第23話 最強装備とか知らないので許してあげてください。

「全く、お主は何をしておるのじゃ?」


 呆れ顔のエリーを前に、「いやぁ」とランディが苦笑いで頭を掻いた。ランディが強く言い返せない理由は、やはりその右手にある、呪われた杖のせいだろう。


 こうしてエリーが助けに来てくれなければ、この時計台すら、出られなかったのだろうから。


 ―――――――――


 時はしばし戻り


 リッチを倒した後、杖を抱えて道を戻ったランディであったが、時計台の出口まで進んで重要な事に気がついたのだ。


 ……外に出られない。


 いや正確には眼の前に見える扉を使えば、外には出られるのだろうが、こんな基礎がついた杖を抱えたままでは無理だ。もし外に出れば、完全に不審者丸出しである。


 何せここは市民の憩いの場。朝と夜の暗い時間以外は、常に複数の視線が広場には存在しているのだ。


 本来であれば、市民の視線があっても問題はなかった。倉庫代わりのこの部屋に、出入りする扉から堂々と出れば、意外に誰も気にしないはずだと思っていた。


 空き巣が堂々と玄関から出るようなものだ。


 だが今は腕に、杖とその先に小さくない基礎がついたままである。


(目立つ……完全に目立つ)


 こんな物を持って外に出れば、完全に不審者。衛兵に通報されて職務質問まっしぐらである。その先に待っているのは、不法侵入と器物破損、そして窃盗容疑での連行だ。


 ダンジョンの物だからいいじゃないか……と言いたい所だが、場所が場所なのだ。仮にあの結界を教会や国が管理しているとしたら、あのダンジョンは教会若しくは国の所有物となる。


 そんな所に無断で入って、無断で中の物を物色した事がバレれば……やはり犯罪だろう。


「つーか、そもそもこの岩が扉を――」


 基礎の大きさに、ランディが扉と基礎を並べてみるも、「――出られねー」とランディの虚しいため息が響き渡った。この時点で確実に扉を破壊する事が決定したわけである。


 もう目立つ目立たないの問題ではない。器物破損の、しかも歴史的建造物を破壊する事が、確定してしまったのだ。


(やるなら夜だな)


 待っている間、万が一管理人と鉢合わせてはマズい、とランディはもう一度地下へと続く隠し扉へと杖を担いで戻って行った。戻ったのは良いが、片手が塞がっている以上出来ることはない。手持ち無沙汰でどうしようもないランディは、暗くなるまで一眠りすることに決めた。


 昨夜が遅く、また今朝が早かった事もあって、ランディは横になって間もなくその意識を手放した。





 どのくらい眠ったのだろうか、ランディは頭に走った衝撃に目を覚ました。


「ってーな」


 頭を擦りながら目を開けると、そこには蟀谷こめかみに青筋を浮かべたエリーが立っていた。


「何してんだ、お前?」

「それは妾の台詞じゃ」


 腕を組んだエリーが、分かりやすく怒った表情を見せている。聞くところによると、既に外は陽が傾き、多くの人々が家路を急ぐ時間に差し掛かっているという。


「昼過ぎには帰ると言うたのは誰じゃ?」

「仕方ねーだろ。外に出られねーんだから」


 口をとがらせ右手に吸い付いた杖を見せるランディに、エリーがため息交じりにジト目を向け「全く、お主は何をしておるのじゃ?」そう呟いたのが冒頭の出来事である――。



 ――――――――


 エリーが再びランディが持つ呪われた杖を見て、盛大なため息をついた。


「馬鹿じゃ馬鹿じゃと思うとったが、どうやら大馬鹿者のようじゃな」

「ぐっ……」


 出掛けに言われた言葉を忘れていただけに、流石にランディと言えど反論の余地がない。


「三歩で忘れる鳥頭なのか?」


 呆れ顔エリーから口撃が止む気配はない。流石にこの流れは悪いので、ランディは話題を変えようと、「そう言えば――」とエリーがここにいる理由を訪ねた。


「お主の帰りが遅い故、小娘が心配しておったからな」


 呆れ顔のエリーが、彼女が魔石に込めた魔力を座標に転移したのだと教えてくれた。


「それは迷惑をかけたな」


 エリーだけでなくリズにも迷惑をかけたのだ。心の底からの謝罪だったのだが……眼の前で嘲笑めいた笑顔を見せているので、恐らく意識はエリーのままだろう。


 顔を見せてくれない事に、ランディは恐る恐る口を開いた。


「もしかして……怒ってる?」

「大層、の」


 ニヤケ顔のエリーに、ランディが自分の不注意を嘆き左手で顔を覆った。


 確かに怒らせても仕方がない。


 一人でも大丈夫だ、と啖呵を切ってダンジョンへ潜ったものの、待てど暮らせど帰ってこないのだ。心配してエリーに頼んで転移してみれば、当のランディはリズの心配などどこ吹く風で、眠りこけていたと言うオチまでついている。


 こうなっては誠心誠意謝るほかない。それでもエリーの仲介のお陰か、謝り倒したランディが許してもらえたのは、それから数分後であった。





「ところでランディは、何を持っているんです?」


 小首をかしげるリズに、ランディは今日ダンジョンであったことを報告した。


「妾の聖水はどうしたのじゃ?」


 顔を覗かせたエリーに、「ああ、それか」とランディはリッチを相手にしたことを教えた。杖が放つ呪いのせいか、杖に魔力を通せなかったランディからしたら、苦肉の策であったわけだが……


「馬鹿なのか? なぜ杖にかけんのじゃ?」

「え? もしかして呪いが解けるの?」

「当たり前じゃ」


 真剣な表情で杖を眺めるエリーが、「小娘、しばし奥へと引っ込んでおれ」そう呟くと、一気に髪が黒く瞳が真紅に染まった。


 どうやらこの身体の変化は、リズの身体を一時的に支配している証らしい。その状態になったエリーが、躊躇いもせずランディの持つ杖に手を伸ばした。


「ちょ、おま――」


 ランディの制止も聞かず、杖を握りしめたエリーの身体に紫黒の靄が纏わりついた。


「おい、離せって!」


 慌てるランディの言葉などどこ吹く風。ニヤリと笑ったエリーが「なに。ただの残り滓じゃ」と呟くと、紫黒の靄は吸い込まれるようにエリーの中へ消えていった。残ったのは、綺麗な杖と……


「あ、手が離れる」


 ……自由になったランディだった。


「お前、今のは――」

「フン。この程度の呪いを解けんでどうす――」

「馬鹿かお前! あんな身体に悪そうなの取り込んでどう済んだよ! 吐け! 吐き出せ」


 大慌てで背中を擦って来るランディに、「ええい! やめんか!」とエリーがわずかに頬を赤らめて飛び退いた。


「妾なら問題ない」

「本当か?」

「二度も言わせるでない」


 真剣な表情のエリーを、ランディも真剣な顔で見つめ返し……一瞬の沈黙に盛大なため息を返した。


「もし体調が悪くなったら言えよ」

「心配せんでも、小娘は妾が見ておる」

「リズじゃねー。お前だお前」


 鼻を鳴らしたランディに、エリーは初めて自分自身が心配されている事に気がついたのだろう、わずかに頬を緩め、それでも一瞬で引き締めた。


「おかしな男じゃ」

「お前よりはマシだ」


 再び鼻を鳴らしたランディは、もう話は終わりとばかりに地面に転がった杖を拾い上げている。


 基礎から杖を引っこ抜くランディの背後では、


「呪い……飛んでいっちゃいましたね」

「馬鹿には敵わん」


 とリズとエリーが交わしていた言葉は、ランディの「抜けたぞ!」という喜びの声にかき消されて二人の耳以外には届いていない。


 嬉しそうに杖を持ち上げるランディに、リズが近寄り杖を覗き込んだ。


「特に変わった感じはないですね」

「至って普通だな」


 杖を眺めて黙り込んだ二人だが、ランディが「良いこと思いついた」と杖に分解をかけてみる事を提案した。どうせ使えないなら、分解してみようというランディの思いつきだが、リズはそれに難色を示した。


 ダンジョンから出土した呪われた杖。武器としての性能に期待は出来ないが、歴史的学術的価値は計り知れない。


 リズの言い分にそれもそうか、と頷きかけたランディであったが、まさかのエリーから分解に賛成案が出たのだ。


 エリーに押され渋々と言った具合で、敷物を広げたリズが呪われた杖に分解をかけた――淡い光の後、杖があった場所に現れたのは、良く分からない木の棒や金属を初め、魔石のような鉱物、何かの粉末、少しばかりの赤黒い液体、と実に様々なものに分解された。


「うわー。なんつーか……」

「良く分からない物ばかりです」


 完全にとっ散らかった敷物の上に、ランディとリズが同時に眉を寄せた。


(鑑定でもありゃ良かった……ん?)


 そう言えば、鑑定はないがアイテムボックスなら手に入れた事を思い出したランディは、慌てて麻袋の中からスクロールを取り出した。もしゲームの通りアイテムボックスであれば、収納した物の名前が出る事を思い出したのだ。


 急ぎリズにスクロールを手渡し、理解が追いついていないリズに変わってエリーが「やってみる価値はある」とスクロールに魔力を通した。


「どうだ?」

「まあ待て」


 横からステータスウィンドウを覗くランディに、エリーが「当たりじゃ」と笑顔を見せた。


 そこにあったのは、アイテムボックスのタブと、その中に収められた杖の素材達である。


 オリハルコン

 世界樹の枝

 大地の結晶

 海の涙

 星の欠片

 ■■の血


 一部文字化けしているものの、どう考えても凄い素材のオンパレードだ。


「これでもう一度杖を作り直したらどうなると思う?」


 興味津々のランディに、エリーが最大の触媒である血が足りないと言う。どうやら分解した時に、いくらか血が敷物の下へと染みてしまったようで、触媒にするには足りないのだ。


「なら、俺の血?」

「要らん。普通は使用者の血を使うものじゃ」


 とエリーが近くにあった尖った石で、親指の腹を切った。滴る血がアイテムボックスに消えていき――「今日はこんなもんじゃろ」――とエリーが満足したように頷いて傷を癒やした。


「血は数日かけて集めねばならん」

「なら今日はお預けか」

「そうじゃな。が、そもそもの目的はどうしたんじゃ?」


 眉を寄せるエリーに、「おお」とランディが思い出したように、麻袋の中から今回の戦利品を取り出した。と言っても、ほとんどオークの集落から分捕ってきた物ばかりだが。


「謎の肉。角。種。そして油ですか?」

「取り敢えず全部アイテムボックスに突っ込んで一旦帰ろうぜ。そろそろ風呂に入りたい」

「そうですね。ここは埃っぽいですし」


 苦笑いのリズが、「エリー、お願いします」と呟くとランディ達を光が包みこんだ。誰もいなくなった暗い空間に、染み込んだ誰かの血がやけに黒く見えていた。




 ☆☆☆




 時はしばし戻り、ランディ達が呪いの杖と格闘していた頃……


 キャサリン達は夕日を背に王都へと帰還していた。近場のEランクダンジョンで、狩りを続け満足の行く結果が得られた彼らは、肩で風を切るように歩いていた。


 彼らから聞こえる会話は、婚約予定の令嬢が煩いだの、ウチは婚約してるからもっと煩いだの、と自分の恋人への不平不満だ。キャサリンへのアピールなのか、それとも本当に馬鹿なだけなのか。


 自分の恋人への文句を公言する男。

 それに魅力を感じる女。


 ランディが見たら、「お似合いだぞ」と喜びそうな光景である。だが、自分たちの世界に夢中な五人が、そんな醜態に気づくわけもない。


 とりわけキャサリンに至っては、


(もうそろそろ出会うはず)


 と目的のセシリアとの遭遇イベントに神経を集中させている。夕暮れ時にダンジョンから帰ってきたダリオが、セシリアに詰め寄られるというイベント。


 それを待っているのだが……


(来た! ビーンゴ!)


 ……内心喜ぶキャサリンの目論見通り、眼の前には丁度店から出て馬車へと乗り込もうとするセシリアの姿があった。ゲーム通り、寮で勉強するための本を探しに来たセシリアとダリオが遭遇したのだ。


 お互いがお互いに気付いたようで、「「あ」」と声が重なった。


「違うんですぅ〜。ダリオさまはぁ――」

「ご機嫌よう、ダリオ様。私、先を急ぎますので」


 キャサリンを無視したセシリアが、優雅なカーテシーを残して馬車へと消えていった。


「は?」

「セシリア嬢……」


 呆けるキャサリンとダリオを残し、セシリアの馬車は主の言葉通り、躊躇いもなく通りを進み始めた。


(は? 何で? これもあの女の入れ知恵なの?)


 完全に混乱するキャサリンには理解が出来ないだろう。確かにリズは今日一日セシリアと過ごしたが、彼女がセシリアをそそのかしたことなどない。


 ただ、聞かれるままにランディとの出会いや、彼との生活を恥ずかしげに語っただけである。


 友人の幸せそうな会話は、セシリアの婚約予定者への情を冷え切らせるのには、十分すぎただけである。


 家のため、家族のためとは理解しているが、政略結婚とてセシリア自身を見てくれる相手がいいと思うのは無理もないだろう。


 そしてこの完全に冷めてしまったセシリアがこれから起こす行動が、更に予期せぬ事態を引き起こすなど、この時のキャサリンには予想だに出来なかった。

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