第45話 覚悟なんて最初から

 セシリアとルークを見送ったランディとリズは、当初の予定通り〝魔獣研究会〟を訪れようと、サークル棟と呼ばれる建物へと足を向けていた。


 普段ランディ達が利用している教練棟は学園のほぼ中央に位置しているが、今から向かうサークル棟はちょうど寮の近くでもある。学園の裏手に近く、教練棟とは運動場を挟んだ位置関係でもある。


 寮から歩いて暫く、ランディ達はサークル棟へとたどり着いた。作りは教練棟と同じくレンガ造りで地上三階、地下一階建ての建物には、学園に存在するサークルほとんどの部室が存在している。


 時刻は、もう午後の授業も終わり、いわゆる放課後である。普段は静かなサークル棟がもっとも活発になる時間帯だ。。


「確か魔獣研究会は、地下だったと……」


 入り口付近に作られた館内案内板を見るリズが、「……地下であってますね」とランディを振り返った。


「確かにそうみたいだな……」


 振り返ったリズ越しに、ランディも案内板を覗き込んだ。確かに魔獣研究会が地下にあるのは確認したが、それ以上に実に様々なサークルがあるのだ。


 剣術や射撃に格闘といった戦闘系に加え、魔術、魔道具の研究といったファンタジーらしいサークルは勿論のこと、ダンスや馬術、そして美術や音楽に文学といった貴族の嗜みっぽいサークルもある。


 だがランディの目を引いたのは……


「へー。フットボールなんかの運動部もあるんだな」


 ……数こそ少ないが、フットボールに水泳、中にはラクロスといったランディのような元一般人には馴染みのないスポーツまである。


「そうですね。その辺りは貴賤の区別なく楽しめる競技として、昨今人気が高いですね」


 微笑んだリズは、どこか懐かしそうだ。そう言えば、追放される前の学園での様子など殆ど聞いたことがなかったな、とランディは自分の不甲斐なさに頬を掻いた。


「んで、リズはどこに所属してたんだ?」

「え?」

「サークル。やけに場所にも詳しいし、何かやってたのかな、って思ってな」


 案内板に視線を戻したランディに、リズが照れくさそうに「ほんの二ヶ月程ですが……」と顔を赤らめて、一つのサークルの文字をなぞった。


「……ラクロスサークルに」


 はにかんだリズに、ランディは(え? ラクロス?)と絶賛混乱中だ。普通に文化系かと思いきや、まさかの運動部である。そしてラクロス。ラクロスというスポーツに全く馴染みのないランディにとっては、全く想像が出来ない物なのだ。


 内心首を傾げるランディの真横を、数人の生徒が通り過ぎていく。彼らの背中を見送ったリズが、「入学して直ぐに婚約が決まってしまい……」とその後に始まった王妃教育のせいで、サークルを早々に去った事を明かしてくれた。


「セシリーともサークルで知り合ったんですよ」

「へー。セシリアもか」


 ラクロスを良く分かっていないランディだが、何となくリズがラクロスサークルに思い入れがあることくらいは分かった。


「また、やりたいんだろ?」


 ランディの見せた笑顔に「えっと……」とリズが困ったような笑顔を返した。


「本音を言えば……〝はい〟ですが、あまり現実味がありません」


 首を振ったリズが、ハリスンやリタの給金に加え、カメラという新しい挑戦もあることを挙げた。


 加えて……


「現在進行系で、狙われている可能性もありますから」


 ……先日向けられた刺客が、誰に対してのものか分からない以上、あまり狙われやすい状況を作るのは得策ではない。リズの言っている事はもっともだが、それを飲み込めるかどうか、はまた別の話だ。


「確かにお前の言う通りなんだが……」


 そう言いながらランディは、窓の向こうに続く運動場へと視線を向けた。どうやら今日は馬術サークルが使っているようで、運動場に置かれた障害物を、馬を操る生徒たちが華麗に飛び越えている。


「……どこぞの馬鹿のせいで、俺らが我慢する必要はねーだろ」


 ランディの言葉に応えるように、運動場で馬が一際大きな障害物を飛び越えた。


「つっても、俺もお前に無理強いをしてた人間なんだがな」


 申し訳無さそうに頭を掻いたランディに、「いえ」とリズがすかさず首を振った。


「ランディとの開発は楽しいですし、私も好きで一緒にいますから」


 微笑んだリズにランディが思わず言葉を詰まらせるが、それをリズには悟らせまいと「そうか」とだけ呟いてまた窓の外に視線を向けた。


「なら、俺が一緒に見てりゃ問題ねーだろ」

「ラクロスを、ですか?」

「ああ」


 駆ける馬を眺めるランディに、「ありがたいのですが……」とリズが恥ずかしげに俯いた。


「何か不都合があんのか?」

「えっと、ユニフォームが可愛らしくて私にはちょっと似合わないかな……なんて――」


 恥ずかしそうにモジモジするリズに、ランディは思わず顔を覆いそうになるのを堪えつつ、いつもの不敵な笑みを返してみせた。


「そりゃ好都合じゃねーか。見るのが楽しみだ」


 余裕たっぷりの返しが出せたことに、内心(俺、偉い。頑張った)とランディは自画自賛だが、リズは恥ずかしすぎたのか……


「小僧。お主ら、いつまでイチャついておる」


 ……ため息交じりのエリーが現れた。


「あのな、イチャついてねーだろ。大事な話だ」


 ため息を返したランディだが、これ幸いとエリーに向き直った。


「実際のところ、お前はどうなんだよ? ラクロス、面白そうじゃね?」


 笑顔のランディに、「フン」とエリーが鼻を鳴らして視線を逸らした。


「妾の意見なぞどうでも良かろう。馴れ合いなぞする気はない」

「お前、なに拗ねてんだ?」


 首を傾げるランディに、「拗ねてなどおらん」とエリーが鼻を鳴らした。


「いんや、拗ねてる」

「拗ねておらん」


 平行線の二人の会話を、通り過ぎる生徒たちが中断させる……生徒たちが去った後には、二人の間に沈黙が流れていた。


(ルークやセシリアとのやりとりから変だったが……あれか? 過去の色々か?)


 ランディが思い出しているのは、エリーが〝世界から捨てられた〟という事だ。恐らくランディ達のやりとりを見て、昔を思い出したか羨ましくなったか……そして自分という異物が受け入れられるわけがない、とでも考えているのだろう。


(ボッチ仲間だと思ってた俺に、ちゃんと友達がいてビビったか……はたまた、昔に友人と何かあったか――)


 とにかくエリーの機嫌が悪いのは間違いない。なんせランディを見つめるエリーの瞳は、今まで見たことが無いほど冷めているのだ。


 だが、そんな瞳を向けられているランディはと言うと……


(なんだ。意外に可愛い所があるじゃねーか)


 ……と余裕の表情だ。古の大魔法使いと言うが、どうやら中身は年頃の女の子らしい。その事を認識し直したランディが、「とりあえず拗ねてる件は置いとくとして……」とため息混じりに沈黙を破った。


「お前の意見はどうでも良くはねーだろ。お前ら二人の身体だ。折角なら、二人で楽しめたら最高じゃねーか」


 眉を寄せたランディに、エリーが「お主は……」と開きかけた口を閉じた。二人の脇を、再びサークルに所属しているのだろう生徒達が通り過ぎていく――


 みたび静かになった廊下に、エリーのため息が響き渡った。


「お主に一つ言っておくぞ。妾は古の大魔法使いにして、この世界に捨てられし禁忌の存在じゃ。妾を一介の婦女子と同じ扱いをするでない」


 ふんぞり返るように腕を組むエリーを前に、ランディはどうやら自分の予想は当たっていたと確信した。


 エリーはランディ達の友誼を見て――なぜかは知らないが――また捨てられる事を恐れている。


「妾は禁忌の存在。貴様らとは根底から――」

「そりゃ無理があるだろ」


 相変わらずふんぞり返るエリーの言葉を、ランディが笑顔で遮った。


「俺にとっちゃ、お前はエリーって言う名の、素直じゃねー女の子だ。それ以上でもそれ以下でもねー」


 ケラケラと笑うランディに、エリーが瞳を細めた。


「妾が女の子、じゃと……? 妾の邪悪さも知らずに、好き勝手言ってくれるの」

「そりゃ知らねーからな。俺から見たら、お前は少々口が悪い、ただの女の子だ」


 相変わらず笑顔のランディに、エリーの瞳が更に細められた。


「よかろう。ならば妾が身体を取り戻した暁には、妾の邪悪さをとくと見せて――」

「させねーよ」

「は?」


 呆けるエリーに、ランディは笑顔のまま「させねーって」と繰り返した。


「お前にそんなこと、させるわけねーだろ」


 微笑んではいるのに、隙のないランディの気配にエリーがその顔をわずかに歪めた。ギリギリとエリーが奥歯を鳴らし、て口を開いた。


「妾を止められるとでも?」

「そりゃそうだろ。俺のほうがお前より強いからな」


 事もなげに言い切ったランディに、エリーの顔が更に歪む。


「余程自信があるようじゃな。本当の妾を知らぬくせに」


 殺気すら見えるエリーの瞳だが、ランディはその視線を払いのけるように手を振って、その顔を初めて真剣なものへと変えた。


「自信じゃねーよ。


 ランディの言っている意味が分からないのだろう、エリーが眉を寄せているが、それに構わずランディが続ける。


「お前の身体を見つけるまでに、俺がお前より強くなるって、そしてお前の全てを受け入れるって……覚悟だ」


 ランディとエリーを沈黙が包みこんだ。運動場やサークル棟の中から聞こえる生徒たちの声が、やけに遠くに聞こえる。


「かく、ご……?」

「ああ。覚悟だ。お前がどんなに絶望して暴れようとも、それより強い俺が全部受け止めてやるって覚悟だ」


自信満々に胸を叩くランディに、エリーの瞳がわずかに揺らいだ。


「何が覚悟じゃ。阿呆の理論ではないか」


「阿呆で結構。俺はお前らを受け入れると決めた以上、お前らに対して最後まで責任を持つ。途中で投げ出すなんて、


 鼻を鳴らすランディが、エリーに反論の機会を与えないように更に続ける。


「お前の恨みや何やも、もちろん過去も知らねー。だがそれがお前を苦しめるなら、俺がそれをぶち壊してやる」

「そんな単純な――」

「知らん。俺が決めたんだ。出来る出来ないじゃなくて、〝やる〟んだよ。……ランドルフ・ヴィクトールを、この俺を舐めんなよ」


 不敵に笑うランディに、エリーの瞳に薄っすらと光が戻る。


「俺がやると言った以上、お前の身体を探し当て、お前を過去の因果から解き放ち、幸せいっぱいの腹いっぱいにしてやる」


「もし……もしも、妾がそれでも止まらないとしたら――」


「そん時ゃ、俺が一緒に生きてやるよ。例え世界がお前を捨てようとも、俺はお前を捨てねー。受け入れるってーのは、そういう事だろ?」


 微笑んだランディに、エリーの頬がわずかに赤く染まり……


「わ、私も絶対に見捨てません!」


 ……不意に現れたリズの言葉で、エリーの気配が霧散してしまった。完全に気配を消したエリーに、ランディが「なんて?」とリズに首を傾げると、


「『阿呆には敵わん』だそうです」


 苦笑いのリズがエリーの言葉を代弁した。


「褒めてんのか、それ」

「最上級の褒め言葉ですよ、これ」


 良く分からない決着だが、少しは納得してもらえたのかも、とランディは大きく息を吐き出した。


「ま、ワガママ女王の気持ちが少しは晴れた所で――」

「目的の場所に行きましょうか」


 笑顔で頷いたリズの向こうに、『誰がワガママじゃ』とエリーが透けて見えた気がする。そんな良く分からない感覚に、ランディが思わず笑みを浮かべて地下へと続く階段へ一歩を踏み出した。


「強くならねーとではあるが、本音を言うと早くエリーの身体を見つけてーんだけどな」

「そうなんです?」

「だって、楽しそうじゃね? 三人で学校通うの」

「それはそうですね!」


 嬉しそうに手を打ったリズが、「『阿呆と一緒は嫌じゃ』だそうです」と呆れた笑顔を見せた。


「それ! リズとエリーは話せるのによ……せめて三人でワイワイ話せればマシなんだが」

「私の身体からエリーの魂が出る感じでしょうか?」

「絵面的に他の人には見せられねーな」


 笑いながら地下へと消えていった二人の話題は、再びリズのラクロスへと戻っていた。


の阿呆に、うた時点で逃げるべきじゃったの)

(フフ。褒めてるんですよね?)

(さあの……)


 この日、初めてエレオノーラは、エリーとしての自身を受け入れたのであった。

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