第43話 角度が少し変わるだけで、その先の開き方ってエグいよね

 ランディの悪友にして、アランやハリスンが認める男、ルーク。


 正史におけるルークの役割は、いわゆるお助けキャラである。乙女ゲー『運命の聖女と厄災の輪舞曲』には、攻略対象キャラ以外にも、パーティに加入させる事が出来るお助けキャラがいる。


 期間限定のキャラから、中盤以降ずっと使えるキャラ。そしてルークはと言うと、終盤にようやく現れるお助けキャラだ。


 だが、彼をパーティに入れる人間は皆無と言っていい。その理由は単純明快で、彼に対するイベントが殆ど無いからだ。


 他のお助けキャラですら、ここに至るまで様々なイベントで、絆(友情)を深められただけに、「なぜ終盤でこんなキャラを出したし」とプチ炎上まで起きた程だ。


 たかがお助けキャラごときで、なぜプチ炎上騒ぎまで起きたか……それはルークの王子様然とした見た目と、彼の数奇な出自にも関係している。


 お助けキャラ、ルーク。本名を、ルーカス・。ハイランド公国の大公の庶子であるが、お家騒動を恐れた家臣から、母親もろとも辺境へと追いやられた不遇の公子。


 そうしてたどり着いたのが、母の故郷であるヴィクトール領だ。屋敷で使用人として働く母の傍ら、ルークも歳の近いランディと一緒に、幼少期をヴィクトール領で過ごしていた。



 自身の出自を知って尚、母と共に受け入れてくれた子爵家に対して、多大な恩義を感じていたルークは、ランディを実の弟のように可愛がって遊んでいた。


 そう、正史においてランディには、ルークという二つ歳上のが居たのだ。自信に満ち溢れ、常に先頭に立ってランディ達を引っ張る存在。それが正史におけるルークである。


 そんなルークの後をついて回っていたランディは、正史においても真っ直ぐな青年に育っていた。


 だがその性格はかなり違う。良く言えば聞き分けがよく、利発な子。その一方、優柔不断で、常に誰かに意見を求める男。それが正史における、ランドルフ・ヴィクトールという青年だ。


 エリザベスやエレオノーラを受け入れられる程、器は成熟していなかったとも言える。


 そして、エリザベスが子爵領を訪れたころには、兄貴分ルークは実母の死を切っ掛けに、己の力を試したいと――本心は己の身が、子爵領に影響を与えないように――冒険者となって国を離れていた。


 あとは、ゲームのシナリオ通りである。恩義あるヴィクトール家は勿論のこと、公国がエレオノーラによって滅ぼされてしまうのを、ルークは異国の地で知ることになるのだ。


 自分の家族同然の人々を奪った魔女を討つため、ルークは終盤で元公国を訪れたキャサリン達に協力する事になるのだ……レジスタンスを率いる亡国の公子として。


 その時初めて、ルークの口から子爵領には三人の子どもが居た事も語られる。


 この事情ありまくりの背景と、その見た目から炎上し、「追加コンテンツで攻略対象になるのでは?」という噂まで駆け巡っていた。


 本来ならば、主人公サイドのお助けキャラになる人物が、セシリアと出会った理由だが……セシリアが実家に呼び戻された話と関係している。



 時はしばし戻り……



 ――――――――――


 ランディ達が、まだ風呂の増築に手をかけるより前……セシリアは一人、実家であるハートフィールド伯爵領へと帰ってきていた。


 邸宅のある領都、レオンハート。その地へと降り立ったセシリアは、一人感慨深い思いで夕焼けに染まる港を眺めていた。


(学園に戻る時は、ここが皆の希望になるなんて、思いもしませんでしたわ)


 まだ小さい港だが、既に対岸であるヴィクトール領へ向けて、魔獣の輸出が定期的に始まっている。もちろん飼育自体も始まってはいるが、そちらはまだまだこれからだ。


 今はスライムやイビルプラントを冒険者や騎士達が捕まえては、ヴィクトール領へと輸送している。両者とも領全体で掃いて捨てるほどいるのだ。しばらくはこれで問題はないだろう。


 飼育したほうが効率が良いのは間違いない。だがそれが軌道に乗るまでは、何としてでも必要な素材をかき集めるのが、ハートフィールド家の仕事だ。


 それでも魔獣を輸送船に乗せて搬出するという、前代未聞の試みも成功させたのだ。領の人々の努力が必ず実ることをセシリアは信じている。


 もちろんこの領で、牧畜を頑張ってきた人々を蔑ろにするつもりはない。ランディの計画により、豚の胎盤を使った美容液の研究も進んでいるし、何よりそれを広告等にした豚肉の抱き合わせも聞いている。


 豚由来エキスで美肌。

 それと同時に、豚肉にも美容効果があると宣伝を打つのだ。


 ランディはプラシーボ効果を狙っているが、実際豚肉には美容にいい成分が含まれている。プラシーボ効果に加え、実際の栄養価もあれば、鬼に金棒だろう。


(豚肉のこともありますし、まだまだ忙しくなりそうですわ)


 まだまだやるべきことは山積みだが、この時間でも活気づく港を見るに、領の未来は明るい。


 確実に上向いている領の活気。そんな状況で、セシリアを呼び戻した理由は、やはり先日セドリック達に向けられた刺客の件だろう。


 今はミランダが手配してくれた護衛がついているが、彼女には彼女の仕事があるだろう。本来ならば、自分達の護衛くらい自前で用意するものである。


(でも、我が家の忙しさで人を出せるのでしょうか……)


 護衛が必要なのは、何もセシリアだけではない。仮に美容液関係での刺客ならば、両親は勿論のこと、各施設の護衛強化も必要だろう。


(そうなってくると、私を一旦休学させる……という話でしょうか)


 学園ではなく、家に帰らせれば、少なくとも人員を割く必要がなくなるのだ。


 様々な思いがセシリアの脳裏を巡る中、馬車に揺られることしばらく、日がちょうど沈む頃にセシリアは自宅へと帰り着いた。


 玄関には使用人だけでなく、まさかの両親の姿もあった。


「お父様、お母様――」


 馬車から駆け下りたセシリアを、セシリアの両親が優しく抱きしめた。


「まずは婚約の件を、謝らねばならぬな」


 そう謝る父親に、セシリアも「いいえ」と声を詰まらせて首を振るだけだ。しばし親子の再会を噛み締めた三人は、玄関ではいつまで経っても使用人たちが休めまい、と父である伯爵の執務室へと場所を移した。





「さて、セシリー。急な呼び出しですまなかったな」


 微笑むセシリアの父に、セシリアも「そうですわ」とようやく彼女らしさを覗かせた。


「今回ルシアン候から、刺客の件を聞いたわけだが……」


 そう切り出した父に、セシリアもやはりその事かとその耳を集中させる。


「この刺客がどういったものか分からない。どうやら口を割らないようだ」


 大きくため息をついた父に、セシリアも「それは……」と言葉を詰まらせた。口を割らない以上、様々な勢力の可能性を考慮せねばならないのだ。


「今お前の身にどれだけ危険が迫っているか、は理解しているかい?」

「ええ。嫌と言うほど」


 頷いたセシリアに、「結構」と父も頷いた。


「ルシアン候は、護衛の件は気にするなと仰ってくれている。だが、元々必要だからその人数を王都へと送っているわけだ」


 父の言葉にセシリアも、護衛の女性にはやはり元々何かしらの仕事があったのだ、と改めて理解した。


「そこで、だ。私としては可愛い愛娘を自領へ戻したい――」


 思っていた通りの言葉に、セシリアが思わず身を固くした。分かっていた事だが、面と向かって告げられると、やはりダメージが大きいのだ。


「休学させるとしても、お前とこうして直接話して決めたくてな」


 父の真っ直ぐな視線に、セシリアは思わず俯いた。


「き、危険は承知です……」


 震える唇が、勝手に動いていると気がついたが、セシリアにはもう止めようがなかった。それだけセシリアは学園での生活に、楽しみを見出しているのだろう。


「ですが――!」


 声を上げたセシリアを、父が遮るように手を挙げた。


「やはり、学園には残りたいんだね?」


 優しく微笑んだ父に、セシリアは思わず大きく頷いた。


「ならば、セシリーに護衛をつけねばならんな」

「ごえい? ですが我が家は……」


 首を傾げたセシリアに、もう一度父が微笑み「入りたまえ」と扉に向かって声を上げた。


「――失礼します」


 凛とした声とともに入ってきたのは、金髪碧眼で甘い顔立ちの青年であった。見覚えのある甲冑は、ハートフィールド家のものだが、セシリアは彼の事を見たことがない。


「お初にお目にかかります、ルークと申します」


 恭しく挨拶をする青年に、セシリアも「セシリアですわ」と立ち上がってカーテシーを返した。


「お前に護衛をつけたかったが、知っての通り我が領もまだ火の車。しかもこの領を手薄にするわけにはいかない。そしてそれはルシアン候とて同様なのだ」


 不意に始まった説明に、セシリアは立ったまま黙って頷いた。


「そんな折、ヴィクトール卿から、護衛が必要であれば、出自の確かな青年を騎士として出向させる旨の連絡が届いたのだ……息子の学友として、これからも仲良くして欲しい、と」

「そんな事をして、大丈夫ですの?」

「なに。戸籍上は全く問題ない。書類上は既に我が領の人間だ」


 微笑む伯爵が、そうでなくとも今伯爵領に監査など入れようがないと笑い飛ばした。


「いえ、それもですが……ヴィクトール領は? あそこがいくら小さいとは言え――」


 言葉を選ぶように黙ったセシリアだが、彼女の言わんとしている事は、その場の全員に伝わっている。セシリアはランディの実力を知らないが、一応リズの護衛も兼ねていると聞いている。ならば、相応の実力があるのだろう。


 加えてハリスンも護衛として、王都へ詰めている。それだけの人材を放出して尚、ハートフィールドのために人手を回しては、ヴィクトール領の防衛が疎かなるのではと言いたいのだ。


 セシリアの意図を汲んだ伯爵が、ルークを振り返った。まるで、「どうなのかね?」と聞くような素振りに、ルークはセシリアへ優しく微笑んだ。


「ご心配いただきありがとうございます。ですが、私やハリスンさんが抜けた程度の穴ならば、問題ありません。ヴィクトールのは健在ですので……」


 微笑んだままのルークに、セシリアも思わず「そうですの」と頷くしか出来なかった。


「これが学園への申請書類だ……が、彼とお前との相性もあるだろう。明日一日一緒に過ごしてみて、問題なければ彼を連れて学園に帰りなさい」


 伯爵の言葉に、セシリアはルークと名乗った青年をもう一度振り返った。


「よろしくお願いします、セシリアお嬢様」


 微笑むルークの笑顔が完璧すぎて、セシリアも「はい」とだけしか答えられないでいた。


 正史ではランディの兄貴分として、そして子爵達に迷惑をかけぬよう冒険者になったルーク。だがこの世界線では……


 ――よし、お前をランディ探検隊の隊員にしてやろう。


 第一声目から、ランディという異常者にその頬を引っ叩かれ、その異常さにあてられながら成長してしまっていた。


 公子と知りながら、自分を受け入れ幼馴染とその家族。


 ルークはその恩義に報いるため、冒険者ではなくヴィクトール家で騎士となっていた。……そもそもルークが心配する必要がないほど、ランディが強すぎるという側面もあるが。


 とにかく騎士となったルークは、これまたランディという特異点を介し、絶対に出会うことのなかったセシリアと巡り合う事となったのだ。




 ―――――――



 そして現在……


「もう既にお昼ですわね」

「いかが致します? お嬢様だけお屋敷へ行かれますか?」

「いいえ。折角ですし、寮に荷物を取りに参りましょう」


 ようやく王都へたどり着いたセシリアとルークの二人は、一先ず引っ越しのために寮へと荷物を取りに行くことに決めた。


 ランディやリズと違い、セシリアはハートフィールド家の令嬢として、ハートフィールド家の王都別邸を使える。ルークという異性の護衛の件もあるので、王都にある屋敷から通学することになったのだ。


 そのためにまずは寮に荷物を取りに行こうと、馬車で学園まで来た二人の視線の先には、遠くからでも目立つデカい紅毛の姿があった。


「あら、ちょうどいいですわ」

「ですね」


 二人が笑顔を浮かべた頃、奇しくもランディの隣で、リズがセシリアの馬車に刻まれた紋章に気付いたように立ち止まった。


 二人の前で馬車を止めたセシリアに、「まずは私から」とルークが馬車を颯爽と降りた。降りてきたルークの姿に、ランディが目を見開いているが、ルークは構わずセシリアを振り返って手を差し出した。


 ルークに手を引かれ、馬車を降りたセシリアが「ご機嫌よう」と、ランディ達に向けてカーテシーを見せた。


「セシリー、帰ってきたのですね」

「ええ。先程ですが」


 再会を喜ぶ女子二人の横で、黙ったままの男二人はしばし睨み合うように見つめ合う。


 異様な雰囲気に黙ってしまったリズとセシリアを尻目に、ランディとルークがお互い一歩距離を詰めた。


「「フッ」」


 ほぼ同時に笑ったランディとルークが嬉しそうに手を挙げ更に近づく……胸の前でガッチリと手を握りあった二人は、そのままお互いを引き寄せてハグをした。


「面白そうな事してるらしいな、ランディ」

「(他国の貴族令嬢の護衛をしてる)テメェには負けるけどな、ルーク」


 正史では、エレオノーラに復讐心を燃やしていたルークは、こうして彼女の軍門に加わる事となった。

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