第26話 母親に女友達を紹介するのって緊張する

 ランディがリズと学園に通い始めて、二度目の休みが訪れた。この世界では週七日だが、学園の休みは何故か第二第四土曜日が休みの形だ。とは言え、他の土曜授業は確定で半日授業である。


 つまり、毎週土曜の午後からは実質の休み――ランディは金曜以外全部半ドンだが――と言っても過言ではない。そして今ランディ達は土曜の午後に差し掛かっている。


 学園に来て凡そ二週間、そろそろヴィクトール領の開拓具合も確認したいランディは、今日こそ家に帰る決断をした。同行者はもちろんリズとそして……


「本当に大丈夫なんですわよね?」


 ……訝しげなセシリアだ。


 既にセシリアの家と、リズの家は手を結ぶことが決定した。朝には元婚約者候補と一悶着あったようだが、セシリアは問題ないと言っていた。


 とにかく志同じく中央へ反目する同志となった以上、リズの追放の裏側――ランディ達が分かる範囲で――やエリーの存在についてもセシリアには話してある。


 ランディとしてはあまり人を巻き込みたくないのだが、セシリアの意思は固く、リズや自分を蔑ろにした連中に、やられっぱなしは嫌だという思いが強かった。


(大貴族こえー)


 流石古くから続く名門、と言いたい所だが、ランディ達とともに行動する以上、ランディは彼女への敬語をやめている。セシリアからお願いされたことだが、ランディからしたら「もう、どうにでもなれ」と言う若干投げやり気味の思い半々だ。


 とにかく新たな仲間セシリアを加え、エリーの指パッチン一つでランディ達は馬車で十日の距離を一気に飛ぶ――








「ここが?」

「帰ってきたな」

「はい」


 ランディ達の目の前には、出かけた時とあまり代わり映えのしない、ヴィクトール家の屋敷があった。そもそも出てから一ヶ月も経っていないのだ。変わっている方がおかしい。


「ランドルフだ。帰ったぞ」


 屋敷の前で掃除をしていたメイドに、ランディが手を挙げると……


「あ、若おかえりなさ――」


 ……固まったメイドが箒をポトリと落とした。


「どうし――」

「旦那様ー! 若がまたご令嬢を拾ってきました!」


 慌てふためくメイドが、大声を張り上げながら屋敷へ消えていった。


「また? 拾ってきた?」

「不可抗力だ」


 怪訝な表情のセシリアに、ランディが口を尖らせた。実際拾われた令嬢であるリズに至っては、苦笑いを浮かべることしか出来ない。


 メイドが騒がしく屋敷に戻ったかと思えば、屋敷内がドタドタと騒がしくなり、一斉に屋敷の人間が顔を出した。


 野次馬根性のメイド達はもとより、アランにキース。そして……


「ランドルフ?」

「「お兄様?」」


 ……母グレースと、妹クラリス。加えて幼い弟のセシルも顔を出した。


 久しぶりに見る幼い弟に、ランディは思わず「おーセシル」と笑顔で駆け寄った。


「元気だった――」

「ランドルフ、まずは説明なさい」


 セシルに伸ばした手は、笑顔の母グレースに阻まれてしまった。


「後で……」

「駄目よ」


 圧のある笑顔を向けられたランディが、思わず助けを求める視線を父アランに向けるが……やはりと言うべきか、アランに視線を逸らされてしまった。仕方がないと諦めたランディが、リズとセシリアを伴って屋敷へと消えていった。




 ☆☆☆



「そうでしたの。では貴女がエリザベス嬢で、こちらの方は侯爵様のお手紙にあったセシリア嬢なんですのね」


 優雅にカップを傾けた母グレースに、ランディが黙って頷いた。


「まずは改めまして。ランドルフの母、グレース・ヴィクトールと申します」


 座ったまま礼をするグレースは、気軽に接してくれという事を暗に示しているのだが……流石に子爵とは言え屋敷の女主人へ、砕けた態度を取れる二人ではない。


 先ほども開口一番に挨拶をしたはずの二人は、もう一度「「よろしくお願いします」」と優雅なカーテシーを返していた。


「そんなに固くならなくていいわ。どうせ田舎なんですもの」


 微笑むグレースが、カップを脇によせ満面の笑みでリズとセシリアを見比べた。見るものが見たら、柔和な優しい笑みではあるが、その正体を知っているランディからしたら「あ、やばい」という類の笑顔だ。


「母上殿、彼女たちは――」

「どきなさい、ランドルフ」


 リズ達を庇おうとするランディを、グレースが押しのけ、キラキラとした瞳をリズとセシリアに向けた。


「いいわー。二人共凄く綺麗で……」


 キラキラとした瞳で二人を褒めたグレースが、笑顔のまま更に続ける。


「……それで、どっちがランドルフのお嫁さん候補なのかしら」


「な゙――」

「え゙――」


 思わず顔を赤らめたリズと、顔をひきつらせたセシリア。


「あら、やっぱりエリザベスさんの方なのね」


 茶目っ気たっぷりに笑うグレースに、「わ、私なんかが……」とリズはタジタジだ。


「母上殿、やめて下さい。リズが困っております」

「良いじゃない! あなた全然女っ気がなかったんですもの」


 口を尖らせたグレースだが、ふと何かに気がついたようにまた笑みを浮かべてランディを見た。


「〝リズ〟って愛称よね?」


 思わぬ突っ込みに「うッ」とランディが言葉につまり、その様子にグレースは満足したように頷いた。


「今はそれで良いわ」


 何度か頷いたグレースが、リズへもう一度視線を向けた。


「それで? エレオノーラさんはいつお顔を見せてくれるのかしら?」


 不敵な笑みのグレースに、リズが目を見開き、「『気が向いたら』だそうです」とエリーの言葉を代弁した。


「あら? そうなの。あなたもお嫁さん候補なのに……まあ良いわ。古の大魔法使いだろうが、元侯爵令嬢だろうが、今は我が家の一員ですからね。私の可愛い娘のようなものです。何かあったらすぐに言いなさい」


 微笑みを浮かべたグレースに、再びリズが目を見開いた。だが今度のそれは、先ほどとは違う驚きだ。なんせ……


「フン。面白い。妾を娘と宣うか」


 ……エリーが顔をのぞかせたのだ。


「ええ。あなたも、エリザベスさんも。セシリアさんは……流石に伯爵家のご令嬢ですから無理ですが」


 肩をすくめたグレースに、ランディは内心(リズもまだ侯爵家の娘だ)と突っ込まずにはいられない。


「面白い女じゃ。まあ世話になる以上、挨拶をせんのも筋が通らん故――」


 そう言って、名を名乗ったエリーが、「何かあれば大魔法使いが助けてやろう」とニヤリと笑ってその気配を消した。


 戻ってきたリズも、それを見ていたランディですら驚いている。たった一言だけでエリーを引きずり出し、そして「助けてやろう」とまで言わしめたのは、ランディとリズを除けば恐らくグレースが初めてだ。


 正史において、なぜラスボスたるエレオノーラが、公国程度を滅ぼすのに時間がかかったのか。その理由の一つが、このグレースの存在である。


 全てを包み込む母性によって、絶望に染まったエリザベスとエレオノーラの心を何度も癒やしたのだ。それでも癒やしきれなかったエレオノーラの魂がエリザベスと最終的に融合するのだが……。


 それに掛かった時間が、正史では学園パートのイベントをこなす時間になり、公国が滅ぶのに時間が掛かった理由の一つとして挙げられる。


 そして逆に、そのグレースを手に掛けた事で、エリザベスとエレオノーラの絶望は更に深くなった原因でもあるが。


 ともかく正史とは全く違う形で邂逅した三人は、全く新しい関係性を築くことになる。


 そんな事などつゆ知らず、グレースは扉近くでこちらを覗っていたランディの弟妹を振り返った。


「クラリス、セシル。挨拶なさい」


 グレースの言葉でリズ達の前に来た妹クラリスと、弟セシル。クラリスは十二、セシルは今年で五歳になる。リズとセシリアを前に目をキラキラさせたクラリスが、まだたどたどしいカーテシーを見せた。


「クラリス・ヴィクトールです……どちらが、私のお姉様ですか?」


 爆弾を突っ込んだクラリスに、「そうね。まだ先だけれど、エリザベスさんかしら」とグレースがにこやかに油を注いでいく。


「母上殿――」


 ランディの制止も聞かず、クラリスはリズの前で目を輝かせた。


「エリザベスお姉様と呼んでも良いでしょうか?」

「長いからリザで良いですよ」

「なら、リザお姉様ですね!」


 勝手に進む話にランディは頭を抱えるが、唯一の救いはリズが嫌がっていないことだろう。今も「私も妹が欲しかったんです」と目を輝かせるリズに、ランディは安堵のため息をついた。


「ランドルフ様、リザを幸せにして下さいまし」

「お前まで……」


 がっくり肩を落とし屈み込んだランディを、弟セシルが優しく撫でてくれる。


「セシル……お前だけは俺の味方だ」


 セシルを抱きしめるランディと、くすぐったそうに顔を綻ばせるセシルに、リズは「弟も欲しかったんです」と羨望の眼差しを送っている。



「ランドルフ様……」

「みなまで言わないでくれ」


 うなだれるランディに、アランも諦めろと言いたげな表情で肩を叩いた。


「ランディ。骨は拾ってやろう」

「そこは助けろよ」

「最悪セシルがいるからな」


 肩をすくめて笑う父に、「薄情者め」とランディが口を尖らせグレースたちを振り返った。


「母上殿、俺は親父殿と打ち合わせがあるので――」

「ええ。こちらは任せなさいな」


 満面の笑みのグレースに、ランディは余計な事を話さないよな……と微妙な気持ちのまま、アランやキースに促されて応接間を後にした。


 扉を出たランディの背中には、楽しげな笑い声が届いていた。

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