第62話 幽霊の正体見たり枯れ尾花

 ヴォイドウォーカー戦から、二日目の午後。約束通りランディ達は、オカルト研究会へと集まっていた。


「す、すみません! 授業が長引きまして――」


 扉を壊さんが勢いで入ってきたアナベルに、「いや、俺達も今来た所だ」とランディが手を挙げて応える。


「で、では……これよりゴーストという存在の謎を解明すべく、議論を始めたいと思います」


 興奮気味のアナベルが、一昨日捕まえたばかりのレイスを机の上に乗せた。レイスと呼ぶには、色が薄くほとんどゴーストにしか見えないが、捕まえた時点ではレイスだったのだ。


 昨日の休みで各々が脳をリフレッシュし、今日の議論ではとりあえずゴーストという定義を話し合う予定だ。仮説が出た段階で、その仮説をもって素材化の検証へと移る。まだ一回の遠征で一体しか捕まえられないので、まずは仮説を立てて検証へと移ろうと言うことになったのだ。


「まず、俺から良いか?」


 手を挙げたランディに、全員の視線が集まった。


「気になった点が一つある……これはレイスか? それともゴーストか?」


 ランディが指すのは、机の上に乗せられた容器に入ったレイスだ。レイスとゴーストの境は、魔獣の区別は端的に見た目である。


 モヤのような単色はゴースト。

 より実態に近ければレイス。


 このように見た目で判断されるゴースト達は、より強力な個体になり、魔法を放てばスペクター。意思疎通などが出来るようになればスペクトラルレイス。それより強力なレイジ・レヴナントと階級が上がっていくわけだ。


 それぞれの定義づけは一応あるものの、今この場にいるレイスはどう見てもゴーストとレイスの境目にあると言えるのだ。


「それは私も気になっていましたわ。そもそも打撃で弱るなんて、おかしくありませんこと?」


 セシリアが言うのは、ルークが殴ってレイスを弱らせた現象だろう。聖水をかけたり、神聖魔法ならば分からなくもないが、殴って存在の強度が弱くなるなど、実体を持った存在のような事が起きる時点でおかしいのだ。


「打撃の時は、拳を魔力で覆っているんですよね?」


 コリーの疑問に頷いたのは、ランディとルークの二人だ。


「魔力を纏ってないと、そもそも触れないからな」


 ルークの言葉にランディがもう一度頷いた。


「魔力を纏っていたら、霊体に……つまりはに触れるという事になりませんか? それだと、色々辻褄が合わない気がします」


 リズの疑問はもっともだ。仮にその仮説が正しいとしたら、魔力を纏った攻撃や魔法は、肉体だけでなく魂までダメージを与えかねない。それこそ、身体を貫く一撃などは、肉体だけでなく魂を貫くのではないだろうか。


「いや、それだが……魂と、ゴーストは別の存在だろ」

「そう仰る根拠が、おありですのよね?」


 ため息をつくセシリアに、ランディはあの光の中で出会った女性の魂の事を話した。こればかりは感覚でしかないが、ランディには確実にゴーストと魂は別の存在だという確信がある。


「魂とゴーストは感覚的に別……ですか。普通なら一蹴すべき意見ですが――」

「野生の勘で生きてきた男ですからね」


 悪い顔で肩をすくめるルークに、「洗練された、シックスセンスだ」とランディが眉を寄せた。


「ったく、話を逸らすな。馬鹿コンビが」


 悪い顔で鼻を鳴らすランディに、セシリアが拳を握りしめ、それをリズがなだめる。そんな様子を尻目に、ランディが再び口を開いた。


「理由や何やは後で話すが、俺が思うにゴーストやレイスは恐らく魔素の集まりだ」

「魔素の?」

「集まり?」


 ランディの言葉を繰り返したアナベルとコリーに、ランディが頷いて考えていた事を話し出す。


 そもそも魔素は、空気中に含まれている魔力の素のような物質だ。

 魔法は自身の魔力で空気中の魔素へ働きかけ、様々な現象や超常をこの世界に顕現させる。


「つまり、ゴースト達は魔法の一種だと――?」

「語弊を恐れずに言うならな」


 肩をすくめたランディに、リズが考え込むように黙り込んだ。ゴーストが魔法……など突拍子もない仮説だが、リズが黙った事で誰もそれを否定できないでいる。


「確かにゴーストやレイスには、魔法に良く似た魔力の揺らぎが感じられました」


 呟くリズに、疑問の声を上げたのはセシリアだ。


「仮に魔法だとしたら、何故直接触れないんですの? 魔法は種類によっては触れる事が出来ますわ」


 セシリアの言うことはもっともだ。炎や水を始め、石や氷など直接物理的に作用する魔法は数しれない。にも関わらず、ゴーストを直接肉体で触る事など出来ないのだ。


「恐らく、密度の違いではないでしょうか」

「密度?」


 首を傾げたセシリアに、リズが魔素の濃度が魔法に比べると少ないのだと語る。魔素自体は空気中に存在するが、それを掴んだりすることは出来ない。だが、魔力であれば干渉することが出来る。


 つまり魔法ほど高密度な魔素ではないが、この世界に顕現する程度には密度がある魔素の集まりが、ゴーストやレイスだと、リズは仮定しているのだ。


「仮にそうだとしたら、何が魔素を象っているかだな」


 腕を組むルークの言葉に、全員が黙り込んだ。仮に魔素が正体だとしても、誰が何の目的で、それを形にして世界に顕現させているのか不明なのだ。


 首を傾げる全員に、「それなんだが……」とランディが女性の魂と遭う前に、その記憶が流れ込んできたことを説明しだした。




 元々病弱だった彼女は、それでも学園へ通い、恋人も作るなど学園生活を謳歌していたようだ。だが、不幸にもある日彼女は病に倒れる事となった。


 心配して見舞いに来る恋人の看病虚しく、この世を去った彼女だが、一つだけ心残りがあったという。それは恋人が新しい幸せを見つけて歩いていけるかどうかだ。


 魂だけの存在となった彼女は、駄目だと思いつつも夕暮れに染まる、いつも恋人と過ごした校舎へと訪れた。彼に前に進んでくれと伝えるために。


 だがそんな彼女が見たのは、今も悲しみに暮れる恋人の姿であった。


 いつも二人で話した机に突っ伏し、悲しみに暮れる恋人を何とかして元気づけたい。そう思った彼女は、ついに禁忌を破り彼の目の前に現れてしまう。


 黄昏の校舎に現れる恋人の霊。


 それに彼が夢中になるのは必然であった。毎日二人で黄昏時に他愛ない会話で盛り上がった。だがそんな時間は長くは続かない。


 死んだはずの彼女を見つけた別の生徒が、彼が悪霊にたぶらかされていると、噂を振りまいたのだ。彼が否定しても噂は止まらない。


 噂が噂を呼び、いつしか男性は恋人の悪霊に囚われ、いつまでも抜け出せない悪夢に落ちていると言われるまでに。その頃には、彼女の魂はどこからか現れた強大な悪意に押しやられ、その悪意が我が物顔であの教室を占拠し始めたという。


 その先に続く話は、七不思議に語られる内容だ。


 黄昏時のにあそこに近づいてはいけない。悪霊に囚われ、永遠に回廊を彷徨うことになる。


 そんな噂が大きく広まり、恐怖と憎悪と悪意があの一帯を支配し、ついには恋人の男性まで近づくことはなくなったという。そうして女性もいつしか悪意に飲み込まれ……次に彼女が気がついた時には、目の前にランディ達が立っていた。


「七不思議の原因はあの魂だが、元凶は彼女じゃない……どこからか来た悪意」


「それって、つまり――」


「ああ。魔素を象っているのは、人々の悪意や恐怖、そういった負の感情によるだろう」


 女性を悪意が取り込む前に、既に怪異が発生していた。それはつまり、想像や噂だけで、ゴーストなどが出現する事の証左だ。恐らく怪異が元の魂まで引き入れた結果、ヴォイドウォーカーという存在進化を遂げ、それでいて彼女の影響であの場から動けなかったのだろう。


「想像……。ということは、私達がゴーストを作り出してる、とそう言いたいんですの?」


 首を傾げるセシリアに「仮説だ」とランディが返している。事実、そうだとしたら、旧校舎の七不思議は辻褄が合うのだ。本来邪悪でなかったはずの女生徒の魂。彼女はどこからか来た悪意に押されて、隅へと追いやられ、存在すら捻じ曲げられていた。


 その悪意が、女生徒の魂への謂れのない恐怖や噂から来てるとしたら、彼女を模していながら、邪悪で、そして今の学生服だった理由にも説明がつく。


 百年以上の時をかけて、噂が蓄積し、その度に彼女はその姿をマイナーチェンジしてきたのだろう。誰にも見られることなく。


 そしてゲームではありえないだろう、学園に強敵という謎にも繋がる。


 ここがゲームではなく現実だからこそ、長い長い時を経て、多くの恐怖と噂を取り込み、その存在が肥大化していった結果、魂をも飲み込む程の存在に成長し、ヴォイドウォーカーが誕生したとも言える。


「ですが、魔素が母体で想像がエネルギーだとしたら、世界中のどこでもゴーストが生まれる可能性がありますが?」


 リズの言う通り、ランディの仮説通りだとしたら、今ここでゴーストが生まれてもおかしくはない。だがそれは起きていないし、今も起きる気配がない。その疑問に答えたのは、しばらく黙っていたルークだ。


「恐らく瘴気でしょう。あの旧校舎の雰囲気は、どこか魔の森やダンジョンに似ていた……瘴気にあてられた魔素と我々の想像……それがゴーストを生み出す鍵かもしれません」


 机の上に鎮座するレイス入り容器を、ルークが軽く弾いた。グワンと傾いた容器がグラグラとしながらもまた、元の状態に戻っていく。カタカタカタと容器が立てた音が止んだ時、アナベルが「あ、あるかもです」と口を開いて語ったのは、かつて墓地に出たゴーストの話だ。


 誰かが墓地でゴーストっぽいものを見た。

 最近死んで埋められたのは誰だ、と噂が噂を呼び、道具屋のジミーではないかと結論づけられたらしい。そうして墓場でゴーストに遭う人遭う人が、「ジミーはゴーストになった」と言うものだから、遂に道具屋の跡取りが父の姿を見に行ったという。


 そこにいたのは、「これ、親父じゃない」とジミーにゴーストだったという。


 皆が想像するジミーが、ゴーストを象っていたとするなら、息子が「違う」と言った事にも理由がつく。


 しばし流れる沈黙を、「そ、それに…」と再びアナベルが破った。


「きゅ、旧校舎にばかり出る理由にも合致するかと」


 アナベルの言葉に、全員が顔を見合わせた。


「確かに、アナベル様の仰る通りです。仮に魂が象っているとすると、この学園では、過去にそれだけ多くの学生が亡くなったという報告はありません。しかも――」


 言葉を切ったリズに全員の視線が集まった。


「しかも、どのゴーストもでした」


 言い切ったリズに、ランディも確かに、と納得している。唯一姿が違ったのが、最後に出てきた女性の魂だ。見たことのないデザインは、昔の学生服だと言われれば納得が出来る。


「つー事は、今の生徒たちの恐怖や想像が、あの形として顕現してるってわけだな」


 アナベルの語った逸話に加えて、旧校舎に出る学生のゴーストだ。ここまで仮説を裏付ける要素が揃えば、全員が「ゴースト想像の産物説」を受け入れ始めている。


「想像が強く大きく、より長期間になればなるほど、力を蓄える。つまり、レイスとゴーストとの違いは、魔素に与えられた思いの強さだ。だから、魔力を込めた拳で殴って弱る。魔素に込められた想像という魔法に似た現象が、相殺されるから」


「こいつがゴーストかレイスか定かじゃないのは、俺が殴って魔素に込められた色々を吹き飛ばしたからか。つまり、存在自体が弱体化したってわけだな」


 ルークがもう一度机の上の容器を軽く弾いた。


「聖水が効くのは、瘴気を払うから、ですね」


 リズの補足にランディが頷いた時、全員が机の上で再び揺れる容器を見つめた。


「つまり、こいつは瘴気に侵された魔素が、意識を持った……って思えばいいのか?」

「多分な」


 ルークの言葉にランディが頷いた。


「世界に事象を留める……たしかに、人々の想像や恐怖を形にして、事象として留める」

「あの最後の一文とも合いますわね」


 リズとセシリアも頷き、コリーとアナベルもそれに賛同するように黙って頷いた事で、仮説だが検証は終了という事になった。



「あ、あとはお任せください。正体が分かれば、実験方法も変わります」

「僕も手伝います。魔道具研究会とか、魔法理論研究会とかの伝手も使えば、瘴気混じりの魔素を結晶化する手段が見つかるはずです」


 二人の熱意は、恐らくあの時何も出来なかった事へのお返しなのかもしれない。ならば彼らを信じて任せる方がいいだろう、とランディは頷いた。


「なら、そっちは任せるぜ。俺達はカメラの試作を進めとくからよ」


 立ち上がったランディに、アナベル達も「任せてください」と大きく頷いた。


「カメラが出来たら、次はあの新月の塔に行ってみようぜ」

「い、良いんですか?」

「良いも何も、気になりすぎるだろ」


 笑顔のランディに「はい」とアナベルが今日一番の笑顔を返して、検証会はお開きとなった。




 ……ランディの元に、結晶化した瘴気と魔素の混合物が届いたのは、その二日後であった。仮説の証明は、カメラ作りを一気に加速させたのであった。



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