第19話 切っ掛けを逃さないアンテナが大事

 授業が始まって数日……ランディ達へ向けられていた奇異の視線はあまり変わらないものの、穏やかな学園生活が続いていた。


 エリーが興味を示していた学園生活であるが、その興味はもう既に薄れ始めている。それもそのはず、王立学園の授業内容がエリーの食指を動かすことがないのだ。


 王国内の貴族始め、優秀な子女が通う王立学園であるが、貴族の子女が多くを占めるだけあって、授業内容は特殊を極めている。


 数学

 国語


 に代表される基礎学力の授業は、一年時以外にはほとんどなく――そもそも大陸は公用語で統一されているので外国語はない――二年時以降に授業の多くを占めるのは芸術、文化といった貴族教養が主な内容だ。例えば絵画、音楽、文学、ダンス。さらには古典文学を読むための古語といった、貴族として必要と言われる教養がメインである。


 これに加え、二年以降希望者には剣技、魔法実践、更には国ごとにおけるマナーの違いを学ぶ実技演習が増える。そして三年時には――王国内貴族に限ってだが――戦術理論など、いざという時指揮を取るべき貴族として必要な授業が受けられる。


 逆に言えば、希望しなければ剣技も魔法もマナーも受ける必要がないため、生徒によっては二年以降は午前中で授業が終わる日がままあったりする。


 では、我らがランディはと言うと……


「午後のコマは選択しないのですか?」

「領地運営基礎は取ってるぞ」

「週に一回じゃないですか」


 ジト目のリズが示す通り、しっかりと半ドンを享受していた。


「ンなこと言ってもな。剣技はまだいいとしても、魔法実践なんて必要ねーだろ」


 片眉を上げたランディが、「エリーがいるのによ」と鼻を鳴らした。


「小僧、分かっておるではないか」


 カラカラと笑うエリーは、ここ最近髪色を変えずともリズと入れ替わる事が出来るようになっている。


「そりゃ古の大魔法使いを名乗るんだ。学園レベル、余裕で越えてもらわねーと」


 もう一度鼻を鳴らしたランディが、「それに――」と眼の前に立つ大きな建物を見上げた。


「俺達は宿代も稼がねーとだからな。無駄なことに費やす時間はねーよ」


「道理じゃな」


 頷いたエリーを伴って、ランディは建物の扉を押し開いた。扉の先に広がっていたのは、カウンターと大きな掲示板。そして併設された酒場と数人の人影だ。


 ランディ達が開いたのは、冒険者ギルドの門である。【鋼鉄の獅子】のような、冒険者たちを統括する組織であり、国を跨ぐ大きな組織だ。


 魔獣退治から、お使いまで。様々な依頼をこなす冒険者ギルドには、ランディ達のような日銭を稼ぎたい学生が訪れることは珍しくない。故にギルド内の冒険者達も、ランディとリズをチラリと見やっただけで、特段気にすることもない。


(先達に感謝だな)


 理由わけの分からない因縁をつけられる事がないのは、時間を無駄にしたくないランディ達にとって有り難い限りだ。そしてそれはもちろん、ギルドの受付についても言える。


「冒険者登録をしたいんだが」

「はい。王立学園の学生証を――」


 今まで何人もの先輩が通ってきた道なだけあって、手続きもスムーズだ。


「では、こちらをどうぞ」


 帰ってきた学生証には、冒険者ランクの項目が増えていた。そこに記される〝F〟の文字は駆け出しを表しているが、三人からしたら他人の評価などどうでもいい。重要なのは、魔獣狩りがお金になるという事である。


「早速依頼を受けていかれますか?」

「そうですね。何か残っていますか?」


 既に昼過ぎで、割の良い依頼など残ってはいないだろう。それでも、仕事がゼロということはない。


「常設依頼の薬草採取、あとは……スライム核の納品とかもありますね」

「じゃあ、スライム核の納品で」


 核一つでは大した額にはならないが、そこはそれ。数を集めればある程度の収入にはなるだろう。


 依頼も受けたランディ達は、用も済んだとギルドを後にした。




 ☆☆☆




 ギルドを後にしたランディとエリーがたどり着いたのは、王都周辺にある小さな洞窟だった。湿気が多く、暗い場所を好むスライムはこうした場所に多く生息している。


 そうしてランディの予想通り、眼の前には少なくないスライムの数があった。


「ビンゴだな。さっさと済まそうぜ」


 腰につけた小さなマジックバックから、ランディが愛用する大剣ではなく鉄塊を一つ取り出した。このマジックバックは、馬鹿みたいに目立つ大剣を隠せるように、と父アランや母グレースが無理して準備してくれたものである。


 容量は微々たるもので、大剣に加えこの鉄塊くらいしか入らないが、それでも武器を持ってウロウロしなくていいのは、ランディからしたら有り難い限りだ。そうでなくとも、両親が準備してくれた物に、ケチをつけるなどありえないのだが。


 取り出した鉄塊を、ランディが生産魔法で形を整えていく……出来上がったのは太い鉄パイプだ。竹の芯のように、真ん中辺りを塞いだ鉄パイプに、エリーが「何じゃそれは?」と小首を傾げた時、ランディが躊躇いなくそれをスライムに向けて放り投げた。


 風切り音を残して、鉄パイプがスライムに直撃。

 そのゼリー状の身体を突き破って、鉄パイプが後ろの壁に突き刺さった。

 刺さった鉄パイプが小刻みに震え、スライムの身体が崩れていく。


「よっこらしょ――」


 ランディが鉄パイプを引っこ抜き、先端を下に向ければ……


「ほう?」


 エリーの感嘆が示すように、筒状になったスライムがドロリと地面に落ちた。この状態では身体を保っていられないのだろう。筒状のスライムは核を残して直ぐに崩れていった。


 普通スライムを倒すには、核を砕けば良いのだが、今回はその核の納品だ。傷をつけずに核を取るなら、炎魔法などでスライムの外側を蒸発させるのが一般的だが、ランディは文字通り力技でスライムの核を抜き取ったのだ。


「中々面白い戦法じゃ」


 満足そうなエリーに、「お気に召したようで」とランディが戯けてもう一投を放った。


 壁に突き刺さるパイプと崩れるスライム。


 その荒業を尻目に、エリーがパチンと指を鳴らした。

 瞬間、周囲に見えるスライムというスライムを、岩槍が貫いた。


 壁、床、天井、の区別なく突き出された岩槍だが、よくよく見ると、先端は掌のような形になっている。鋭い爪を持った掌が、それぞれスライムの核を綺麗に包みこんでいる。


「チート野郎め」


 苦笑いを浮かべるランディの眼の前で、一瞬にしてスライムが崩れていった。


「どうじゃ?」

「流石の一言にございます」


 肩をすくめたランディに、エリーが「ウムウム」と満足そうに頷いている。


「とりあえず、核を集めるぞ」


 麻袋を取り出したランディに、「後は任せよう」とエリーはさっさと姿を隠し、困り顔のリズが顔を出した。


「クソ耳年増め」


 顔をしかめるランディに、苦笑いのリズが核集めを促す……仕方がないとランディは小さくため息をついて、転がる核を集めることにした。


 そうして幾つかの核を拾っている時、ランディはふとあることに気がついた。


(スライムの身体……崩れてはいるが、そのものは残ってるな)


 床に広がってはいるが、ゼリー状の身体は残ったままなのだ。ランディはスライムの死骸(?)をツンツンと突いてみたり、手に取ってみたりしてみた。


(ゼリー状だが、水分を多く含んでよく伸びる)


 普段は触れるものを溶かすスライムの身体でも、今はランディの手を溶かすことはない。壁などに貼り付ける事から、スライムの身体はいつでも溶解性を持つわけではない、と予想はしていたが、どうやら死んだスライムはただのプルプルするゼリーと変わらない。


(プルルンたまご肌……なんつって――)


 その瞬間、ランディは弾かれたようにリズを振り返った。そこには丁度ランディに近づいていたリズの姿があった。ビクリと肩を震わせたリズは、ランディが遊んでばかりで手を動かさないので、注意しようと近づいていたのだ。


「ど、どうしたんですか?」


 怖ず怖ずと口を開いたリズに、ランディは無言で手招きをした。小首を傾げたリズが、ランディの隣にかがみ込み……


「リズ、これちょっと触ってみてくれ」

「嫌ですよ」

「大丈夫だって」


 ランディに勧められて、仕方なくと言った具合でリズがチョンチョンとスライムの死骸を突いた。


「あれ? 何かプルプルしてて気持ちいです」

「だろ。……なあ、リズ。確かクラフトで、分解が出来るようになってたな?」

「はい」


 頷いたリズは、生産魔法のレベルが上がり、クラフトタブでアイテムの分解も出来るようになったのだ。その確認をしたランディは、先程の鉄パイプの一部を角バケットに変え、スライムの死体をその上に乗せた。


「これ、分解してくれねーか?」

「いい、ですけど……」


 首を傾げたリズが、スライムの死骸に手を触れクラフトで分解をかけた……すると、スライムの死骸は、ゼラチン状の固まりと、無色透明でほんのり甘い香りのする液体へと分解された。


「これ、何でしょう?」

「分からん、が……」


 バケットに溜まった液体を、ランディが指に付けて擦り合わせた。


(ローションみたいだな……)


 何とも情けない感想ではあるが、ランディのようなただの転生者に、グリセリンなど分かるわけもない。また他にもヒアルロン酸なども含まれているのだろうが、そこも分からない。ただ分かる事は……


(スライムをプルプルに保つローション……上手く使えば美容液とかになるか、な?)


 考えながらずっと指をスリスリするランディを、「ランディ?」とリズが心配そうに覗き込んだ。


「ああ、悪い。ちょっと思いついてな」


 そう言って立ち上がったランディが、スライムの核を放ったらかしで死骸を集めて、リズの前に積み始めた。


「悪いが、こいつらも分解してもらえれば……」

「いい、ですけど――」


 不思議そうに、それでも分解をしていくリズの横で、ランディは余った鉄を大きめの水筒へと変えていく。


 二人で協力することしばらく……ランディは大量の天然潤い成分と、スライムの核を手に入れ意気揚々と帰路に着いた。


 帰りの道すがら、ランディは取り出した液体の用途をリズに伝え、二人で会話に花を咲かせるのであった。










「す、すみません。依頼の予算が金貨五枚まででして……」

「全部は買い取り出来ない、と」

「はい」


 申し訳無さそうな受付嬢を前に、リズとランディが顔を見合わせた。


「なら、買い取り出来るだけで」


 ランディの許可に、受付嬢が慌ただしく核を選り分けて金貨を五枚差し出した。


「三十一個中、二十個の引取になります」


 突き返された残りの核と、金貨を手にランディ達は受付を、そしてギルドを後にした。


「スライムの核って何に使えるんだ?」

「確か魔法薬の触媒に使うと聞いたことがあります」

「へぇー。なら魔法具屋に売りに行ってみるか」

「良いと思います」


 貴族の子女らしくない会話だけを残して。



 だから二人は知らない。自分達が去った後に、カウンターの中が騒がしくなった事を知らない。


「こんな綺麗な核、初めて見たんだけど」

「しかも三十一個でしょ……」

「大型新人が来たわね」


 だが彼女達も知らない。この程度の事など、これから彼らが起こす問題に比べれば、大したことないという事を。


 そうまだ誰も知らないのである。自重を知らないラスボスと脳筋の快進撃は、まだ始まってすらいないと言う事を。

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