第27話 お土産は大事

 父アランや家令キースとともに執務室へ来たランディは、ホッと安堵のため息をついた。実際母親や妹が、リズやエリーを受け入れるかどうか心配だったのだ。


「グレースもクラリスも喜ぶといっただろう」


 ランディの心を見透かすようなアランの言葉に、「わーってるって」とランディが口を尖らせた。


「さて、帰ってきたんだ。仕事の話をしようか」


 切り替えるように手を叩いたアランに、ランディが黙って頷いた。


「まずは頼まれていた素材の調達、加工や搬出だが――」


 そうして始まった話し合いは、かなり濃い内容となっていった。


 まず素材調達に関しては、【鋼鉄の獅子】を初めとした冒険者が少しずつ街に増えているという。特に【鋼鉄の獅子】の申請により、街に冒険者ギルドが出来る運びになった事が、大きな転換点とも言える。


 まだまだ冒険者の腕では難しい魔獣もいるが、そちらはヴィクトール領の騎士達も動いているので、当面の心配なない。


 次に素材の加工と搬出は、ルシアン侯爵が送ってくれた技術者たちがいい仕事をしているという。現物を見せただけという、大雑把な導入にもかかわらず、しっかりと物を作り出す腕は、流石に鍛冶種族ドワーフだそうだ。


 素材の搬出に関しても、かなり進んでいる。既に母グレースが里帰りをしていた大河に面した漁村は、最終的に巨大なガレオン船が入れるよう設計された港が建設され始めているとのこと。


 恐らく侯爵家から、少なくない資本と物資が投入された結果だろう。侯爵からしたら、簡単に回収できると見越しての投資だとしても、ランディは恐ろしくて額を聞く気になれない。


「今はまだ小型船でのやりとりだが、じきに港に停泊することも出来るようになるだろう」


 アランの説明に、ランディは「あの寂れた漁村がね」と苦笑いしか浮かばない。


 グレースが里帰りをしていた、と言ったが、正確には里帰りではない。グレースは元々ヴィクトールの娘であって、実家はこの屋敷である。


 ではなぜ里帰りかと言うと、前子爵でありグレースの父親が無類の釣り好きで、引退とともに大河に面した漁村へと引っ込んだのだ。既に伴侶をなくし、男やもめの実父を気遣い……なわけがない。放っておくと釣りしかしない趣味人である実父を諌めるため、グレースは里帰りと称して時折様子を見に行っている。


 ここから漁村まで、距離があまりない事が唯一の救いかもしれない。


「義父上も積極的に改革に協力してくれているらしい」

「どうせデカい船で河から海に出たいだけだろ。沖釣りによ」


 呆れ顔のランディに、アランも思わず同意の苦笑いを返した。


「閣下のほうでも、既にプロモーション用の馬車が完成し、売り出しに掛かっておられるそうだ」

「流石侯爵閣下。仕事が早い」


 肩をすくめたランディだが、その感想は心の底からの賛辞である。このタイミングで既に売り出しにかかれるという事は、あのサンプルの模型といくつか渡した素材から一号車を完成させたのだろう。


 一号車をプロモーションに使い、既に出荷されている材料で、一気に攻勢をかける流れも出来ている。


 まずはこの大陸で、馬車の革命が起きるだろう。準備万端の侯爵が、シェアを奪う事は目に見えている。


「それで? 私の断りもなく、始めた三家合同の事業について聞かせてもらおうか」


 アランは茶目っ気たっぷりの笑顔だが、確かに事後報告となったことについては、ランディも素直に頭を下げた。


「とりあえず試作品が出来たんだが――」


 話しながら、鞄を漁るランディは、試作品のいくつかはリズのアイテムボックスの中だと思い出した。どうしたものかとキースを振り返った時、タイミング良く執務室の扉がノックされた。


「ランドルフ様、試作品のお話なら私達も同席したほうが――」


 ナイスタイミングで顔を見せたリズとセシリアに、ランディが「ちょうど良かった」と二人を執務室へと招き入れた。




 虚空から化粧品を出すリズを前に、アランとキースも目を見開いているが、驚きを口にすることはない。恐らくエリーの力か何かと勘違いしているのかもしれないが、不要な説明が省けてランディとしては有り難い限りだ。


 並べられた幾つかの瓶を眺めるアランが、「私には良く分からないな」と肩をすくめてランディを見た。


「既にある程度の試用はしてるし、効果の確認も出来てる。が、出来れば分母が大きいデータも欲しい」


 ランディが笑ってキースを振り返ると、微笑んだキースが扉を勢いよく開いた。そこにいたのは、リタを始めとするメイドたちだ。


「お前ら、約束の品だ――」


 ランディが化粧品やハンドクリームが入った鞄を、メイドたちへと放り投げた。


「若、もしかして私達のために――」

「ンなわけあるか。実験台だ実験台」


 悪い顔で笑うランディに、メイドたちが頬を膨らませながらも化粧品を握りしめた。


「瓶は顔に塗れ。湯浴みの後や洗顔の後がオススメだ。小さい容器は手だな――」


 実験台だと言いつつも、メイドたちに使い方をレクチャーし、更にはここにいない料理番や庭師男たちにも渡せと指示するランディを、リズはどこか誇らしげに、セシリアは興味深そうに眺めていた。


 一通り説明が終わり、メイドたちへ解散を命じたランディが、「使い心地は親父殿に共有しろよ」と姦しく遠くなっていく背中に声をかけた。


 騒がしかった執務室が静かになり、「凄いエネルギーだな」とアランが苦笑いで、目の前に並んでいた瓶を持ち上げた。


「……一蹴、出来るんだろうね?」

「ったりめーだろ。どんだけ試作して、どんだけ塗り比べたと思ってんだ」


 アランの言葉を、ランディが鼻で笑い飛ばして自信あり気にソファへとふんぞり返った。


 アランの言う一蹴とは、既存の美容品を蹴散らせるのか、という意味だ。


 この世界にも美容品が無いわけではない。だが、リズの母フローラ夫人がランディの言葉に食いついたように、それに使い心地と効果が伴っているとは限らない。


 だがランディの開発したものも美容品だ。


 塗って直ぐ効果が出るわけではない。少なくとも数日……出来れば数週間は使って欲しい。


 だがそれを選択するのは消費者だ。使って直ぐに効果が出なければ「前と変わらないじゃないか」となって使うのを止めてしまうかもしれない。そうなれば、その先に待つ変化を知ることは無い。


 下手をすると、それが切っ掛けで一生縁がなくなるかもしれない。


 それを防ぐために、ランディは効果もだが徹底的に使用感にこだわった。『使いたい、使い続けても良い』そう思ってもらえるように、試作を繰り返したのだ。


 アランとランディのその短いやり取りで、リズとセシリアも初めてランディがあそこまで試作にこだわった理由に気がついた。


 ――商品の性質上仕方がない。


 あの言葉が、今の会話に集約されていたのだ。


「ただリザに手を握って欲しいから、グダグダ延長してるのだとばかり……」

「誰だよその変態は」


 思わずと言ったセシリアに、ランディが盛大に眉を寄せた。


 セシリアの放り込んだ爆弾に、「妾もそう思っておった」とエリーが参戦し、ランディを含めた四人がギャーギャーと意見を交わし始める。


 活発な付き合いがあって、喜ばしいことだとアランが頬を緩めたのもつかの間、ランディとアランは扉の向こうによく知る気配を察知して、同時にブルりとその身を震わせた。


 顔を青くし、見つめ合った親子二人が同時に頷いた。


「ら、ランディ、分かってると思うが――」

「わ、わーってるよ。お袋と、クラリスの分はこれだ」


 頭を掻いたランディが自身のマジックバックから取り出したのは、先程とは違う瓶だ。計四つあり二つずつ色が違うそれに、アランが怪訝な表情を見せた。


「こっちは貴族向けだな。敢えて二つに分けることで、それぞれの効果がより強いものにしてある」


 保湿用の化粧水と、潤いを逃さない乳液のようなものだ。


「ちっとお高くして高級感と特別感を出す。貴族向けならこのくらい問題ねーだろ」


 笑って瓶を揃えるランディだが、いまいち分かっていないアランは「ふむ」と微妙な返事をするしか出来ない。しばし瓶を眺め、それを持ち上げてみたりしたアランだが……


「グレース、クラリス。だ、そうだが?」


 ……扉の向こうに声をかけた。その言葉を待っていたかのように、扉が開き母グレースと妹クラリスが目を輝かせてアランからお土産を受け取った。


「ランディ、エリザベスさんもありがとう。早速使って――」

「ああ、もうそれは後で聞きますんで、今は外に行ってて下さい」


 微笑むグレースを外へと押しやるランディに、「私も混ぜてくれてもいいじゃない」と母と妹は不満げだ。


「後で色々聞きますから……」


 何とか母やと妹を部屋の外へと押し出したランディが、大きくため息をついた。別に彼女たちを邪険にするわけではないが、話が進まなくなりそうなのだ。


 やれ使い心地がどうだ、とか。

 やれ匂いがどうだ、とか。


 二人には悪いが、今は商品の使い心地よりも、話さねばならぬことがまだあるのだ。


 一瞬で去っていった嵐に、ランディとアランがもう一度顔を見合わせため息をついた。


「それにしても貴族向けか……なら、皆に渡したのは――」

「ああ。オールインワンは、一応平民向けにする予定だ」


 余った試供品を持ち上げたランディが、「大変だったが……」と努力の結晶を明かりへ透かした。


 瓶を通して明かりを見上げるランディは、嬉しさを隠せないように微笑んだ。その笑みに「平民向け……もしかして――」とリズはようやく、ランディが試作にこだわっていたもう一つの理由を理解した。


「どういう事ですの?」


 小首を傾げたセシリアに、リズが微笑みながらランディがこだわり続けた理由を話しだした。


 ランディにとって、化粧品の開発はリズの母親に言われたからだけではない。

 もちろん領の発展も見越してだが、それ以上に今まで支え続けてくれた使用人たちへの恩返しの意味が強い。


「セシリー、メイドを始めとした平民がどれだけ忙しいか知ってます?」


 リズの言葉に、セシリアは黙って首を振った。


「私もこの生活になって、初めて知りました。彼らは非常に忙しいんです」


 リズが「ですよね?」とランディを覗き込んだ。


「時間がない人間に、手軽に美容を楽しんでもらいたい。こだわったのには、そういう一面もあったと言うんですの?」


 驚くようなセシリアに「まさか」とランディは意味深に笑って視線を逸らした。


 だが実際彼女たちの言うとおりである。


 ランディがオールインワンやハンドクリームにもこだわったのは、ひとえに自領を支えてくれる人々のためだ。


 彼らの期待に応えるべく、彼女たちが限られた時間でも使えるよう、骨を折って試作を繰り返した。販売戦略的にも必要な試作ではあったが、もう半分はやはりランディの個人的な理由だ。


「ランドルフ様……義理堅い方ですのね」

「実験台っつったろ」


 鼻を鳴らすランディだが、リズもセシリアも微笑むだけで相手にはしてくれない。


 このままだと分が悪いと察したランディは、それ以上何も言わずに黙ることにした。あまり否定しても墓穴を掘るだけである。


 そんなランディを見かねてか、アランが苦笑いで口を開いた。


「どうする? 港の様子も見に行くかい?」

「いや、そっちは見た所で分からんからな。今回は街で加工してくれてる、技術者達に顔を出すくらいだ」


 そう言って立ち上がったランディが、リズやセシリアを伴って少しだけ賑わいを見せる街へと降りていった。




 街で技術者と意見を交わし、セシルと遊び、当面の素材用に魔獣を狩り、ランディ達は充実した休みを過ごし、次の日の夕方には学園へと戻っていった。

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