第49話 絶好のチャンス……なわけがない

 セシリア達と分かれた二人は、一度自分たちの家に帰って必要なものを揃えていた。今回ランディ達が向かうのが、王都から少し距離があるためだ。その気になれば転移で戻ってこれるのだろうが、やはり旅となるとその準備も含めて楽しみたいものである。


「こっちは俺が持っていくとして……」


 ランディの小さなマジックバックには、少しばかりカスタマイズされた大剣とお菓子――流石乙女ゲーだけにお菓子はある――がいくつか。


「なら、私はこちらと……あとは――」


 そしてリズのアイテムボックスにも、いくつかの非常食とお菓子が詰め込まれる予定だ。


 旅に出ると言うのに、遠足感覚の二人だが、ハリスンもリタも全く心配してる素振りはない。


 帰って来られる……と言う一面もあるが、ランディがいるなら何とかなるだろう、と言う安心故だ。なんせ、十になる頃には修行と称して山籠りをするような男である。


 整備された街道付近での旅など、推して知るべしだろう。


 そんな遠足感覚の二人は今、床に並べたお菓子をよそに、リズのアイテムボックスを開いて相談中である。なんせアイテムボックスの幾つかを、占領したままの奴らがいるからだ。


「……これ、いつになったら杖の合成が出来るんだ?」

「エリーは、まだまだ血が必要だと。元の血を上書きするらしいですよ」


 アイテムボックスを覗きこむ二人だが、相変わらず〝■■の血〟の表記が変わることはない。リズの話によると、この血も媒体の一部に使うらしく、今は少しずつ集めた血を混ぜている状態らしい。


 一日に少しずつしか集めていないので、無理はないのだがなかなか気の遠くなるような話だ。


「ま、今は杖はいいか。とりあえず飴玉と……あとは途中でチップスも買って行こうぜ」

「そうですね。アイテムボックスなら、できたてを保存できますし」


 二人の会話に「お前ら何しに行くんだ?」とは誰も言わない。ただハリスンだけが、リズも結構ヴィクトールに馴染んできたな、とわずかに苦笑いを浮かべるだけである。


「よっし、じゃあ行くか!」


 ランディの号令でリズも大きく頷いて、アイテムボックスをカムフラージュするため小さめのショルダーバックをかけた。


「じゃあ、留守を頼む」


 ハリスンとリタを振り返った二人が、大きく手を振って家を後にした。今回の旅路に二人を同行させるか迷ったのだが、まだ家の防衛設備も何も出来ていない。ならばハリスンには家を守る番犬代わりに残ってもらおうと言うわけだ。


 リタを残したのは、単純にハリスンのお目付け役である。目を放すと直ぐにサボるハリスンには、リタの細やかな監視がちょうどいいのだ。


「いってらしゃーい。お土産はぶどう酒でいいっすよー」


 のんびりとしたハリスンの言葉に見送られ、二人は旅への一歩を踏み出した。






 家を出た二人が向かったのは、王都の南門、東西南北にある入口のうちの一つである。ここから馬車に揺られる事半日ほどで、王都の南を流れるレール川沿岸にたどり着く。


 沿岸の街で一泊し、そこから川を遡上する便に乗って、上流にある森まで行くのが今回の旅のルートである。


「遠出は初めてですね」

「だな」


 嬉しそうに跳ねるリズだが、ランディは周囲をウロウロする妙な気配に少しばかり面倒さを隠せない。


(ミランダさんところの人……ではねーな)


 基本的にランディがリズと一緒にいるので、侯爵家の影はあまり二人に近づくことはない。つまりランディ達の周りをウロウロとするのは、何かしらの刺客である可能性が高いのだ。


 旅の間、ずっとウロウロされるのは鬱陶しいことこの上ない。だから少々面倒だと眉を寄せたランディであるが、周囲をうろついていた気配は、乗合馬車に乗る頃には無くなっていた。


(……王都限定、か?)


 動き出した幌馬車の後ろから、遠くなっていく王都を眺めるランディだが、直ぐにその考えを打ち消した。


(ああ。なるほど。行き先が分かった以上、追跡の必要はないのか)


 乗合馬車の行き先は、大河沿岸の街だ。つまりそこに行くことだけ確認出来たのなら、後は目的地に先回りするか、もしくは目的地にも奴らの仲間がいるのだろう。


(まあ好きにしてくれ。来るなら……大河に沈んでもらうが)


「フッ」と笑って、視線を車内へと戻したランディの目の前には、心配そうなリズの顔があった。どうやらランディの雰囲気で、刺客の存在に勘づいたらしいリズだが……


「気にすんな。蝿みてーなもんだ」


 ……ランディの笑顔に「わかりました」とリズも固い表情ながら頷いた。




 リズの心配をよそに刺客の気配が無い馬車の旅は、そのものであった。


 同席した乗客の青年と、馬車の揺れの少なさで盛り上がり。

 小さな子連れの親子とお菓子を折半し。

 中年男性のぶどう酒を分けてもら――おうとするランディをリズが窘め。


 流石に乗合馬車が行き交うだけ合って、魔獣の襲撃もない旅は順調に進み、日が暮れた頃には目的の街までたどり着いていた。





「乗合馬車も悪くねーな」

「はい。一期一会とはこういう事を言うのですね」


 半日を共有した旅人達との出会いに感謝しつつ、二人は港にほど近い宿へと向かっていた。そこは御者を務めてくれていた男性が薦めてくれた宿だ。何から何まで、今回の乗合馬車は恵まれていたらしい。


 御者が薦めてくれた宿は、小ぢんまりとした造りだが、大河の恵みである魚料理が美味いらしく、それがまたぶどう酒によく合うそうだ。


「――ぶどう酒によく合うらしいぞ」

「みたいですね」

「本当に美味かったら、成人してからまた来ようぜ」


 思いも寄らない言葉に、リズが驚いて隣のランディへと視線を向けた。〝酒を飲みたい〟発言かと思って、適当な返事をしたのだろうが、返ってきた言葉は予想外だったようだ。


「何だよその顔」


 眉を寄せたランディに、「いえ……」とリズが口ごもったかと思えば


「酒を飲みたいだけじゃと思うておったが――」


 ケラケラと笑ったエリーが姿を現した。


「なに言ってんだよ。護衛の役目もあるのに、酒なんか飲むか」

「馬車でもらおうとしておった阿呆が、何を格好つけておる」


 鼻を鳴らしたエリーに、「ば、馬車の時は近くに気配がなかったから」とランディが口を尖らせた。


「ほう? ならば今はあるのか?」


 笑顔のエリーが、素早く周囲へ視線を飛ばした。エリーは魔力のゆらぎで人の位置などを特定することは出来るらしいが、ランディのように敵意などの気配までは察知できない。


「馬鹿。キョロキョロすんなよ。ちゃんと振る舞っとけ」

「つまらん。街ごと吹き飛ばせばよかろう」

「はいはい。悪ぶらないの」


 ヘラヘラと笑うランディに、「おのれ……」とエリーが呟くが、結局鼻を鳴らすだけでそれ以上は何も言わなかった。


「ひとまず宿に行こーぜ」

「まあ、腹を満たすことが最優先であるな」


 腹をさするエリーを伴い、ランディは周囲をうろつく気配に怪しまれぬよう、紹介された宿へと向かうのであった。





 ☆☆☆




「さて、来るかな?」


 何事もなく宿にたどり着き、料理に舌鼓をうち、リズと是非成人してからまた来ようと約束を交わし、シャワーも浴び終わった深夜……ランディはリズの部屋で、リズと二人でベッドに横になっていた。


「や、ややややややっぱり……こ、ここの態勢でなくてもいいのでは?」


 動転するリズは、恥ずかしそうにランディに背を向けた。少しリズに悪いとは思うが、別にランディとて嫌がらせでこんな事をしているわけではない。


 一応リズには説明済みだが、これはれっきとした誘き寄せの作戦なのだ。


 周囲をうろつく連中はランディ程ではないにせよ、気配を察知出来るだろう。ならばそれを逆手に取れば良いのである。


 若い男女の旅行。

 深夜の部屋に二人きり。

 密着する気配。

 そしてそこから動かない。


 普通に考えられるとすると、お楽しみの後に二人でそのまま寝てしまったシチュエーションだ。完全に油断している場面なのは間違いない。こんな絶好の機会で襲撃をかけてこないなら、恐らく襲って来ることはないだろう。


 そうであるなら無視していたら良い。


 そう説明はしたのだが……流石に相手を誘き出す作戦とは言え、やり過ぎ感は否めない。実際リズは先程から耳まで赤いし、エリーに至っては姿すら見せないのだ。


「やっぱ、やめと――」


 ランディが口を閉じた事が、何を意味するのかくらい今のリズにも直ぐに分かったようだ。先程までのうろたえ具合とは一転、リズも急に大人しくなった。極度の緊張からか、それとも百戦錬磨の侯爵家の一員としての教育の賜物か。


 とにかくリズが大人しくなったことで、ランディも彼女に寄り添うように窓に背を向けて静かに目を瞑った。


 そうしてしばらく……静かに窓が開く音が聞こえ、壁際のベッドまで幾つかの足音が、ゆっくりと近づいてくる。


 ときおり軋む床の音に、リズの身体がわずかに強張るが、その頭にランディがそっと手を乗せた。強張ったリズの身体が弛緩した時、二人にかかっているシーツがゆっくりと捲られ……


「いやーん。エッチ!」


 ……ランディのアイアンクローが、手前の男をがっしりと捉えた。


「エリー!」

「指図をするでない」


 ランディの声とほぼ同時、エリーの魔法が残った男たちを拘束する。木の床から伸びたようなツタが絡まった男たちは、口も塞がれ「ムームー」とくぐもった声を漏らすだけだ。


「よっし釣り成功だな……エリー、あっちの屋根とそっちの屋根に一人ずつ」

「ふむ。屋根の上にいる馬鹿二人じゃな」


 エリーが頷くと同時に、ランディが捕まえていた男の意識を奪った。


「ちっと、外の奴らを回収してくる」


 窓枠に足をかけたランディに、「任せよう」とエリーが頷く頃には、ランディは窓を飛び出しエリーが拘束した男の元へと降り立っていた。


 屋根の上には、部屋と同じ様にツタに囚われた男が一人。そして少し離れた場所にも、転がる人影が見えている。どうやら向こうも同じ様に拘束済みなのだろう。


 屋根の状況を確認し、周囲に他の気配が無いことも確認したランディが、ツタに拘束された男の顔を覗き込んだ。


「こんばんは……ちっと面ぁ貸してもらうぞ」


 ニヤリと笑ったランディが男の意識を刈り取った。

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