第46話 ゴース◯バスターズ!

 地下へとたどり着いた二人を迎え入れたのは、薄暗い廊下とカビ臭い独特の空気であった。


「こりゃ、なかなかに雰囲気があるな」


 苦笑いのランディに、「私も初めてなので」とリズも若干引き気味である。日の差さぬ暗い地下で魔獣の研究を日々繰り返す集団。なかなか期待できそうだ、と二人が部屋の上に掲げられているプレートを頼りに、魔獣研究会を探し……


「あ、ここですね」


 ……ちょうど中程で目的のプレートを探し当てた。


「結構空き教室が目立ってたな」

「地下はやはり人気がないですから」


 苦笑いのリズが、魔獣研究会の扉をノックする。暗く静かな廊下に、ノックの音が響き渡った。


 ……が、それだけで扉にもその中にも、何の変化はない。


「あれ? 留守でしょうか?」

「いや、向こうに気配は感じるぞ。俺がやってみる」


 今度はランディが少しばかり強めに扉をノックした。先程よりも大きな音が廊下に響き渡り……


「お?」


 ……ランディが気付いたように横を向いた瞬間、隣の教室の扉が開いた。大きく軋みながら開いた扉に、そしてまさか隣の扉が開くと思っていなかった不意打ちに、リズが「ヒャ」と声を上げてランディの裾を掴んで隠れた。


「なんだ。気配がすると思ったら、隣の部屋か」


 どうやらランディが感じていた気配は、隣の部屋の住人が壁ギリギリの所にいたものだろう。


「あ、あの……そちらは今日、留守にしていますよ」


 もじもじと口を開いたのは、一人の女生徒だ。フワフワと柔らかそうな茶髪と、潤んだ瞳が特徴的な小柄な女生徒の言葉に、ランディが未だに背中に隠れるリズを振り返った。


「仕方ねーな。出直すか」


 その言葉でようやく自分の格好に気づいたのだろう。「そ、そうですね」とリズが咳払いとともにランディの陰から姿を現し……


「あれ? エリザベス様ではありませんか?」


 ……姿を表したリズに、目の前の女生徒がその瞳を見開き嬉しそうな顔を見せた。


「ええ。私はエリザベスですが……」


 首を傾げたエリザベスだが、女生徒の顔をよくよく見て「もしかして、アナベル様でしょうか?」と頬をほころばせた。


「お、覚えていて下さったんですね」

「当たり前です」


 どうやら知り合いらしい二人だが、ランディからしたらいまいち状況が飲み込めていない。普通に考えたらラクロスの関係者かとも思うが、ここはどう見てもラクロスサークルの部室ではないだろう。


 困惑するランディに気がついたのか、振り返ったリズが「彼女は、クリス・ロウ様の婚約者です」とアナベルとの関係を教えてくれた。


 王太子エドガーの婚約者であったリズ。そして法務卿子息クリスの婚約者であるアナベルは、学園外でも何度か顔を合わせた事があるらしい。


 王家主催のパーティなどに、婚約者として随伴した時らしいが……今は残念ながら、リズは婚約者ではない。


「エ、エリザベス様が、あのような事をするとは思えません……」


 うつむくアナベルに、「もう終わったことですから」とリズが優しく微笑みかけた。


「あの騒動はショックでしたが、素晴らしい出会いに恵まれましたので」


 後光が差しそうな笑顔に、アナベルが「よ、良かったです」と笑みを返した。


「そう言えば、アナベル様はここで何を?」

「わ、私ですか……」


 ゴニョゴニョと語尾がすぼんで行くアナベルが、チラリと自分が出てきた扉を振り返った。


「わ、私……オカルト研究会に所属してまして」

「オカルト……」

「オカルトぉ?」


 一瞬で血の気が引くリズと、こんな世界にオカルトがあるのか、と驚くランディ。対象的な二人が取った行動は……


「ら、ランドルフ様――」

「アナベル嬢、そのオカルトとは一体どういったものでしょう?」


 ……完全に真逆だ。この場を離れようとリズが提案する前に、ランディがオカルトに食いついてしまったのだ。


「ご、ご興味がお有りですか?」


 ランディの勢いに後ずさるアナベルだが、その瞳に映る嬉しさは隠せない。


「ええ、とっても」


 大きく頷くランディの後ろでは、リズが顔を青くしてランディの裾を引っ張っている……が、ランディはそんな事お構いなしだ。


「きょ、興味がおありでしたら、見学されていきますか?」


 アナベルの言葉に大きく頷いたランディ。リズが力いっぱい引っ張った所で、全身筋肉のランディに勝てる道理などなく……哀れリズはランディに引きずられる形でオカルト研究会の部室をくぐる事となった。






 オカルト研究会の部室は、意外にも綺麗に整頓されていた。魔導灯の光が淡く照らす室内は、中央に大きなテーブルと数脚の椅子。あとは壁を覆い尽くす程の棚くらいで、非常に小ざっぱりした雰囲気だ。


 ランディの想像では書類や謎の器具が散乱している部屋だっただけに、思わず「意外に綺麗だな」と失礼な感想が口をついてしまったほどに、整理整頓が行き届いていた。


 もちろんリズから脇を突かれた結果になったそれだが、目の前のアナベルは意外にも気にしていないようで、今もオカルト研究会の活動を語っている。


 王立学園オカルト研究会。


 こんな魔法がありゴーストも飛ぶ世界で、オカルトとは……と言いたくなるが、意外にその歴史は古く、研究内容も専門的だ。


 もっとも基本的な研究は、やはりゴースト関連だろう。


 ゴースト……と言われれば、誰かの霊と定義しがちだが、実際魔獣認定されるゴーストは、本当に誰かの霊かどうか解明されてはいない。それを突き詰めて研究するのだそうだ。


 具体的には、ゴーストを捕まえて、種々の実験を施して、生前の記憶を蘇らせるのだそうだが……


「実験にゴーストが耐えられなくて」


 先程までと違い、流暢に話すアナベルだが、それを聞いているランディとリズはドン引きである。


 目の前の華奢な少女が、ゴーストを捕まえて拷問にかけている光景――厳密には拷問ではないのだが――を想像すれば、ランディ達の気持ちも分かるだろう。


「なので、もう少し霊体強度の高い、レイスあたりを捕まえたいんですが――」


 ゴーストと違い、レイスは強力だ。流石に目の前の少女では生け捕り(?)は無理なようだ。


「……と言うか、ゴーストって捕まえられるんですね」

「はい。一応道具がありまして……」


 ランディの疑問に、アナベルが奥の小棚からゴソゴソと引っ張り出してきたのは……


「あかーーーん!」


 ……その形状に、ランディが思わず叫んで頭を抱えてしまった。


 急に素っ頓狂な声を上げたランディに、リズとアナベルがビクリと肩を震わせるが、ランディからしたらクレームものの形状である。誰にクレームかと言うと……


(何してんだよ開発者ぁあああ)


 ……仮にこれがゲーム準拠の世界だと仮定した場合の、創造神開発者である。


 完全に、やっちまってるのだ。


(ゴース◯バスター……いや、オ◯キュームじゃねーか)


 頭を抱え続けるランディの感想通り、背負い籠のように見えなくない透明な容器。その先についた蛇腹とバキュームのような口。緑の弟がマンションでお化け退治するアレにそっくりである。


「ランドルフ様、急にどうしました?」


 余所行き口調のリズに、「いや、気にするな」と言いつつ、ランディはもう一度オバ◯ュームを見つめた。


(いや、まだ吸い込むと決まったわけじゃない。ビームで捕らえる可能性も……)


 それはそれでアウトなのだが、一縷の望みをかけてアナベルに「これって、使い方は――」と恐る恐る聞くと……


「これはですね、光の魔石をエネルギーにして、特殊な光線を出してゴーストを捕らえます」


 アナベルがスイッチを入れると、耳鳴りのような音の後にバキュームの口から細い何本もの光の管が現れた。


「聖水などでゴーストを、この光線で捕まえて、そのまま後ろの特殊容器に捕獲する魔道具です。歴代の会員が魔道具研究会と共同で開発した、世界に一つしか無い特別製なんですよ」


 胸を張るアナベルだが、それを聞いているランディは苦笑いが止まらない。


 オ◯キュームとゴースト◯スターズのコラボレーション。フィーチャリングポ◯モンと言った具合か。


(あと、光線がすげー王◯っぽい)


 突っ込みどころ満載だが、これ以上この話を長引かせては収集がつかない。


 今も嬉しそうに道具の性能を語るアナベルには悪いが、ランディは思い切って話題を切り替える事にした。


「ゴーストの捕獲は良くわかりました。他にも何かやってたりします?」


 あからさまな話題転換だが、意外にも話をふられたアナベルは嬉しそうに口を開いた。


「あとは、古代史を紐解く研究もしてますし……あ、身近だと学園の七不思議とかも――」

「七不思議?」


 ランディが首を傾げた瞬間、部屋に置かれている柱時計が大きな音を立てた。ビクリと肩を震わせたリズと、「あ、もうこんな時間ですね」と残念そうにするアナベル。


「すみません。まだまだ話したいのですが、もう帰らないと――」

「いえいえ。貴重なお話が聞けて楽しかったです」

「よければまた来て下さい。月水金は大体ここにいますので」


 頭を下げるアナベルに、「ええ。次は七不思議を聞かせて下さい」とランディとリズが礼をして部屋を後にした。





 既に日も暮れ始めているのだろう、薄暗かった廊下は更に暗く上の階でも、帰り支度を急いでいるのだろう音が騒がしく響いている。


「結局魔獣の情報は得られませんでしたけど……」

「楽しかったから良いだろ。リズのラクロス再入部も決まったことだし」

「ま、まだやるとは言ってませんよ?」

「それと七不思議探検も」

「それもまだ決まってません! カメラはどうしたんですか?」


 上の賑やかさに負けぬ二人も、今日はひとまず家路につくことにした。


 この偶然の出会いが、後々カメラ完成のきっかけになり、更にクリスの陰謀まで叩き潰す事になろうとは、まだこの時は誰も知らない。

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