第63話 キャサリン〜ははーん。追加イベントは七不思議ね〜
ランディ達が仮説を打ち立てた翌日、コリーとアナベルが素材化に奔走していた頃。
「それでぇ、折角ですし七不思議を解明したいなぁって」
キャサリンは、学園のテラスでいつものメンバー――クリスを除く――と優雅に紅茶を楽しんでいた。話の内容は、学園に伝わる七不思議で、それを生徒会として解明したいと言い出したのだ。
真の目的はもちろん、エリザベスへの嫌がらせだ。
あの日屋上からランディ達を見ていたキャサリンは、彼らが旧校舎へ七不思議の探訪に行っていた事を掴んでいた。情報源は、同じ教会所属ということでアナベルである。
立場を利用し接触し、アナベルを心配する素振りを見せつつ――演技だが――キャサリンが聞き出したのは、七不思議の調査をしていたという情報だ。
もちろん本来の目的はレイスの捕獲だったのだが、いつの間にか七不思議がメインになり、結果としてキャサリンにはそう伝わっている。
その結果……キャサリンの中では学園の七不思議という、追加コンテンツをエリザベス達が実行中という話になっている。
七不思議がゲームではフレーバーテキスト扱いだったことも拍車をかけ、キャサリンの中ではありもしないイベントがでっち上げられているわけだが……
「学園の七不思議か……」
……考え込むように腕を組んだのは、王太子エドガーだ。生徒会長として、こういった噂を耳にしたことが無いわけではない。噂と放置していたのだが先ほどキャサリンから、アナベルが危険な旧校舎へ乗り込んでいた話を聞いたのだ。
女生徒が、しかも戦術教練を取得していない生徒が、夕暮れの旧校舎へ突撃するなど……学生の安全にも関係するような事態だ。
本当はこの世界でも指折りの護衛付きという、ピクニックに行くより安全マージンを取った行動だが、そんな事など当のアナベル以外誰も知らない。知らない故に、エドガーの妙な正義感が奮い立つ。
「確かに不穏な噂を放置していては、民を導く王族として、そして生徒会長としての名折れだな」
生徒会長としてエドガーが頷いたことで、キャサリン達も七不思議を解明すべく動くことが決定した。
「でも、七不思議っつっても、全部は知らないぞ?」
眉を寄せる騎士団長子息アーサーの言う通り、エドガーもそしてダリオですら七不思議を全部知っているわけではない。
「それはぁ、大丈夫ですぅ。ちゃーんと専門家に聞いてきましたからぁ」
そう言ってキャサリンが出したのは、午前中にアナベルから聞き出した七不思議の情報が記された二冊のノートだ。一冊は七不思議の内容。もう一冊はその真実が記されている。
七不思議に興味を持つ人間が出来た、とアナベルが喜んで語ってくれたのだ。
「〝オカルト研究会〟の女生徒からぁ、七不思議の情報を聞いてきてますぅ」
キャサリンが広げるノートには、アナベルから聞き出した情報が記載されている。もちろんランディが七不思議を知った時点で解決されていた三つ以外にも、四番目の【鏡の間】、五番目の【黄昏回廊】についても解決済みと記載されている。
「あ、【鏡の間】は聞いたことあるな」
嬉しそうに呟いたアーサーが、その欄に目を落とした。
四。鏡の間に現れるもう一人の自分
訓練施設にある鏡の間を、真夜中に使用すると、鏡の中からもう一人の自分が現れ勝負を挑んでくるという。
その相手に敗けると、自分が鏡の中に囚われ、鏡から出てきた自分が本当の自分として生活するのだという。
実は鏡は向こうの世界への入口であり、向こうの世界の住人は、常にこちらの世界を狙っているのだという。もし、周りで急に利き手が変わったり、ほくろの位置が逆になった人物がいたとしたら……鏡の間での勝負に敗けたのかもしれない。
「これぇ、実は十年以上前の悪戯が元だったらしいですぅ」
ため息をついたキャサリンに「悪戯?」とアーサーが首を傾げた。
「はい。双子の一人が、もう一人に悪戯をしかけるためにそんな話を作ってぇ、しかもそれを実行したらしいですよぉ。」
頬に指をあて「お茶目ですよねぇ」と首を傾げたキャサリンが、しかもドッキリの成功率を上げるために、少し酔わせていただとかも付け加えた。
「酔わせた……」
「ああ……」
微妙にタイムリーな話題に、アーサーとダリオが苦笑いを見せる。深夜の学校に侵入、そして飲酒。バレたら誰かのように停学だろうな……そんな感想を抱いた二人に、さらなる衝撃が降り掛かった。
「ちなみに二人はぁ、今の実技教官です」
「「「はあ?」」」
思わず素っ頓狂な声を返した三人だが、確かに実技の教官は剣術と格闘術をそれぞれマッチョの双子が教えていたな、と思い出している。
(馬鹿やってたやつが、先生ね……〝あるある〟だけど)
そんな感想はキャサリンだ。何ともしょぼい七不思議だとは思うが、現代日本を知っているキャサリンからしたら、まあ所詮七不思議など噂に尾ひれがついたものでしかない。
「なんだかな……解決する必要があるのか?」
苦笑いのアーサーに、エドガーやダリオも同じような苦笑いだ。
「でもぉ、五番目は本当に怪異だったみたいですよぉ」
そう言ってキャサリンが説明するのは、先日ランディ達が解決した五番目の謎の話だ。
ヴォイドウォーカー。
別の次元。
などの話は一切なく、単純に夕焼けに染まった校舎に、幻覚魔法を操るスペクターが出現するという、全く危険のない内容に書き換わっている。いや、正確には危険であるのだが、元の危険度に比べると「フッ」と笑われるくらいの可愛いものに成り下がっている。
それが示すのは、先日の議論を事実と仮定した場合のカウンターである。
七不思議の本当の情報を流せば、さらなる混乱と噂、恐怖があの場所に向けられることになる。あの仮説通りだとすると、再び強大な存在が生まれかねない。それも以前より早いサイクルで。
存在進化を成す為の元の魂は無いにしても、積もった想像が大きければ大きいほど強大な個体へと成長する可能性が高い。それこそレブナントやスペクトラルレイス一体ですら、学生では束になった所で全く歯が立たない。
仮にそれに殺される生徒が出たら……噂が更に大きくそして加速し、より強力な想像で魂を取り込み、再びヴォイドウォーカーが誕生する恐れもあるのだ。
もちろん、ヴォイドウォーカーはそんなに簡単に誕生するものではない。※
噂と核となる魂があれば良いわけではない……だが、完全に〝ヴォイドウォーカー〟と限定してしまえば、それ即ちそこに向けて想像が加速してしまう。
そこにエネルギー源として魂が加われば……二体目のヴォイドウォーカーが誕生しないとは、誰にも言えないのだ。
故に全員で相談し、〝スペクター〟と明記することにしたのだ。レイスでは幻術は使えないが、スペクターならば幻術で回廊の話に整合性が取れる。
そして明記する事で、「スペクターがいる」と想像をそこで止められる効果もある。……あと、ヴォイドウォーカーと言っても信じてもらえない可能性も結構あったり……。
とにかく、そんな事など知らないキャサリン達は……
「スペクターか……俺達には問題ないが」
「確かに放置するには危険だな」
……七不思議の危険性を再認識していた。スペクター程度で、という事はない。スペクターは、実際に魔獣のランクで言えば限りなくCに近いと言われている。学生では、相手にする事を止められる危険な存在である。
それを「問題ない」と言えるだけの実力が彼らにはある……。単純にランディやルークがおかしいだけで、あの二人やハリスンが、頭がおかしいだけで、彼らは至って普通に優秀なのだ。
(ルークがいるとは言え、あの赤頭も結構やるのかしら……。まあ私達だってスペクター程度大丈夫だけど)
その感想はキャサリンの胸にしまってある。なんせ、その情報を出せば、アーサーが興味を示してルーク達に接触する可能性があるからだ。今は秘密裏にエリザベスのイベントを潰したい。その一心である。
「七不思議のぉ危険性が分かってくださいましたぁ?」
微笑むキャサリンに、エドガーが「ああ」と頷いた。妙な正義感に駆られた彼らは、早速とばかりに次の不思議へと目を通す。
六 幻の教室
ある学生が夜の校舎に迷い込んだ時、廊下の奥にいつもは存在しない古びた扉を見つけた。その扉の向こうには、かつて使われていたらしい教室が広がっていたという。
そこは古い机や椅子が整然と並び、黒板には何十年も前の授業内容が薄く残っていた。
興味がわいた学生が、椅子に座った瞬間、周囲の机に幻影が現れそして教壇にも教師の幻影が現れたそうだ。
しばし授業を受けていた学生だが、不意に聞こえてきたチャイムの音で我に返り、恐ろしくなって一目散に教室を後にした。
扉を出た学生を迎え入れたのは、自分を探し回る人々だった。聞く所によると、学生が教室に入ってから一週間が過ぎていたという。振り返った学生の目には、扉はなく廊下の突き当りが映っており、二度とたどり着くことは出来なかったという。
もし、あのままずっと授業を受け続けていたら、学生は幻の教室に取り込まれ、あの幻影達と同じ幻の生徒になっていたかもしれない。
「帰って来た奴がいるし、かなり具体的なのに、何でまだ噂のままなんだ?」
首を傾げるアーサーに、「それも含めてぇ不思議ですぅ」とキャサリンが微笑んだ。
「不気味な噂だが、これを聞いて真似をする生徒が出ないとも限らん」
エドガーの呟きは、ある種真理でもある。曲りなりにも生徒会に属する彼らは、学生たちの勉学を阻む物を排除する必要がある。
「現象から考えると、ゴースト達と違って、エレメントっぽいな」
紅茶を飲み干したダリオに、「私もぉそう思いますぅ」とキャサリンが頷いた。
直接的な危害が加わるわけでは無いが、悪戯にハマれば肉体を失い魂として永遠に彷徨うことになる。エレメントとは、そういった悪戯をよくする存在だ。
「クリスがいないのは痛手だが、エレメント程度ならこの四人で問題ないな」
カップを置いたエドガーに「任せろ」とアーサーが手のひらに拳を打ち付けた。
「キャシー、【幻の教室】へ至る道は分かるかい?」
エドガーの微笑みに、若干顔を赤くしたキャサリンが「え、ええっと」とノートをパラパラと捲って詳細を説明しだした。
【幻の教室】は特に深夜、霧が立ち込める時間帯に現れることが多く、中でももっとも有力な情報は壊れた時計を、四時四十四分に合わせると出現するというもの。
「壊れた時計って……学園長室前にある時計じゃないか? 何度修理しても、すぐに針が止まるって噂の。ちょうど廊下の突き当りだし」
ダリオの言葉に、全員が「それだ」と大きく頷いた。
「なら、教官と家の許可が取れ次第、深夜の探索と洒落込もうではないか」
エドガーが嬉しそうに見えるのは、見間違いではない。王太子として、学園では生徒会長として、型にはまった生き方をしてきた男が、許可次第とは言え深夜の学園に侵入するのだ。
恐らくエドガーにとっては、初めての経験だ。しかも気になる女生徒と一緒に。
エドガーでなくても心踊るのは無理もない。
「じゃあ、早速ぅ。許可を貰ってぇ……出来たら明日の夜にでも――」
キャサリンの提案に頷いた全員が、その日は足取りも軽く帰路につくのであった。
全員が粘りに粘って、何とか護衛付きで許可を取り付けたのも、彼らの執念かもしれない。
(見てなさいエリザベス。まずは一つ潰してあげる)
第六の不思議。それは確かに彼らの言う通り、大したことのない不思議だ。だが七不思議を解明するというこの舵取りが、後々大惨事を引き起こすとは、今は誰も知らない。
※ヴォイドウォーカーの出現には、かなり特殊な条件が必要です。魂と想像だけで普通は、あの境地の怪物は生まれない、とだけ申し上げておきます。複雑、とまでは行きませんが、書くと長くなるので……。とにかく普通には出現できない特殊な個体だと思って下さい。
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