第48話 物事には順序ってものがある

「七不思議を解明したいんj――」

「駄目です」


 宣誓しようとするランディに、リズの無慈悲なNGが被せ気味に突き刺さった。


「何でだよ。面白そうだろ?」

「駄目なものは駄目です」


 完全に取り合ってくれないリズに、ランディが頬を膨らませて助けを求める視線をセシリアへと向けた。


「そんな顔をしても駄目ですわ」

「諦めろ。馬鹿。そして可愛くねえ。ぶん殴るぞ」


 紅茶を優雅に飲むセシリアと、その隣で顔をしかめるルーク。


 ランディ達は今、学園にあるカフェのテラスにいる。いつも彼らが昼食を楽しむあの場所は、パーティションも設置された、貴族御用達の半個室のような場所だ。


 ここではランディもルークも人目を気にすることなく、羽を伸ばせるのだが……


「誰が誰をぶん殴るって?」


 椅子から立ち上がったランディがルークを睨みつけるが、ルークも負けじとランディを睨み返した。……羽が伸ばせるのも考えものである。


「お前だお前。俺はまだこの前の事、許してねえからな」

「チッ。ケツの穴の小せーやつだな」


 睨み合いながら鼻を鳴らしたランディに、「ランディ、言葉遣いが酷いです」とリズが呆れ顔で苦言を呈した。流石にランディも〝ケツの穴〟はマズかったな、と無言でルークから視線を逸らして椅子に座り直した。


「七不思議、面白そうだろ?」


 なおも頬を膨らませるランディに、「でも引き連れて行ってこい」とルークがケラケラと笑ってみせた。


「探検隊……。おいルーク、お前は探検隊の隊員だろ? 隊長の言うことは絶対の約束じゃねーか」

「馬鹿か。俺は今、セシリアお嬢様の護衛だ。お前の馬鹿な探検に付き合ってた時とは違うんだ」


 鼻を鳴らしたルークに、ランディが「チッ」と再び舌打ちをもらして足を組んだ。


 先日オカルト研究会へと行ってから、ランディの中では〝学園の七不思議〟がブームだ。昨日オカルト研究会へと顔を出し、その内容を聞いてからは特に、である。



 王立学園には、昔から七つの不思議が存在する……そんな語り出しで始まるのは、ランディの心を揺さぶる素敵な言い伝えだ。


 一。廃棄された禁書庫


 学園の地下には、かつて栄えた旧時代の遺跡が眠っており、当時の禁書庫に通じる階段がどこかにあるという。また禁書を守る悪魔が存在しており、書庫に入った者は悪魔に魅入られ二度と戻ってこないという。


「実際は、古語専門のルーヤ教授が使用している地下書庫で、勝手に入った生徒は説教部屋に連れて行かれるんでしたか」

「…………」


 二。運動場に咲く血の桜


 運動場の隅にある巨大な桜の木は、開花時期の深夜零時になるとその花弁を真っ赤に染めて怪しく輝くのだという。なんでも桜の下には、たくさんの死体が埋まっており、彼らの血を吸った桜が花を赤く染めているらしい。


「実際は、園芸サークルによって品種改良された魔力樹で、近くの魔導灯から放たれる光を花弁が吸収して一時的に赤く光って見えるだけですわ」

「…………」


 三。夜泣きの石像


 学園入口にある学園の創始者であるカール一世の石像は、夜になると涙を流すことがある。実は暗殺疑惑のあるカール一世だけに、未だに成仏できず無念で涙を流しているのだとか。


「石像頭頂部に入ったヒビから、内部に夜露や雨水が浸水。少しずつ内部の亀裂を満たした水が、まぶた付近のヒビから漏れてただけだろ」

「……お前ら、ロマンと言うものがないのか?」


 全員から語られた真相に、ランディが盛大に眉を寄せた。


「ロマンも何も、既にこの三つは謎が解明されてんだ。残りも似たような感じだろ」


 肩をすくめたルークの言葉に、リズもセシリアも頷いた。実際、七不思議のうち三つは三人が言った通り解明されており、残りの四つもどうせそんなくだらない真相だろう、と今は誰も相手にしていないのだ。


 だが、アナベルだけは唯一のオカルト研究会の一員として、学園祭の展示にゴーストの正体か七不思議の解明を考えている。


 その七不思議にランディが興味を持ったわけだ。ちなみに残りの四つはというと


 四。鏡の間に現れるもう一人の自分

 五。無限に続く黄昏の回廊

 六。彷徨う教室

 七。新月の塔


「そもそも私達のような素人が、邪魔をするべきではありません」


 残りの四つも既にアナベルが動き始め、レポートも作り始めている以上、それを邪魔してはいけない。そんな事を言いながら、リズが優雅にティーカップを傾けるが……ランディは知っている。リズはお化けが恐いということを。だからこうして、反対しているのだと言うことを。


「リズ……そんなお前の後ろに――」

「ヒャ!」


 ランディの低く恐ろしい声に、リズが肩を跳ねさせ思わずランディに抱きついた。


 予想外の反応に、ランディが顔を赤らめ……


「近いわ。この戯けめ!」


 ……不意に現れたエリーが、ランディの胸板に拳を突き立てた。抱きついてきたと思えば、殴られる。何とも正反対な行動だが、中身が違うので仕方がない。


「殴ることはねーだろ」

「やかましい。妾の手のほうが痛いわい」


 眉を寄せたランディに、エリーが手をさすりながら「も怒っておるぞ」と鼻を鳴らした。


「リズにごめんって――」


 ――言ってくれ。と言いかけて不意に口を閉じたランディを、エリーが拳を「フーフー」しながら見上げた。


「なんじゃ?」


 眉を寄せるエリーに、ランディが顔を近づける。


「だから、近いと――」

「お前、今……リズって?」

「……言っとらん」


 頬を膨らませてそっぽを向いたエリーをランディが覗き込んだ。


「いや。言った」

「言っておらん」

「おい、ランディって呼んでみろ」

「やかましい。近いわ小僧!」


 近づこうとするランディと、それを押しのけようとするエリー。仲が良さそうでいいのだが……


「何をイチャついているのですか?」

「見せつけてくれるねー」


 ……呆れ顔のセシリアと、口笛を吹くルークにからかわれる事に。


「べ、別にイチャついてねーだろ?」


 慌てふためくランディの横で、エリーにバトンタッチされたのだろうリズが「ラ、ランディのせいです」と見事に未だ赤い頬を膨らませている。


 そんな二人に、「はいはい」とルークとセシリアの声が重なった頃、リズが空気を引き締めるために大きく咳払いをした。


「と、とにかく、今はカメラの作成が先ではないですか? カメラが出来れば、もし怪異現象が起きても収められますよね?」


 リズの言葉にランディも「確かに」と大きく頷いた。実際に言われてみたらそうである。やはり七不思議の探検に行くならカメラがあった方が良い気がしてきたのだ。


「じゃー今日の午後から休みにかけて、予定通り感光材の材料になりそうな魔獣を狩りに行くか」


 実は先日アナベルを訪ねた時に、〝魔獣研究会〟の人間にも出会えたのだ。アナベルの幼馴染らしい平民の男子生徒――名前はコリー――は、やはりランディ達の一つ下で、いい意味でアナベルと同じであった。オカルト研究会同様、既に彼しか部員のいない〝魔獣研究会〟を一人で切り盛りしている魔獣オタクなのだ。


 ちなみにコリーの深い知識に感動したのが、セシリアだったりする。スライムとイビルプラントという二種だけだが、魔獣の飼育を始めたセシリアにとって、魔獣に対する造詣の深いコリーは、非常に優秀な人材に見えたのだろう。


 卒業後の進路に、ハートフィールドへ来ないかと勧誘までする始末だった。


 とにかく、コリーの情報で感光材になりそうな魔獣のあてはついた。ならば予定通りその魔獣を狩って感光材を採取するのが、七不思議への近道なのである……正確には七不思議ではなくカメラの作成だが。


 とにかく七不思議を調べたいランディにとって、カメラの作成は急務になった。当初の予定では時間がかかっても、セドリックに自慢してやろうくらいだったのが、かなり短納期になった形だが、締切が決まったほうがやる気が出るのもランディである。



「よし、そうと決まれば早速行きますか。今回は遠いしな」

「そうですね」


 立ち上がった二人がセシリア達に向き直った。


「では、セシリー、また来週」

「ええ」


 頷いたセシリアが手を挙げる前に、ランディ手を挙げ口を開いた。


「それでは、ご機嫌よう」


 柔らかく手を振るランディに、セシリアが嫌そうな顔を向け、ルークも呆れた顔を浮かべている。


「ランディ、それ流行んねーぞ」

「良いんだよ」


 鼻を鳴らしたランディが、今度こそ二人に「じゃあな」と笑って、リズと共にテラスを後にした。


 パーティションの向こうから聞こえる、二人の楽しげな会話に、セシリアがルークの横顔をチラリと見やってティーカップを傾けた。


「探検隊、行きたそうな顔をしておりますわ」

「まさか」


 即座に否定したルークが、セシリアへ柔らかく微笑んだ。


「午後からも、お嬢様の学園での勇姿を見守るんですよ。そちらのほうがずっと楽しそうです」


 真っ直ぐなルークの瞳に「そう、ですの」とセシリアが僅かに頬を赤らめて視線を逸らした。


「お嬢様こそ。エリザベス嬢を羨ましそうに眺めておいででしたが?」

「……フフ。少しだけ――」


 そう呟いたセシリアがティーカップの最後を傾けた。


「――少しだけ。ああして思いを寄せる殿方と、冒険するのを羨ましく思っておりますわ」


 眩しそうに瞳を細めたセシリアの視線の先には、リズとランディが先程まで座っていた椅子があった。


「ならば、我々もやりましょうか?」

「はい?」


 急な提案に思わず素っ頓狂な声を上げたセシリアに、「我々も冒険をしましょう」とルークがセシリアを覗き込んだ。


「週に何度か午後が空いておりますし、サークルの無い日もあります。午後からランディ達のように、冒険することは可能でございます」


 ルークの提案に、セシリアがわずかに視線を逸らした。


「思いを寄せる殿方でないのは、御愛嬌ということで」


 思いを寄せる殿方、というワードを思い出したルークが、肩をすくめて戯けてみせた。


「そ、そんな事はありませんわ!」


 ルークの言葉を否定したセシリアが「ですが……」と再び視線を逸らしながら続ける。


「ですが、私の我儘でルークの負担を増やすわけには――」

「何を仰ってるんですか。私はお嬢様が学園で、この王都で不自由なく好きに行動出来るようお守りする事が仕事です」


 自身が拒否された訳では無いと知ったルークが、セシリアに優しく微笑んだ。


「その程度の負担など、私にとっては全く問題ではないですよ。それに――」

「それに?」

「我儘なら、ランディの馬鹿に付き合わされて慣れっこです。お嬢様はもう少し我儘を仰ってもよろしいかと」


 騎士の礼を取ったルークへ、「我儘ですか」とセシリアが繰り返した。


「はい。我儘です。美しい女性の我儘を叶えることこそ、我々男の本願ですから」


 完璧なスマイルを見せるルークだが、それを見るセシリアは……


「そうやって、今まで何人もの女性を口説いてきたんですのね」


 ……ジト目である。ランディがセシリアには黙っていた、ルークのナンパ癖だが、リズにはちゃっかり話している。リズに話せばそれ即ち自動的にセシリアの知ることになり……


「ち、違います。決してそのような――」


 ……内心ランディに悪態をつきながらも、慌てるルークという珍しい光景を生み出した。あまりにも必死なルークにセシリアが思わず吹き出し「まあ良いですわ」と頷いた。


「ルーク――」

「はい」


 その呼びかけだけで、ルークが自然にセシリアへ手を差し出し、それをセシリアが取って立ち上がった。


、まずは午後の授業ですわ」

「お供します」


 優雅に歩くセシリアと、その後ろをついていく騎士ルーク。未だ二人の距離は主従であるが、いつかリズやランディのように隣になる日は遠くないかもしれない。そして、二人がランディ探検隊に組み込まれる日も……遠くないかもしれない。

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