第44話 気の置けない友が一人いれば、人生は豊かである

「そんな事があったんですの?」

「ええ、そうなんですよ」

「おい、てめっルーク。適当な事ばっか言ってんじゃねーぞ」


 眉を寄せるランディの声に、ルークは「ほら、ね?」とセシリアとリズへウインクをしてみせた。


 今ランディ達は、セシリアの馬車で女子寮へと向かっている最中だ。本来なら〝魔獣研究会〟へ顔を出そうという話であったが、セシリアの引っ越しのため、急遽荷物の積み込みを手伝うことにしたのだ。


 女子寮は男子禁制なので、正確にはランディ達が手伝える事などない。それでも幾つかのマジックバックに荷物を詰め込んだり、それを運んだりする必要がある。リズが加わるだけで、その労力はかなり減るだろう。


 そんなわけで女子寮へと向かう車内では、ルークによるランディの幼い頃の暴露話が盛り上がりを見せていた。


 修行と称し、魔の森に籠もって一週間帰らなかった事。

 巨大な丸太を振り回して、屋敷の裏口を壊した事。

 隣の領の子息に、ドロップキックを食らわせた事。


「まあ、では昔からこんな感じですの?」


 驚くセシリアに、「こんな感じってなんだ」とランディが鼻を鳴らした。そんなランディの反応に、ルークが悪い顔で笑いながら更に続ける。


「ええ。昔から。私のほうが二つ歳上なんですが、初対面で『よし、子分にしてやろう』ですからね」

「アラン様もグレース様も、苦労なされたでしょうね」


 リズがちょうどため息をついたのとほぼ同時、停止した馬車にこれ幸いとランディが馬車を飛び降りてルークを振り返った。


「おい、ルーク。ちっと面ぁ貸せ!」


 ルークを睨みつけながらも、リズの手を取るランディに、ルークが「少しは成長したな」と笑顔で肩をすくめてみせた。


「親父殿みたいな事、言ってんじゃねーよ」

「仕方ないだろ? お前がちゃんとをやれてるか心配なんだ」


 顔をしかめるランディに、ルークが余裕の笑みを返しながらセシリアの手を取った。


「さて、麗しきご令嬢方ともう少し会話を楽しみたかったのですが……」

「ルーク!」

主人が呼んでるので、少々席を外します」


 愛嬌のある笑顔で、ルークは立派な礼を見せてランディと二人で、女子寮へと続く門へと向かっていった。







「それにしてもお前が、王国で嫁さんをひっかけてたとはな」


 悪い顔で笑うルークに、「あのな」と門柱にもたれたランディが、チラリと馬車へと視線を移した。門を挟んで反対側に停車している馬車は、先ほど寮へと消えていった主を待っている。


「滅多なことを言うな。レール川に沈められちまうだろーが」


 顔をしかめるランディに、ルークは楽しそうに「溺れるお前を見てみたいよ」と満面の笑顔を返すだけだ。


 ランディの数少ない友人、悪友ルーク。ランディは彼の出自を知っている……知っているが、「だからどうした」という感想だ。


 理由や経緯はどうあれ、ルークはランディ達ヴィクトールの家臣でありかけがえのない友人でもある。幼かったランディとルークは兄弟のように育ち、よく喧嘩をし、よく悪さもして、よく怒られたものだ。


 時が経ち、ルークは騎士に。ランディはヴィクトールの跡取りに。それぞれの道が確立した今も、二人の関係が変わることはない。本来であれば、身分を弁えランディには敬語を使わねばならない立場にあるが、ランディがそれだけは拒んだのだ。


 だが兄弟のように育っただけあって……


「ランディ。素直になれ。あのお嬢さんは、お前の好みのど真ん中だろ?」


 ……ランディの好みや色々を完璧に熟知している、ランディからしたらやりにくい相手でもある。


「しかももう一人の大魔法使い殿もいい線いってる、だろ? さてさて、どっちを娶るのかな」


 ニヤニヤと笑うルークに、ランディが「馬鹿か」と鼻を鳴らして視線を逸らした。


「人の心配してねーで、お前こそそろそろ相手を見つけねーとだろーが」


 口を尖らせるランディに、「出会いがなくてね」とルークが肩をすくめてみせた。


「ケッ。ヴィクトールで片っ端から女に声をかけまくってたナンパ野郎が、よく言うぜ」


 悪い顔で笑うランディに、「昔のことだろ」とルークが初めて苦笑いを返した。


「ま、セシリア黙っててやるよ」

「誰にも言わないで貰えると助かるんだが」


 相変わらず苦笑いのルークに「そりゃ無理な相談だ」と、ランディがお返しとばかりに肩をすくめてみせた。


 そうして暫く二人で、盛り上がったあと、不意に訪れた沈黙にランディが小さく息を吐いた。


「にしても……公子が護衛なんていいのかよ?」

「元だ。今はヴィクトールの…いやハートフィールドの騎士だからな」


 迷いのないルークの瞳に、「そりゃそうだが」とランディが盛大なため息をついた。


「お前が玉座を狙うなら、親父殿も俺も協力を惜しまねーぞ?」

「今更そんなものに興味はねえよ。兄達で好きに争、え…ば……?」


 語尾がすぼんで行くルークが、「もしかして……」と目を見開いてランディを見た。


「お前、最近王国の貴族と色々やってるのって、公国政府を揺さぶってるわけじゃねえよな」


 公国貴族でありながら、公国の伝手を使う事なく王国の領地貴族と手を結んで様々な事業を展開している。その事実は、公国の政府にとってはあまり気持ちの良いものではないだろう。


 なんせ国内で占有できたかもしれない利益が、他国に流れているのだ。


 ともすれば公国側から苦言を呈されない事態に、ルークはアランやランディがそれを切っ掛けに、ルークを押し上げようとしていると邪推したわけだが……


「ンな訳ねーだろ。たまたまだ。たまたま侯爵閣下や伯爵閣下と利害が一致しただけだ」


 首を振ったランディが、そもそもヴィクトール領自体、公国で爪弾きに合っているではないかと口を尖らせた。公国でも浮いた存在なのに、どこに頼れる伝手があるのだ、とランディからしたら言いたいのだ。


「浮いてるのは、殆どお前のせいだろ」


 呆れ顔のルークが言うように、幼少期に隣の領地のバカ息子にドロップキックを食らわせた事件を皮切りに、無礼な令嬢に説教をしたり、それに激怒したその両親を撃退したりと、ランディと言う異常者のせいで、ヴィクトールは完全に浮いているのだ。


「まあ若気の至りってやつだ」


 苦笑いを浮かべたランディに、「俺は見てて痛快だったし、良いんだが」とルークが笑みを返した。


「とにかく、今の俺には大公家に恨みなんてねえよ」

「それなら良いんだが……ただな――」

「ただ?」


 首を傾げたルークから、ランディが申し訳無さそうに視線を逸らした。


「お前は親父殿のために騎士になった訳だろ? それが俺の都合でこんな場所に引っ張り出したと思えば、な」


 視線を逸らせたままのランディに、ルークが一瞬だけ驚き……そして破顔させてランディの肩を強く叩いた。


「どうした? 人の気持ちが分かるようになるとか……明日で世界が終わるのか?」

「茶化すな。これでも結構真面目に言ってんだぞ」


 ランディがルークの手を振り払いながら睨みつけた。その真剣なランディの表情に、ルークもまた顔を真剣なものに戻して口を開いた。


「何の問題もねえよ。俺は俺の意思でお前たちの役に立ちたいと思ってる。それにな――」


 不意に女子寮を見上げたルークに、ランディも視線を女子寮へと向けた。そこには窓辺から手を振るセシリアとリズの姿があった。


「セシリア様は、素晴らしい方だ。本当に、心の優しい素晴らしい――」


 セシリアに向けて手を挙げるルークにならい、ランディも同じ様にリズへ手を挙げた。


「領民にも聞いていたが、実際にお会いするとまた違うな」


 嬉しそうに目を細めたルークに、「へぇ」とランディが笑みを浮かべた。


「まだ一日と少ししか過ごしていないが、領民を思う優しい心、そして己を高める弛まぬ努力。どれもこれも尊敬に値する素晴らしいお方だよ」


 眩しそうにセシリアを見上げるルークに、「そうかい」とだけランディも答えて、それ以上は何も言わなかった。


 セシリアを見上げていたルークの瞳が、あの頃と変わらず澄んだままだったから……。




 ☆☆☆



「それでは、私達は屋敷へ戻りますわ。リザ、手伝ってくれてありがとう」


 馬車の前でカーテシーを見せるセシリアに、リズとランディが気にするなと応えた。実際ランディはここまでついてきただけでしかないし、リズも友人とワイワイ引っ越しの準備が出来て楽しかったのは事実だ。


 ルークがセシリアの手を取り、馬車へと誘導し、ルーク自身もセシリアを追うように馬車へと乗り込んだ。


(まあ、絵にはなるな)


 甘いマスクの騎士が守る、金髪縦ロールのお嬢様。確かにランディでなくとも、二人が並んだ姿は絵になると思える光景だ。


(素晴らしいお方……ねぇ)


 ルークの母親が生きていたら、聞かせてやりたい言葉だったと思える。中々母離れできず、そのくせ女ったらしで何度も母親に心配をかけたルークが、今こうして一端の騎士として、立派な姿を見せているのだ。


 まだ主従の二人だが、若い男女が一緒にいるのだ……この先が無いとは限らない。その時はルークの母親へ、いの一番に報告してやろう。それがルークをこうして引っ張り回した自分にできる、彼女へのせめてもの手向けだろうから。


 色々な事がランディの頭を巡っているうちに、馬車の扉が閉まり、変わりに窓が開いてセシリアが顔を覗かせた。


「それでは、また明日。ご機嫌よう――」


 いつも通りの挨拶をするセシリアへ、ランディがおもむろに近づいてニヤリと笑みを浮かべてみせた。


「じゃあな、ルーク。お前が惚れ込んだ、素晴らしいセシリアお嬢様に失望されねーようにな」

「え゙――」

「てめっ、ランディ――」


 にわかに騒がしくなった車内に、ランディが「ケケケ」と悪い笑顔を浮かべて、口を開いた。


「なに慌ててんだよ。事実だろ? 騎士として惚れ込んだお仕えすべき素晴らしいお方……。それともそれ以外に意味があるのかなー?」


 悪い顔のランディに、セシリアが顔を赤くしルークも「グッ」と言葉を詰まらせた。その姿に満足したランディが、御者の男に「出して下さい」と声をかけた。


 ゆっくりと動き出す馬車。

 真っ赤な顔のセシリア。

 窓から「てめえ、覚えとけよ」と苦笑いを見せるルーク。


 それらを「では、ご機嫌よう」とランディが満面の笑みで手を振って見送る横で、リズが「ランディ……」と少しだけ嬉しそうな顔でため息をついていた。


「はっはー。微妙な車内の空気に悶えるといいわ。馬鹿ルークめ」


 してやったりの笑顔のランディに、「貴様に友人が少ない理由が分かったわい」とエリーですら呆れ顔である。


「馬鹿か。これが俺なりの愛情表現だ。お前とだって、しょっちゅう言い合ってんだろ? そーゆーこった」


 自慢気に笑うランディだが、そこに含まれた愛情表現にエリーが「……知らん」と口を尖らせてその気配を消してしまった。


「ンだよ。照れちまったのか?」

「ランディ、エリーを虐めないで下さい」


 ジト目のリズに、「虐めてねーだろ?」とランディが眉を寄せた。


「女の子は、もっと真っ直ぐな気持ちがいいんです」


 頬を膨らませ、歩きだしたリズを「そりゃそうだが……」と頭を掻きながらランディが追いかけた。




(大丈夫ですよ、エリー。私達は何があってもあなたの傍にいますから)


 リズの心の声に、エリーが応える事はなかった。

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