第42話 最近の学校は順位とか貼り出さないらしいよ

 テストに、風呂の増築に、と激動の一週間――既に不審者の事など忘れている――が終わり……普段の学園生活がまた幕を開けた。二学期も折り返したこの季節は、学園は期末の文化祭の話題で盛り上がりを見せ始める頃だ。


 その前に期末試験もあるのだが、そこはそれ。皆、開催まで二ヶ月を切った学園祭のことで頭がいっぱいである。


 クラスという概念のない学園では、各サークル――クラブみたいなものはある――単位や生徒会、もしくは仲の良いグループ単位で、それぞれ教室や学園の敷地を使って様々な出し物をする。……現代日本で置き換えると、大学の学園祭に形が近いだろうか。


 この時ばかりは身分の上下が逆転するほど、平民や下級貴族が大活躍を見せる。たまに上級貴族が勘違いで高級サロンなんかを運営するらしいが、結局そこに行くのは上流階級ばかりだ。一部の生徒しか顔を出せない催しに、人気が出るわけもなく……大体が閑古鳥が鳴く事になるらしい。


 平民が出す賑やかな屋台。

 下級貴族が出す高級喫茶。

 各クラブの展示や実演。


 このあたりが定番の人気で、後はホールで開催される演舞。そして後夜祭に開かれるダンスパーティがメインだろう。


 学期末のパーティも兼ねているダンスパーティでは、平民や婚約者のいない貴族達が、挙って愛の告白をすると有名な時間帯でもある。


 出し物をする人間は準備に奔走し、意中の相手がいる人間はそれまでに距離を近づけたくて奔走する。学園全体が少々浮ついた雰囲気になるのが、この季節の慣例である。


 事実今も大通りを通学中の生徒たちは、今年の学園祭の話題で盛り上がりを見せているのだ。


 そんな浮ついた雰囲気の中、同じ様に通学するランディ達はと言うと……


「望遠鏡ですか?」

「ああ。航海するなら、持ってると思うんだけど」


 ……カメラのレンズを作るためのヒントを、望遠鏡に求めていた。


「お兄様に聞けば、すぐに手に入ると思いますが」

「セドリック様か……」


 リズの言葉にランディが腕を組んで考え込んだ。セドリックに聞くのは構わない。だが、出来ればもう完成間近、いや完成してからリズの写真を持っていきたいと思っているのだ。


「お兄様では何か不都合がお有りです?」


 不安そうなリズに「いんや」とランディが首を振って続ける。


「今回の開発は、セドリック様を驚かせたいってーのが、一つの目標なんだよ。だから、いきなり頼るのはちっとな」


 苦笑いのランディに、「そういう事ですか」とリズが嬉しそうに頷いた。


 セドリックを頼れば、絶対に何に使うのかを話す事になるだろう。そうなれば、写真の事なども説明しなければならない。写真という概念をセドリックが認識してしまえば、確実にリズの写真に思い至るだろう。


 そうなっては、本気になったセドリックの介入があることは明白だ。


 有り余る富と能力、そして異大陸にまで広がる人脈を駆使して、セドリック本人がカメラを作り上げてしまう恐れすらある。いや、あのお兄様ならやりかねない。だから、セドリックには内緒にしておきたいのだ。


 内緒にして、せめて試作が出来上がった段階で、「これ、よくないですか?」と満面の笑みで、リズの写真を見せるつもりだ。


 完全にランディの悪戯心で始まったプロジェクト故に、やはりセドリックを頼るのは頂けない。


「最悪眼鏡とか、あーガラスを加工してみてもいいかもな」


 ブツブツ呟くランディに、リズが「フフッ」と微笑んだ。


「それなら先に、感光材でしたっけ? そちらを当たってはどうでしょう?」

「感光材かー」


 確かにそれもそうなのだが、実際そちらは全くのノーアイデアなのだ。そもそもカメラの仕組みもフワッとしか知らない。レンズで集めた光を、シャッターで通してフィルムに焼き付ける。そのフィルムを現像する。その程度の知識しかない。


 あとはそれぞれが、絶妙な化学反応だという事くらいだ。


(作るんなら、普通のフィルムカメラより、チェキみたいな感じのやつがいいんだが)


 撮影から現像までカメラ一つで出来る方が良い。そうなるとフィルムというか感光紙が重要になるのだろうが……ランディには全く検討がつかない。そもそもチェキのフィルムに、恐ろしいほどの技術が濃縮されている事くらいしか分からないのだ。


(クラフトで色々作れるとは言え、化学反応までは分からんぞ)


 ウンウン悩むランディに、リズが首を傾げて口を開いた。


「光を受けて、色が変われば良いんですよね? そんなモンスターがいるんじゃないですか?」

「それだ!」


 手を打ったランディの大声に、周囲の視線が一斉に集まった。リズが笑顔で周囲に愛想を振りまきながら、ランディの脇を軽く突く。


「悪い悪い、盲点だった」

「しっかりして下さい」


 完璧な貴族スマイルで、器用に会話を交わすランディとリズに、周囲の視線が再び各々の世界へと戻っていく。


「魔獣か。魔獣がいたな」


 納得したように頷いたランディの中では、カメラ=科学技術というイメージがあったせいで、この世界特有の魔獣という便利ツールの事を完全に失念していたのだ。


「エリーが何か知ってるかな」

「『知らん』だそうです」

「ンだよ。起きてんのか」


 苦笑いのランディにリズも同じ様に苦笑いを返した。こんな時間に起きているとは、珍しいこともあるものだ、とランディ達は苦笑いが止まらない。


「なら、冒険者ギルドか……」

「それもいいですが、学園にも〝魔獣研究会〟というサークルがあったはずです」

「へー。折角だから行ってみても良いかもな」

「では、授業終わりに顔を出してみましょうか」


 とりあえずの方針が決まったのとほぼ同時、ランディ達の目の前には学園の正門と、その向こうに続く人だかりが目に入った。


 この学園に通って一年と半年。既に何度も見た光景だけに、「ああ、そういやそれもあったな」とランディががっくり肩を落とすのも無理はない。


 生徒たちの人だかりの原因は……先日行われた中間試験の結果だ。試験結果の順位と点数が、学年の別はあれど、全員分が校舎前にデカデカと張り出されるのである。


(時代が時代なら完全アウトだぞ)


 競争心を煽るような措置だが、貴族をはじめ優秀な生徒が通う学園において、自分の力を誇示できる機会だと、在校生からも保護者からも強い賛同の声が上がっているらしい。


 そんな競争心を煽る象徴……試験結果を一目見ようと、先程まで浮かれていた他の生徒たちも、人だかりの中へと突っ込んでいく。


「まるで芋洗いだな」


 眉を寄せたランディの言う通り、張り出された結果の前には悲喜こもごもの学生たちが群がっていた。


 ランディからしたら、追試の報せがなければ順位などどうでも良い。だから、今までは気にしたこともないのだが、今回はリズにつきっきりで勉強を教えてもらったのだ。


 過去は振り返らない、とは言ったものの少しだけ気にならないわけではない。


(こういう時に、無駄にデカいのは良いな)


 人より頭一つほど抜けているお陰で、人混みの上からでも結果を見ることが出来る。しばしランディは自分の名前を探すために、結果の紙の上で視線を動かした。


 もちろん、下から順にだが。


「お!」


 思わず感嘆の声を上げてしまったランディに、リズが「上がってました?」と微笑んだ。


「ああ。前回よりも成績が上がってるぞ」


 ランディは張り出された順位を、見て嬉しそうに笑った。下から数えたほうが早い順位だが、それでもランディからしたら成績がアップしているのだ。


「ちなみにお前は……」


 そう言いながらランディはリズの名前を探す。この学園では、リズは従者であるが、ランディの留学枠にひっついて学生としての扱いも受けている。別にリズが特別なわけではなく、同年代の生徒で主従の関係というものは珍しくない。


 例えば王太子エドガーは、騎士団長の子息であるアーサーが従者でもある。そしてアーサーはエドガーの従者でありながら、学生でもあるのだ。


 そんなわけで従者であろうと、学生として試験を受けたリズであるが……ランディは彼女の名前を直ぐに発見する事となった。


「……一位じゃねーか」


 なんせ、二年の成績表の一番上に堂々と君臨しているのだから。それだけではない。リズの名前の横には……「しかも満点かよ」……満点を示す五〇〇点の文字である。


「今回は比較的簡単でしたから」


 笑顔のリズだが、王子連中やキャサリンより点数が上だ。一番優秀なダリオとキャサリンでさえ、成績は四九〇点だ。ちなみにセシリアも四五〇点超えで堂々の上位成績である。


「従者に劣る主人がおるぞ」


 ケラケラと囁くエリーに、ランディが言葉を詰まらせ、リズがそれを抑え込んだ。なんせ、現在二人は周囲からの注目の的なのだ。


 一位かつ満点の従者と……下から数えたほうが早い主人。


 何とも目立つ結果に、二人は一旦その場を離れる事にした。こういう時、セシリアがいたら「堂々となさいな」とでも発破をかけてきそうだが、残念ながら彼女は今この場にはいない。


 事情があったようで、先週の末に実家へと呼び出される形で、一時帰省しているのだ。


 未だ玄関前に集まる生徒達から逃げるように、ランディとリズは自然と正門近くへと後退した。もう少ししたら、中央貴族の馬車が、この集団を蹴散らしてくれるだろう……それまでの辛抱だ。


「つーか、セシリアの呼び出しって結局何だったんだ?」

「分かりません。何か緊急の案件らしくて」

「ふーん。テストが悪かったからだと思ってた」

「そんな訳ないじゃないですか……ランディj――」


 思わず口を噤んだリズに、ランディが満面の笑みで「俺が?」と顔を寄せた。視線を逸らすリズに、ランディが「リズさん?」と更に顔を寄せ……


「貴様のような阿呆とは違うのじゃ」


 ……エリーからカウンターパンチを貰っていた頃――






「ようやく見えてきましたわ。ルーク、あなたは王都は初めてでして?」

「ええ。初めてです」


 セシリアは一人の男性を伴って、馬車で王都の近くまで戻ってきていた。レール川を下り、そして遡上する船で帰ってきた弾丸帰省。その理由である男性は、セシリアを見て優しそうに微笑んだ。


「こうしてセシリア様と一緒に王都に来れたことだけは、鹿に感謝しますよ」

「ふふふ。お二人は友人でしたかしら?」

「ええ。それはもう、腐れ縁の――」


 思い出すように笑ったルークの顔は、心底嬉しそうだ。


 正史においてランディに多大な影響を与え、そしてこの世界線ではランディから多大な影響を与えられた男……ルーク。


 ランディの悪友にして、アランやハリスンも認める男は、正史では決して出会うことはなかったセシリア・フォン・ハートフィールドの護衛として、もはやゲームの原型など留めぬ形でキャサリンの前に現れることになる。

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