第28話 多分彼らが一番の被害者
ヴィクトール領での休暇を楽しんだランディ達が、再び学園生活に戻って数日……。セシリアとダリオの婚約話が無くなった、という噂こそあれど、誰もあまり気に留めている様子はなかった。
その理由として、セシリアが全く気にしていないこと。
そして……
「先週のパーティ見ました? ワイスマン様とエヴァンス嬢のダンス、素晴らしかったですわ」
……ダリオとキャサリンの仲が、学園でも周知されているからだ。
とは言え、それはいい噂ばかりではない。
「エヴァンス嬢は、殿下とも親しくありませんでした?」
「確かロウ様とも……」
「あと、ランス様もですわ」
ヒソヒソと囁かれる噂の中には、キャサリンが男を取っ替え引っ替えしてる、というものもある。
(そりゃ、仕方ねーわな)
聞こえてくる噂に、ランディは苦笑いを浮かべるしか出来ない。
「ホント、どうするつもりかねー」
思わず呟いたランディに、リズとセシリアが同時に「「何がです
「好きにすればよいのでは?」
「全員で結婚したら良いと思いますわ」
取り付く島もない二人の意見に、「そりゃそうだけど」とランディの苦笑いは止まらない。
(まあ、酷いようだが俺達には関係ないからな)
厳密には、彼女の企みやその取り巻きの実家のせいで迷惑を被ってはいるが、彼女たちが愛し合うことに関しては、正直ランディには全く関係がない。
五人でよろしくやれるのなら、好きにしたら良い。リズやセシリアが放った言葉は、間違いなく真理だろう。
国が割れれば国民が困るのだろうが、残念ながら賽は投げられた後だ。ランディやルシアン候が出来るのは、極力国民に被害がないように、連中を排除していく他ない。そういった面では、彼らが好きにするのは良いのかもしれない。
彼らの奇行が世に広まれば、彼らやそれを見過ごしてきた実家を、引きずり下ろせるかもしれないのだ。
(ひとまずは様子見かな……実際セシリアの家にも――)
セシリアの実家にも、何も無かったなとランディが思った矢先に、セシリアのもとへ従者らしき女性が駆けてきた。
「お嬢様……」
そう言いながら女性がセシリアに耳打ちすると、セシリアの顔が見る間に強張っていく。確実に良くないニュースだろうとランディとリズが顔を見合わせた時、セシリアが大きくため息をついた。
それは怒りを通り越した、完全に呆れたため息だ。
「どうかしたのか?」
「ええ。相手のバカさ加減に驚いておりますわ」
もう一度ため息をついたセシリアが、領地へ脅しの手紙が届いていた事を教えてくれた。
どうやらダリオの父である宰相ディル・ワイスマンから、セシリアの実家へ補償金の打ち止めと、王家への謀反の疑いをかけられたというのだ。
「王家への――」
「――謀反?」
「今更馬鹿に反旗を翻してどうするのじゃ? 勝手に沈むじゃろうに」
不意に会話に割り込んだエリーに、ランディは「身も蓋もない事を」と苦笑いが止まらない。それは戻ってきたリズも、そしてセシリアも同様だ。三人の苦笑いが重なり……話題を戻そう、とランディが咳払いで空気をリセットした。
「それで?」
「なぜ謀反だと思われたんです?」
「さあ、どんな疑いかは分かりませんが……恐らく食肉を横流しにしてる、とでも思ったのかもしれませんわ」
肩をすくめたセシリアが、補償金を蹴った事であらぬ疑いをかけられたのでは、と予想を話しだした。実際セシリアの予想は大的中なのだが……
「自分で言っててなんですが、このタイミングで補償金を蹴れば、相手に疑われても仕方がないですわね」
意図せず仕掛けてしまったトラップに、セシリアが再び苦笑いだ。
「つっても、そんな事実はねーし、何の問題もねーんだろ?」
首を傾げるランディに、セシリアとリズが黙って首を振った。
「我が家は問題ありませんが……」
「ワイスマン侯爵家にとっては、大問題です」
真剣な表情のリズに、「どゆこと?」とランディが眉を寄せた。この国の風習など知らない――正確には授業でやってるのだが聞いていない――ランディに、セシリアが領地貴族に許された特権を話しだした。
このアレクサンドリア王国は、王国と呼ばれているが、その成り立ちは少々特殊である。現在王国がある大陸の南西部は、幾つもの小国が乱立しそれぞれが争っていた時代があった。
その頃、現在の王家が国を一つに纏めるのに協力したのが、いわゆる領地貴族達である。
勢力の大小はあれど、王家へ協力したその報酬として、彼らは王国として統一された後も、ある程度の自治を認められていた。神聖ローマ帝国の騎士領と似た感じだろうか。
各家が王家に忠誠を誓うが、自領では大きな権力を有する形である。
その自治の中に、みだりに自治権を侵害されないという文言もある。王国の法律や方針に反しない限りというただし書きがつくが。
「ンでも、ただの言いがかりだろ?」
なおも首を傾げるランディに、何の証拠もない脅しは、完全にアウトなのだとセシリアが続ける。本来ならば、正式な書状を持った使者が来訪し、様々な調査と双方の言い分を交わした上で、最終的には王や宰相により判断されることになっている。
一応決定権があると、宰相が突っ走った形だが、完全にアテが外れている状況だ。
「これ、このあと調査隊送ったりしても駄目な感じ?」
「無理ですわ。それに、この暴走ぶりを見ると、最悪暗部でも派遣してるかもしれませんわ」
ため息交じりのセシリアが「馬鹿な事を」と遠くを見た。調査に暗部を使用する事は珍しくないが、すっ飛ばしすぎなのだ。
正式な手順もなく、言いがかりをつけてくるなど、完全に自治権への侵害だ。古の盟約により禁じられていた一手を、躊躇いなく打ってきた相手にセシリアもリズも遠い目をして虚空を見つめるしか出来ない。
「なるほど。こっそり調査して、証拠が出たら『ほれ見たことか』って言うつもりか」
「その『ほれ見たことか』が出ませんし、脅した事も駄目ですし、暗部を派遣してるとしたら、もう言い逃れが出来ませんわ」
どうやらワイスマン侯爵家はかなり詰んでいるらしい。ランディとしては罠を設置したつもりはないのだが、相手が勝手に勘違いして、勝手に自爆をした形だ。
(まあ、暗部って言うくらいだし、潜入の証拠を掴むのは難しいかもだが……)
「ちなみにリザのお父様、侯爵閣下が先んじて専門家を派遣してくださってるとか。それと……」
声を落として周囲を確認したセシリアが、ランディとリズにもっと顔を寄せろとジェスチャーした。
「それと、子爵閣下も秘密裏に騎士隊から人を送って下さってるとか……なんでも、副隊長を送ってくれたらしいですわ」
セシリアの視線と言葉に「あー。あいつかー」とランディは久しぶりに仕事をしてるのだ、と少し感慨深い気持ちになっている。
「とにかく、我が家は全く問題ないから学園生活を楽しめ、だそうですわ」
優雅に紅茶を飲むセシリアを前に、ランディは(アウトー。ワイスマンさん、アウトー)と完全に詰んでしまった、顔も知らないオジサンに手を合わせた。
ルシアン候が専門家を派遣した……つまり、彼を護衛していた影たちだろう。蛇の道は蛇、というやつだ。
王国の暗部らしき存在の気配は、この学園でも何度か遭遇したことがある。流石に王太子殿下が通っているのだ。セキュリティ上仕方がない。
そしてランディの見立てでは、侯爵の影と暗部では五分五分といったところだ。人数次第ではどちらに転ぶかわからない。だが、伯爵領にもその手の人間はいるだろう。
そして父アランが派遣したという騎士……となればもう天秤は二度と傾かない。
しかも副隊長だ。申し訳ないが、王国の暗部が数人程度では、奴には敵わない。ただでさえ優勢な勝負に、バランスブレイカーの投入だ。ワイスマンさん、アウトーと内心合掌してしまうのも無理はない。
「いやはや、あの侯爵閣下に弱みを握られるとか……」
この一手を、ルシアン候がどう使うかを想像しただけで……思わず身震いしたランディは、目の前にあった冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
コーヒーは相変わらず、独特の味わいだった。
☆☆☆
「クソ……話が違うではないか」
ハートフィールド領に潜入した王国暗部の男は、肩に受けた傷を庇いながら逃げていた。
男含め十人での潜入であったが、既に全員がバラバラで、仲間が生きてるかどうかすら分からない状況だ。
ハートフィールド領に入ったまでは良かった。調査に関してもスムーズにいっていた。
問題は食肉関連に、何も怪しい点が無かった事だ。
もちろんスライムやイビルプラントという、雑魚モンスターの飼育を始めた事も掴んでいる。
怪しさはあれど、モンスターの飼育に関しては、何年も前に、政府との間で合意がなされた事実である。
出荷先も大河を挟んだ隣国とは言え、これも貿易自体が禁止されている訳では無い。
食肉の生産に影響が出ない範囲で、新たな事業を興しただけ。しかも商品は雑魚モンスターだ。どうこじつけても、隣国への武力供与にはならない。
完全にアテが外れた。
彼らがそれに気付いた時、待ち構えていたかのように、複数の影が暗部を襲ったのだ。
そして現在――
肩を庇いながら走る男を、静かな銀閃が横切った。力なく崩れる膝、倒れ伏した男の周囲に、複数の影が現れた。
「やはり閣下の読み通りであったな」
一つの影が呟き、他の影が同調するように静かに頷いた。
補償金を蹴って婚約を止めれば、何かアクションを起こしてくるだろうというのは、リズの父ルシアン候の予想だ。伯爵家も影を持っているが、ここ最近の不景気のせいで、その規模は年々縮小している。だからこそ、ルシアン候は王国の暗部に先んじて、伯爵家に影を助っ人として送り込んでいたのだ。
ルシアン候が影を差し向け、それをハートフィールド伯爵家が使って王国の暗部を返り討ちにした。両家が手を結び、王家の暗部を皆殺しにした最大の理由は……宣戦布告、いや正確には〝宣戦布告を受け取った〟という返事だ。
言いがかりの脅し。
痛くもない腹を探る暗部の派遣。
それは明確にハートフィールド家に対する宣戦布告と取れる。本来ならば、事前に謀反の疑いがある旨の連絡が必要にもかかわらず、この騙し討ちだ。
加えて先日届いた脅しの手紙。これには温厚なハートフィールド伯爵も、堪忍袋の緒が切れた。
派遣したのに戻らない暗部。それが示す事に宰相ディルが気がつくかどうかは不明であるが。
遺体の懐から調査報告書を取り出した影の一つが、ピクリと肩を震わせ、弾かれたように後ろを振り返った。そこにいたのは……
「いやー。さっすが侯爵閣下の影っすね」
……平服に帯剣したハリスンであった。
「……ハリスン卿、ご助力感謝します」
「いやいや。あっしは何にもしてませんぜ?」
ヘラヘラと笑うハリスンだが、影は黙って首を振るだけだ。
「卿がいらっしゃったお陰で、我々の被害は軽微ですみました」
「そりゃ良かった。ただ、全滅させちまいましたが、良かったんで?」
首を傾げるハリスンに、「閣下のご指示ゆえ」そう影が頭を下げた。
調査隊が全滅し、調査報告書だけが残る。その状況を、ルシアン侯が使わない手はない。
「難しいことは、分かりませんが……ま、仕事が終わったってんなら、あっしは帰りまさぁ」
ヒラヒラと手を振って、ハリスンが夜の闇に消えていった。
「……ランドルフ・ヴィクトールも凄まじかったが」
「ヴィクトール領、騎士隊副隊長、ハリスン・ウォーカー。彼も恐ろしい使い手だな」
「いや、そんな男を軽く派遣できる、アラン・ヴィクトール卿が恐ろしいよ」
「……味方で良かったと思おう」
誰ともなく頷いて、影がその姿を闇へと消した。残ったのは、わずかな血痕だけであった。
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