第65話 臨時休校ってすっごい好き
「キャサリン? ああ。あのワケの分からんやつか」
ランディの手の中では、クラフトで形成されていくカメラの試作機が淡く光っている。コリー達のアドバイスを元に、内部で光を増幅させる機構を取り付けたバージョンだ。
今ランディは、月曜の午前中にもかかわらず、リズと二人でカメラ試作の真っ最中である。月曜の朝だというのに、こうして試作に勤しむ理由は、学園が臨時休校になったからだ。
ランディとしては降って湧いた幸運の休校だが、その原因が、どうも先程口に出した「キャサリン」らしい、とリズが言うものだから、思わず「ワケの分からんやつ」発言が出てしまった。
「わけが分からなくは、ない、です…けど」
苦笑いを見せるリズに、「そうか?」とランディはまたも眉を寄せた。
ランディがそう思ってしまうのも無理はない。ランディからしたら、正直行動原理が分からない謎の存在なのだ。
どうやら学園生活が終わった暁には、聖女としての仕事で各地を回る必要があるらしい。悪しき存在を復活させないために、世界中の瘴気溜まりのような場所で祈りを捧げるのだとか。
何とも抽象的な任務で、人一人の行動を縛るのだな、と思えなくもないがそれがこの世界の道理なのだろう。貴族然り、王族然り、様々な人間が己の出自に縛られ生きている。いわゆるノブレス・オブリージュと思えば、聖女としての生き方が決まっているのも無理はないのかもしれない。
……それに従えるかどうか、はまた別の話ではあるが。
(多分、エリーがその悪しき者なんだろうけど……リズをあそこに追放したのは、やっぱゲーム絡みなんだろうな)
ランディはキャサリンが転生者だと、察している。それはキャサリンの行動理論がランディには謎過ぎるからだ。
リズを追放して、エドガーと懇ろになった。
それくらいなら、馬鹿な女がいたものだ。乙女ゲーの主人公はハッピーエンドか。程度の認識だっただろうが、セシリアの婚約者候補であるダリオとの件で、「あ、こいつ中身がアレだな」となっていた。
なんせ、男を射止めかけているのに、もう一人に近づく必要がないのだ。誰がどう見てもおかしな行動は、ランディに一つの確信を与えていた。
こいつ、乙女ゲーを知ってる転生者だ、と。
転生者ならば、種々の謎な行動にも説明がつく。男を籠絡してみたり、ダンジョンに潜ったり……恐らくゲームのイベントだとか、そんな事を追いかけているのだろう、と。
つまりリズを追放したのも、ゲームの内容に沿った行動なのだろう。
ゲーム本編など知らないランディからしたら、エレオノーラ復活のトリガーなど知らなかったが、キャサリンが転生者だと思えば、色々とつながる事もある。
それでもランディにとって、彼女が〝ワケの分からん存在〟なのは、同じ転生者だとしても根本的に考え方が違うからだ。ランディなら仮に本編を知っていたとしても、そんな選択肢は取らない。
いる場所が分かってるなら、自分でぶっ叩きに行きゃいい。
ランディの思考はそうなのだ。もちろんそれを、キャサリンのような少女に強要するつもりはない。つもりはないが、ただ一つだけ言えることはある。
回りくどく、ゲームを再現してやる必要などどこにもない。
自分という異物が世界に誕生した時点で、それはもうゲームではないのだ。無理に沿う必要性はどこにもない。そうランディは考えている。
だからこそ、キャサリンの行動原理はどこまで行ってもランディには分からないし、その逆もまた然りである。
「で? 不思議聖女と休校に関係があるって?」
「張り紙にあったじゃないですか。休校の理由はエレメントだって――」
話すリズを前に、ランディは「あー。そういや……」とつい先程の事を思い出していた。
――――――
ランディの元にゴースト素材が届き、キャサリン達の真夜中の冒険が終わった金曜日。そしてそれぞれが思い思いの週末を過ごして迎えた月曜日……
「あれ? 休校?」
……ランディとリズは他の生徒たち同様、校門前に張り出されていたお知らせを眺めていた。
『学舎内のエレメント対応のため本日臨時休校』
そうかかれたお知らせを前に、ランディは眉を寄せて閉まった校門から見える学舎へと視線を移した。
(エレメントっつーと、あのエレメント? 学園に?)
首を傾げたランディの隣では、「あ、セシリー」とセシリア達を見つけたリズが馬車から丁度降りてきたセシリアと話し込んでいる。
「何だ? 学校休みだって?」
「みてーだな。疲れてたし丁度いいわ」
ルークの言葉にランディが肩をすくめて答えた。
「それは同意するぜ……大体がお前のせいだけどな」
ジト目のルークに「楽しかったしいいだろ」とランディが鼻を鳴らした。その視線の先には、リズやセシリア、そしていつの間にか合流したアナベルも見える。残念ながらコリーは見えないが、彼も含めてここにいる全員は、週末にヴィクトール領の収穫祭※に参加していたメンバーでもある。
※テンポが悪くなるので幕間に入れる予定です。
皆の仲も深まり、収穫祭自体は楽しかったのだが、そのせいで試作が遅れているという一面もあり……ランディとしてはナイスタイミングな休校だったりする。
「ルーク。今日は帰りますわよ」
どうやら女子会が終わったのだろう。ナイトを呼ぶセシリアに、ルークは「じゃあな」とランディに手を挙げて彼女の元へと帰っていった。
「ランディ、私達も今日は帰りましょうか」
「だな。試作もあるし」
アナベルに別れを告げ、ランディとリズも来た道を戻っていく。降って湧いた臨時休校。その原因は良く分からないが、これ幸いとランディが急ぎ借家へ戻って試作に取り掛かったのが、冒頭の会話である。
―――――――
「んで、その聖女キャサリン嬢が、エレメントと関係がある、と?」
「アナベル様にうかがったのですが、どうやらキャサリン様達も、七不思議の解明に挑んでいるらしいです」
「なんでまた?」
首を傾げたランディが、思わず試作品を落としかけた。慌てて拾うランディに、「さあ?」とリズも苦笑いで首を傾げるだけだ。
「今まで放っておいたのに?」
「はい」
「生徒会の人らよな?」
「……はい」
遂に好き放題やるつもりになったのだろうか、そう思ったランディだが多分違うだろうな、と小さくため息をついた。
(いや、ある意味これがあの聖女の〝やりたい〟事なのかもな……)
妙な部分で納得してしまったランディに、リズが口を開いた。
「とにかく、その解明した六番目の謎への対応で、臨時休校になったらしいですよ」
ため息をついたリズが、作った感光紙をランディへと手渡した。
「まあ良いんじゃね? 探索自体は自己責任だろうし、何よりエレメントだったんだろ?」
出来た四角の箱に、感光紙をセットしたランディがシャッターを切ってみる。
「まあ、校門に書いてあったので、エレメントだと思いますけど……」
訝しげなリズが、フィルムを受け取るとそこには不思議そうなリズの顔が映っていた。以前の試作と違い、変わらないままのそれに、「あ、変わりませんね」とリズがまじまじと写真を見つめている。
「これって――」
「感光液(ヴァリオン体液)を薄めただけのやつですね。ゴーストの方はまだ混ぜてません」
「オッケー」
そう言いながら二人で写真を見つめることしばらく……今のところは問題ないように見える写真だが、日が経てば安物インクのように色が褪せてくる可能性はゼロではない。
「ひとまず様子見ですが、アナベル様に貰った素材を混ぜた液も作ってみます?」
「だな……配合比率を一から見直す必要もあるが……」
頭をかいたランディに、「そう言えば」とリズが思い出したように手を打った。
「エレメントならいい、とは、神聖魔法が有効だからですか?」
首を傾げるリズに、ランディが「え? そうなの?」と逆に首を傾げた。
「エレメントの奴らなら、弱くて問題ねーって意味だったんだが」
「倒したことあるんです?」
「そりゃあるだろ。俺の中では『見つけ次第ぶっ叩け』って決まりだからな」
ため息をついたランディが、顔をしかめて続ける。
「あいつら人の味方みたいなノリしてるけど、魔獣よりタチが悪いぞ」
そんなランディに驚きを隠せないリズは、零れ落ちそうなほど目を見開いた。
「エレメントって、攻撃したら駄目な代名詞では?」
「ああ。よく聞くけど意味分かんねーよな……聖女と同じくらい」
全く噛み合わない二人の会話だが、「あ。液の配合率、メモれる?」「はい」、と試作についてのやり取りだけは、阿吽の呼吸で進む。
「あいつら攻撃すると、めっちゃ反撃してくるだろ? アレ、どう考えても魔獣のそれじゃねーか」
口を尖らせながら新型感光液を紙と併せるランディに、リズが片手で顔を覆っている。脳内ではエリーの呆れ声が響いているのだろう。攻撃しなければいいではないか、と。
「それ、怒られませんでした?」
「んー?」
眉を寄せるランディが、新たな感光紙を試作品へと取り付けた。
「最初は、な――」
もう一度リズに向けてシャッターを切ったランディが、感光紙を取り出し……
「チッ、映らねーか」
「それぞれの比率を変えましょう」
「思い切り真逆に振ってみるか」
……頷きあった二人が、再び感光液の配合を調整し始める。
「最初は怒られた、って……それ以降は?」
「ん? その後? 全然。『もう好きにしろ』って」
笑顔のランディが、出来た感光紙をまたセットして、リズに向けてシャッターを切った。
「……どうです?」
「駄目だ」
大きくため息をついたランディが、「何が駄目なんだろうな」と呟きながら、元の配合比率と今終わった二回の配合比率を見比べる。
「分母が小さすぎて、比較が出来ねーな」
「思ったんですけど、透明なまま定着してる可能性は?」
「……一理ある」
思いたったランディが、試作機を弄りだした。
「なに、してるんです?」
「いや……光が当たると同時に、定着液を噴霧化して吹き付けられないか…と」
「なるほど。それならまず液だけにつけて、定着を見てはどうです?」
「採用しよう」
ランディとリズが、二人でゴースト素材のみの液体化作業を開始する。
「……好きにした結果、『エレメントは見つけ次第ぶっ叩け』ですか?」
「まあな。あいつら、勝手に人を攫うようなド屑だからな。領民のため――」
「嘘っすよ」
ランディの言葉を遮ったのは、扉から顔を覗かせたハリスンだ。
「嘘?」
「ハリスンてめ――」
「エレメントを狩りまくってたのは本当っす。ただ――」
ニヤリと笑ったハリスンが、「領民のためとかは嘘っす」と続けた。
「おいおいおい。俺は領民を守るノブレス・オブリージュをだな……」
「嘘っすよ! だってあっしらにも『おい、エレメントぶっ殺してみろ。あいつらの反撃は良い新兵訓練になるぞ』って勧めてきたじゃないっすか」
ジト目のハリスンに「くっ」とランディが言葉を詰まらせた。実際ハリスンの言うことは一部事実ではあるのだ。とは言えそれを全て認めるわけにはいかない。
それを認めるということは、ジト目で自分を見てくるリズに「真実だ」と言ってしまうようなものなのだ
「ば、馬鹿か。それはお前らが強くなれば、領民を守れるというだな――」
「だとしても、エレメントじゃなくて良いじゃないっすか」
「あのな。あいつら人攫いみたいなもんだぞ? アレは女神の使いじゃなくて、悪の手先だ」
口を尖らせたランディに、リズが「定着液、出来ました」とバケットを手渡し……それを受け取ったランディが、またもやリズに向けてシャッターを切った。
取り出した写真を、ランディが素早くゴースト製定着液に浸し……
「どうです?」
「うん、可愛く撮れてる」
笑顔で写真を見せるランディに、リズが「か、可愛いかどうかは……」と頬を赤らめた。
「はいはい。ごちそうさまっす」
顔をしかめたハリスンが、「若――」と本来の目的を思い出したように口を開いた。
「ミランダさんの使いか?」
「そうっす」
頷くハリスンは驚いた様子も見せない。ランディならば、訪ねてきていた使者の気配くらい察知していると知っているのだ。
「用件は?」
試作機に噴霧器を取り付けられないか、色々と弄るランディに、「訪問っす」とハリスンが苦い顔で答えてみせた。
「はあ? 訪問?」
「そうっす。今夜、セドリック様とミランダ様の訪問があると……」
その言葉にランディは、床に並べられたリズの写真を前に「ひとまず間に合った、かな」と勝ち誇った笑みを浮かべるのであった。
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