第66話 見せてやろう。これがここ最近色々していた成果だ

 日も落ちようかという頃、ミランダを伴ったセドリックが現れた。馬車から颯爽と飛び降り、ミランダの手を優雅に取るセドリックは、夕陽に映えるいい男なのだろう。


「やあ、久しぶりだね」


 のっけからリズに抱きつかなければ……だが。


「お、お兄様。私はもう立派な淑女ですから、そういった愛情表現は――」

「おや? 僕の中ではリザはまだまだ子供なんだけどな」


 残念そうにリズを離したセドリックに、ランディは乾いた笑いを見せていた。


「ランドルフ君も、久しぶり」


 完璧な笑顔にランディも「ご無沙汰しております」とようやく表情を整えてセドリックを迎え入れた。


「急な訪問で申し訳ないね」

「いえ、今日は臨時休校でしたから」


 笑顔のままのランディに「へぇ」とセドリックが白々しく返すが、その目は知っていただろう男のそれだ。


(街中に放ってる影の情報ってところか)


 王都で活動することの多いセドリックは、情報収集にも余念がない。街には情報屋や闇ギルドもある――とランディは聞いている――が、セドリックが頼りにしているのは完全に侯爵家につながる人間だけだ。


 どこから情報が漏れるか分からない以上、信頼のおける人間以外は傍におかない。


 徹底した情報管理と統制。それがセドリックの、いや侯爵家の強みでもあるだろう。


「休校か……なら、今日は一日オフだったのかい?」

「はい。今日は少々玩具の制作をしていまして……」

「玩具?」


 セドリックが首を傾げるのも無理はない。こちらの動向はある程度把握しているはずだ。例えばヴァリオンを狩りに、エルデンベルグまで向かったことなど。


 わざわざ王都の外、別の都市まで赴いて作成したのが〝玩具〟では、セドリックには少々引っかかるのだろう。


「まあ、立ち話はなんですし、ぜひ中へ――」


 ランディに促されるまま、セドリックとミランダが家の戸をくぐった。





 中に入った四人を迎え入れたのは、準備万端のリタとハリスン――ハリスンは別に何もしないのだが――の二人だ。


「リタ、久しぶりだね」

「セドリック様、ご無沙汰しております」


 元侯爵家の使用人なだけあって、リタとセドリックは面識がある。今もセドリックが自らリタに、リズについていてくれたことへの感謝を述べている。ヴィクトール領で感化された侯爵夫妻の影響か、それとも感謝の気持がセドリックの中でそれだけ大きかったのか。


 とにかくリタですら反応が遅れるほど、セドリックは自然に彼女に頭を下げていた。


 慌てふためくリタと頭を下げるセドリック。何とも懐かしい光景であるが、もう一組はもう一組で中々に忙しそうだ。


「おや、隊長さんじゃないっすか。お久しぶりっす」

「ハリスン・ウォーカー卿……」


 ハートフィールドで共闘経験もあるミランダとハリスンは、今も「卿なんて大層なもんじゃないっす」「いえ、貴殿の強さには敬意を示さねば」とこちらもこちらで、頭を下げ合うという良く分からない構図だ。


「ひとまず、お二方……座りましょうか」


 このままでは収拾がつかない、とランディが声をかけたことで、ようやくセドリックが応接用のソファへと腰を下ろし、ミランダがその後ろに控えるように立った。


「ミランダさんもお客様ですし、座っていただいたほうが良いんですが……」

「私は護衛ですから」


 まっすぐ前を向いて固辞するミランダをセドリックが振り返った。


「ご厚意には甘えようか。どうせ内輪の集まりだしね」


 セドリックの言葉に、「……セドリック様が仰るなら」と渋々ミランダが隣に腰を下ろした。




「さて、急な訪問をまず詫びようか。とは言え、あれ以来全然顔を見せてくれないからね。少々寂しくて」


 戯けて笑うセドリックに、「お互い忙しい身ですからね」とランディが笑顔で返した。実際ランディの言う通り、セドリックは美容品関連だけでなく、侯爵家が元々取り扱っている舶来品などの管理などで忙しい。


「妹とに会う時間くらいは作れるさ」


 肩をすくめるセドリックだが、無言で首を振るミランダを見るに、やはり忙しいのだろう。


「まあいい。とりあえず来た目的を果たそう……最近の動向を、と思ってね」


 そう切り出したセドリックが話すのは、美容品関係の売上や商会の状況だ。既にハートフィールドの協力を経て、プラセンタの美容液が試験段階に入っている。


 加えて、美容品もお手頃な商品と高級品とで店舗を分ける事も進んでいる。


「お手頃……まあ所謂庶民向けは、各都市の商会に卸す形で取引をしようと思っててね」

「なるほど。ちなみに王都だと――?」

「君たちが最近仲良くしている子の家、だね」


 微笑むセドリックに「コリーですか」とランディが納得するように頷いた。コリーの家は、代々王都を中心に中規模な商会を運営する商家だ。庶民に幅広く愛される、をモットーとした堅実な商売で、王都では庶民人気の高い商会でもある。


「販売方法については一任してますし、全く問題ないです」


 何度も頷くランディに、「それは良かった」とセドリックが出されたコーヒーに口をつけた。


「……これはまた。父上から伺っていたが、少し変わった味わいだね」

「ドリップ式ですね。中々形に出来なくて」


 苦笑いのランディに「ふぅん……アイデアだけ聞いても?」とセドリックが興味深そうに身を乗り出した。


 そうして単純なドリップ式コーヒーの情報と、それを元にしたティーバッグの可能性をランディが語り、セドリックが「その程度なら」と代わりに形にして売り出してみることを提案する。


 そうして、二人の間で新しい馬車のスプリングのサンプルや、美容液の販売戦略が交わされる事しばらく……コーヒーカップも二杯目が空になりそうな頃……


「それで? 玩具を作っていたと言うけど?」


 これが本題とばかりに、セドリックが嬉しそうに目を細めている。今まで交わされたランディとの会話で、ランディが本当に玩具など作るわけがない、と踏んでいるのだろう。


 ランディが言う玩具は、ランディが楽しめるもの……つまり、セドリックには未知のものである可能性をヒシヒシと感じているのだ。


「まだ試作でして……」


 そうは言うが、自信たっぷりのランディが「ハリスン」と後ろに控えていたハリスンから、小さな木箱を受け取った。


「それは?」

「カメラ……と言いまして」


 立ち上がったランディが、「お二人、もう少しソファの中央によれますか?」とテーブルを挟んだセドリックとミランダに、近づくよう指示を出す。


「こうかい?」

「もう少しです」


 いつもは仲の良い二人が、人に言われるまま距離を近づける……何ともぎこちない動作の二人に、ソファの後ろに回ったランディが、画角を決めるようにファインダーを覗き込んだ。


 一眼タイプの物も作成途中だが、今ランディが使用しているのは〝写ル◯です〟タイプだ。ファインダーが完全に独立し、レンズとは別のタイプである。


 ファインダー越しに見るセドリックとミランダは、かなり訝しげだが百聞は一見にしかず。とランディが「笑って下さい」と二人に声をかけた。


 言われるままに、それでも笑みを浮かべた二人を、ランディは逃さないようにシャッターを切った。


 そのまま裏蓋を開いて、感光紙を確認し、脇に準備していた定着液に浸して乾燥させる。


「よし。良く撮れてるな」


 一応最新式の配合比率と定着液だが、経年劣化のテストはまだまだ出来ていない。つまりどの程度の期間、色が持つか分からないが、今見せるにはインパクトとしては十分だろう。


 笑顔のランディが、微笑む二人の写真を、首を傾げたまま待つ二人へ手渡した。


「こ、これって――」

「我々が――」


 驚く二人を前に、ランディは心の中でガッツポーズを決めている。


「どうでしょうか?」


 ニヤリと笑ったランディに、セドリックが目を見開いたまま「どうもこうも……」と口を開いてピタリと固まった。


(さっすが天才でシスコン)


 セドリックの視線に気付いたリズは、若干不思議そうにランディとセドリックを見比べている。


 大きく息を吸い込むセドリック。それこそ「すー」と音が聞こえそうなほど。そんなセドリックが今度は大きく息を吐き出し、おもむろに立ち上がった。


 部屋の隅へと移動し、「……ランドルフ君。少々ビジネスの話を」と手招きするセドリックに、怪しすぎだぞと言いたい気持ちを抑えて、ランディが立ち上がって傍による。


「……さっきのだが――」

「まだ、試作品ですが」


 悪い顔のランディが、懐からリズの写真を取り出し、一枚一枚捲って見せた。それは今朝から始めた試作で撮り溜めた色々である。


 怪訝そうな表情。

 不満そうな顔。

 照れたような、はにかみ。

 大輪の花が咲いているような笑顔。


 様々なリズを切り取った写真に、セドリックが思わず息を飲んだ。しばし息を止めていたセドリックが、限界がきたのか息を吐き出し、プルプルと震える手を、リズの写真に伸ばし……


「おっと……」


 ……それを躱すようにランディが写真を懐に引っ込めた。


 そんなランディに、セドリックが殺気すら感じられる視線を向ける。


「……いくらだい?」


 何も言わずに金額を聞いてくるあたり、流石金持ちだなとランディは感心してしまう。


「タダでいいですよ」


 ランディの笑顔に、セドリックが盛大に眉を寄せた。


「……何を企んで――」


 そこまで口を開いたセドリックが「ハッ」とした表情でランディに詰め寄った。


「……結婚は許さないよ。まだ早い」

「何の話ですか……そうじゃありませんよ」


 何ともぶっ飛んだ兄貴だと思うランディは気づいていない。「まだ早い」と言わせるくらいには、認められている事に。


「とりあえず、向こうで話しましょう。完全に不審者を見る目で見られてますよ」


 ランディの言葉に振り返ったセドリックが、「や、やあ」とリズに向けて手を振っている。


「では――」

「待って。ブツを……せめて一つ――」

「仕方ありませんね」


 そう言ってランディが裏向きで渡したのは……


「ウォーカー卿!」


 ……ハリスンの写真だ。思わず写真を放り投げたセドリックに、ランディは笑いを堪えながらソファへと戻って行く。


「……若、あっしの扱い酷くねーっすか?」

「男に喜ばれるよりマシだろ」


 肩をすくめたランディだが、リタがちゃんと写真を大事そうに回収するのを見ていた。


 そんなリタとは裏腹に、不満顔で戻ってきたセドリックにリズが「お兄様、どうなさったんです?」と首を傾げている。


「いや、なんでもない……少々ランドルフ君に弄ばれてね」

「誤解を招く言い方をしないで下さい……。相談に乗って頂ければ、ちゃんとお渡ししますよ」


 ため息交じりのランディに、「本当だろうね」とセドリックが鬼気迫る表情を見せた。


「本当です。なんせこれから話すことは、我々には少々荷が重いので――」


 表情を真剣に戻したランディに、セドリックも同じ様に真剣な表情を返した。それはランディの言葉に向き合うという意味であり、これから話される事への覚悟とも言える。


「……ゴーストの正体。それを解明したと言ったら――」

「それはまた……特大の……」


 苦笑いのセドリックを見るに、ランディはアナベルに教官への報告を一旦待つように言った事。彼女が早々にレイスを圧縮して無に返した事。その後は瘴気混じりの魔素で、素材化実験を繰り返していた事は、諸々正解だったと安堵するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る