第56話 三人よれば文殊の知恵。なら七人よれば……
午後の授業があるセシリア達を待つ間、ランディとリズはコリーへのお土産を取りに帰宅していた。
「あれ? 今日は早いっすね」
キョトンとしているハリスンに、「忘れもんだ」とランディが、玄関先に置きっぱなしの大きな虫籠――虫籠というより檻だが――を指さした。鉄塊や森の木で作った虫籠には、見た目には何も入っていない。
だがその虫籠を振り返ったハリスンはと言うと、「ああ」と納得するように頷いた。姿こそ見えないが、ハリスンにはそこに何かがいる事は分かっている。
「アレを持って行くのは良いっすけど、めちゃくちゃ目立ちません?」
苦笑いのハリスンに「確かに」とランディが頷いた。ハリスンに馬車を出してもらえばいいが、そうすると自動的にリタもついてくることになる。リタはリタで自由な時間がいるだろう。それを削らせてまで、付き合わせるのは如何なものか……
そう考えたランディが、閃いたとばかりに手を打った。
「これ、直接掴んで行けば良いんじゃね?」
「まあ、見えないんでアレっすけど……」
渋い顔のハリスンが、「道中通行人とかに襲いかかりません?」ともう一度虫籠を振り返った。
「よし、なら気絶させようぜ。手伝ってくれ」
言うやいなや、ノシノシと虫籠まで歩いたランディが、躊躇いなく蓋を取っ払った。中にいるだろうヴァリオンを掴み上げるランディだが、見た目には何もないので、完全にパントマイムのそれだ。
とは言え、ハリスンには気配が感じられている。ランディに近寄り、まじまじとその手の中の魔獣を見つめるハリスンが口を開いた。
「気絶させるって、どうやって?」
「そりゃぶん殴って……」
「駄目っすよ。若が殴ったら、辺り一面に脳髄が吹き飛ぶっす」
眉を寄せるハリスンに、「じゃーどうすんだよ」とランディが口を尖らせた。
「弱点とか聞いてないんすか?」
「うんにゃ」
首を振るランディに「マジっすか」とハリスンが天を仰いだ。
未知の魔獣を狩りに行く。そんな相手と敵対する、という状況で何の情報も仕入れずに行くのはランディくらいのものだろう。折角専門家に話を聞きに行ったというのに、一番大事だと思われる情報は貰っていないのだ。
「おい。馬鹿を見るような目で見るな」
「馬鹿を見てるんで、無理っす」
思わず、といった具合で口走ってしまったハリスン。「あ」と声を出すがもう遅い。
「よし、歯ぁ食いしばれ――」
「嘘っす! さすが若、『弱点なんて知らねー。力こそパワー』ってスタイル、流石だなーって思ってたっす!」
「馬鹿にしてんじゃねーか!」
玄関先でギャーギャー煩い二人を、リズとリタの二人が生暖かい目で見ている。このままでは収集が付きそうにない、とリズがため息交じりで口を開いた。
「ランディ、早くしないとセシリー達を待たせてしまいます」
リズの仲裁により、ランディの「チッ」という舌打ちを残して二人のやり取りは一旦終了した。ただ、話はまだ振り出しのままなのだが……。
「んで、結局どうやって気絶させるんだよ?」
殴っては駄目、と言われたのでハリスンに何か妙案があるのだろう、とランディはハリスンに向けてヴァリオンを突き出した。
「うーん。あっしがデコピンでも食らわしてみましょうか?」
「お前のデコピン程度で気絶するか?」
「失敬な。この程度の魔獣なら――あ、こんにゃろ。舌で攻撃してきましたよ、こいつ!」
再び玄関先でギャーギャーと騒ぐランディとハリスンだが……彼らが話題にしている魔獣は誰の目にも見えない。もちろん、リタの目にも見えてはいない。
「お嬢様……お二人が変なんですが」
「リタ。お二人にしか見えてないものがあるんです」
「なんですかそれ? ゴースト的な?」
驚くリタに、色々と説明するリズの目の端で、ランディとハリスンは相変わらず見えない魔獣相手に楽しそうに騒いでいた。
☆☆☆
「二人共遅いですわ」
サークル棟の前で仁王立ちするセシリアに「悪い悪い」とランディが手を挙げた。
「ちっとお土産を取りに行っててな」
何もない片手を上げるランディだが、「へー、それが」とルークだけはその存在を認知している。
「死んでんのか?」
「いや。気絶してるだけだ」
あの後ハリスンと、あーでもないこーでもない、と案を出し合った結果……リズに弱めの電撃を当ててもらい気絶させる事に成功していた。
そんな他愛のない事を話しつつ、四人は直ぐにコリーが待つ――待ってはいないが――魔獣研究会の前にたどり着いた。
ここに来て、そう言えばアポも取っていなかったと思い出したランディだが、中には幸いに気配がある……何故か二つだが。取込み中なら日を改めればいい、ととりあえず魔獣研究会の扉をノックした。
響いたノックの音に、返事が聞こえ直ぐに扉が開かれた。扉から顔を覗かせたのは、アナベルの幼馴染にして魔獣研究会を支える唯一の会員、コリーである。
丸メガネのマッシュヘア。背も低く線の細い男子生徒だが、まだ一年だ。これからどんどん成長するだろう。
そんなあどけなさを残す少年コリーは、ランディ達を見上げて首を傾げている。
「あれ? ランドルフ先輩、どうしたんですか?」
「ちっと意見を聞きたくてな……それと、土産だ――」
何も無い手を上げるランディに、コリーが一瞬首を傾げたが、そこは流石専門家かつ情報源でもある。ランディが上げた手が示す意味を理解したのだろう、喜色満面のコリーが「な、中で話しましょう!」と、その見た目からは分からない程エネルギッシュに声を上げた。
コリーに引っ張られるように、部室へと入ったランディ達を迎え入れたのは、意外な……いや順当な人物であった。
「み、皆様。こんにちは」
「アナベル嬢、あなたもここにいたんですね」
よそ行きの笑顔のランディだが、流石に誰も突っ込むものはいない。ただ一人ルークだけが「フフッ」と笑いを堪えられず吹き出しているが。
そんなルークを睨みつけたランディが、「……とりあえず」とルークのせいで変になった空気を元に戻した。
「お邪魔ならこいつだけ置いて帰ろうか?」
ヴァリオンを持ち上げながら、コリーとアナベルを見比べるランディ。そんなランディにアナベルが即座に「じゃ、邪魔じゃないです」と首を振って、コリーも「問題ありません」と大きく頷いた。
「なら、良いんだが……」
どうも強制した感が否めないが、ここで退くのはまた具合が悪いだろう、とランディはマジックバックから幾つかの素材を取り出し、一瞬でヴァリオン用の檻を作った。ヴァリオンを檻に放り投げたランディは、「ちっと、見てほしいんだが」と先ほど同様カメラの試作を二人に見せることにした。
「これ、凄いですね」
「は、はい。色々と革命が起きそうです」
一瞬だが出来上がった写真に、コリーもアナベルも興味津々だ。今も二人で「魔獣の図鑑を〜」だとか「ゴーストの顔識別が〜」とかで盛り上がっているのだ。
「盛り上がってる所悪いが、まだ全然駄目だぞ」
苦笑いのランディに「そうでした」とコリーが照れたように頭を掻いた。
「映し出した色を、何とか定着させてーんだが」
頭を掻くランディと、檻に入っているだろうヴァリオンを振り返るコリー。
「光を受けて色を変える……これ、体液の濃度を調整してみたらどうでしょう? 光の強さで色が変わるように」
「それは一応やってるぞ」
肩をすくめたランディが、語るのはここに至るまでの試作の話だ。
光を受けて自動で色を変える体液。ヴァリオンの体内で生成され、汗腺のような物を通じ体表を覆って色を変えている。それにたどり着いたランディが、まず疑問に思ったのが、これを感光材に使用したとして、色が定着するのか、という事だ。
正直言って、ランディのフワッと知識の中に、定着液などない。「色が変わる何かに光を当てたら写真になる」そんな、凄く、とても、大層、フワッとした知識だけしかないのだ。
故に、感光剤を手に入れたら、それをクラフトで紙と合成して……と考えていただけに、あの変わり身の早さは、ランディからしたら想定外であった。
巨大ヴァリオンが、あれだけ速く動いて、舌を飛ばしても景色は変わらない。つまりは流れるように色を映しているのだろう。それを感光紙に変えたところで、鏡のような物になりかねない。
そこでランディが思い至ったのが、変化に必要な光量を上げたら良いんじゃね? という力技だ。
溶液を薄めてみたり。
溶液の蒸発を防ぐコーティングを厚くしてみたり。
様々な検証の結果、出来たのが現在使っている試作フィルムである。
「レンズで光を集めて映すには、今のバランスが一番発色が良いんだ。あまり薄くすると、そもそも色が変わらん。コーティングの厚さもだな」
「で、では、もっと取り入れる光を強くしてはどうです?」
まさかのアナベルの案に「レンズの改良か……」とランディが唸った。確かに通常のカメラなら、何枚ものレンズを通しているはずだ。
「レ、レンズの改良もですが、光の魔石を介してより強い光にするんです」
「へぇ。そんな事出来るのか?」
「はい。ゴースト捕獲器の光の束みたいに……」
アナベルが言ってるのは、あのオバ◯ュームもどきだろう。確かに幾つものビームが出ていたが、その原理を利用するとなると、カメラ内部でかなり強い光が出ることになりそうだ。
「内部でフラッシュを焚くのか……目が潰れそうだな」
苦笑いのランディに、全員が首を傾げた。なんせ、筐体の中で光が発生しても、精々カメラのレンズから光が漏れるくらいだ。
「いや、そのうち、画角を決める覗き穴を作りたくてよ」
コリーに紙とペンを借りたランディが、完成予想図を大まかに描いた。横から見た一眼レフのような形のカメラに、周囲から「へー」だの「ふぅん」だのと感嘆の声が上がる。
「形は良いけどよ、ここからじゃ、正しく見れないだろ?」
レンズと位置の違う覗き穴に、ルークが即座に食いついた。ちなみにランディもなぜそこにあるのか、いまいち分かっていない。
「鏡を使えば、いけるんじゃないです?」
「ええ。レンズから入った像を、鏡で反射させれば――」
即座に正解にたどり着いたリズとセシリアに、「よし、お前らはそっちの担当な」とランディは彼女たちに内部機構の構想を放り投げた。
仕事を与えられたリズとセシリアが、ランディの書いた簡易的な絵に、光の向きと鏡の角度や構造を考え書き足していく。
「こんな感じで、追々中を通る景色を見られるようにするんだが……」
「確かに中で光らせたら、目を焼きますね」
「その瞬間だけ、覗き穴を閉じてはどうでしょう?」
線を引きながら器用に会話に参加するリズに、「複雑すぎねーか?」とランディが苦笑いを返した。
「やってみる価値はあるかと」
「なら、任せるわ」
複雑な構造になってくると、ランディにはお手上げだ。ボタンを押した瞬間、感光紙に光があたり、更に覗き穴が暗転する。そもそも鏡で光を上げているのに、後ろの感光紙に光が当たる意味も分かっていない。
「ひとまず、光らせる方向で考えるとして……それでも、定着させる何かが欲しいな」
腕を組むランディの言う通り、仮に強い光にしか反応しない物を作っても、強い光が当たれば反応してしまうのだ。それを阻止するためにも定着する何かは欲しい。
「定着……ですか」
「と、留める、ってことですよね」
考え込むコリーとアナベル。そして同じ様に黙ったランディの三人に、思わぬ所から助け舟が出る。その人物は……
「ゴーストみたいに、頼まれてもねえのに留まるやつはいるのにな」
……壁に凭れるルークであった。
「ゴースト、ってそりゃ、奴らは現世に留まってるけどよ」
苦笑いのランディは、以前教会の地下でレイスを倒した時に、何の素材も出なかったことを思い出している。
「あいつら、何の素材も――」
「使えるらしいです」
「は?」
思わず振り返った先には、微妙な表情のリズがいた。
「使えるらしいですよ。ゴースト……」
その口ぶりから、遂に古の大魔法使いの知恵袋が発動したことを、ランディは知るのであった。
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