第68話 コ◯ンで、「後編!」って言われても前の話を覚えてない。

「全世界に発信すんだよ。『ゴーストの正体は、想像でしたー』ってな」


 鼻で笑ったランディに、エリーだけでなく全員が呆れたような顔を見せている……セドリック以外の。なんせ、つい今しがた危険な情報だと言われたばかりだというのに、それを全世界に発信するというのだ。


 呆れるな、という方が無理があるだろう。


「ランディ……阿呆、阿呆と思っておったが――」

「すみません、エレオノーラ様。発言を遮りますが……かなり有用かもしれません」


 割って入ったセドリックに、エリーが分かりやすく不快感を示すが、言葉にすることはない。恐らく中でリズが止めているのだろうか。とにかくエリーが黙ったことで、セドリックは発言権を得て、更に続ける。


「一部の人間しか知らないから、悪事に利用される。それが誰でも知っている情報なら、悪事に利用する事は難しいのでは?」


 セドリックが言っているのは、誰かが悪い噂を振りまいた所で、それがゴーストやレイスを生み出す目的だとバレてしまえば、意味がなくなるというものだ。


 仮に生み出せたとしても、そもそも発生場所が割れている怪異など、いくらでも対処のしようがある。それこそ生まれたてはまだゴーストだからだ。


 つまり全世界に知らしめることで、情報の価値を下げて利用しづらくする、という訳だ。感光紙の素材としても、瘴気に染まった魔素があれば十分なので、特に問題はない。


 加えて虚無の住人ヴォイドウォーカー不死者の王ノスフェラトゥの出現には、エリーでさえ特殊と言わしめる条件が必要だ。ゴーストやレイスの最上位だと思われている存在の出現方法を隠す一手にも使えるかもしれない。


 だがそんなセドリックの説明に、やはり眉を寄せるのはエリーだ。


「貴様らの言い分は分かるが、そもそもどうやって世界中にバラ撒く? どうやって世界に信じさせる?」


 鼻を鳴らすエリーに賛同するのは、ミランダだ。二人が言うように、いくら大陸有数の大都市と言えど、王都での発信を世界に広めて信じさせるには、あまりにも非現実的なのだ。


 だが彼女たちの反論に、セドリックが自信有りげにランディへと視線を向けた。そんなセドリックに「どうぞ」とばかりにランディが肩をすくめて、先を促す。どうやらセドリックはもうランディの真意に気づいているようなのだ。


「確かに二人の言う通り、全世界、そして全人類に広めるにはかなりの労力がいります……だが、だからこその、カメラと『教会が潰せる』発言なのだろう?」


 もう一度視線を向けてくるセドリックに、ランディは黙ったまま頷いた。


 写真の持つインパクトと、教会という大陸に根ざした巨大な組織。加えて異大陸にも販路を持つ侯爵家。それらを利用すれば、そしてそれらを扱うのが、この天才であれば、正しい情報を広める事は不可能ではない、とランディは考えている。


 テーブルに置かれたカメラを、セドリックが手にした。


「写真、教会、ゴースト……もしかして、狙ったわけじゃないよね?」

「まさか。全部偶然ですよ。だから困ってるんでしょう」


 苦笑いのランディだが、セドリックが信じられないという具合にジト目を向けた。


「一つ聞きたい……君は悪魔の生まれ変わり、とかではないよね?」

「失礼な」


 顔をしかめるランディだが、正直これだけの情報でランディの意図に気づくセドリックの方が恐ろしい。なんせ、情報化社会で生き抜いてきたランディに対して、そのアドバンテージを一足飛びで超えてくる優秀さだ。


 恐らく放っておいても思いついただろうし、何よりセドリックならランディより確実に上手くやるだろう確信がある。


 事実エリーやミランダに語っているのは、ランディが描いていた絵と寸分違わないのだ。それどころか……


「ああ。冒険者ギルドも巻き込もうか」


 ……こうしてブラッシュアップして、より確実にしてくるくらいだ。


(どっちが悪魔の生まれ変わりだよ)


 口には出さないが、セドリックという男の真価を、ランディはヒシヒシと感じている。


 情報の出し方、見せ方、渡す相手、そのタイミング。どれをとっても、高度な情報社会を生き抜いてきたランディですら舌を巻く出来栄えだ。


 無論それが、蓋を開けるまではどう転ぶか分からない、という事を理解した上で、だが。


 全てが完璧に行く作戦などない。


 それでも、今もエリーやミランダからの反撃に対して、セドリックは二の矢、三の矢を即座に打ち返すだけの柔軟性を見せている。


 ようやく終わったセドリックの作戦説明に、ミランダが納得したように頷き、エリーですら「まあやる価値はあるの」と渋々頷いていた。


「どちらが悪魔の生まれ変わりですか」

「おや? 発案は君だろう?」


 悪い顔で笑う二人に、エリーとミランダは呆れ顔である。


 王国と教会を巻き込み、彼らの嘘を住人への啓蒙の一助とし、そして最終的に全ての事実を明かす。全てが上手くハマれば、教会の上層部へダメージを与え、王国と教会の蜜月な関係を終わらせるかもしれない。


「……まさか、情報を広める事で、その価値を下げるとはの」


 ため息をつくエリーからしたら、情報を秘匿し続けた事が間違いだったと思っているのだろう。


「もちろん隠すべき情報ってのもあるだろうが――」


 ランディが言っているのは、本当に危険な情報だ。虚無の住人ヴォイドウォーカー不死者の王ノスフェラトゥはその類だろう。


「――それでも正しいことを知ってる人間が多ければ、未然に防げる事故も多いからな」


 ゴーストを生み出すのが恐怖などの想像、と知っていれば対処のしようがあるという物だ。


「……にしても、広め方にが見えるが?」


 ジト目のエリーに、ランディとセドリックが肩をすくめて笑ってみせた。


「まあ、向こうが言ってますし。己の道理に裁かれてもらおうかな、と思いまして」


 笑顔のセドリックに、「食えん男じゃな」とエリーも呆れ顔だ。なんせ初手は情報を隠したまま進むのだから。


「そうだ。報告書の提出は併せたほうが良いですか?」

「そうだね。出来れば数日は待ってくれ。色々と準備がいる……ただ――」


 言葉を切ったセドリックが、情報を上げる事でアナベルに降りかかるだろう危険を心配そうに語る。


「そちらは、魔法理論の教官を伝手に使おうかと……」

「ああ、エルフのリーヤ教官だね。なるほど。エルフなら女神信仰はあれど教徒ではないし、教会も手が出せまい」


 良い案だと笑うセドリックに、ランディが「一番は彼女を巻き込まない、ですから」と笑顔を返した。


「巻き込まない……だが、結果的に彼女は英雄になる可能性があるんだけど?」

「そこはまあ……彼女には話してますが――」


 アナベルに確認を取った所、「そんな事にはならないですよ」と驚いていたので、どこまで信じているか微妙だが。


「とりあえず、作戦の一歩目として……ぜひこのカメラを使いたいのだけど?」

「もちろんです」


 頷いたランディがセドリックに準備していたフィルムを手渡した。


「あと、出来ればこのカメラを複数準備してもらうことって出来るかな?」


 笑顔を見せるセドリックに、「いい、ですが……」とランディが怪訝な表情で首を傾げた。初めてランディがセドリックの考えにたどり着いていない。


「なに……巻き込むならと思って」


 悪い顔で笑うセドリックの説明に、「やはり天才だ」とランディが納得して試作機とフィルムの増産を約束した。


「さて、あとは任せてくれ。こういった裏工作は我々の方が得意だからね」


 手を差し出したセドリックに


「お任せします。援護が必要な時は、いつでもお呼び下さい」


 ランディが手を握り返した。援護はすると言うが、ランディは必要ないだろうと思っている。セドリックが動く以上、ランディのような目立つ男は逆に使いにくいだろう。


 それでももし荒事が必要になるなら……その時はランディやハリスンの出番だろう。


 ゴーストという存在。

 カメラ。

 教会。

 王国。


 それらが上手く噛み合う作戦が、完成した頃には完全に陽も沈み夕食には少し遅いくらいの時間になっていた。


「さて、そろそろお暇――」

「何を言う。泊まっていけばよかろう」


 思わぬ爆弾発言に、「いや、一応家主は俺……」とランディが抗議するが、エリーは取り合わない。


「積もる話もあるじゃろう。妾はしばらく控える故、好きに過ごすといい」


 そう言って早々に退散したエリーに、「お前……」とランディの恨み節は届かない。逆にエリーの言葉に嬉しそうなのがセドリックだ。


 瞳を輝かせ、ミランダを見るセドリックに、「はぁ」とミランダがため息を返した。


「ここに来る時点で覚悟していましたし、問題ありません」


 その言葉に、セドリックが飛び上がりそうに喜んだのは言うまでもない。


 嬉しそうなセドリックに、ランディは作戦の詳細を詰めればいいか、と諦めて受け入れることにした。どれだけ議論を重ねたとしても、間違いなく綻びは生まれるものだ。


 相手の動き方。

 住民の反応。

 こちらが動くタイミング。


 どれをとっても、人がやる以上想像通りになることはない。ランディとしてはあまり綿密な作戦は好きではないが、予想されるイレギュラーくらいは想定しておくべきだろう。


 世界を揺るがす一手は、まだ少し先の話だ。だが、その一手につながるだろう作戦会議は、何の変哲もない夜に、たった数人で行われた事を誰も知らない。

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