第30話 キャサリン〜方針転換〜
おかしい。
何かがおかしいわ。
だってそうでしょ? 二学期が始まったばかりで、これから皆との絆を深めていく筈なのに、もうダリオが婚約の話を白紙にしたって。
私、まだ何もしてないんだけど。
しかも、婚約の話を白紙に戻すのって、ダリオルートだけで、逆ハールートはセシリアと白い結婚のはずよね。なんで、もう婚約がなくなったの?
絶対に変よ。ただ……
「あ、ダリオ様ご機嫌よう」
「ああ。キャサリン、今帰りかい?」
……ダリオは別に普通なのよね。
「ダリオ様〜、最近変わったことって起きてませんかぁ?」
婚約が白紙に戻った以外で。もちろん最後の言葉は言えないけど、ダリオにも伝わってるはずだわ。しばらく私の質問に「うーん」と考え込んだダリオが、そういえば、と口を開いた。
「最近父上が妙に元気がないな」
お父様? ダリオの? 宰相が元気がないの? うーん。
「そう言えば父上は、ダリオが元気にしてるかって気にしてたな」
「あ、ウチもです。ダリオ君が元気かどうかを気にしてました」
思い出したように声を上げたエドガーとクリスに、ダリオが眉を寄せて「何でです?」と問い返している。
だけど二人共「さあ」と応えるだけで、良く分かってないみたい。どうも両方の親に「元気だけどなんで?」って聞き返しても「それならいい」しか言われなかったらしくて。
「あれじゃねーの? ダリオの婚約がなくなったから」
能天気に発言をしたアーサーだけど、全員が「ああ、それはあるな」と頷いてる。実際私もそれくらいしか考えられないし、そうだとすると宰相の元気がないのも納得がいくかも。
確かセシリアの家って、古い名家よね。何だかんだで、逆ハーでも名門の後ろ盾が……って言ってた気がするし、宰相にとってはショックだったのかも。
……っちょっと待って。てことは、私が原因なの?
「もしかして、婚約の白紙って私が原因なんですかぁ〜?」
恐る恐る聞いてみる。もしこれで宰相が私に目を付けてるとしたら、結構マズい。
「いや、それはないだろ」
「ぼ、僕もそう思います」
首を傾げたダリオと同意を示してくれるクリスが有り難い。そりゃそうよね。だってまだ絆を深めてないから、恋仲ってわけじゃないし、別に学園で男女が仲良くしてても良いわよね。
……良いじゃない。別に学友なんだし、仲良くするくらい。手を繋いでるわけでもないし、二人きりで密会してるわけでもないし、セーフでしょ?
「今回の白紙は、ハートフィールド家が一方的に言ってきた事だ」
そう言ってダリオが聞かせてくれたのは、セシリアの実家が補償金を貰うだけ貰って、ダリオの実家に後ろ足で砂をかけて婚約を白紙にしたらしい。
「でもぉ、それじゃセシリア様の実家は補償金が――」
「なんでも新しい事業を始めたんだと」
ため息交じりのダリオが、セシリアの実家が美容品を生産し、それをエリザベスの実家が売出しに掛かってることを教えてくれた。
美容品? は? 転生商売の王道じゃないの!
あまりにも聞いたことがある話に、思わず固まってしまった。しかも販路にエリザベスの実家が関わってるって。
やっぱ、あの女転生者じゃないの。許せない。私に先んじて、美容品なんて作って儲けようとしてるなんて……なんて浅ましい女なの。この世界は私のための世界なのに!
「――シー……」
やっぱり今回のシナリオ改変には、エリザベスが関わって――
「キャシー」
「あ、はい」
――呼ばれてるのに気が付かなかった、一応顔を作ってエドガーに微笑みかけるけど、心配そうな顔に少し申し訳なくなる。
「知らなかったのか? 美容品のこと?」
訝しげなエドガーに、「え、ええ」と思わず頷いちゃった。エドガー達が言うには、どうやら学園でも結構有名になってるみたい。エリザベスとセシリアの肌が凄く綺麗だって、女生徒が皆噂してるらしい……
……やばい。女友達がいないから、情報に乗り遅れてるわ。いや、もしかして、これもエリザベスの罠。
「確かにセシリア嬢達、綺麗になったよなー」
脳天気なアーサーの発言に、まさかのエドガーとダリオが気まずそうに「そ、そうだな」ですって。
はぁあああ? 馬鹿にしてんの? 捨てた女に欲情してんじゃないわよ! すっごい傷ついたんだけど。
いいわ。そんな事言うと女の子がどんだけ傷つくか教えてあげる。
「エリザベス様もぉ、セシリア様もぉ、私と違って美人ですもの〜」
悲しげにつぶやいた言葉に、エドガーとダリオが慌てて「そ、そんなことない」って言ってる。これに懲りたら、二度と馬鹿な事言わないでよね。
「キャシーがその美容品を使えば、二人など比べ物にならないさ」
「そうだな」
「そんなことないですよぉ〜」
二人が口を揃えて褒めてくれるし、クリスとアーサーも同意してくれるから、やっぱり許してあげよう。
とりあえず、ダリオ父の元気がないのは、多分エリザベスが変なことしたせいね。そして美容品の販売とか、間違いなく転生者だわ。
だったら私にも考えがある。
しばらくはハーレムルートを封印して、まずは私の地力をつけるわ。今までの流れを見ると、多分エリザベスは、私の逆ハールートを潰しにかかってる。だからそれを逆手に取って、エリザベスを……いえ、その中で笑ってるはずの転生者を潰す。
聖女としての名声が高まれば、ゲームでは神託が受けられるようになるし。神託だって言って、エリザベスに禁忌の魔女が宿ってる事を流布したら……バッチリだわ。これで邪魔者を排除できる。
ゲームのシナリオと違って、いきなりラスボス討伐だし、相手は国家になるけど許してね。そっちが売ってきた喧嘩だもの。
逆ハーレムイベントをある程度無視しちゃうけど、皆の悩みとか性格は熟知してるわ。世界を救う中で、少しずつ新しい絆を作ってみせる。
世界を救った聖女と仲間が、恋仲になっても問題ないわよね。
そうと決まれば、まずは近場の聖女イベントから終わらそうかしら。確か時期的に王都近郊の農村が、はぐれ魔獣――ビッグエイプ――数匹の被害にあってるはず。
まだ人的被害は出てないけど、確か今晩あたり人が襲われるのよね。困った村に私達が訪れて、魔獣を倒して、被害にあった村人を癒やして炊き出しもする。
聖女としての徳と名声が少しだけ上がる地味なイベントだし、消滅まで余裕があるけど、早めが良いわよね。今の私達には丁度いいかしら。
しかも、ビッグエイプの移動にオーク、そして真の原因のアーマーリザードの巨大種も関わってたっけ。全員でかかれば大丈夫なはずだし、皆のレベルアップにもなる。何より冒険者ランクも上がるわ。
ランクが上がれば、新しいダンジョンにも行けるし……よし。やっぱり聖女イベントからクリアしていこう。
「そう言えば皆さん、明日の予定ってありますかぁ〜?」
「いや、特にないが……」
エドガーの言葉に、ダリオやクリス、そしてアーサーも顔を見合わせて頷いている。うん、知ってるわ。ちゃんと明日が皆オフだってことくらい。だって、ゲームでは明日は自由探索の日だもの。誰と出かけても良い、もちろん皆と出かけても、ね。
「もしよろしければぁ、近くの農村へ行きたいんですけどぉ〜」
「農村?」
「はい」
頷いた私は、近くの農村が邪悪な気配に覆われている事を話した。
「何?」
反応したエドガーに、他の三人も「聖女の予見ですか?」と興味津々だ。
「はい。ビッグエイプか何かだと思いますぅ」
確かゲームの村長の話では、今日あたり冒険者ギルドに依頼が出ている筈だけど、まだ見向きもされていないはず。
被害が農作物の一部と軽微なのと、情報が不確かなこと。そして報酬が低いのよね。そりゃ冒険者も受けないわ。どっちかって言うと、もし本当にビッグエイプだった場合、元凶を調べるほうに人が集中しそうだし。
ビッグエイプの生息地は森だから。
でも、放っておけば他の冒険者に討伐されちゃうから、それまでに村に向かって助けないと駄目なの。
「キャサリン、その邪悪な気配は結構強いのかい?」
「まだ弱いですがぁ、放っておいたら駄目だと思いますぅ」
ダリオの質問に答えると、エドガー達が顔を見合わせて頷いた。
「なら、明日の朝一番で出立だな」
「準備もありますし、仕方ないですね」
エドガーとダリオの指示で、皆で明日の朝一番に王都の東門に集まることが決定した。ビッグエイプ数匹とばらばらのオークは問題ないけど、森の奥にいるアーマーリザードは結構手強いし、私もしっかり寝て英気を養わないと。
だって、私のバフ次第だもの。
待ってなさいエリザベス。この私が、私こそが聖女でヒロインなのよ。
☆☆☆
キャサリンが方針転換に燃えている頃……
「これ、どこの部位が美味いんだろ?」
「さあ? 分かりません……」
「戯けめ。適当に持っていけばよかろう」
……ランディとリズ、そしてエリーは、王都近くの森で大量のオーク肉と格闘していた。
これから一泊する農村に、お土産の意味合いを兼ねて、討伐したオークの肉を厳選中なのだ。そして、それこそがキャサリンが狙っているイベントの原因であることを、ランディ達はもちろん知らない。
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