第24話 ほら。人の縁って超大事

※ヴィクターの名前をダリオへ変更しています。ランディの実家ヴィクトールとヴィクターを私が混同してまい、読者の方へご迷惑をかけまったことに起因しています。


コメント欄にヴィクターとありますが、ダリオの事だとご理解下さい。

また、既にこの話をお読みの読者様ように、次話でも同じ告知を打っています。そのうち消去しますので、しばらくのお目汚しをご勘弁下さい。



☆☆☆





 ランディがダンジョンで、呪いの杖を手に入れてから数日……化粧水を初めとした美容品の試作はかなりいい感じで進んでいた。


 オークの食料庫と思しき場所から採取した物の中に、ピッタリの素材があったのだ。


 それはランディにも馴染み深い種であった。


 魔の森でも見かけるイビルプラントの種。動く植物型魔獣であり、種を飛ばして小動物を昏倒させ、身体に種を植え付ける魔獣である。


 なぜあんな場所にイビルプラントの種があったのかは謎だが、エリー曰く、ダンジョンの一部がどこかの洞窟と繋がっている可能性は否定できないとの事だ。


 確かに森の奥などと繋がっていたら、イビルプラントの種をオークが持っていてもおかしくはない。そもそもオークが紛れている以上、やはりどこかと繋がる道があるのだろう。


 ともかく森でたまに見かける植物型魔獣、イビルプラント。


 種を飛ばすと言うが、便宜上種と言われるだけで、実際は種に似た何からしい。ちなみにランディには良く分かっていない。とは言えそのイビルプラントが飛ばす種の中に詰まっていた油脂が、非常にいい仕事をしたのだ。


 バターのような脂と、それを覆うココナツミルクのような油。食べるには向かない味――見た目は美味しそうだった――であったが、美容品の油分としては文句なしの使い心地であった。


 脂部分はハンドクリームへ。

 油は乳液とオールインワンへ。


 試作品へと変わったそれらは、既にランディによる人体実験へと移っていた。それどころか、今回はセシリアまでもが人体実験に協力を願い出たのだ。


 貴族の令嬢を実験台にする事に、ランディは初め難色を示したが、女性の肌と男性の肌は違うとセシリアに押し切られた形だ。


 渋々セシリアを実験台にしたランディであるが……


「使用感は悪くないですわ。ただ、少々油分が多すぎますわね」

「なるほど。では割合を調整しましょう」


 ……今や毎日セシリアから聞かされる使用感を、こまめに纏める程馴染んでしまっている。ちなみにセシリアが実験台になっているので、リズも実験台をしている。


「私はこれくらいの方が好きです」

「オッケー。やっぱ、肌と好みに合わせてバリエーションがいるな」


 昼休憩中に、テラスの一角で女子二人の話を真剣に纏める大男。傍目から見たら、良く分からない光景だが、本人たちは至って真剣である。


 一通りレポートを取り終えたランディが、一息ついてコーヒーカップを傾けた。煮出しコーヒー独特の味わいは慣れたが、やはりランディにはドリップ式の方が馴染み深い。


(そーいやこいつもあったな)


 やりたい事、やらねばならぬ事が多すぎて、ランディ自身失念していた。ここが乙女ゲーベースの世界であった事を。


「そう言えば、セシリー。今週末はパーティがあるのでは?」


「ええ。ですが私……パーティへ行くか迷っていますの」


 物悲しげに笑うセシリアと、目を見開いたリズの様子に、(そういやそんな世界か)と、ランディはようやく乙女ゲーだった事を思い出した。


 正直今更ストーリーも知らない乙女ゲーなど、どうでも良いというのが個人的な感想である……が、少し気になるのはセシリアだ。


 取り巻きの一人と婚約予定と言うなら、彼女もある意味悪役令嬢の一人になるのだろう。このまま放っておけば、彼女もまた何かしらの因縁を付けられて婚約が流れたり、傷ついたりするのかもしれない。


 今や数少ない友人の一人で、更には美容品の大事なアドバイザーでもある。出来ることならば、セシリアに助け舟を出したい所であるが……以前彼女は、リズの申し出を断っていた。


(あまり詮索は良くないよな)


 悩むランディの眼の前で、セシリアは、その顔をただ曇らせていた。


「セシリー、大丈夫なんですか?」

「大丈夫、ではありませんわ」


 首を振ったセシリアに、リズも悔しげに唇を噛み締めている。そしてランディは一人置いてけぼりだ。何が何だか、何が大丈夫じゃないかが全く分かっていない。


 高速で二人を見比べるランディに、リズが気づき「話しても?」とセシリアへ許可を取った。


「ええ。友人ですし、ランドルフ様は面白いお考えをしてますから……ご意見を頂戴するもの良いかもしれません」


 そう微笑んだセシリアが、折角ならと自分の口から話しだしたのは、婚約予定のダリオの家、ワイスマン侯爵家とセシリアの実家ハートフィールド家の微妙な関係であった。


 セシリアの実家、ハートフィールド家はリズの実家ブラウベルグ家同様、古くから領地貴族として王国を支える名門である。


 リズの家が海運で王国に富をもたらすなら、セシリアの家は王国の食を支えてきた一面がある。


「食を支える名門といっても、牧畜がメインの田舎者ですわ」


 自嘲気味に笑ったセシリアに、「牧畜、ですか」とランディも苦い顔を浮かべた。


 今より一世代前くらいは、牧畜は確かに王国の食を支えていた。だが今の時代、牧畜をメインにやっている家はあまりない。その理由は魔獣を食せるようになったことが大きい。


 魔獣の調理法や下処理方が確立されて以降、オーク肉を始めとした安価な魔獣肉が市場へと出回る事になった。無理もない。冒険者たちが魔石や素材を求め、魔獣を狩るのは常であり、廃棄するはずの肉が食せるようになったのだ。


 肉の選択肢が増えたことで、家畜の肉は需要が一気に下がってしまった。


 それでもセシリアの領地が牧畜を辞めないのは、やはり魔獣肉だけでは国民の胃袋を満たせないからだろう。王国を支えてきたというプライドをくすぐる形で、中央政府から牧畜の継続を命じられ、今も需要の少ない家畜の肉を育てているのだ。


 もちろんセシリアの実家も、ただ単に牧畜を続けた訳では無い。様々な改良を加え、時には魔獣を飼育できないかなどの、突飛な改革にも着手したそうだ。


 だが、魔獣を育てたところで、結局討伐される魔獣の方が手間暇かけないぶん価格が安いのだ。


「需要が少ない場合は、価格を下げざるを得ませんわ。そうして我が家の財政は、今や火の車……」


 深い溜め息をついたセシリアが、もちろん国から補償金が出ている事を明かしたが、国からはなるべく早く、牧畜の効率化を図るよう言われているのだとか。


 効率化を図り、コストを下げれば、価格を下げても利益が出る。そんな考えなのだろうが、生き物を相手にする以上、何でもかんでも簡単に効率化出来るわけがない。


「つまり、私はダリオ様に嫁ぐことで、補償金の期間を延長してもらう人質なんですの」


 悲しそうな顔のセシリアに、「なるほど」とランディが静かに呟いた。ちなみにダリオの家としても、古くから続く名門の血を一族に加えるという意味ではメリットがあるらしい。


 〝フォン〟を冠する領地貴族の多くが、王国の最初期から国を支えてきた、本当の意味での貴族だ。つい最近出来始めた中央貴族は、どうしても国民から〝成金〟にしか見られていない節がある。


 実際に中央貴族は入れ替わりも珍しくなく、ダリオの実家ワイスマン侯爵家も、まだその歴史はあまり長くない。だからこそ、セシリアの実家のような名門の血を入れることで、貴族として箔をつけたいのだという。


「ワイスマン侯爵家は、別に他の領地貴族でも構わない、と事あるごとに仰いますわ」


 ため息交じりのセシリアに、「脅しですか……」とランディも大きくため息を吐き出した。


(力関係の強弱がこういう場合もあるよな)


 相手のほうが立場が上な為、セシリア一家は強く出られないのだろう。自分のほうが立場が上と分かっているからこそ、ダリオが好き勝手やってるとも言えるが。


(いや、ただの甘えたガキなのか?)


 立場の強弱があれど、自身の行為がどんな影響を与えるか考えが及ばないのは、甘やかされて育ってきたせいかもしれない。仮にこのまま婚約が進み、セシリアを娶ったとしても、誰も幸せにはなれないだろう。


「つまり週末のパーティを、その馬鹿息子に付き添わないと駄目で、それを断ればセシリア嬢の立場が、ひいては実家の立場が悪くなるわけですか」


 ランディの言葉にセシリアが小さく頷いた。


「お父様もお母様も、無理はしなくていいと仰ってましたわ……でも――」


 声を震わせたセシリアが、せめて人質だとしても、婚約し結婚する以上はダリオを支えるつもりだった、と声を震わせた。


 ダンジョン探索などにかまけず、将来宰相となるべく、必要な教育や交流をさせようと何度も諌めたが、結果は言わずもがなである。


「煙たがられ、しかも私自身を見てくれない方と、どうして添い遂げられましょうか」


 大きくため息をついたセシリアは涙の代わりに自嘲気味た笑みを見せた。今まで色々と大変だっただろうに、気丈に振る舞う彼女の姿にランディは思わず瞳を閉じた。


 婚約〝予定〟なのは、セシリアの実家のせめてもの抵抗なのだろう。せめて学生の間くらいは、好きでもない婚約者に縛られず、自由な学生生活を謳歌して欲しいという。


 だがセシリアは実家の思いを汲んで尚、例え人質だろうと相手を支えようと粉骨砕身してきたのだろう。もちろん、ダリオにも彼の言い分はあるだろう。あるだろうが、向き合おうとしているセシリアに向き直ったとは到底思えない。


 小さくため息をついたランディは、知らず知らずの内に拳を握りしめていた……


「駄目、ですよ……」

「一発くらいいいだろ?」

「ランディの一発は、普通の人の一万発くらいなので駄目です」


 リズに止められ、拳を解いたランディが大きくため息をついた。


「お気になさらずに。貴族の家では良くあることですわ」


 普段通りの笑みで、優雅に紅茶を飲むセシリアは、「私が特別ではありませんわ」と言ってのける。思わずリズを見たランディに、リズが難しい顔でゆっくりと頷いた。実際リズもつい最近まではそうだったのだ。


 一体彼女たちは、その華奢な身体にどれだけの責任を背負っているのだろうか。


「貴族なんざ、クソ喰らえだな」


 思わず呟いたランディに、セシリアとリズが顔を見合わせた。


「あなたも貴族でしょうに……ですが、そのお気持ちだけで十分です」


 セシリアはランディに助けを望んでいないかもしれないが、ここで見捨てる事などランディに出来るはずがない。


 そうでなくとも、これから提案することはランディにとってもメリットがあるのだ。


「セシリア嬢。ご実家の財政が持ち直せば良いんですよね?」


 ランディの含みのある言葉に、セシリアが「え、ええ」と面食らったように頷き、リズは「あ」と気がついたように目を見開いた。


「なら大丈夫です。パーティどころか、婚約も白紙にしましょう。まだ予定なんですよね?」


 悪い顔で笑うランディに、セシリアが「え?」と呆けた表情を見せ、リズはやはりランディの考えが分かっているようで大きく頷いた。


「そうしたいのですが、婚約の話を打ち切れば補償金が……」

「大丈夫ですよ」


 笑い飛ばしたランディに、セシリアが「どういう事ですの?」と眉を寄せた。


「セシリー。私達は今、美容液を世に広めようとしてます」

「それは知っていますわ」

「これが世に広まれば、相当の需要が見込まれるはずです」


 リズの言葉にセシリアが黙って頷いた。


「先ほど、魔獣の飼育を試みた事がある、と言っていましたね」


 微笑んだリズの言葉で、セシリアもようやく気がついた。


「我が家で、美容液の素材を作り出せ、と言うんですの?」

「はい」

「聞けばウチの領とは、大河を挟んだお向かいさんですし、セシリア嬢の実家で素材を大量生産、ウチで加工、そして……ブラウベルグ家の力で売りまくります」


 悪い顔のランディに、セシリアは「でも……」と顔を俯かせた。確かに上手く行けば、莫大な利益が入るだろうが、それでも軌道に乗るまでの不安と、やはり今まで頑張ってきた牧畜を蔑ろにする事への後ろめたさもあるのだろう。


「あ、セシリア嬢の家に頼みたいのは魔獣の飼育だけじゃないですよ」


 そんなセシリアの気持ちを汲んでか、ランディがリズに「謎肉出して」と声をかけた。


「謎肉じゃなくて、オークの胎盤ですよ」


 頬を膨らませたリズが、アイテムボックスから乾燥した肉の塊を出した。


「オークの胎盤がどうしたのですか?」


 眉を寄せるセシリアに、ランディがニヤリと笑った。


「プラセンタ、って聞いたことあります?」

「ぷらせん……なんですの?」


 再び眉を寄せるセシリアに、ランディが凄く効果の高い美容液の素だと教える。実際ランディも、胎盤=プラセンタと知ったのはつい先日だ。


 アイテムボックスに収納したオークの胎盤に、『オークプラセンタ』と表示がされており、エリーに古代語で「胎盤を意味する」と教えてもらったのだ。


 それこそランディにとっては衝撃であった。


(プラセンタって、あのプラセンタ? 胎盤だったのかよ)


 前世のCMなどで良く聞いたワードの正体が、まさかこんな形で分かるとは思っても見なかったからである。


 オークが胎盤食をしていた偶然と、それをたまたま手に入れた偶然。そしてランディの目の前には、もう一つの偶然が首を傾げていた。


「セシリア嬢。ご実家……豚、育ててますよね?」

「ええ」

「多胎ですよね」


 黙って頷くセシリアに、ランディがまた悪い顔で笑みを浮かべた。


「貴族向けに、豚由来の超高級美容液作りましょう。クソ貴族からガッポリ搾り取るんですよ。そしてこれが切っ掛けで、ゆくゆくは豚も売りまくりましょう。大丈夫です、ビジョンは見えましたから」


 悪い顔のランディに、「は、い……」とセシリアは頷くしか出来なかった。



 それから数日後、セシリアとセシリアの実家ハートフィールド伯爵家からダリオの実家であるワイスマン侯爵家へ、進めていた婚約を白紙にする旨の手紙が届いた。

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