第39話 刺客がウロウロしてても通常運転

「それでは行ってまいります」

「んじゃー、あとは頼むぞー」


 はつらつとしたリズ。未だ眠そうなランディ。対象的な二人を見送るのは……


「お嬢様、行ってらっしゃいませ」

「若ー。ちゃんと勉強してくるっすよー」


 ……もはやリズの腹心とでも呼べるメイドのリタと、何だかんだランディのお目付け役のハリスンだ。


 あの後住所の書かれた紙を片手に、ようやく家にたどり着いたランディを、迎え入れたのがこの二人だった。


 中々帰って来ないランディを、心配していた三人だが、「いや……迷っちまってよ」と情けないランディの言葉に、全員が呆れ顔を浮かべたのは言うまでもない。


 あまりにも辛辣な反応にランディは、


 王都の住所など知らない事。

 途中酔っぱらいに適当な事を言われて、全然違う場所をうろつかされた事。


 を説明したのだが……


「いや、学園に通うのに、遠くに家を借りるわけ無いじゃないっすか」


 ……呆れ顔のハリスンに正論でぶん殴られていた。


 実際ハリスンの言う通り、この家は宿とは大通りを挟んだ向かいの路地の奥にある。ちょうど学園を中心に、点対称に近い場所にあるのがこの家だ。


 普通に考えればルシアンが遠くに借りるはずは無いのだが、ランディは酔っ払いの言葉を信じてしまったというわけだ。


「若って、たまにめちゃくちゃ馬鹿ですよね」


 呆れ顔のハリスンに賛同するように、エリーがケラケラと笑い声を上げながら現れるし


「たまにではなく、いつも馬鹿じゃ」


 などと暴言を吐き散らかすしで、引っ越し当日の夜は中々カオスな賑やかを見せていた。


 その賑やかさも束の間、ランディもリズも試験で疲れていたのだろうか、引っ越し祝もせぬまま、早めの就寝をしたのが昨晩。


 そして普段通りにパッチリ目を覚ましたリズと、ギリギリまで眠りこけていたランディとが、冒頭の通学前の風景である。


 家は必要書類を全てアランが準備し、資金はルシアンが出し、手続きをセドリックが済ませてくれた大人の優しさが詰まったものだ。


 学園を卒業するまでの間ではあるが、名義はランディの物で、好きに改築もしていいと許可が降りている。


(閣下にお金くらいは返さねーとな)


 書類の準備や手続きといった行動とは違い、資金くらいは返したいとランディは考えている。ルシアンは必要ないと一蹴するだろうが、男としての意地のようなものだ。


 学生なら好意に甘んじたい所だが、昨日会ったセドリックならば、即座に準備して返すだろう。そう思えば、ランディも何となく意地を通したくなるものだ。


 なんせ、セドリックという男は、ランディが想像していた以上に凄かったのだ。ただの意地だが、男として負けたくはない。


「そういや、セドリック様との再会はどうだったよ?」

「楽しかったですよ。とっても」


 笑顔のリズを前に、ランディはセドリックに「良かったですね」と言いたくてたまらない。恐らくカメラなどあれば、セドリックは喜んでリズの写真ばかり撮っていただろう。


「ランディは、どうでしたか?」


 少し遠慮がちに聞いてくるリズは、ランディと兄との相性が気になっているのだろう。その証拠に……


「楽しくて良い人だったな」


 ……ランディの評価にリズが分かりやすく顔を明るくした。


「良い人だけど……それだけじゃねー。流石は天才って感じの」

「そうですね。お兄様は天才です」


 笑顔で頷いたリズに、ランディが「ああ」ともう一度頷いた。それはお世辞などではなく、ランディの心からの称賛だ。


 まだ二〇歳そこらだというセドリックだが、前世で様々な経験をし、様々な情報に触れていたランディですら舌を巻く柔軟な頭の持ち主だ。ランディは元々ただの一般人だが、この世界の人間と比べると情報量や経験値では比べものにならない。


 それこそ人生二周目でもある。


 セドリックが現代日本に生まれていたならば、ランディなど足元にも及ばないのは間違いない。


 加えてあの剣の腕だ。


 ランディのように、日がな一日魔の森で鍛えて過ごした訳でもないだろうに、あれ程までの剣の腕。才に溢れ、それでも驕らず可能な限り努力したのだろう。


「頭も剣も。どれをとっても一級品。まさに天さ……」


 天才だと評する途中で、ランディが口を噤んだ。


「ランディ?」


 あまりにも唐突に口を噤んだランディを、リズが訝しげに覗き込んだ。


「いや、なんつーか。天才ってに収まる人じゃねーな、って思ってよ」


 苦笑いのランディがセドリックを思い出す。


 天賦の才に驕らぬ努力。

 たどり着いた場所に満足せぬ貪欲さ。

 上に立つ人間が持つカリスマ。

 それでいて他者を認められる素直さ。


 今はまだ強かさという面ではランディも負けるつもりはないが、いずれ彼が先を行くのは目に見えている。


「なんて言って良いか分かんねーけど、あの人はだよ」

「スゲー男、ですか?」


 あまり評価が伝わっていないリズに、ランディが笑って続ける。


「貴族って型にありながら、それを破る〝型破り〟な人だな。そのうちあの人が天下を取る、って言われても納得できるぜ」


 笑うランディが「ちなみに俺は〝形無し〟だがな」と、貴族という枠組みを早々に抜けた自分は、半端者の形無しだと肩をすくめた。


「まあ簡単に言うと、男として嫉妬するレベルの人って事だ」


 大きく伸びをしたランディが「顔もいいしな」と苦笑いを浮かべた頃、路地の向こうには賑やかな大通りが見えてきた。



「お兄様が聞けば喜びそうです」

「そりゃ止めてくれ。〝負けた〟宣言みたいになっちまう」


 肩をすくめたランディに、「負けず嫌い、というやつですね」とリズが微笑んだ。事実リズの言う通り、凄いとは思うがまだ負けるつもりはない。セドリックが成長するならば、ランディも前に進めばいいのだ。


「さて、さっさと授業を終わらせて、ギルドに顔でも出すか」

「リタやハリスン様の、お給金も稼がないといけませんからね」

「そいつもあったな」


 シャツをスラックスにねじ込むランディが、「結局宿暮らしと変わんねーな」と苦笑いを浮かべた。


「いえいえ。全然違いますよ。今後は家の改築もOKですから、今まで出来なかった魔道具の試作にも移れますし」


 楽しそうなリズに、ランディも「そうだな」と頷いた。


「まずは風呂を増築しようぜ。男女別によ」

「良いですね。リタやハリスン様も気兼ねなく入れるようになります」


 裏で色々な陰謀が渦巻いているようだが、ランディ達のやることは変わらない。それが確認出来たランディが、最後にと大きく伸びをした。


「文化祭もあるし、イベント目白押しだな」

「その前に期末試験がありますけどね」


 舌を出して笑うリズに、「ゼンショシマス」とランディが表情を無にした頃、二人は大通りへと踏み出した。





 ☆☆☆



「それで、同棲を始めたんですの?」


 身も蓋もない事をいうセシリアに、「ど、どどど同棲では」とリズが驚くほど動揺してみせた。中々見ることの出来ないリズの反応に、セシリアは「フフッ」と悪戯っぽい笑みを見せている。


 二人の女子トークに、ランディは苦笑いを浮かべたまま参加することが出来ない。と言うかあまり余計な事を突っつくと、完全にやぶ蛇になりそうな予感しかしないのだ。


 なんせ侯爵の手紙には裏にもメッセージがあり、そこには……


『分かっている、と信じている』


 ……とだけ書かれていたのだ。あまりにも圧が凄い筆跡に、「娘大好きすぎんだろ」と呟いたのは誰も知らない。


 とりあえず彼女たちの際どい会話をスルーしつつ、ランディは周囲に気を配ってみた。流石に学園には昨日の不審者達の影はない。


(あいつら、結局何だったんだろうな)


 相変わらず用務員っぽい人達の中に、矢鱈と腕が立ちそうな人間がいるが、恐らく王家が保有する暗部だろう。


(暗部の連中が差し向けた……とは思えねーし)


 彼らの実力は、冒険者で言えば大体Bランク上位くらいだろう。Aランク程度の実力はある暗部が、格下に仕事を依頼するとは思えない。


「……ドルフ様」


(考えても分からーん)


「ランドルフ様?」


 意識を引き戻されたランディの目の前には、怪訝な表情のセシリアとリズがいた。


「あ、ああ。悪い。ちと考え事をしてた」

「それはもしかして、昨日の刺客のことですの?」

「なんだ、知ってたのか?」


 眉を寄せたランディに、「先ほど話しましたわ……」と、呆れ顔のセシリアが、二度目になるだろう真相を教えてくれた。


 どうやら、昨日の襲撃からセシリアの安全を考慮し、ミランダが部下を一人送ってくれたらしい。学園にも今日付けで、新しいメイドだと登録を済ませてあるとか。


(さっすがセドリック様。仕事が早い)


 狙いが分からないが、現れたタイミングからして既存の美容品業界からの差し金も零ではない。仮にそうなら共同事業者であるセシリアにも、護衛を付けておいたほうがいいだろう、という判断だ。


「それで? 刺客に関してですの?」

「いんや。違うぞ」


 本当はそうなのだが、今ここで推測で話をしても何のメリットもないのだ。昨日の今日の話でもある。そのうち情報が入れば、セドリックやミランダから接触もあるだろう。


 ならばその時に話せば良い。とランディはわざとらしく話題を変えた。


「ちっと悩んでたのは、次は何を作ろうかなって思っててさ」


 既にシャンプー関連は、既存の物を分離して美容液と配合し直したりと、ランディ達の手を離れた所で開発が進んでいる。


 なので、次は全く違う物を作ってみようというのが、ランディの提案だ。



「さっき思いついたんだけどよ……一瞬を切り取ってリアルな絵に出来る装置……カメラって言うのが作れたらと思ってさ」


「カメラ……です?」


 その顔を撮ってセドリックに見せたら、言い値で買ってくれそうだ、とランディは内心で満面の笑みを浮かべた。ちなみにランディはカメラの仕組みなど知らない。


 レンズで移した被写体を、シャッターで感光体に写し取るくらいの、フワッとした知識だ。


「まあ、完全手探りだけどよ。化粧水もそうだったし、ちょっと面白そうだな、と思って」


 出来ずとも誰にも迷惑をかけない。何より出来たら、セドリックに自慢できる。それはもう、めちゃくちゃ。


 まさかこんな馬鹿な発想が、教会を揺るがすあんな事に繋がるとは考えもせずに。

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