第22話 呪われてると外せない

「ホントにこんな所から行けんのか?」


 麻袋を肩に担ぐランディが見上げるのは、王都に旧くからある時計台だ。見た目的には低くなったビッグベンといったところだろうか。大聖堂と同じ時期に作られたと言われる、歴史ある建造物であるが、裾野に広がる公園は、市民の憩いの場としても有名である。


 こんな場所から地下神殿に行けるとは思えないが、それでも古の大魔法使いは自信たっぷりと言った感じであった。


(駄目なら近場のダンジョンかな)


 ダメ元で試してみるか、とランディはまだ暗い空の下、巡回する兵士の目を盗んで時計台の上まで飛び上った。


 時計の上にある小さな塔、そこを見て回るランディだが、特に出入りできるような場所はないのだが……


「確かここにこれを――」


 ……出掛けに渡された、エリーの魔力を込めた魔石を壁にかざすとポッカリと扉のような空間が出現した。


(魔術的隠蔽ってやつか?)


 原理は良くわからないが、入れるなら問題ないとランディは点検用の梯子へ足をかけた。一気に梯子を降り、一番下までたどり着いたランディを迎え入れたのは、カビ臭い空間だ。降りてきた梯子に、保管される雑多な掃除用具。どうやら管理人がたまに利用する空間のようである。


 ただの倉庫にしか見えないが、この床の一角に、ここより下へ続く隠し扉があるのだとか。


 ランディが手当たり次第にエリー製魔石をかざす。そうすること間もなく、掃除用具に埋もれた一角に、地下へと続く扉が出現した。隠し扉を開いたランディが、麻袋からランタンを取り出して火を灯した。ランタンが照らすのは、暗闇へと続く階段だ。


「雰囲気ありすぎだろ」


 苦笑いのランディが、ランタンを片手に階段を下りていった。



 その後エリーの言う通り、たどり着いた空間に見えた扉を開くと……眼の前には土砂に半分ほど埋もれた渡り廊下が姿を現した。エリー曰く、時計台と神殿は元々一つの建物だったそうだ。


 それを何の理由か分からないが、魔法によって地下へと埋めたのだとか。土砂が流れ込んで来てるのは、間違いなく神殿を覆う結界が弱くなっているからだろう。


 様々な偶然が重なって、こうしてダンジョンへとアクセス出来るわけだが、当のランディは、絶賛肩を落としていた。


「廊下か……やっぱ廊下だよな」


 たどり着いたダンジョンだが、ランディが肩を落とすのには理由がある。地下にあるという古代の神殿。それに興味を惹かれて、こうしてたどり着いたのだが、ランディが期待していた物とは違ったのだ。


(地下にそびえる神殿を期待してたんだが……)


 巨大な洞窟に隠された神殿を期待していただけに、たどり着いたのが廊下という事実に、ランディが肩を落としてしまうのも無理はない。


 とは言え、普通に考えれば過去の遺跡の上に教会が建っているので、全貌が見えるなどありえないのだが。


「気を取り直していくか」


 さっさと終わらせよう、とランディは土砂の間を縫って進みだし、渡り廊下の先にあった扉を開いた。そこから見えるのは、〝ザ・ダンジョン〟とでも言うべき薄暗い廊下である。


「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」


 ため息交じりにランディは廊下へ一歩踏み出して、ランタンを床に置いた。幸いなことにダンジョン化しているお陰か、廊下はランタン無しでも視界が確保出来るのだ。


 片手が空くのは有り難い、とランディは麻袋の中からマッピング用のツールを取り出した。マッピング用のツールと言っても、ランディ謹製の小型画板のようなものだが。


 首からかけることで、必要に応じて記入が出来る優れもの。そのうち冒険者ギルドに売りつけようと思っている小物の一つである。


 肩に麻袋。首からは小さな画板。となかなか荷物が多いランディではあるが、本人は気にした素振りもなく、真っ直ぐに廊下を突き当りまで進んでいく。


 曲がり角から現れたのは……グールだ。


「化粧水の材料にならねーじゃねーか」


 眉を寄せたランディのハイキックが、グールの頭を弾き飛ばした。撒き散らされる体液と臓物は、どう見繕っても化粧水や乳液のベースにするわけにはいかない。


 何とも幸先の悪いスタートだが仕方がない、とランディはグールが出てきた方とは反対へと進むことにした。進んだ先はこれまた行き止まり、と幸先が悪く思えたランディだが、突き当りに掛けられていた直剣が、淡く光っている事に気がついた。


「お、何かダンジョンっぽくなってきたぞ」


 流石にゲームのように分かりやすい宝箱こそ少ないが、収納の中やこうした場所にアイテムが眠っているのがダンジョン探索の醍醐味だ。


 淡く光る直剣を取ったランディの感想は……「玩具みてーだな」……と何とも失礼なものだった。


 一先ず二、三回振り回すが、軽すぎてランディにはあまり有用性が感じられない。それでもこの淡い輝きには惹かれる物があるのも事実だ。


「大体こーゆー場所で見つかるのは、ダンジョンで活躍する武器のはず」


 モンスターの生態も分かっていないので、折角ならば持っていこうとランディはそれを片手に来た道を戻りだした。


(仮にアンデッド特効とかなら、助かるしな)


 そんな感想を抱くランディだが、別にアンデッドが苦手な訳では無い。先ほど蹴り一発で仕留めたように、アンデッドであろうが問題なく処理はできる。


 だが、アンデッドの中でも実態を持たないレイスやゴーストと言った類は、武器に魔力を纏わせないと駄目なのだ。魔力が人並みのランディにとって、場合によっては試作を続けながらダンジョン行こうと思ってる中、魔力の温存は一番重要事項である。


 手に入れた直剣を、ブンブン振りながら歩くランディの前に現れたのは……


「好都合だ」


 ……フワフワと浮かぶレイスである。


 ゴーストよりも強力な個体であるが、まあランディからしたら雑魚に違いない。まだ気がついていないレイス目掛けて、ランディが直剣を放り投げた。


 直剣に貫かれたレイスが、断末魔の叫び声を残して霧散していく。


「ビンゴ! アンデッド特効!」


 上機嫌で直剣を回収したランディだが、思い出したようにレイスのいた場所を振り返った。


「何も残らねーし!」


 素材集めという点では完全に失敗である。それでも来たからには、色々と探索したくなるのがランディと言う男だ。


 アンデッド特効の武器を片手に、グールを叩き斬り、レイスを成仏させ、スケルトンオークの頭をかち割った。


「オークのスケルトンがいるってことは、オークもいるのかな?」


 独り言ちながら、階下へ降りたランディが出会ったのは、ダンジョンで繁殖したのだろうオークであった。ようやくアンデッド以外の魔獣に会えたランディは「良かった」と思わずオークへ抱きつきたい衝動に駆られていた。


 だが相手は魔獣だ。


 ランディを見るや否や、その豚のような表情を歪めて一斉に襲いかかってきた。


 飛び上がった複数のオークを前に、ランディが直剣を真上に放り投げた。

 空いた右手で掴むのは、小さなマジックバックに収納している、大きな愛剣だ。


 柄を掴んでマジックバックの中から引き抜きざまに一閃。


 複数のオークの肉と骨を砕き、纏めて吹き飛ばしてした。

 飛び散る血と臓物が、床を青黒く染め上げる。

 刃についた血を振り払い、ランディが大剣を床に突き刺した……とほぼ同時に、ランディの右手へ直剣が返ってきた。


 戻ってきた直剣を、ランディがマジックバックへと押し込み、大剣を掴む。


「さて、一気に行くか――」


 獰猛な笑みのランディが、左肩から麻袋を下ろし、一気に加速。


 眼の前に見えていたオークの群れを蹂躙し、辺り一面を血の海へと変えた。


 オークの群れの中には、上位種も含まれていただろうに、ランディの嵐の如き剣閃から逃れられた者は一つとして居なかった。


 周囲を包む濃厚な血の匂いは、それだけ魔獣が多かった証だろう。


(オークは多胎で成長が早いって言うからな)


 残ったオーク達から、使えそうな部位を物色していくが、ほとんど肉メインだ。オーク肉は豚肉によく似ていて、この世界ではかなり重宝される食材でもある。


 だが、流石に肉を持って帰る余裕はない。後はオークの集めていた物に期待するほかない、とランディはオーク達が出てきた部屋へと足を踏み入れた。そこはオークの食材庫のような場所だ。


 そこで、目に付く物を手当たり次第物色していたランディは、面白いものを見つけた。


「これ、スクロールじゃねーか」


 流石はダンジョンである。古代魔法のスクロールを発見したのだ。しかもその内容は……


「亜空間収納(極小)って、アレだよな」


 ……口角が上がるランディの言う通り、いわゆる〝アイテムボックス〟だ。直ぐそれを使おうとしたランディであったが、しばし考えスクロールを麻袋の中に突っ込んだ。


 色々考えた結果、リズに使うほうが良いと判断したのだ。


 アイテムボックスが増えれば、まず間違いなくタブが増える事になるだろう。そうしたら、アイテムボックス経由でクラフトが出来るかもしれない。そうなれば、よりクラフトを使うリズの方が有益に使えるだろう、という判断である。


 これだけでもこのダンジョンに来た甲斐があった、とランディは意気揚々とオークの部屋を後にして、再び廊下を歩きだした。


 出会うアンデッド達も、心なしかランディを祝福してくれているように見える。……まあ勘違いであるが。


 アンデッドを叩き斬り、たまに現れる普通の魔獣をすり潰し、ようやくランディがたどり着いたのは、テラスのような場所だった。


 中庭に面するテラスだったようで、テラスの先にはどこか禍々しい雰囲気に包まれた中庭が見える。


(地下に中庭か……)


 上を見上げれば、吹き抜けにの上には巨大な岩が見える。挟まってるのか、はたまた結界なのか……とにかく今のところ中庭は無事な事は確かである。



 テラスから中庭に飛び降りたランディの眼の前には、紫黒のオーラを放つ一本の杖があった。


「何だこの杖?」


 ランディは油断していた。ここまで結構いい感じで進んでいたので、出掛けにエリーに言われていた事をすっかり忘れていたのだ。


 ――もし不穏な杖があれば、まずは妾の作った聖水をかけよ。


 どう見ても不穏な杖だが、ランディは麻袋に忍ばせたエリー謹製の聖水の存在を完全に忘れていた。そうして不用意に杖に手を伸ばした結果……


「うお、何だこれ」


 ……驚くランディの言う通り、杖が纏っていた紫黒のオーラがランディの腕に纏わりついたのだ。しかも事態はそれだけではない。ランディの手が杖から離れなくなった。


 離そうと四苦八苦するも、ウンともスンとも言わない掌は、まるで自分の身体ではないかのようである。


「ちょ、これ――」


 どうなってるんだ? そう言いかけたランディが思わず屈んだ。


 その頭上を通過するのは巨大な鎌だ。


「おいおいおい。聞いてねーぞ」


 苦笑いのランディの眼の前には、高笑いをあげる死神のような魔獣――リッチ――がいた。


 杖から手が離せないランディ。

 ランディを殺そうと、鎌を振り回すリッチ。


「ちょ、待て。一旦話し合おう」


 器用に躱すランディの嘆願をリッチが聞くわけもなく、返ってくるのはどこか勝ち誇った高笑いだけだ。


 何度言っても聞かない状況に、ランディの蟀谷こめかみに青筋が浮かんだ。


「オーケー。俺が折角話し合いでって言ってるのに――よっ」


 力を込めたランディが、杖を引っこ抜こうと全身の力を込めた。それでも杖が抜ける気配はない……が、ランディも諦める気配はない。


 自身の身体を魔力で覆い、力をめいいっぱい込める……と。


 メリメリと周囲に何かが裂けるような音が響きわたり――「ボゴン」――大きな音とともにランディが基礎ごと杖を引き抜いた。



 華奢な杖の先についた巨大な岩。

 何とも言えない絵面だが、それを肩に預けるランディは悪い顔だ。

 心なしかリッチの高笑いすら、引きつって聞こえるから不思議である。


「対話を拒否したのはお前だからな」


 ランディが麻袋から聖水の瓶を取り出した。


 瓶を放り投げ、落ちてきたそれを岩ハンマーで打つ。

 割れて飛び散った聖水に、リッチが慌てて上空へと――そこには既に飛び上がったランディの姿があった。


「馬鹿が。死ね――」


 聖水付きの岩で、ランディがリッチを地面へ叩きつけた。


 高笑いすら上げることなく霧散するリッチ。


 それを見送ったランディが、「死ねっつーか、死んでたな」と鼻を鳴らした。


 危機が去ったランディではあるが……


「これ、持って帰らないと駄目だよな」


 ……相変わらず手にくっついたままの杖に、盛大なため息をついたのであった。

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