第41話 閑話 カメラ? ンなもんの前にまず風呂だ!
カメラを作ろう、と決めたランディだが、レンズ――望遠鏡があるはず――以外にそもそも材料に当てがあるわけでもなく……一先ず、先日宣言した家の風呂を拡張するために動いていた。
風呂を拡張する、と言っても別に部屋に空きがあるわけではない。そのため、離れのような小屋を作り、そこを渡り廊下で繋ごうと言うことになった。
ランディが図面を引き、リズとランディの力でそれを形にしていく。イメージしたのは、前世で良く見た個室温泉だ。
昨日からハリスン達に材料を調達してもらい、その午後は水道工事に充て下準備を済ませた。そして今日、休みの朝から突貫で作り上げたそれは、見た目には小さな庵に見えなくもない。
「何だか不思議な雰囲気ですね」
「やっぱ。この形が落ち着くよな」
和洋折衷だが和が強い建物は、ランディにとってはどこか落ち着く光景だ。完全に浮いているが、通りからは見えない裏庭作ったので問題はない。
そんな庵をくぐれば、小さな脱衣所と浴室へ続く扉。余計なものは付け加えていないが、そのうち休憩が出来る畳フロアでも欲しいとランディは思っている。
そんなランディの野望など知らないリズ達が、浴室へ続く扉を開けた。
「やっぱり。何か……立派過ぎます」
「……そうですね」
浴室を見たリズとリタが、ジト目でランディを振り返った。浴槽などをクラフトで作っていた時から、薄々感じていたのだろうが、こうして完成形になってみると、その立派さは想像以上だったのだろう。
離れに女性を向かわせるわけにはいかない、とランディとハリスンの男風呂に充てがわれたのだが……前世の温泉イメージがあるランディによって魔改造された風呂は、既存の風呂など相手にならないくらい立派なのだ。
シンプルだが、
しかも広いだけではない。
浴槽の隣には引き戸があり、そこを開けば背の高い囲いとその上に広がる青空が見える。夜になれば月や星を楽しみながら、風呂に入れるという構造だ。
やはりランディも元日本人として、風呂にはこだわりたかった。だが細部までこだわった設計は、女子二人からしたらやり過ぎ案件だったようだ。
「こんな豪華なお風呂、若とハリスン様だけはズルいです」
「言うじゃねーか」
苦笑いのランディだが、リタを叱ったりする素振りはない。それどころか、あんなにおどおどしていたリタが、ヴィクトールに完全に馴染んだことを喜んでいる節すらある。
とは言え、はいそうですか。と引き下がれ無いのも事実だ。
「いいか? 俺はこれでもお前らの雇い主だ」
胸を張ってドヤ顔をかますランディだが……
「雇い主は、若じゃなくてお館様っすね」
「お前はどっちの味方だよ」
……ハリスンの正論に、ランディが眉を吊り上げた。だが実際ハリスンの言う通り、彼らの雇い主はあくまでも父であるアランだ。
「あっしは別に風呂なんて汗が流せれば良いんで」
肩をすくめたハリスンに、「お前は分かってない」とランディが地団駄を踏んだ。
「いいかハリスン。クタクタに疲れて帰ってきて、風呂に入る時を想像してみろ」
ランディの言葉にハリスンが「うーん」と腕を組んで唸った。
「もう今日はクタクタだ。それなのに入った風呂が小さくて足も伸ばせやしない」
「うーん」
「だが、この風呂はどうだ!」
そう言ったランディが、浴槽に入ってみせた。
「この俺でも楽々足を伸ばせる。なんなら寝転がれる!」
「寝転がれば、溺れちまいますぜ?」
「やかましい。例えだ、例え!」
鼻を鳴らしたランディが、「それよりも、だ」とその表情を一転、ニヤリ笑い浴槽の脇を指さした。
「俺はそのうちここに、冷蔵庫を導入する予定だ」
「冷蔵庫ってーと、あの物を冷やしておける魔道具っすか?」
首を傾げるハリスンだが、この世界の冷蔵庫はサイズが大きく、こんなところに置いたら邪魔でしか無い。
「小型化して、その中に果実酒でも入れてたらどうだ」
またニヤリと笑ったランディに、ハリスンがようやくランディの意図に気がついた。湯船に浸かりながら、木戸を開ければ斜め上には星空だ。それを見上げて冷えた果実酒やエールを呷る……。
「……いい」
完全に落ちたハリスンが、「やっぱ若が使ってこそでしょう」とランディとガッチリ肩を組んだ。
「なに言ってんですか! 私達だって疲れてることだってありますよ」
頬を膨らませるリタだが、その後ろでリズは苦笑いだ。
「リタ。お前の言い分も分かるが、女性を離れで風呂に入れるなんて――」
「離れって言っても、裏庭ですし。囲いもバッチリあります。しかもその先は水路と壁じゃないですか」
全く引く気配のないリタに、ランディは内心ヴィクトールに染まりすぎだろ、と実家のメイド達に恨み節が止まらない。来たばかりのリタなら、こんな性格ではなかったはずなのに……
(あいつら――)
……恐らく、主張しないと損だとか何だとか言って吹き込んだのだろう。
完全に平行線の話し合いだが、意外な場所から決着の一手が打たれた。
「あの……これ、別にもう一個作ったら良いんじゃないです?」
呆れ顔のリズの言葉に、三人が同時にポンと手を打った。
「鳥頭の部下は鳥頭ばかりじゃな」
完全に呆れたエリーの言葉に、ランディが「グッ」と反論の言葉をこらえた。本来ならばここで反撃を繰り出したい所だが、今だけは我慢せねばならない。なんせ、今からエリーにも手伝って貰わないと駄目なのだ。
既に昼が過ぎた頃だ。半分を切った休日を無駄にするわけにはいかない、とランディは大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「言いてー事はあるが……とりあえず、大魔法使いサマ。出番だぞ――」
「お主、妾を便利な道具と思っとらんじゃろうな」
眉を寄せながらも転移で送ってくれるエリーは、何だかんだ風呂が楽しみなのだろう。
「え? 変な時間に帰ってきた」
呆けるアランの脇を……
「緊急事態だ」
「――緊急っす」
「――事態です」
……通り過ぎる三人と、優雅にカーテシーを見せて「ご迷惑をおかけします」と苦笑いを浮かべるリズ。
屋敷の裏庭に出たランディは、ハリスンに指示をしながら自分でも斧を片手にまた裏山へ……。
「キース。どうしよう。今度は家を追い出されたりしないよね」
「改築は可と聞いております」
「それもそっか」
呆れ顔で見守るアランとキースを尻目に、「枝だけ削ったら、こっちに回せ」とランディがハリスンと凄い勢いで木材を生成している。
「よし、こんなもんだろ。帰るぞ!」
ランディの号令で、全員が挨拶もそぞろに材木を手に固まった。
「じゃーな。今度はゆっくり帰ってくるわ」
手を振るランディ。
一応礼をするハリスンとリタ。
苦笑いでカーテシーを見せるリズ。
全員が光りに包まれると、まるで嵐が去ったあとのように屋敷は再び静かになった。
「さて、今度は何を作るのかな」
「何だかんだ楽しそうですな」
「子どもたちの成長は、楽しいものだろう?」
「仰るとおりで」
微笑んだ大人たちは、暫くの間賑やかだった名残を見つめていた。
遠く離れた地で、見守られているなど知らないランディ達は、茜に染まった空に慌てながらも、新しい離れを作っていた。既に一度作った物を左右反転させて作り直すだけだ。
リズが柱や壁、そして水道管を作り上げ。
ハリスンとリタが水道管を延長し。
ランディが力技で組み立てていく。
仕切りの壁を共有することで、更に時短に成功させ、恐るべき速さで出来上がったのは、元の離れとは左右が反転した新しい離れだ。
隣り合う入口。
中の脱衣所も一緒。
そして浴室へ続く扉を抜けると、そこには男風呂と背中合わせのような浴槽が現れた。
「何とか夜までには終わったな」
普通に考えれば、月単位での仕事だろうに、魔法とは便利なものだ。そう思えるくらいには、むちゃくちゃな速度で離れが出来た。それも当初の倍の大きさで。
奇しくもクタクタになった四人とエリーは、それぞれ風呂で一汗流そうと誰ともなく頷きあった。
完成した浴槽に水を張り、魔石の力で湯を沸かし、そうして浴室内が湯気でもうもうと白くなった頃……
「っひょー。やっぱ風呂はこうじゃなくちゃな」
……男湯一番風呂にランディが喚起の声を上げていた。
大急ぎで全身を洗い、そして楽しみにしていた湯船へ――
「あ゙ぁーーーーーーー」
――おっさんのような声が出てしまうが、それも仕方がない。休日とは言え、朝から晩まで突貫で離れを二つも作ったのだ。いくら魔法があるとは言え、疲れないわけがない。
「これ、囲いの中に坪庭を作ってもいいな」
引き戸を開け、思わず呟いたランディだが、壁の向こうから『作りましょう!』とまさかリズの反応が返ってきた。
材料削減のため、仕切りの壁上部がわずかに開いているせいか、男湯と女湯で会話が出来るようだ。
そんなつもりで開けたわけではなかったが、これはこれでありだな、とランディが「そうだな」と返した。
リズの声と、お湯を掬っているだろう音が、男湯にも反響する。楽しそうに弾む音に、ランディも思わず頬を緩めた。
「風呂、サイコーだな」
『はい。毎日の楽しみが増えました』
恐らく笑っているだろうリズを想像して、ランディも笑顔で頷いた。
『そうだ。明日もこうしてお話しましょう』
「なら、ハリスン達を先に入らせるか」
肩をすくめたランディに、リズも『いいですね』と賛同する。使用人や護衛を先に風呂に入らせる主人はどうなのか、と言われるかもしれないが、ここには彼らしかいない。
やりたいようにやれば良いのだ。
ルールやしがらみなど知らない。この自由な発想こそが、世界を動かしていくのだから。
「リズ……耳年増にも恥ずかしがってねーで、会話に参加しろって言っといてくれ」
『阿呆が。聞こえておるわ』
憎まれ口を叩きながらも、どこか楽しそうなエリーの声に、ランディは満足そうに深く湯船につかった。
「あ゙ーーー生き返るー」
『爺のような声を出すではない、が……今回ばかりは賛同してやろう』
「だろ?」
その日、三人がのぼせてしまったのは、言うまでもない。
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