第67話 コ◯ンとかでも「前編!」って言われると少しがっかりする

「ゴーストの正体か……出来たら聞きたくない言葉だね」


 苦笑いのセドリックに、ランディも「でしょうね」と苦笑いを返した。元々あの議論の後、何の考えもなしに、アナベル経由で教官、そして国の研究機関に報告予定だったのだが……


 ――そういや、ゴーストって普通はどんな扱い?


 とランディが全員に聞いた事で、全員が我に返ったのだ。これを報告するのはまずくないか、と。なんせ、ゴーストやレイスの存在は教会が発表している定義が一般に浸透しているからだ。


 その定義とは……ゴーストは女神を信じない不信者の魂。或いはゴーストは生きている時に悪事を働き、女神に天界から追放された魂。


 完全に布教のために利用しまくっているのだが、それが一般的に信じられている上、二番目の定義については、人々を善行へと向かわせる方便としては有効とも言えるのだ。


 それに加え、リズが放った言葉も致命的であった。


 ――この定義が本当であれば、悪しき人間によってゴーストが生産されませんか?


 その可能性はゼロではない。それを考えると、おいそれと公表できる話題ではない、と全員が今のところ口を噤んだままである。


「君たちでは扱いきれない話……なるほど。それを僕に持ってきた理由を聞かせて貰えるかい?」

「一つは、このカメラを……正確には写真を作るのに、重要な素材として利用する必要があるからです」

「ゴーストをかい?」


 苦笑いのセドリックに、ランディが黙って頷いた。このぶっ飛んだ発言には、流石のセドリックも天井を仰ぐ始末だ。今の世界の人間であれば、ゴーストを素材に利用しようなどと、まず思いつかない。


 それは教会に弓引く行為であり、何より魂への冒涜だ。その情報だけでも、セドリックは先程見た写真がかなりの爆弾だと実感している。


「ちなみに、ゴーストでなくても代用できます……というか、ゴーストの素を――」

「ストップだ。その先は、かなりマズい情報だろう」


 片手で顔を覆うセドリックに、ランディが「まあ、そうですね」と肩をすくめて笑ってみせた。


「……まずは理由を聞こうか」


 既にやつれているように見えるセドリックだが、その先に爆弾が待っているとは思ってもいないようだ。


「いや、教会をぶっ潰せるかなって」


 悪びれる様子もなく言い切ったランディに、まさかのミランダが「ブーッ」と口に含んでいたコーヒーを吹き出していた。


「ゴホッ、ゴホッ……ランドルフ様、流石にストレート過ぎませんか?」

「嫌だなぁ……比喩ですよ比喩」


 笑顔を返すランディだが、ジト目のセドリックやミランダは信じていない。事実ランディは本当に使いようによっちゃ、ぶっ潰せると思っているのだ。


「まあ潰す……と言うか、腐った上の連中くらいは一掃出来るんじゃないかな、と思ってます」


 静かに笑うランディに、リズが「悪い顔してますよ」とため息を返した。


「……なるほど。確かに今の教会上層部は腐っているな。だが、君なら方法くらい思いつくだろう?」


 セドリックが見せたのは、初めてだろう【貴公子】としての表情だ。ランディを値踏みするような、それでいて警戒するような。つまり初めてランディの目的に、セドリックがたどり着いていないとも言える。


「思いつきはしますが……私よりセドリック様の方が上手そうですので」


 笑顔で応えるランディに、セドリックは相変わらず探るような視線を変えることはない。


「それに――」


 冷めてしまったコーヒーを飲み干したランディが、セドリックを真っ直ぐ見据える。


「――王国側はそのうち、この情報を得る事になりますから」


 王国側に、ゴーストの正体を話すというランディを、セドリックが無言のまま見つめる事しばらく……「道理だね」と大きくため息をついた。


「大司教の娘、アナベル・リドリー嬢かい」

「ええ」


 頷いたランディに、「確かに彼女は、我々の事情と関係ないからね」とセドリックがソファに大きく凭れて天井を仰いだ。


 アナベルは仲が良い友人ではあるが、王国と侯爵家とのには全く関係ない。侯爵家の敵になりそうだから、王国への報告は止めてくれ。などと頼む事自体が間違いである。


 今は教会への刺激を考え、発表を待ってくれと止めてあるが、彼女もランディ達と一緒に謎を解明した当事者なのだ。その謎をちゃんとした研究機関に提出する権利はある。


 特に腐りきった教会の上層部とは違い、純粋なアナベルは〝間違った情報〟で信者を得る今の状況が許せないと憤っていた。今はまだことの大きさに、彼女自身も尻込みしてはいるが、そのうちこの成果をもって、教会上層部へ殴り込みにいきそうな気もしている。


 そんな事をさせるくらいなら、ランディはアナベルに成果を国に提出させた方がいいと思っている。その後の判断は国に任せる。


 その結果、王国側が情報を得るとしても、である。


 それでもランディが見せる自信に満ちた表情に、「なるほど……」とセドリックがもう一度ため息をついた。


「君は、王国側に情報が回る事まで想定して、僕が情報を上手く使える……そう思っていると」

「王国側……というか。まあ――」


 若干歯切れの悪いランディだが、その先に続く言葉は今は言えないと口を噤んで、質問にだけ応える。


「セドリック様なら、上手く使うと思うどころか、確信してますよ。やってくれるって」


 肩をすくめたランディに、「君にそこまで言われるとな」とセドリックが諦めたように、姿勢を前のめりに。……つまり、話を聞かせろという態勢だ。無言だが雄弁に語るその態度に、ランディが「では」と自分たちがたどり着いたゴーストの秘密を語り始めた。




 ゴーストの定義。

 出現の方法。

 瘴気に汚染された魔素の有用性。



 長いようで短いゴーストの秘密が終わり、セドリックとミランダが顔を見合わせ、そしてランディへと視線を戻した。


「なるほど……扱いに困るわけだ」


 苦笑いのセドリックが「教会が怒るな」と大きくため息をついた。


「あくまでも仮説って事なんですが」


 全てを話し終えたランディは、思い出したように付け加えて頭を掻いた。


「確かにそうだったね。けど、違ったら違ったで――」

「正しいぞ」


 不意に会話に割り込んできたのはエリーだ。


「何だよ急に?」


 眉を寄せるランディに「お主らの仮説は、正しいと言っておるのじゃ」盛大なため息をついたエリーが、ソファにふんぞり返った。


「お前、知ってたのかよ?」


 眉を寄せるランディに「当たり前じゃ」とエリーが鼻を鳴らした。


「妾を誰と心得る。古の大魔法使い、エレオノーラ様じゃぞ」


 ニヤリと笑うエリーに、ランディが顔をしかめた。


「知ってたんなら言えよ」

「阿呆。こんな事をホイホイ教えられるワケがなかろう。取り扱い次第では、


 急に真剣な表情になったエリーが、過去に起こった大惨事を語りだした。


 それはかつて、帝国の向こうに存在した小国が滅んだ事件。


 禁書である【不死者の典】にも記されている事件。一夜にして小国が滅んだ原因は不死者の王ノスフェラトゥだと言うのだ。


 不死者の王ノスフェラトゥ。全てのアンデッドを統べる存在。女神の敵対者である、破壊の神の眷属にして常世の世界の王。そんなおとぎ話でしか聞かない存在に、セドリックもミランダも、そしてリタやハリスンまでもが驚きを隠せないでいる。


「エレオノーラ様、発言の許可を頂いても?」

「リズの兄か……構わん」


 偉そうなエリーに、セドリックが感謝を示すように頭を下げた。


「先ほど不死者の王ノスフェラトゥと仰っていましたが、そんなものまで作り出せると言うのですか?」


 驚くセドリックに、「あやつか」とエリーが面倒そうにため息を返した。


「アレとヴォイドウォーカーは、少々特殊でな。特にアレを生み出すには多くの生贄がいる……ここまで言えば、何となくの想像はつくじゃろう」


 面白くなさそうな顔のエリーに、ランディもセドリックも、大体同じことを想像している。恐らく恐怖や想像だけではなく、それに付随する人の魂を媒体にしているのだろう。


 悪意に満ちた行為で、正しく悪鬼召喚とも言える。


 そしてランディとセドリックの想像は正しい。彼の者を現世に顕現させるには、大量の魂が必要だ。瘴気に侵された魔素の濃い場所で、百人単位の人を殺す。その目的を「不死者の王ノスフェラトゥの召喚の禁術」だと告げて。一人一人、順番に殺していくのだ。


 不死者の王ノスフェラトゥへの恐怖。

 理不尽な死。


 それらが、順番に回ってくる事で瞬発的に、そして大きく膨らみ想像を媒体に悪しき存在が魔素により顕現する。それが恐怖の素となった魂をも食らって一気に生まれるのが不死者の王ノスフェラトゥである。


 驚くべきは、この方法すら想像と恐怖の産物なのだ。一番初めに不死者の王ノスフェラトゥを定義した人間が、その存在を呼び出すために必要なモノと儀式と称して記した禁術。


 その禁術への恐怖と想像の大きさが、殺される瞬間の恐怖と混じり合い、通常では考えられない大きさのエネルギーになる。そして恐怖に染まった魂を取り込めば、人の恐怖が生み出した、怪物の出来上がりである。


「胸くそ悪い話だな」

「世界自体が狂っておるからの」


 一転して笑い飛ばすエリーに、「身も蓋もない」とランディが面白くなさそうに顔をしかめた。


「んで、その危険な情報を話すつもりになった理由は?」

「お主らが地力でたどり着いた故な。それに――」

「それに?」


 眉を寄せるランディを、エリーが真っ直ぐに見据える。


「お主らに、この情報を扱う事を思いとどまらせようと思っての」


 ここまで真剣な表情のエリーを、ランディは見たことがない。


「使い方によっては国を滅ぼす情報。妾が生きていた時代でも、一部権力者以外には公開されておらなんだ情報。まさしく深淵じゃ。それを扱うこと……深淵を覗く覚悟はあるのか?」


 殺気すら感じられそうなエリーの表情に、誰かが思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「偶然にもこの情報にたどり着いた。そこまでは褒めよう。じゃが、これを扱うには、人はあまりにも弱く脆い」


 大きく息を吐き出したエリーの瞳は、いつになく冷え切っている。


「分かるか? これは貴様ら程度で扱い切れる情報モノではない」


 放たれた冷たい言葉に、部屋中の気温が一気に下がった。リタなどは、あまりの気配に震えが止まらないほどである。そんな殺伐とした気配を吹き飛ばしたのは、もちろんランディだ。


「何だ。心配してくれてんのか」


 鼻を鳴らすランディに、「貴様、今はふざけてる場合ではないぞ」とエリーが眉を寄せた。


「ふざけてねーよ。大真面目だ」


 エリーを覗き込んだランディが、更に続ける。


「心配なら心配と、ちゃんと言え」

「だ、誰が貴様のことなぞ――」


 顔をしかめるエリーに、ランディが更に顔を寄せる。


「心配はありがてーが、少しは俺を信じろ。リズがその可能性を口走った頃から、それの対処方法くらい考えてるわ」


 ニヤリと笑ったランディに、エリーが「ほう?」と眉を寄せた。


「ならば聞かせてもらおうか。その対処法とやらを」


 ランディに詰め寄るエリーだが、ランディも負けじとさらに顔を寄せる。


「全世界に発信すんだよ。『ゴーストの正体は、想像でしたー』ってな」




※後編は1時間後くらいです。

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