第57話 思い立ったが吉日

「え? ゴーストって素材として使えるの?」


 ランディの素っ頓狂な声に、リズがゆっくりと頷く。賑やかだった部室に一瞬の沈黙が流れる。そんな沈黙を「あ」と思い出したように声を上げたアナベルが破った。


「た、たしかオカ研の古い資料にも、そんな記述があった気が――」


 そう言いながらバタバタと魔獣研究会を後にしたアナベルは、隣のオカルト研究会に戻ったのだろう。今も壁の向こうでガタガタと聞こえる音は、何らかの資料を探しているようだ。


「使えるって、どうやって?」

「それは……」


 言い淀むリズの様子から、エリーも使えると知っているだけで、その方法までは知らないようだ。微妙な空気の中、バタバタと部屋に転がり込んできたのは、資料の束を持ったアナベルだ。


「た、たしかこのあたりの資料に、そんな記述があったと思います」


 小脇に抱えた資料を、テーブルの上に広げたアナベルに、全員が一度顔を見合わせてそれぞれ無言で資料を手に取った。それらの紙は非常に古いのだが、不思議とインクのボケも紙の痛みも少ない。


(大昔に行われた、ゴーストに対する実験と考察か……)


 ランディが取ったのは、どうやら表紙だったようだ。目次の内容はゴーストの捕獲実験に始まり、最終的にはゴーストという存在が、どこから来てどこに帰るのか、という哲学的な物へと繋がっている。


 現在アナベルが実施している捕獲、実験はこの資料がベースになっているようだ。


 他の資料を捲ると、なかなかダークな内容がゴロゴロと出てくる。


 虫網のような捕獲器具。

 ゴーストを捕らえておける容器。

 ゴーストの知り合いを探す試み。

 太陽光に対する実験と考察

 ゴーストを入れた容器に圧力をかける実験。

 聖水が与える影響。


 数々の実験は、仮にこれが故人の霊であった場合、倫理観という観点からはアウトとしか思えない内容も多い。特に元日本人であるランディからしたら、誰かの先祖に当たるかもしれない霊だとしたら、見てるだけで申し訳なく思うのだが……それ以上に興味深い内容が多い。


「圧力をかけても変化はない……が、一度だけゴーストがその形を保てず結晶になった、か」


 資料を読み上げたルークに、「結晶?」とランディが眉を寄せた。


「ああ。だが残念ながら、この先の資料は紛失してるみたいだな」

「そっちもですの? 太陽光に晒す実験も、内容や考察が全て紛失してますわ」


 驚くセシリアに、「は、はい」とアナベルが頷いて、種々の実験方法の詳しい内容や、その結果が軒並み失われている事を教えてくれた。そしてそのせいでゴーストという存在の定義が失われた可能性もあると告げる。実験方法の詳細も、その結晶がどういったものかも。


「オカルト研究会っつーか、ふつうに研究機関じゃね?」


 あまりにも専門的な内容に、ランディは驚きを隠せない。学生が部活のノリでやるような内容ではないのだ。だがそれもそのはず……アナベルが元々は研究機関だったことを明かしてくれた。


 王立学園は元々、学問の追求に加え最先端の研究も行う機関だったそうだ。言わば現代の大学のような形だ。それが、中央貴族たちの台頭による利権の関係上、研究施設だけが切り離されて今の形に落ち着いたという。


 つまりオカルト研究会は、その名の通り〝研究室〟の名残なのだ。


「じゃー、国の研究施設に資料が残ってたりは?」

「そ、それならゴーストの定義が広く認知されてるかと……」


 何故か申し訳無さそうなアナベルに「それもそうか」とランディが頭を掻いた。


「ゴースト素材と存在が気にならない訳じゃねーが……今はカメラの方が優先だしな」


 大きくため息をついて資料を戻したランディに、「そうでもありませんわよ」とセシリアが読んでいた資料から視線を上げた。


「ゴースト考察、どうも最後の一枚だけ残っていたようですわ」


 興味を抑えきれない、そんな表情のセシリアが一枚の資料をランディへと手渡した。


「最後の一文、気になりません?」


 セシリアの言っているのは、ゴースト素材の有用性を語る文章の最後に記された一文だ。


 ――世界に事象を留める、は言いすぎだろうが、資料の長期保存くらいなら可能になるか。この資料で試みようと思う。


 ボケていないインク。

 痛みの少ない紙。


 てっきり防腐剤かと思っていたが、その正体は思っていた以上にファンタジーな力だった。


(世界に事象を留める……ゴーストの存在も気になるが、何よりこれは――)


 カメラに使えそうな素材だ。仮にその時点での状態を留めて置けるなら、ヴァリオン製感光紙にも使えるかもしれない。


「これは……俄然ゴーストを捕まえる必要が出てきたな」


 思わず口角が上がるランディに、残ったメンバーも大きく頷いた。もしかしたら、ゴーストという謎の存在の解明と、カメラ製作を一気に進める事が出来るかもしれないのだ。


「この近くでゴーストが捕まえられそうな場所って――」


 急に振り返ったランディに、アナベルがビクリと肩を震わせて口を開いた。


「ち、近くでしたら……が、学園でも――」

「学校にいるのかよ!」


 最早口調を取り繕う事も忘れたランディが、嬉しそうに「学校にもいるって」とリズを振り返るのだが……


「が、学園に――」


 ……固まるリズを、セシリアが「どうしたんですの?」と突いている。


「と、とりあえず行ってみますか? 鍵を借りないとですけど」


 リズを気にしながら、怖ず怖ずと口を開いたアナベルに、「え、ええ」とランディも歯切れの悪い返事をした。リズが怖がっているのは知っているが、流石に捕まえねば話にならないのだ。


「私はここで待ってようと――」

「誰がリズを護衛すんだよ。行くぞ」

「ま、待ってください。心の準備が――」


 嫌がるリズを引きずるように、六人は学園でもゴーストが出るという場所へ向かうのであった。






 ☆☆☆



 六人がたどり着いたのは、学園の敷地の一番端にある古びた建物だ。


「確か、ここって旧校舎とか言う――」

「はい。旧校舎です」


 眉を寄せるランディが振り返ったのは、完全防備のアナベルだ。どこから持ってきたのか、世界観にミスマッチのツナギ姿にゴーグルとオ◯キュームもどき。完全にスタッフの悪ふざけが現実となった訳だが、ランディ以外の誰も突っ込むことはない。


「学園でもゴーストが捕まえられる貴重な場所なんですよ」


 嬉しそうなアナベルの言う通り、この建物を含め辺り一帯が旧校舎である。今は使われていない建物は、元は千年以上前の建物らしい。数百年前に学園が創立される以前から、研究機関として使われていたとのことだ。


 取り壊さずに残しているのは、歴史的価値としての一面と、倉庫としての実用性の高さからだった。ただ気がつけばゴーストが湧くようになり、最近は倉庫としての機能ではなく、別の目的として使われている。


「旧校舎には、女生徒の霊や、男子生徒の霊などが出ると言われています」


 ゴーストハウスを前に、流暢な口ぶりになったアナベルと相反するのは、青い顔で黙ったままのリズだ。アナベルの説明に「なぜ生徒が霊に……」と呪詛のように繰り返している。


「ちなみに七不思議第五の謎〝黄昏の回廊〟もこの旧校舎が舞台です」


 堂々としたアナベルが語るのは、王立学園七不思議の一つである。


 五。無限に続く黄昏の回廊


 旧校舎、教練棟の三階西側の廊下には、大昔に学園で死んだ生徒の呪いがかかっているらしい。恋人に捨てられた女生徒が、夕方の校舎で首を吊って死んだのだとか。以来、黄昏時になると、彼女と恋人が過ごしていた三階西側の廊下は、どこまで行っても出口へとたどり着くことはないという。

 死んだ女生徒が、恋人に自分を捨てて帰らないでという思いが、無限の回廊を生み出しているという。


 アナベルの七不思議解説に、リズが思わずと言った具合に耳を塞いだ。それでもここまで来た以上、ゴーストを捕まえないという手はないわけで。


「折角ですから、七不思議も一緒に見に行きたいんですが……」


 申し訳無さそうなアナベルが続けるのは、アナベルでは危険すぎて三階までたどり着けないらしいのだ。元々教官か冒険者に護衛依頼をと思っていたらしいが、ここに来てランディやルークと、腕っぷしに自信があるメンバーが得られたわけだ。


「願ったり叶ったりだな。ちょうど夕方だし、遭遇できるかな?」

「分かりませんが、可能性は高いかと!」


 楽しそうなアナベルとランディを先頭に、残りのメンバーもリズの背を押すように旧校舎へと入っていった。






 ☆☆☆




 旧校舎へと消えていくランディ達を、遠く学園の屋上から望遠鏡で観察している人物が一人。


「あいつら、旧校舎に何しに行くの?」


 眉を寄せるキャサリンは、今日は珍しく一人だ。クリスが停学になった影響で、他の三人は今現在学園長や、クリスの父から聞き取り調査の真っ最中なのだ。キャサリンもいつも一緒にいるが、キャサリンは聞き取り調査から早々に解放されている。


 その理由は至極単純……クリス達四人が、キャサリンを巡って争った結果が、クリスという真面目(だと思われている)生徒の飲酒事件に繋がったのでは、と疑われているからだ。


 キャサリンという当事者がいては、事情を聞くに聞けない、とキャサリンのみ当たり障りのない質問だけで早々に解放されたわけだが……降って湧いた一人の時間に、キャサリンはいつか使うかも、とリズの監視を決めた日に購入した望遠鏡を覗き込んでいた。


「旧校舎って、ゴーストが出るあの旧校舎よね。夕方以降は鍵をかけられて入れないんじゃないの?」


 眉を寄せたキャサリンが「教官もちゃんと仕事しなさいよ」と大きくため息をついた。ゲームなら夕方以降は、いつ訪れても鍵がかかり中に入ることが出来ないのが旧校舎だ。


 学園風紀の関係上、旧校舎への出入りは制限されているのだが、アナベルのようなオカルト研究会にだけは、ゴースト研究のため許可を得た場合のみ中に入ることが出来る。もちろんそんな事など、キャサリンは知らない。


「この時間に入れるってことは……何か追加イベントがあるのかしら」


 キャサリンのわずかに残るゲーム脳が、リズやランディの行動をそう結論付けた。


 既にシナリオが破綻していることには、キャサリンも気づいている。だがその中でも普通に発生するイベントがあることも経験済みだ。その二つの状況から、リズ達が旧校舎に、何らかのイベント目的で入ったと睨んでいるのだ。


(旧校舎、オバケが出る旧校舎でイベント。もしかして七不思議かしら)


 キャサリンが思い出すのは、自分が知っているゲームの内容だ。イベントやシナリオどころか、旧校舎自体にはクズアイテムくらいしかないのだ。なんせ本来はチュートリアルに近いだ。


 唯一プレイヤー達を騒がせたのは、学園にある七不思議に関係しているという情報だ。多くのプレイヤーが七不思議のフラグを探しまわったが、結局はただのフレーバーテキストという結論に至った。


 開発の怠慢か。

 お金や時間の問題か。


 とにかくただテキストで語られるだけの七不思議に、逆に何でこんな無駄な設定と建物を作ったし、と当時は掲示板を賑わせていた事も知っている。


「あの無駄空間に、追加イベントが来るなら納得だわ」


 もう一度望遠鏡を覗き込んだキャサリンの瞳には、旧校舎の中で揺らめく人魂が映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る