第32話 幕間 冒険者ランディ

 農村で宴に参加した明朝。


 日も昇らぬ頃からランディとリズは準備を済ませ、村長始め村人たちに見送られて村を発っていた。目的はオークを追いやった元凶だ。昨日調査した森を、更に詳しく調査するのが今日の目的である。


 昨日歩いた道を戻った二人がたどり着いたのは、村からほど近い小さな森だ。


「森自体はそこまで大きくねーし、結構簡単に見つかると思うんだが」


 あまり大きくない森は、基本的に小さな魔獣や小動物のテリトリーだ。大型魔獣では、森が小さすぎると窮屈なようで、あまり近寄ることはない。だが、今回はオークを追いやっただろう魔獣である。まだこの森に潜んでいるなら、直ぐに見つかるだろう。


 森へ入りしばらく進んだ三人の目の前には、なぎ倒された木々が目に入った。なぎ倒された木々を追うように、三人が奥へと更に踏み入れば……


 引き摺ったような跡。

 オークの死骸。

 四つの足跡。

 削れた樹皮。


 ……そして、更に奥には木漏れ日を受けて鈍色に輝くトカゲが見える。。


「……アーマーリザードか」

「雑魚ではないか!」


 不意に現れたエリーが、「妾はもう一眠りする」とそれだけ言い残して気配を消してしまった。


「期待してたのか?」

「みたいです」


 苦笑いのリズに、「バーサーカーかよ」とランディがため息を返した。どうやらエリーはどんな強敵が出てくるかと期待していたようだが、その犯人はせいぜいCランクに行くかどうかのアーマーリザードだ。


 アーマーリザード。


 金属質の外殻を持った、二メートル近いトカゲ。アルマジロのように、部位ごとに分かれた硬い外殻は、並大抵の物理攻撃を受け付けず、オークのような魔獣からしたら相性最悪の魔獣でもある。


 ランクは個体の大きさでD〜Cの間をウロウロする程度だ。鈍重かつ、その丈夫な身体を全面に押し出した攻撃方法。パーティに魔法使いなどいれば一気に難易度が下がるため、そのランク帯である。


 痕跡をみるに、大きさ的には間違いなくCは超えている。群れなければDランクのオーク、そして相性の悪さから完全に捕食者としてこの森に君臨しているのだろう。


 とは言え、この場にいるのは丸太を振り回す脳筋と、最強の魔女だ。


「一気に冷めたな。どうする? 別に放っておいても問題ないレベルだが?」

「駄目です。何があるか分かりませんから討伐しましょう」


 リズの言葉に頷いたランディが、奥に小さく見えている鈍色の輝きへ歩いていく。少しずつ道が広くなり、なぎ倒された木が増えてきた頃、二人の前に巨大なトカゲが姿を現わした。


「へー。かなりのデカさだな。オークが余程美味かったと見えるな」


 笑顔のランディが「ポキリ」と指を鳴らした。アーマーリザードの外殻は中々の値段で売れると聞いた事がある。ならば、大剣で叩き斬るのは勿体ないと思ったのだ。


 ランディを前にアーマーリザードが大きく口を開いて咆哮を上げた。ビリビリと空気を震わせる咆哮に、木々から鳥が飛び立ち、リズが思わずその耳を両手で塞ぐ。


 にらみ合う両者……。


 先手を打ったのはアーマーリザードだ。


 四本脚で、ドタドタとランディへ突進。


 その巨体からは考えられない動きは、鈍重なアーマーリザードらしくない俊敏さだ。


 とは言え、元がアーマーリザード。ランディからしたらそう速いものではない。


 三メートル超えの巨大トカゲの突進。

 アーマーリザードが頭頂部の硬い外殻を突き出した。


 およそ人に当たったとは思えない大きな音と衝撃が、木々の枝葉を揺らした。


「ランデ――」


 思わず声をあげたリズだが、視線の先にはアーマーリザードの突進を、片手で受け止めるランディの姿があった。


「デケえが……魔の森のグレーターリザードの方が強えな」


 当たり前である。グレーターリザードは、Bランク。このアーマーリザードは大きく育ったとは言え、せいぜいCランク。Bランクのグレータリザードを片手で叩き潰せるランディに、大きいだけのアーマーリザードが勝てる道理などなく……。


 ランディは突進を受け止めていた右手首を、軽く前に倒した。

 力を込めた訳では無い。

 ただ、受け止めたものを、軽く押し返すように……


 ランディに押された、アーマーリザードが半歩下がり――ランディの右手とアーマーリザードの鼻先にわずかな隙間が……


 瞬間、ランディが両膝を


 反動で浮いた両足が地面を捉えるのと同時――

 ランディは右手を拳に変え、アーマーリザードの鼻先に叩きこんだ。


 森全体を揺らす轟音と同時に、アーマーリザードが吹き飛ぶ。


 木々を薙ぎ倒し、吹き飛んだアーマーリザードが、腹を向けたまま動かなくなった。


「ま、こんなもんか」


 寸勁、いわゆるワンインチパンチでアーマーリザードを吹き飛ばしたランディに、リズは何をしたのかすら分からなかっただろう。


 その証拠に今も目を白黒させて、ランディとアーマーリザードを見比べているのだ。


「ランディ……何か強くなってません?」


 驚いた顔を隠せないリズに、「成長期だからな」とランディが良く分からない理由を返した。




「よっし、デカブツを持って帰ろうぜ」

「え? 持って帰るんですか?」


 訝しむリズに、「持って帰るだろ?」とランディも眉を寄せた。


「持って帰るなら、遺体の一部の方が……」


 リズとしては、このアーマーリザードは、調査報告だけが妥当だと考えているようだ。証拠の一部さえあれば問題ない。いや、むしろ一部だけの方が良い。そんなリズの懸念を他所に、動かなくなったアーマーリザードの尻尾を、ランディが掴んで歩き出した。


「これは、ギルドで騒ぎになるぞー」


 笑顔のランディにズルズルと引き摺られるアーマーリザードを、リズがチラリと振り返ってため息をついた。


「……ええ。騒ぎになりますね」


 脳天気なランディと、どこか苦笑いのリズ。それもその筈二人の認識が、正反対にズレているのだ。


 ランディもリズもまだEランクの冒険者。オークの討伐くらいはまだいいとしても、Cランク間違い無しの巨大アーマーリザードの討伐は、ギルドから注意を受ける案件だ。


 冒険者の蛮勇を諌めるのもギルドの仕事ゆえ、仕方のない苦言なのだが……


「期待の大型新人、みたいに注目されるんじゃね?」


 ニコニコ顔のランディは、そんな事など想像すらしていない。前世で読んだ物語では、こういう場合の流れは大体決まっていたからだ。


 ギルド中が騒ぎになる。

 美人受付嬢から凄いと言われる。

 ギルドマスターに呼び出される。


 なんやかんやあって、ランクが一気に上る。


 この流れである。もうランディの頭の中は、この流れでいっぱいなのだ。


 妄想で止まらないランディの足も止まらない。アーマーリザードを引き摺ったまま、森の外まで出たランディは、迷うことなく王都へ向けて歩き出した。


「見ろリズ。もう既に注目の的だぞ」

「そうですね。色んな意味で」


リズのため息は、ランディの妄想まで届かない。


「こういう時って、確かちゃんとした台詞があったよな……」


 尻尾を肩に担ぎ、巨大トカゲをズルズル引きずる赤毛の大男。そんな見た目から怪しい男が、「え? なんにもしてません――」とワケの分からない事を呟いては、「あれ? 何か違うな」だとか言っているのだ。


 完全に不審者のそれでしかない。


 街道を行き来する人々が、奇異の視線を向けてくる状況に、リズが苦笑いを浮かべていたのを、シミュレーションに勤しむランディは知らない。




 ☆☆☆


「ランドルフ様、少々お話をお伺いしてもいいでしょうか?」


 笑顔だが、こめかみがヒクヒクと動くギルド受付嬢を前に、ランディが現実に引き戻された。


(あれ。これ、何かおかしくね?)


 そもそも目の前にいるのは、美人受付嬢ではなく、やり手感満載の中年女性だ。そんなベテラン受付嬢が、見たこともないような引きつった笑みで、話を聞かせろと迫ってくる。これはただ事ではない、とランディは


「え、嫌です」


 と真顔で首を振った。絶対に良くない予感がするのだ。


(おかしい。どこで間違えた?)


 間違えたのは、バカデカいアーマーリザードを引き摺って帰った所から……つまり最初からだが、ランディが気づくのはまだ先だ。なんせランディの頭の中には前世の知識……以下略。


(アーマーリザードを引っ提げて帰って、ギルドが大騒ぎ……までは合ってたな)


 大騒ぎの意味が全然違うのだが、そこはランディ。頭の中は……以下略。


(次のシーンは、確か美人受付嬢だな。てことは、このマダムのせいか……チェンジって言ってみたら――)


「何か失礼なことをお考えではありませんか?」


 般若のような顔になった受付嬢。思わずと言った具合で突かれたランディの脇腹。


(っぶねー。マジで危ねー)


 地雷を回避したランディが「は、ははは」と笑顔で受付嬢に手をあげた。ようやく最初から間違えていたと気付いたランディだが、時既に遅し。


「素材の剥ぎ取りと、買い取りのお話もありますし」


 般若から菩薩に戻った受付嬢だが、その額には青筋が浮かんだままだ。


「あ、あれ。タダで提供しますんで」


 ヘラヘラと笑って外のアーマーリザードを指したランディが、「それじゃ」と退散しようと……振り返った先に、他の職員数人が現れた。誰も彼もがどう見てもベテランだ。


「逃がしませんよ……。ランクより上の魔獣の討伐、森の調査、それぞれちゃんと報告してもらいませんと」


 笑顔のまま顔を近づけてくるベテラン職員に、「いや、あれは拾って――」とランディが口を開きかけた時、その腕を職員が数人がかりで掴んだ。


「ランドルフ様、観念したほうがいいかと」

「リズ、裏切ったな」


 眉を寄せるランディに、リズが盛大なため息を返した。


「仕方ありません。どう考えても、叱られる案件ですし」


 ジト目のリズに「なら、先に言えよ」とランディが口を尖らせた。


「言いましたよ。ランドルフ様が聞かなかっただけです」


 リズのため息に、ランディが「ぐぅ」と声を詰まらせた。


「さて、それでは奥でお話を聞かせてもらいましょうか」


 ギルド職員に脇を固められ、うなだれたまま連行されるランディと、その後ろを呆れた表情でついていくリズ。


 何とも情けない主人の姿に、リズは森で見た頼もしさが嘘だったのでは、とさえ思っている。


 だが二人共知らない。二人が連行された後のギルドでは……


「見たかよあのデカいアーマーリザード」

「どうやったら、あんな死に方になるんだよ」

「ちょっと、アレだけどやっぱり期待の新人じゃない?」

「私、こんど食事に誘ってみようかな」

「止めといたほうがいいわよ。従者の方に勝てるわけ無いじゃない」


 ……くしくもランディが想像していたように、大型新人への注目で盛り上がっていた。




 もちろん、その後めちゃくちゃ説教されたのは言うまでもない。



「俺が何かしたって言うのかよ……」

「やらかしましたよ。盛大に。自覚して下さい」

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