第31話 宴会って雰囲気で酔っちゃうよね
ランディとリズは、地面に敷かれた布の上に腰を下ろしていた。目の前にはキャンプファイアーのごとく燃える篝火と、それを囲む笑顔の村人……そう、今ランディ達は、とある農村で宴のご相伴に預かっていた。
なぜ宴に同席しているのか、は今日ランディ達が受けた依頼が関係している。
―――――――――
授業も終わり、午後からの自由時間にいつものように依頼を受けたランディ達。依頼内容は、近くの村から出された魔獣討伐であった。
魔獣、と広義な表現なのは被害がまだ農作物だけだからだ。やり口から恐らくボア系かエイプ系の魔獣だろう、という村長の依頼だが、被害が軽微な上に報酬が安すぎて誰も見向きもしていなかった。
ある程度の宿代は目処が立っているし、ギルドへの貸し――不人気になりそうな依頼受注は喜ばれる――と、リズの強い勧めで依頼を受けてたのだ。
――報酬が安くとも、危機が見逃されていい道理はありません。
何ともリズらしい言葉に、ランディも二つ返事で頷いた。ランディとしても仮にエイプだった場合、集落まで来ている事が気になったのも後押しした。エイプが森から出てくることは珍しいからだ。
そうしてたどり着いた村で、近くの茂みに隠れていたビッグエイプを討伐し、その原因調査に訪れた近くの森でオークも倒していた。
「猿のはぐれが森の外へ。そしてオークが森の浅層に、か。キナ臭いの」
眉を寄せるエリーに、ランディも「そうだな」と頷いた。ビッグエイプを始めとする、猿型魔獣は森で暮らし、あまり平原に出てくることはない。雑食で、基本的に何でも食べるし、個々の力で言えば、一般人を圧倒するが、人間の集団が彼らにとって脅威な事を理解しているのだ。
それが森を出て人里を襲うという事は、何かに追われている可能性が高い。普通に考えれば今殲滅したオークだろうが、数の割に上位種などを見かけない。つまり、オークも元々は集団ではなく、個々で浅層まで来たことになる。
オークはビッグエイプ同様雑食だが、彼らより若干知能が高く、時に上位種に率いられて集落を作ることもある。多胎で早熟のオークは、集落を作ればかなりの脅威度になる。
だからオークは見かけられると、直ぐに討伐することが推奨されている。にもかかわらず、森の浅層で少なくないオークを見かける事は異常だ。しかも上位種が率いている痕跡もない。
「集団でもないのに、一斉に浅層まで来る。まあ十中八九追われてんな」
「何に追われておるのかの」
カラカラと笑うエリーが、森の奥へと続く小道を見た。
「どうしましょうか?」
「時間的には問題ないが、あまり遅くなると村人が心配するな」
ランディの言葉にリズが頷いた。
「一度帰って報告するか。んで、村に一泊して明日の早朝から森の奥に行く、でどうだ?」
「良いと思います」
リズが同意し、エリーが黙っている事で方針が決定した。
「村でお世話になるお礼に、オークの肉を持っていきませんか?」
「お、良いね。せっかくだし豪快にバーベキューパーティみたいなのしようぜ」
オークを解体しようとランディが、ナイフを取り出し……
「これ、どこの部位が美味いんだろ?」
「さあ? 分かりません……」
「戯けめ。適当に持っていけばよかろう」
それもそうか、とリズのアイテムボックスへ、容量の許す限りオークの肉を詰め込んだランディ達は、依頼を受けた農村へと戻っていった。
―――――――――――――
そうして始まったのが、ランディ達を招いての、オーク肉バーベキューパーティである。
村で取れた新鮮な野菜。
とれたて新鮮のオーク肉。
塩胡椒の単純な味付けにも関わらず、ランディとリズも大満足のバーベキューパーティに、村人たちが喜ばないはずがない。
「ありがとうございますじゃ……」
ランディたちに頭を下げるのは、この村の村長を名乗る老人だ。王都からほど近い農村で、基本的に治安のいい村なだけに、こうした非常事態への備えが少々心許ないようだ。
無理からぬことだろう。周囲に山賊や野盗の類もなく、基本的に冒険者や騎士達の活動範囲に近いのだ。はぐれ魔獣に襲われること自体、珍しすぎるのだ。
「報酬も満足に渡せないというのに、こうして肉まで振る舞って頂いて」
満足気に宴会を眺める村長に、ランディは「ご飯は皆で食べた方が美味いですから」と笑顔を返した。村長も目の前にいる青年が、まさか貴族の嫡男だとは思ってもいまい。
ただ一言、「そうですな」と満足げに頷いて、ランディたちにも宴会を楽しむよう声をかけて、村人たちの輪の中に戻っていった。
楽しげな声。
燃える篝火。
照らされる彼らの顔が赤いのは、炎のせいか酒精のせいか。
そんな非日常を眺めるリズは、落ち着かないようにソワソワとしている。
「珍しいか?」
「ええ。とっても」
そう笑ったリズは、隣でリラックスするランディに視線を向けている。リズと同じ貴族でありながら、完全にリラックスするランディを訝しんでいる風だ。
感じるリズの視線に、ランディは村人たちを見ながら笑顔を浮かべた。
「うちも田舎だからな」
「え?」
唐突に紡がれたランディの言葉に、リズが小首を傾げる。そんなリズに「『ランディは普通です』って顔に書いてたぞ」と笑ってみせた。
リズが慌てて顔をペタペタと触るのだから、ランディとしては笑いが止まらない。
「住民との距離がちけーんだよ。それこそ、一緒に祭りをするくらいには、な」
笑顔で杯(中は水)を煽るランディだが、それ以上に前世では祭りもバーベキューも、腐る程経験している。何だかんだ好きなのだ。こうした賑やかな場が。
あの頃と比べると、規模も小さく、料理の味も似たりよったりだ。それでもこの世界で生きている、この人達が生きている、と実感できるエネルギーを感じられるのは好きだ。
「もう少ししたら、ウチの領で収穫祭があるぞ」
「行ってみたいです」
「行くんだよ。俺達が行かねーと始まらねーからな」
笑うランディに、リズは嬉しそうに目を輝かせている。輝かせた瞳を、また村人たちへと向けたリズが、「フフッ」と微笑んだ。
「ランディと一緒だと、知らない事ばかりだったって、実感できます。だから……毎日楽しいです」
「そりゃ、お互い様だ」
肩をすくめたランディに、「そうなんです?」とリズが何故か嬉しそうだ。
「リズにエリー。二人がいてくれたからな。俺も色々出来てるし、色々見られたし、お互い様だろ」
笑顔で杯を突き出したランディに、「乾杯? またですか?」とリズが苦笑いを浮かべながら杯を軽く当てた。
「さっきのはお疲れさんの乾杯。今のはこれからもヨロシクの乾杯だ」
笑って杯(中は水)を一気に呷ったランディが、近くの水差しから水を注ぎ直した。リズにも「いるか?」と水差しを向けようとしたランディだが、固まることになった。
そのあまりにも綺麗な横顔に、見とれてしまったのだ。
固まるランディの視線の先では、杯を両手で握りしめたリズが、中で揺れているだろう水面を見つめていた。その水面にも彼女の美しい笑顔が映っているのだろう。
美しい横顔。篝火に赤く染まるリズの頬はまるで上気しているかのようで、ランディは思わず色気を感じ慌てて視線を反らした。
不意に視線を逸らしたランディに気がついたのか、
「ランディ?」
ランディの目の端でリズが首を傾げている。そんなリズを、何となく直視出来ないランディが、とりあえず話題を逸らそうと口を開いた。
「ちっと酔っちまったな」
「え? もしかしてお酒を飲んだんです?」
眉を寄せるリズに、「いや、水しか飲んでません」などと言えるはずもなく……
「ちっとくらい良いだろ」
……とランディは格好つけて、そっぽを向いてみせた。
「もう、駄目じゃないですか」
リズが頬を膨らませ、ランディに近寄ろうとした時……「え? なんです?」……とエリーと一人でやり取りを始めだした。
「小僧は……水しか飲んでない?」
「てめっ、馬鹿耳年増――」
「何を慌てておる?」
いつの間に入れ替わったのか、嘲笑を浮かべるエリーが、ランディに思い切り顔を近づけた。
「はてさて、小僧は何に酔ったんじゃろうな?」
ニヤニヤと顔が近いエリーに「ちけー、ちけー」とランディが、距離をとるようにその両肩を押した。
「存外可愛いところがあるの」
カラカラと笑うエリーに、「うっせ」とランディが口を尖らせた。
「宴じゃからと、羽目を外すでないぞ」
「誰が外すか」
ニヤニヤと笑ったエリーが一方的に気配を消し、ようやくリズが戻って来た……のだが、
「結局、何に酔ってたんです?」
天然爆弾のリズに、ランディが「い、色々だ」と顔を赤らめた。
「ランディ、顔が赤いですが?」
「か、篝火だろ?」
ランディは上ずる自分の声に、エリーの高笑いの空耳が重なっている。
「――冒険者のお二方ー。新しい肉が焼けましたぞー」
村長の助け舟に、「よし、行くぞ」とランディが話をぶった切って、立ち上がった。
「あ、まだ話は――」
怪訝な表情のリズ、その手を強引に掴んで、「肉だ肉」とランディが笑いながら村人たちの輪の中に駆けていった。
☆☆☆
「え? 討伐された?」
「はい」
呆けるキャサリンの目の前で、村長が大きく頷いた。
「だが、こんな場所にビッグエイプは――」
「そちらも、森の浅層でオークを倒してくれておりますじゃ」
柔らかく笑った村長が、昨晩その肉でパーティまでしたことを楽しげに教えてくれている。
「で、でもオークがそんな浅い場所に――」
「そちらも今朝早くに調査へ行きなさってますじゃ」
完全に出遅れた形に、全員が顔を見合わせた。なんせ、キャサリンの言う通り村は被害に遭っていたが、それを解決しようとしたら既に別の人間が解決していたのだ。
「そ、その冒険者って――」
「大柄な男性と、綺麗な女性の二人組ですじゃ」
思い出すように遠くを見つめた村長が「女性は、貴族のご令嬢かと思うほど美しかったの」とその顎髭を擦っている。
(エリザベス、ぜっったいにエリザベスだわ)
肩を震わせるキャサリンに、「キャシー」とエドガーが声をかけた。
「わ、私これでも聖女なんですぅ。もし、お怪我とかされた方がいらっしゃれば――」
「おお、それはありがたい!」
顔が明るくなった村長に、キャサリンは内心ホッとしている。魔獣討伐は先を越されたが、聖女らしく皆を癒せれば農村まで来た甲斐があるというもの。
「では――」
「はい。昨夜の宴で酷く二日酔いになったものがおりまして」
「二日……酔い?」
呆けるキャサリンを他所に、村長が二日酔いに悩む村人たちを呼ぶよう、近くの人間に声をかけている。
(二日酔い? 私、聖女なんだけど……)
怒りか羞恥かそれとも悔しさか。肩を震わせるキャサリンは、それでも皆の手前断るわけにも行かず、二日酔いの村人たちを一人一人癒やしていった。
(エリザベスぅぅぅぅぅ!)
※これにて第二章は終了です。
コメント、ハート、フォローに加えて星も沢山頂き有り難いかぎりです。
またレビューコメントもありがとうございます。この場を借りて重ねてお礼申し上げます。
皆様の応援が、日々執筆の活力となっております。
この機会にまだフォローされてない方や、星を投げてないよ、という方はフォローや評価をしていただけると幸いです。
また皆様のお力で押上げて頂き、まさかの異世界ファンタジー週間1位という快挙まで経験させて頂きました。(執筆当時)この数字に見合うよう、より皆様が楽しんで頂ける物語を書いていきますので、ぜひこれからもお付き合い下さい。
やはり、一番嬉しいのは読み続けて頂ける事です。ランキングの1位ももちろん嬉しいですが、読み続けて頂ける事が一番の喜びです。ぜひ、この先の物語も同じように楽しんで頂ければ、と存じます。
それでは三章をお待ち下さい。※幕間を挟みます。
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