第51話 闇ギルド〜ランドルフという男〜

 ランディが襲撃者を撃退した翌日の午後……


「……ほれ、違約金だ」


 ……クリスは王都の闇ギルドで、リーダーの男から違約金として手付の一部を返されていた。それが意味するのは、リバーフォードでの任務失敗である。


 突き出された違約金を、クリスは見つめたまま考え込んでいる。


 ランディ達の身辺を張っていて、急に降って湧いた襲撃のチャンス。もちろん無茶な依頼はしたつもりはない。急な決定だったし、【銀嶺】や【蒼月】と離れた場所で、どの程度の護衛がいるかの確認をしたかっただけだ。


 もちろん、あわよくば……を狙っていたわけだが。どうやらクリスやリーダーの予想よりも、相手の準備は万端だったと言える。……実際はターゲットの二人――うち一人は中の魔法使い――が、決戦兵器のせいなのだが。


 とにかく依頼は失敗だ。拉致どころか情報の一つさえ回収出来なかったのだ。完全に失敗と言わざるを得ない。


 だが、突き出された違約金を前に……


「いや、今回は取っててくれていいよ」


 ……クリスは首を振って、受取を拒否した。依頼の失敗と違約金の支払いはセットだ。それを拒否するということは、普通に考えれば手切れ金と取っても差し支えない。


 リーダーとしたら、部下の前で恥を欠かされるようなものだ。手切れだとしたら、「はいそうですか」と受け入れるわけにはいかないが、クリスは別段怒っている素振りもない。


 手切れとも取れるが、雰囲気的にはそうと思えない。あまりにもクリスの不可解な行動に、リーダーの男が「どういうつもりだ?」と盛大に眉を寄せた。


「どうもこうもないよ。君たちがビビって引く前に、ちょっとだけ恩を売っときたいだけさ」


 ヘラヘラと笑うクリスに、リーダーの男が「チッ」と舌打ちをもらした。今回の依頼は、監視か若しくは拉致だ。相手に凄腕の護衛がいるなら、監視に努めるだけの楽な任務だったはずだが、それをリバーフォードの連中はしくじったのだ。


 この程度の任務をしくじって、「芋を引かれたら困る」と釘を刺される事に、リーダーが憤らない訳が無い。


「舐めてんのか?」


 ドスを効かせた声を出すが、それを聞くクリスは「まさか」と戯けて笑ってみせただけだ。本来ならもっと殺気が込められたのだろうが、クリス程度ビビらせられ無かったのには理由がある。


 実際に少しだけビビっていたのだ。いや、相手に不気味さを感じているという方が正しいか。


 長年の勘が言っている。今回の仕事はヤバいと。


 なんせ、監視をつけた連中が二度も全滅しているのだ。一度目はまだ分かる。【銀嶺】に【蒼月】が相手だ。闇ギルドの精鋭全部を派遣したとしても、五分に持ち込めるか微妙な相手だ。


 だが二度目は学生の二人旅である。確かに急に来た依頼で、準備など殆ど出来なかった。バタバタとリバーフォードへ連絡を飛ばしたのも事実だ。だが南門を張っていた仲間の話では、それらしい護衛が見当たらなかったと聞く。


 普通に考えれば、リバーフォードに護衛が待機していたのだろうが、そんな回りくどい事をするだろうか。


 もしかしたら、件の学生はとんでもない怪物かもしれない。


「……ねぇ?」


 そうであれば、「芋を引くな」と罵られてもこの仕事を下りるべきでは……


「ねえ? 聞いてる?」

「あ、ああ――」


 知らぬ間に考え込んでいたリーダーの前には、「もしかして本当にビビってる?」と首を傾げるクリスの姿があった。


「……ビビってる訳ねえだろ。ちっと次のメンツを考えてたんだ」


 ここでビビってると素直に言えれば、彼らの運命は変わっていたかもしれない。それは闇ギルドもそしてクリスもだ。


 それをしなかったのは、リーダーとしてのプライドだ。長年の勘は気になるが、それ以上に皆の前でこんな子供に虚仮にされたまま、というのはプライドが許さない。舐められたら終わりの裏社会で、ここで退くなど出来はしないのだ。


 だが、勘が気になるのも事実だ。


「ビビってはねえが、その学生の……特に男の情報がほしいな」

「男の方?」


 首を傾げたクリスが、「えーっとね」と懐から一冊のノートを取り出した。そこに書かれているのは、ランディの事細かな情報だ。


「名前はランドルフ・ヴィクトール。公国の子爵領の跡取り――」


 そうして始まったのは、クリスが様々な伝手を使って調べ上げたランディの情報だ。


「学校での成績は下の下――」

「下の下?」


 リーダーの言葉に、クリスが嘲笑を浮かべて「ビックリするでしょ?」と頷いた。成績だけでなく、男子生徒でありながら剣術や格闘術を履修していない事も挙げた。


「履修する必要がない……わけじゃねえよな?」


 リーダーの言葉に、「そうだと思う?」とクリスが次の情報を開示する。


「実は一年時に、剣術も格闘術も見学に来てるんだよ。そこで新入生向けのデモンストレーションがあったわけ――」


 授業のオリエンテーションのようなものだ。新入生に、「この授業はこんな事をするよ」と見せるものだ。剣術も格闘術も、上級生による模擬戦を見せるのが慣例だ。


 一年間鍛えれば、こんなに強くなれるぞ、という意味合いを込めて。


「――その時、彼が何て言ってたか知ってる? 『なんだこれ……』だってよ。しかも青い顔してさ」


 ヘラヘラと笑うクリスが言う通り、ランディは青い顔で「ナニコレ?」と言ったのは間違いない。あまりのレベルの低さにビビったのだ。こんな連中と訓練なんてしようものなら、最悪殺してしまう。


 訓練中に過って同級生を殺害。

 多額の慰謝料。

 貧乏子爵家に払えるはずもなく、一家は没落。


 それを想像したランディは、思わず青い顔で呟いてしまったのだ。「ナニコレ(本気でやってる)?」と。


 ヘラヘラと笑うクリスに、「だが、冒険者はやってるって話だろ?」とリーダーが矛盾を突いた。


「ああそれ? まあやってるけどさ――」


 相変わらずヘラヘラ笑うクリスが語りだしたのは、ギルドので噂や評価だ。


「言う通り、ランドルフは冒険者ギルドに登録してるんだけど、そのランクはE。そして周りからの評価は……『新人にありがちな無鉄砲』だって」


 肩をすくめるクリスに、リーダーが「無鉄砲のEランクか」と考え込んだ。


 そう。ランディのギルドでの評価は、〝無鉄砲のEランク〟だ。その原因は少々複雑だが、端的に言えばアーマーリザードの話に、箝口令が敷かれているからだ。


 持ち帰ったその瞬間こそ、最大火力を計測した話題だが、火力の大きさに慌ててギルドが火消しに走っていた。その理由はもちろん、他の駆け出しが真似しないように、である。


 特に若い冒険者――クリス達のような――に対しては、徹底した箝口令が敷かれているのだが……人の口に戸は立てられないのも事実。


 箝口令と話したがりの人間。その合せ技が生み出したのは……


 新人が(アーマーリザードの巨大種を単騎討伐するという)危ない事したらしいぜ。

 新人が危ない事してたらしいぜ。

 危なっかしい新人がいるらしいぜ。


 ……という伝言ゲームだ。それを繰り返し、ランディは危なっかしいEランクだという情報だけが駆け回ってるのだ。


 もちろん真実を知っている連中は、苦笑いでそれを修正することはない。なんせランディがそれを気にしていないし、これ以上話が拗れるのを防ぐためだ。


 学園においても、ギルドにおいても。どれもこれも、ランディの実力を霞めさせる内容だ。


 特に冒険者ランクEというのは、強さの指針として闇ギルドの男達には想像がしやすい。……実際は、ギルド上層部があまり簡単にランクを上げると、他の新人冒険者が真似をして、以下略。なのだが。


 ランクに関してはランディとギルドとの間でも話がついているが、そんなことまでクリスが調べられるわけがなく。結局ギルド職員に聞いた所で、「ああ。あいつか……」と苦笑いで、話せることしか話して貰えないのがオチだ。


「そして、もう一個。わざわざ入学前に、身辺調査もしてあるんだけど」


 そう言ってクリスがページをめくると、ランディの地元、ヴィクトールでの聞き込み内容が現れた。


「昔から良く知る城下のマダム曰く、『子供の頃からヤンチャで、よく館の裏山(から行ける魔の森)で大きな蛇(ブラックサーペント…Aランク魔獣)を捕まえたりしてたわ』だって。まあ田舎の子って感じ?」


 ヘラヘラと笑ったクリスが更に続ける。


「なんでもランディ探検隊って名前の子供ばっかの集団で、裏山(魔の森)に入って探検してたらしいよ? おもしろいよね。屋敷の裏山なのに、だって」


 嘲笑を浮かべるクリスが、更にランディの山籠もりなども伝えるが、どれもこれも真実なのにどこか核心からズレている。


「一応領に魔の森が隣接してるんだけど、森の入口は騎士が見張ってるし、何より子供が行けそうな場所は、それこそ騎士だらけ」


 そう言ってノートを閉じたクリスに、リーダーも「そうか」と頷いた。もちろん他にも、最近魔の森で取れる高位魔獣の素材が、領を潤している事も調べている。だが普通に育ってきたクリスが、まさか領主の館から、魔の森に直行出来るなどとは想像出来ない。本来なら最も防衛面で気をつけなければならない場所だ。


 世界でも有数の危険箇所と繋がったままにするなど、普通の神経では考えられない。


 もちろん幼いランディが魔の森の奥で修行をしたり、高位魔獣を狩ってきたり、などは言わずもがな、である。


 いや、クリスでなくとも普段のランディしか知らない人間が、ランディの幼少期を聞いたとて信じられる訳が無い。


 結果クリスも王国もランディへの評価は、せいぜい田舎育ちの野生児レベルになっている。


「ただ、今回と前回で護衛の腕が優れてる事は分かったからさ。やっぱ襲撃は学園だね」

「それはいいが、ちゃんと暗部を撒けるんだろな?」

「うーん。何とか旧校舎に誘き出せれば、ね」


 歯切れの悪い返事だが、条件が揃わねば闇ギルドとしても人を出さねば良いだけだ。


「なら、さっさとその作戦とやらを考えるんだな」


 ふんぞり返ったリーダーが、違約金の入った袋をもう一度クリスへ突き返した。


「次は成功させる。闇ギルドの名にかけて」


 ニヤリと笑ったリーダーに、「オッケー」とクリスも笑って袋を受け取った。


 余裕そうに帰っていくクリスの背中を見ながら、リーダーは先ほどまで感じていた不安が和らいでいる事に気づいていた。


(耄碌したかな)


 苦笑いのリーダーだが、そうではない。もし彼が、作戦より前にランディを見ていたら……もしかしたら彼らの運命は違っていたのかもしれない。いや、長い事裏の世界で生き抜いてきた男でもランディの本質は、見抜けなかったかもしれない。


 どちらに転んでいたか分からない。だが、唯一あった可能性はこの時確かに潰えたのである。



 ☆☆☆



 ハリスン達の話も入れたかったのですが、長くなりすぎまして……次回をお待ち下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る