第55話 誰かに頼る事も強さ

 カメレオン狩りの休日も終わり、(クリスの停学で)何だか妙に騒がしい学園が始まった。昨日は昼には狩りを切り上げて、午後からは早速試作を始めたランディ達だが……


「あまり元気がありませんわね?」


 ……セシリアの言う通り、いつも脳天気なランディは、渋い顔のまま腕を組んで考え込んでいる。


「少し、問題がありまして……」


 苦笑いのリズが、家を離れている間にリタへ襲撃があった事を明かした。


「大丈夫でしたの?」

「ええ。ハリスン様が撃退してくれたようで……リタを怖がらせないように、彼女には事実を伏せていますが」


 少しだけ表情を曇らせるリズは、自分のせいでリタをまた巻き込んでしまった事に対する負い目だろう。


「でも、ハリスンさんが一緒にいるんですよね? あの人がいるなら、それこそ馬鹿のランディみたいなのが来ない限り、安心だと思うんですが」


 眉を寄せるルークの言葉に「そうですの?」とセシリアが首を傾げ、ランディが「誰が馬鹿だ。誰が」と顔をしかめた。


「ハリスンが妙な事を言っててな」


 大きくため息をついたランディが、リタを襲撃した人物が〝弱すぎた〟事を明かした。普通に考えれば、刺客が弱かったで済むのだろうが、白昼堂々と襲撃をかけてくるには、あまりにもお粗末だったそうだ。……ただ彼らは失念している。自分たちの常識が、普通ではない事を。


「一般人に扮してただけって事は?」


 真剣なルークに、ランディが「そりゃねーよ」と首を振った。


「なんせ、訓練用ボール一発で一瞬気絶したらしいぜ」

「マジかよ……何しに来たんだよ」


 驚くルークに「だろ?」とランディも驚きを隠せないが、亜音速に達する程のボールだ。ぶつかって大丈夫な方がどうかしている。


 そんなボールが当たって、生きているクリスはまだ頑張っている方である。


 だがランディ達からしたら、流石にボールくらい……と言いたいのだ。その結果……


「敵の目的が見えねー。ハリスン本人は、『ただの馬鹿っぽかった』っつってるんだが……馬鹿すぎるのがちっとな」


 もう一度ため息をついたランディに、「確かにな」とルークも真剣な顔で頷いた。はっきり言って何も考えていないし、ただの突発的な事件だ。そして何より、ランディに馬鹿扱いされているという奇妙な事が起きている。


「とりあえず、ハリスンにはリタを守るように言い含めてある」

「それがいいな」


 微妙な勘違いの連鎖だが、防衛という面では慎重になりすぎて間違いという事はない。だがリタを狙ってきた、という敵の一手にランディが若干センシティブになっているのも事実だ。


 ハリスン本人は問題ないと言っているので任せてあるが、気にならないと言えば嘘になる。


「気にし過ぎではありませんこと?」


 大きくため息をついたセシリアに、「気にし過ぎ?」とランディが眉を寄せた。


「ええ。気にしすぎですわ」


 優雅にティーカップを傾けたセシリアが、ランディを見つめながら続ける。


「ハリスン様と言えば、我が家もお世話になった方ですわよね」

「ああ。確かそうだな」


 頷いたランディに、「なら、安心ではなくて?」とセシリアが再びティーカップを傾けた。


「私から言わせれば、たかがボールで刺客を気絶させるほうが異常ですわ」


 呆れ顔のセシリアに、リズもうんうんと頷いている。


「相手が弱すぎるのではなく、ハリスン様が強すぎるのでしょう。その一点だけは、我が家もお世話になってるので自信がありますわ」


 セシリアの言葉にランディも、ハリスンの強さを思い出している。訓練はサボりがちだが、それでも副隊長として、あの屈強な騎士たちを黙らせるだけの腕を持っている。


「それとも、ランドルフ様は、ハリスン様を信用できませんか?」

「ンなこたぁねーが……」


 歯切れの悪いランディに、「なら、心配無用でしょう」とセシリアが大きく頷いた。確かにセシリアの言う通り、ハリスンがあの程度の連中に遅れを取るとは思えない。


「家臣を信頼するのも、上に立つ者の役目ですわ」

「……それもそうだな」


 堂々としたセシリアに、ランディも気持ちを切り替えるように両頬を軽く叩いた。いつまでも自分が心配ばかりしていては、ハリスンもリタも気になってしまうだろう。


(上に立つ者……は分からんが、ハリスンなら大丈夫だ)


 自身を省みて、少々気恥ずかしくなったランディが。話題を切り替えるために口を開いた。


「そーいや、お前らに見てほしいものがあるんだが」

「ついに出来たんですの?」

「出来たっつーか……まあ――」


 ランディが微妙を浮かべて、腰のマジックバックから一つの箱を取り出した。


 これが試作品第一号なのだが、見た目には四角い箱にレンズがついただけの、簡易的なカメラである。


 レンズは眼鏡やガラスを加工して作ってあるが、シャッターは薄い木の板をスライドさせるだけの、本当に簡易的なものだ。


「これがカメラですの?」

「いんや、まだ試作も試作段階だからな。本当はもう少し格好いい」


 ランディがそうは言うが、カメラなど見たことがないセシリアやルークからしたら、四角い箱の不格好さは分からない。


「で? 写真ってのが出来るんだろ?」

「一応な。問題点だらけだが……折角だし見て貰った方が早いな」


 そう言ってランディが試作カメラを手にとって、セシリアへと向けた。シャッターを外した状態で、手前のフィルムケースも外し、画角を決める。


「こんなもんか、な」


 納得したランディがシャッターを閉めて、一枚の紙を取り出した。これこそ、ヴァリオンを狩りまくり、作り出した感光材が塗布された紙である。これがフィルム代わりなのだが……


「なあランディ。何してんだ、お前?」

「うるせーな。これ入れるの結構大変なんだぞ」


 ……口を尖らせるランディの言う通り、感光材に光を当てないようにセットするのは少しコツがいるのだ。遮光シート代わりの黒い紙と共にセットし、その黒い紙をゆっくり引き抜いて。


「よし、準備オッケーだな」

「長えな」

「だからまだ試作も試作っつってんだろ」


 口を尖らせたランディが、「んじゃ、いくぞ――」とセシリアに向けてシャッターを切……スライドして戻した。


「これで、出来上がりだ」

「もうですの?」


 驚くセシリアは、出来上がりが気になるのだろう。若干前のめりで、「見せて下さいまし」と子どものような笑顔を見せている。


「……驚くなよ?」


 そう言いながら、ランディがフィルムケースを開くと……


「これは――」

「おい、スゲーな!」


 ……と二人が喜んだのも束の間。セシリアを映し出していた写真が、ゆっくりと色を変えて、今はグニャグニャと様々な色を映し出している。


「……これって?」

「ああ。失敗作だ」


 天を仰いだランディの言う通り、感光剤としては一流だったのだが、光に反射して色を変えるので、結局写真として機能しないのだ。


「何とかして、一瞬を切り取った状態で保存したいんだが」


 天を仰いだままのランディの横で、リズが何度かシャッター代わりの木の板をスライドしては戻している。


 正直ランディとしては、試作などとも言いたくない失敗作だ。わざわざ遠出までしたというのに、その成果はたった数秒で消える写真である。


 流れる沈黙にいたたまれなくなる。あんなに「カメラを作ろうと思う(ドヤ)」と啖呵を切っておきながら、この体たらくだ。穴があったら入りたいという言葉を、いまランディは痛感しているのだが……


「お前、これスゲーな!」

「ええ。一瞬でしたが、ちゃんと私が描かれてましたわ」


 ……カメラなど見たことない二人には、あの数秒だけでも驚きである。今も、「どんな仕組みだ」とか「これって普通の紙か?」とか二人はカメラに興味津々だ。


「ランディ……」


 シャッターをスライドしていたリズが微笑んだ。


「……私が言ったじゃないですか」


 少しだけ不満げに、でもどこか誇らしげに笑うリズは、確かに昨日セシリア達と同じような事を言ってくれていたのだ。それを思い出したランディは、情けなさのあまり自嘲気味に笑った。


 あの時は、リズが元気づけてくれていると勘違いしていたが、そうではなく本心だったのだ。


 先ほどハリスンの事で理解したつもりだったのに、まだまだ自分は思い上がっていたと痛感したのだ。それこそリズの言葉が聞こえないくらいには。


「ありがとな、リズ。少しだけ、自惚れだったみたいだ」


 肩をすくめたランディに、「いいえ。自信が無さすぎです」とリズがまた微笑んだ。


「まだまだ先は長いですが、言ったことを形にする……とても凄いことですよ。私達は今、この世界の一番前を走ってるんです。失敗なんて、するに決まってるじゃないですか」


 微笑むリズに、ランディが頷いた。確かに急ぎすぎていたかもしれない。そもそも仕組みすらフワッとしたものだ。それを作るのに、失敗なんてするのは当たり前である。


 そんな事すら忘れていたとは……


「やっぱり、自惚れだよ」


 苦笑いのランディが、カメラの試作品を手に取った。


「何でも自分で出来るって勘違いは、自惚れだろ。折角頼れる連中がいるんだ。頼ってナンボだな」


 ハリスンに頼るのも。カメラの制作を皆に手伝って貰うのも。どれもこれも、普通の事なのだ。出来ないことは、手伝ってもらえば良い。そんな簡単なことすら忘れていたようだ。


 色々出来るようになって、少し勘違いをしていたのかもしれない。

 襲いかかる襲撃者から、皆を守るのが役目だと勘違いしていたのかもしれない。


 奴らを倒すことには変わらないが、別に自分だけが戦っている訳では無いのだ。


 もちろんそれは、カメラ作成においてもだ。今までだって、リズとエリーと三人四脚で……そしてセシリアも侯爵もセドリックも……多くの人を巻き込んで、皆で盛り上げてきたのだ。


 自分はどこまで行っても、自分でしかない。出来ぬこと、劣ることの方が多いと自覚して初めて、己の強みが活かせる。


 それは至極簡単で、そして難しい事だが……。


 やはり、自分はこうでなければ、と笑顔のランディが、シャッターとフィルムケースを開いて、レンズの中にリズの笑顔を収めた。


(この笑顔を写真に収める。そして……セドリック様に自慢する)


 相変わらず邪な考えだが、吹っ切れたランディに、リズも「頑張りますね」と微笑みを返している。



「お二人共……」

「見せつけてくれるねえ」


 ジト目のセシリア達に気がついた時には遅かった。顔を赤くする二人に、セシリアが微笑んでティーカップを傾けた。


「まあ、私も興味がありますし、協力は吝かではありませんわ」

「お嬢様がそう仰るからな。俺も協力してやろう」

「へっ、協力させてください、だろ」


 憎まれ口を叩くランディだが、その顔はどこまでも明るく嬉しそうだ。


「ひとまず、魔獣の専門家に話を聞いてみませんか?」

「コリーだな」


 方針が決まった丁度その頃、昼休みの終了を告げる予鈴が響いた。


 セシリア達は、一旦午後の授業へ。

 ランディ達は、それまで時間を潰す事に。


 四人で仲良く歩きながらも、会話は尽きることはない。


「そう言えば、結局色が変わるんですから、遮光シートは要らないんじゃないです?」

「……確かに」


 あんなに頑張ってフィルムを入れたというのに……それならばもっと早く言ってくれれば良いのに。そう思わなくもないが、やはり昨日までの自分は少し頑固だったのだろう、とランディは黙って皆のアドバイスに耳を傾けることにした。

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