第58話 ここはお前の住む世界じゃないんだ

 旧校舎へと足を踏み入れた六人を包みこんだのは、纏わりつくような独特の空気だった。ひんやりとした、どこか重苦しい空気は、秋に入った外の空気より明らかに低いはずなのに、どこか生暖かさも感じられるから不思議だ。


「へぇ。なんつーかダンジョンみたいだな」


 周囲を見回すランディに、実際にダンジョンの実習にも使われている事を、コリーが教えてくれる。


 剣術や格闘術の授業には、希望者を募って実際にダンジョンで実技演習をする事がある。セシリアが以前言っていたあれだが、実は演習前の訓練で、旧校舎が使用される事があるのだ。


 ある程度ダンジョンの雰囲気に慣らすため、特にアンデッドへの対応を学ぶという意味合いで。


「アンデッド、特に霊体は魔獣の中でも、非常に対応が難しい部類ですから」


 アナベルが言うとあまり説得力がないのだが……。なんせ、この一人ゴース◯バスタースタイルで、旧校舎にゴーストを捕獲に来るくらいだ。とは言え、実際にはアンデッド系は厄介である。


 そもそも物理攻撃が効かず、魔力を纏わせた武器、聖水、魔法と攻撃方法が限られている。神聖魔法と聖水で鍛え上げ、魔力が宿るというドラゴンの血を閉じ込めたアンデッド特攻の武器もあるのだが……そもそもが貴重なドラゴンの血など出回る事がほとんどない。


「学園内で、構造も簡単、そして教官の目も行き届く……なるほど。練習にはうってつけってわけだな」


 頷くルークの横から早速ゴーストが現れる……が、ルークの放つ魔法でその存在は直ぐに霧散してしまった。


「ルーク様は、魔法が使えるのですね」


 ランディにいつも以上に近いリズに、「ええ。私は器用貧乏なので」とルークが完璧な笑みを返した。


「なぁにが器用貧乏だ」


 鼻を鳴らしたランディが、「こいつは物語にでも出たら、勇者そのままだからな」と悪い顔をリズに見せている。事実ランディの言う通り、ルークは一通りの事は何でも出来る。


 キャサリンをして、〝劣化版エドガー〟と言われる所以がそれなのだが、この世界のルークは残念ながら〝エドガー上位互換〟と言って差し支えない。身近にランディという怪物がいたせいで、己が出来る事をただひたすらに伸ばし続けたのが、今のルークである。


 力では確実に勝つことが出来ない。ならば、魔法や剣技、そういった部分でランディに追いつくために鍛え上げた万能騎士。それが、ルークことルーカス・ハイランドだ。


「魔法も、剣も、磨きに磨いたが…まだお前には届かねえけどな」


 剣を構えるルークの隣で「ったりめーだ」とランディもマジックバックから大剣を引き抜いた。


「こちとら、肉体一本、一途にずっとやってきた純情男子なんだよ。お前みてーな浮気野郎に負けるか」


 悪い顔のランディの前で、空間が歪みゴーストが複数現れた。


「だ、誰が浮気野郎だ……お、お嬢様今のは――」

「言ってる場合か。来るぞ!」


 慌てるルークを尻目に、ランディがその大剣を振り回した。


 目の前のゴーストが悲鳴すら残さず切り裂かれて霧散する。


「お前、その剣……」

「ああ。ちっと拾いもんを混ぜててな」


 悪い顔で笑うランディが、再び現れたゴーストを切り裂いた。ランディが言っているのは、あの地下神殿で手に入れたアンデッド特攻の直剣のことだ。マジックバックに入れたまま持ち帰った剣は、ランディのクラフトによって、愛剣の肥やしとなっているのだ。元の特攻に比べれば効果は薄いが、霊体にダメージが通るだけでランディからしたら儲けものである。


 襲ってきた数体のゴーストは、一瞬で霧散したのだが……


「ラ、ランドルフ先輩……つ、捕まえないと意味がないのでは?」


 ……ドン引きのアナベルが言う通り、全部倒してしまっては全く意味がない。


「いや、折角なら強度の高いレイスとかの方が、良いかと思いまして」


 ランディが言うのは、今までアナベルが幾つか実験を繰り返したものの、ゴーストではそれに耐えきれなかったという事だ。そもそも圧力をかけると実験の概要が載っているのに、それが失敗続きなのは、その詳細な方法も消失しているからだ。


 容器は一つしかないので、折角なら少しでも色々試せそうな強度のある個体の方が良い。


 その説明に納得したアナベルが「レイスなら――」ともっと奥に強力な個体が出ることを教えてくれた。


 薄暗い廊下の先を指すアナベルに、リズがランディに「絶対に一人にしないでくださいね」と真剣な表情で裾を引っ張りつつ六人は奥へと足を向けた。


 正面玄関のホールを抜け、旧教練棟へと足を踏み入れた六人を迎え入れたのは、大量のゴーストであった。そこかしこをゴーストが彷徨う状況に、リズが思わず顔を覆った瞬間、その気配が変わった。


「やれやれ……仕方ない奴め」


 小声で呟くのは、間違いなくエリーだろう。ゴーストの群れに耐えきれなかったのだろうリズに代わり、前面に出てきたエリーだが……


「時間もない、さっさと行くぞ」


 ……そう呟くと、指パッチン一つ。空間を走る稲光がゴーストの群れを尽く蒸発させ、一瞬で辺りは静かになった。


 もちろんアナベルもコリーも、まさかリズ(本当はエリーだが)が魔法で殲滅させたなどと分かる訳もなく、「ルーク様、凄いですね!」「び、ビックリです。騎士様って魔法もお上手なんですね」とルークへ称賛の嵐を送っている。


「い、いやあ……まあ――」


 歯切れの悪い返事しか出来ないのは、流石のルークをしてもあそこまでの精度と速さで魔法を展開など出来ない。とは言え、今のはエリザベスだと言うわけにもいかず……。


 ゴーストが出てはルークが称賛を受ける。


「古の大魔法使い……凄すぎだろ」

「今度魔法理論でも教えてもらえ。俺にはサッパリだが、お前なら理解できるだろ」

「マジか……願ったり叶ったりだぜ。ちゃんと口利きしてくれよ」


 その影でコソコソと交わされるランディとルークの会話。いつもは冗談ばかりだが、「強くなりたい」その共通の思いへは、二人共嘘などつかない。そしてそれに応えるように、エリーがまた魔法を放った。


 一瞬で霧散するゴーストの群れ。。


 称賛と驚嘆。

 羨望と決意。


 そんな事を繰り返しつつ、六人はあっと言う間に階段へとたどり着き、一気に教練棟の三階へと向かうことにした。


「三階はほとんどレイスしか出ないと聞いてます。そして、西側奥には七不思議の一つもあります」


 ゴクリと生唾を飲み込むアナベルだが、一人でここまで来るのは不可能だという。いつもは一階の入口付近で、ゴーストを狩っているのだとか。一階の奥もそして二階も、奥に行けばレイスが出現する可能性が高く、遭遇したらまず間違いなく逃げられないからだ。


 つまり完全にレイスの縄張りである三階は、アナベルにとっては未知の領域というわけである。


「つーか、何で階が上がるごとに魔獣の階級が上がるんだ?」


 眉を寄せるルークに、セシリアも「そうですわね。地下なら分かりますが」と小首を傾げている。


(あー。多分ゲームの仕様だな)


 そうは思うが、口には出来ないランディ。ゲームあるあるで奥に行くほど敵が強くなる。それがこの空間でも起きているのだろう。もちろん、整合性とつけるとしたら……


「七不思議を引き起こしてる野郎に、影響されてるんじゃねーか?」


 ……七不思議の存在がボスで、その影響力が上の階ほど強いというくらいか。そんなランディの予想に納得した全員の前に、ようやく待望のレイスが現れた。


 ゴーストが半透明単色の霊体なら、レイスは色付きのゴーストだ。ゴーストよりも視認しやすいのは、透過率が低いからか、それとも色がついているからか。


 こちらをじっと見つめる、明らかに学生服のようなレイスに


「さて、出てきたは良いが……」

「どうやって弱らせるかだな」


 武器を構えるランディとルークの言う通り、今までレイスを倒したことは何度もあるが、弱らせた事は無いのだ。


「とりあえずぶん殴ってみろよ」


 ルークの言葉に頷いたランディが、「ちっと持っててくれ」と大剣をルークに手渡した。


「んじゃまー、かる~く」


 右腕をぶん回すランディの姿が消える。

 床を蹴った音を置き去りに、一瞬でレイスの前に現れたランディ。

 その右拳がレイスの横っ面を捉えた。


 めり込むランディの右拳。

 歪むレイスの顔面。


 ランディの拳に殴られた横っ面を爆心地に、レイスが破裂するように霧散した。


「チッ……」


 完全に消えてしまったレイスに、ランディが失敗したと舌打ちを漏らすのだが……


「なーにが、『チッ』だよ。お前、手加減しろよ」


 ……呆れ顔のルークがため息交じりに突っ込んだ。


「手加減したわ」

「そうだったな。お前はそういう奴だったな。このフォレストコングめ」

「誰がゴリラだ」


 睨み合うルークとランディの脇に、もう一体のレイスが音もなく現れた。


「よし、次こそ――」

「駄目だ。森育ちのお前に、繊細な力加減は無理だと判明したんだ」


 ランディを押しのけ、ルークが剣を鞘に戻してレイスに向き直った。


「こういうのは、器用な俺が――」


 ランディ同様に音を置き去りに、ルークが一足飛びでレイスとの距離を詰めた。


 振り抜かれるルークの左拳が、レイスの土手っ腹に突き刺さる。

 音もなく後退したレイスの姿がわずかにボヤける。


 殴られたレイスは明らかに弱っているのだろう。形を保てないように色が単色とカラーとを行き来するレイスを前に、「よっし」とルークがガッツポーズを見せた。


(魔力を込めたとは言え、殴られて弱る……それで良いのか霊体?)


 呆れ顔のランディだが、自分も霊体と思われているレイスをぶん殴って昇天させているのだが。とにかく考え込むランディは、その現象と弱っている雰囲気から、何となくレイスやゴーストと言った存在の謎に輪郭が見え始めている。


 今も弱ったのだろうレイスを捕獲しようと、オ◯キュームを駆使するアナベルを見るランディに、ルークがドヤ顔で近付いてきた。


「どうだ。見たかランディ、俺の繊細な力加減を」


「ケッ。ただ非力なだけだろ」


 鼻を鳴らすランディに、ルークが悪い顔でその肩を叩いた。


「僻むな。お前みてえな野生児に、の生活は無理だ」


 ニヤニヤと笑うルークが、「森へお帰り」とランディの肩をもう一度叩いた。


「力加減と都会の生活は関係ねーだろ」


 笑顔ながら蟀谷こめかみに青筋を立てるランディに、ルークが「いいや、あるね」と嘲笑を返している。


 そんな二人のやり取りを他所に、コリーに手伝ってもらいながらアナベルのレイス捕獲作戦は終了したようだ。


「みなさん! レイスの捕獲完了しました!」


 嬉しそうに飛び跳ねるアナベルは、普段のおどおどした雰囲気など微塵も感じさせない。


「アナ……どうする? 目的は達成したけど?」


 捕獲したレイスを指差すコリーに、アナベルがしばし考えるように皆を見回した。


「も、目的は達成したけど……みなさんがいいなら、やっぱり七不思議も見ていきたいな……って」


 申し訳無さそうに頭を下げるアナベルに、ランディ達が顔を見合わせた。既にリズはエリーの中に引っ込んでしまっているので、反対するメンバーなどいない。


「折角だし、見るだけ見ていこーぜ!」


 ここまで来たなら、と頷いたランディにアナベルの表情が分かりやすく明るくなった。


「では、いきましょう!」


 案内するように先導するアナベルに続き、五人も奥へと向けて歩き出した。その先には、西日を受けて不気味に輝く廊下が広がっていた。






 ※ごめんなさい。なんか思ってた以上にゴースト関連が長くなってますが、もう少々お付き合いください。……おかしいな。もっとスムーズに行く予定だったんですが。

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