第64話 キャサリン〜2話連続って、これもう私が主人公じゃない〜
キャサリン達がテラスで作戦会議をした翌日、金曜の夜中……日が変わる前に、キャサリン達――クリスを除く――は、学園の前に護衛である暗部と共に立っていた。
「お前たち……ここまでで大丈夫だぞ」
そう暗部に指示を出すエドガーだが、流石に妙な噂を調べる王太子をフリーになど出来るわけがない。今も入口で「それは承服しかねます」と首を振る暗部とエドガーとのやり取りが続いている。
エドガーとしては、折角夜の校舎で肝試し感覚だと言うのに、面倒なお目付け役がいる、と言った気分だろう。不服そうな顔で、「だがな……」と暗部に声を掛けるエドガーだが、暗部の人間が首を縦に振ることはない。
「エドガーさまぁ。彼らも仕事ですぅ」
早くしないと時間が時間だ、とキャサリンはエドガーにすり寄った。
「暗部の方はぁ、エドガーさまをお守りします。でも……でもぉ私を守ってくれる人は――」
「任せろキャシー」
一瞬で不満顔が解消されたエドガーに、「お願いしますぅ」とキャサリンが微笑んだ。
「もちろん、ダリオもぉ、アーサーもぉ、頼りにしてますよぉ」
残った二人に媚を売ることも忘れない。それでも二人が元気よく「任せろ」と言うのだから、傍で見ている暗部の人間からしたらため息ものだろう。
「……傾国の魔女と聞いていたが」
「やめておけ。学園生活中だけだ。あと二年も経たず、聖女様は各地へ慰安訪問の旅が始まる」
「その前のガス抜きという訳ですか」
四人に聞かれぬよう、コソコソと囁き合う暗部達が、「それならば」と今この瞬間くらいは子どもたちの青春を温かい目で見守ろうと、逆ハーレム状態のパーティの真後ろに控えた。
「では行くぞ!」
エドガーの号令で、全員が夜中の校舎へと足を踏み入れた。
「なんだかぁ、不気味ですぅ」
エドガーの腕に絡みつくキャサリンに、「はは、怖いのか?」とエドガーが悪戯っぽい笑顔を浮かべてみせた。
「こ、怖くないですよぉ!」
頬を膨らませたキャサリンが、「エドガーさまの意地悪」と今度はアーサーにすり寄った。
「エドガー、もう少しお姫様の扱いを心得ないとな」
肩をすくめたアーサーに、「そのようだ」とエドガーも苦笑いで肩をすくめて見せた。何とも言えない茶番だが、表情を消したままの暗部だけが、周囲をつぶさに警戒している。
もちろん夜の学園で、ゴーストやレイスが現れる事はない。
そもそも学園内に瘴気が発生する事などないので、ゴーストが現れるはずもないのだが、そんな事など知らない暗部達は、必要もない警戒と目の前で引き起こされる茶番に神経をすり減らしていた。
そんな保護者同伴の肝試しは、早々に終わりを告げることになった。
「あった。あれが壊れた時計だ」
廊下の端を指差すダリオの言う通り、そこには古びた柱時計が一つ。この暗がりにあっても淡く光る柱時計は、間違いなく何かがあると言っているようなものだ。
「……この柱時計、何で撤去しないんだろうな」
「何でも、一期生の卒業記念らしいぞ」
至極当然のアーサーの疑問を、物知りダリオが解決する裏で……
(ふーん。イベントのキーアイテムって、こんな形で現実での整合性が取られるんだ)
……ようやくゲーム準拠でありながら、ゲームとは乖離した世界だとキャサリンは理解を深めていた。今キャサリンの中では、この世界に起こるだろう事象を幾つか知っている、程度にまで脳が多少フラットになってきている。
それでも自分が転生者で、起こるだろうイベントを取ってきたという事実は変わらない。変わらないせいで、今もこの七不思議がゲームでも描かれたイベントだと思っているのだが。
「とにかくぅ、噂通り時間を合わせてみませんかぁ?」
キャサリンの言う通り、急がねばもうすぐ真夜中が訪れるのだ。シビアな時間設定があるかどうかは微妙だが、折角なら噂通りに条件を揃えたほうが良いだろう。
その認識を共有した全員が頷き、代表としてアーサーが柱時計の蓋を開いて、時刻を合わせる。
四時……三十、三十五、四十……四
針を止めたその瞬間、時計の右側に小さな光る扉が出現した。ボンヤリと光る扉は、人が一人通り抜けられるかどうか、という大きさだ。
意を決して、アーサーを先頭に、四人と暗部二人が扉をくぐる。暗部の残り二人は、この場で待機してもしもの場合に助けを呼ぶ係である。
光る扉を抜けた四人の目に映ったのは、噂通りの光景だった。
床も、机も、椅子も、もちろん黒板や壁も。どれもが使い古されたように、色褪せた教室は、この学園では見たことがない造りは……
(日本の……学校、の教室?)
……キャサリンの感想通り、見た目には日本の学校にある一般的な教室に酷似している。
「見たことがない造りだな」
古びた机を触るアーサーに、「むやみに触れるなよ」とダリオが苦言を呈した。噂をそのまま信じるとしたら、場合によっては教室に取り込まれ、何日も帰れない可能性があるのだ。
「確かに変わった作りだが、特におかしなことは――」
エドガーの言葉をかき消すのは、教室中に響き渡ったチャイムの音だ。学園で慣れ親しまれている鐘の音ではなく、日本の学校で馴染み深い「キンコンカンコン」である。
響くチャイムに全員がその身を強張らせたその時、教室の中に無数の人影が現れた。文字通り影で出来た人々は、特にキャサリン達を気にする素振りもなく、それぞれが席につき静かにその時を待っているかのようだ。
そうしてもう一度チャイムが鳴り響いた時、教壇の前に大きな人影が現れた。どうやらあれが教官らしい、と全員が無言でその意識を共有した。
事実、教壇に影が立ってから、少しずつ黒板に文字が浮き上がってきているのだ。
誰も読むことが出来ない文字だが、何故かそこに記されている内容が気になって仕方がない。妙な誘惑を感じる文字に、アーサーが思わず近くにあった空席に手を伸ばし――
「ストップだ。座れば帰ってこれないぞ」
エドガーの言葉に「あ、ああ」と我に返ったアーサーが自身の両頬を強く叩いた。
「強い誘惑……やはりエレメントの類か」
振り返ったダリオにキャサリンが大きく頷いて、胸の前で両手を組み合わせた。
「光よ――」
キャサリンを中心に、まばゆい光が辺りを包み……その光に影が包みこまれ、蒸発するように霧散していく。
残ったのは、古びた教室と静寂だ。
「やっぱりぃ、エレメントの悪戯でしたね」
キャサリンが、全員に微笑みかけた。
エレメント……精霊とも呼ばれる未知の存在で、魔獣とはまた別の区分だ。魔素を発生させる要因だとも言われているが、その証明は未だなされていない。一つだけ言えるのは、彼らはそのテリトリーに入る人間に、悪戯をしかけるという事だ。
魔獣とは違い直接危害を与えることはないが、精霊の感覚での悪戯は、人間にとっては危険な事も少なくない。
長いこと夢を彷徨ったり、魂を抜かれたりと、行方不明や臨死体験は数しれず。死亡報告こそ聞かないが、行方をくらまし帰ってこなかった人もいたりする。とは言え、エレメントに遭遇しても、そのテリトリーを侵さなければ悪戯に遭うことはない。
外から眺める分には、人畜無害な存在。故に魔獣ではなく精霊。故に彼らの干渉は悪戯とされ、見かけたら刺激をしないようにその場を後にする事が推奨されている。
間違ってもエレメントを攻撃してはならない。攻撃などしようものなら、怒り狂ったエレメントは、その存在を燃やして超常現象として襲いかかってくるからだ。
火のエレメントなら、猛火に。
水のエレメントなら、洪水に。
風のエレメントなら。竜巻に。
触らぬ神に祟りなし、とは良く言ったものな現象が襲いかかるため、エレメントとは距離を置く事が基本である。
だが唯一エレメントを退かせる事が出来るのが、神聖魔法である。キャサリンの放った、広範囲の回復魔法は、神聖魔法が持つ清廉さで敵意を示すことなく、魔法の波動によってエレメントの存在を震わせ、その存在をあるべき世界へ返すと言われている。
教会はこれを女神とその眷属たるエレメントの関係性だ、と主張しているが、定かではない。そんな流説も、〝エレメントには攻撃はしてならない〟に拍車をかけているのだが。
とにかく神聖魔法の中でも、広範囲に一気に影響を及ぼすレベルの魔法が使えるキャサリンだけは、複数のエレメントを女神の元に返すことが出来る。
「キャシーがいて助かったな」
「お役に立てましたぁ」
笑顔で見つめ合うキャサリンとエドガーに、天井から光の粒子が降り始めた。降り注ぐ光る粒子が、キャサリンたちの身体に取り込まれていく。
「なんでしょう……初めての経験ですぅ」
今まで何度となくエレメントを撃退してきたキャサリンをしても、この光の粒子は見たことがない。つまり、この場にこの現象に答えを持つものはいない。だが……
「なんか、身体が軽くないか?」
「それは俺も思った」
ダリオとアーサーの言う通り、キャサリンもわずかな身体の快調を感じているのだ。今ならこう、何でも出来そうな。思い当たる事が出来たキャサリンが、皆に隠れるように粒子を一つだけ自身のアイテムボックスへと収納する。
そこに書かれていたのは……『エレメントの経験:取得者に彼らの経験の一部を与える』
(これって、パワーアップイベントじゃない?)
イベントではないが、それでもパワーアップは間違いではない。この光の粒子はエレメントが溜め込んだ経験とでも呼べる物だ。普通のエレメントと違い、人の真似をして学習を続けていたエレメント。そんな彼らが長い年月をかけて溜め込んだ経験が、こうして光の粒子となってエドガーやキャサリンをパワーアップさせている、というわけだ。
(キタキタキタキターーーーー! これよこれこれ! 取ってやったわ)
エリザベスが取得するはず――そう思い込んでいる――イベントを先取りした快感。そして、わずかとは言え確実に実感できる成長。ここに来てキャサリンはツキが回ってきた事を実感している。
この七不思議イベントを、エリザベスより先に制すれば、相手に吠え面をかかせられると。
エレメントが経験を溜め込むほど、何かに集中するなどありえない。つまりこれは一回ポッキリのイベントだ。そう思えば思うほど、キャサリンは口角が上がるのを抑えられない。
実際に皆に見えないステータスウィンドウを開いてみると、それぞれの数値が、間違いなく上昇しているのだ。上昇量としてはわずかかもしれないが、上がったという事実と、それを横取りしたという事実。その二つがキャサリンを次の謎へと駆り立てている。
「皆さん! やりましたぁ。次も頑張りましょう」
笑顔でガッツポーズを見せるキャサリンに、残った三人も同じ様に笑顔を返していた。今この時、彼らは間違いなく物語の中心にいるのだ。
☆☆☆
一方その頃……ランディは裏庭で一人、鍛錬に勤しんでいた。
「若、遅くまで精が出ますね」
欠伸を噛み殺すハリスンに、「悪いな、もう休むわ」とランディが手を挙げて応えた。
「いや、まあそれは良いんすけど……。なんか強くなってません?」
「やっぱり? なんか妙に身体が軽いっつーか……試してみるか?」
「勘弁っす。今の若とか、絶対無理っす」
首を思い切り振るハリスンに、「ちぇっ」とランディが子供っぽく返す。ハリスン相手なら、結構な手合わせが出ると思っていたのだ。
「明日は早いんすよ。主役が寝坊なんて洒落にならないんで、早めに休んで下さい」
「へいへい」
肩をすくめたランディが、上着を肩にかけてその場を後にした。そんなランディの背中を見送るハリスンが、小さくため息をついた。
「……ったく。どんどん強くなるんすから。護衛の身としても、頑張らないと駄目じゃないっすか」
苦笑いのハリスンが、腰の剣を抜いて振り下ろした。風切音を吹き抜けた風が一瞬で攫っていく。
「ルークでも鍛錬に誘うっすかね」
苦笑いだが、どこか嬉しそうなハリスンが剣を鞘に納めた。
物語の中心にはいない。
そんな事は自覚していても、頂上への憧れを持ち続ける男がここにも一人。ランディが進むから、その背中を追う。彼らが追いかけてくるからランディも先を走り続ける。
彼らの作るサイクルは、今も確実にその実力を少しずつ伸ばし続けている。
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