古代の叡智が授けられるのだとか。






「何の塔なのか、どんな秘密があるかも分かってないんですのね」


 呟くセシリアの言う通り、今までの謎と比べると、かなりザックリとした内容だ。噂と言うには、方法も確立されているように見えるが、誰もたどり着いた者はいない。


「確かに気になる内容だが、こんな時にわざわざ行く必要があるのか?」


 眉を寄せるルークに、ランディが「ある」と言い切ってリズを振り返った。


「リズ、エリーはなんて言ってる?」

「説明してやらんでもない、と」


 苦笑いのリズに、ランディが「出番だぞ、大魔法使い様」と軽いノリでエリーを呼びつけた。


「……貴様には尊敬の念というものがじゃな――」

「はいはい。尊敬してますよ。今度甘味奢るから、説明してくれ」


 ランディの発言にエリーの肩がピクリと動いた。


「……二箱じゃ」

「は?」

「シュガースター・パフ※のシュークリーム、二箱じゃぞ!」


 真剣なエリーの表情に、誰も彼もが同じことを考えているだろう「古代の叡智、結構安いな」と。だがもちろん誰も口にはしない。ただランディだけが……


「リズと相談しろよ。甘いもんばっか食ってると、怒られるからな」


 ……ジト目で古代の叡智に説教をするくらいだ。


「ぐぅ……日を分けて、一つずつ食べよう」

「OK、女王様」


 話がまとまった所で、「ン、んん――」とエリーが咳払いをして空気を引き戻した。


「さて、貴様らが【新月の塔】と呼ぶあれじゃが、本当の名は【時の塔】。その名の通り、時渡りの魔法を研究していた研究機関じゃ」


 そう切り出したエリーが説明するのは、はるか昔、今よりも魔法理論が進んでいた古代文明の頃の遺産の話だ。


 当時、時を渡る魔法の研究が盛んに行われており、未来や過去へ渡る研究が盛んに行われていたという。その魔法を研究する場所が、【新月の塔】ならぬ【時の塔】というわけだ。


 この時渡りの研究こそが、ランディにとってはかなり食指を動かされる内容であった。


 時を渡るという事ももちろんだが、塔の研究結果の中には、物を劣化させる……時を進める魔法もあるという。つまり、写真の経年劣化のテストが出来るという訳だ。


 完璧なフィルム作成には、持って来いの場所と言うわけである。


「ところで、何で新月に現れるんだよ」

「【時の塔】はその研究の特異性から、次元の間に隠されておった。じゃが、そもそも人が作り出す次元魔法が完璧な事などない」


 大きくため息をついたエリーが、「それこそ神の御業じゃ」と面白くなさそうな顔をした。


「足らぬ力は、大いなる存在から借り受ければ良い」

「つまり、月から借りたってことか」

「左様」


 頷くエリーに、全員が新月だけに現れることの意味を理解した。月の力を利用して隠しているのなら、その力が弱まる新月に次元魔法が薄れて姿を見せる事があってもおかしくはないだろう。


「なら、陰月の鏡は?」

「それはデマじゃ」


 言い切ったエリーに、「え、ええ?!」と一際大きな声を上げるのはアナベルだ。なんせもっともらしく書いてある重要アイテムがデマなのだ。驚くのも無理はない。


「陰月の鏡は、隠されたものを映し出す。影を映し出す鏡。ただ姿を見せるだけで、次元の間にたどり着く事など出来ん」


 首を振ったエリーに「なるほど」とコリーが頷いた。


「今まで誰もたどり着けなかったのは――」

「姿を見せるだけしか、方法が無かったからじゃ」


 今まで誰も解けなかった謎、その理由が明らかになり全員がすごいぞと少し興奮気味の中……


「で、でもそれだと私達もたどり着けないのでは?」


 ……恐る恐る手を上げるのはアナベルだ。確かにアナベルの言う通り、次元の間に隠されているのなら、たとえ魔法が弱まって姿を見ることが出来たとしても、それに触れる事は出来ないはずである。


「心配するでない」


 そんな常識を笑い飛ばしたエリーが見つめるのは……


「妾達には、次元の壁を無理やりこじ開ける馬鹿がおるじゃろ」

「任せろ。ワンパンだ」


 ……悪い笑顔で拳を握りしめる、ランディの姿があった。





 ※シュガースター・パフ:王都で人気の高級スイーツ店。貴族も足繁く通うような名店だが、その値段と噂に納得できるだけの味。

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