第18話 立場は変わっても、変わらないものがある
リズを解放しろというセシリアを前に、ランディは片手で頭を抱えて言葉を探した。
「しょ、少々お待ち頂いても……」
そうして言葉を探し、「解放しろ」と言う理由を探すが、ランディに思い当たる節などあるわけもなく。助けを求めるようにリズに視線を向けるが、ただ困惑した顔で首を振られるだけだ。
(分っかんねー)
考えても分からないランディは、結局「意味が、分からないのですが」と率直な感想を返すことにした。
「この期に及んでしらばっくれると言うんですの?」
ボルテージが上がったセシリアが話しだしたのは、ランディが無理やりリズを従わせているという根も葉もない噂であった。
無理やり学園に連れてきて
従者として見せびらかし
加えて退寮騒動である。
「リザを無理矢理従わせるのを、お辞め下さいませ!」
キツく睨みつけてくるセシリアに、ランディは「えー」と間の抜けた返事しか出来ないでいた。今までのリズらしからぬ立ち位置が、噂を加速させているらしいのだが、ランディからしたら身に覚えがないので仕方がない。
「セシリア嬢、そもそもただの噂。何一つ証拠などないのでは?」
「証拠ならありますわ!」
セシリアが指差すのは、リズの左腕に輝く腕輪だ。
「リザにそのような手作りの腕輪を渡し、しかも貴方の色とリザの色を並べているではありませんか!」
指摘されて初めて、ランディは紅が自分の色とも取れる事に気がついた。だが時既に遅し……
「生徒の中には、貴方がたが婚約していると言う方々もいますが――」
「こ、婚約?!」
「ちが――」
一気に顔面温度が上昇した二人が、思わず顔を見合わせそして気まずそうに視線を反逸らした。
「ほら、違うのでしょう? 婚約でもないのに、自分の色を身に着けさせるなんて、無理矢理以外何があると言うんですの?」
言い切った、とばかりにセシリアが「フー」と大きく深呼吸をして、少しばかりトーンダウンした言葉を続ける。
「リザを救っていただいたことには感謝していますわ。ですが、リザの嫌がることを無理強いするというなら、私は貴方を許すことは出来ません」
真剣な表情のセシリアに、ランディはため息混じりに頭を掻いて再びリズへと視線を戻した。
「リズ、任せた」
面倒事は勘弁だ、と言いたげなランディの顔にリズがジト目で抗議をするが、ランディは「俺が何を言っても信じて貰えんだろ」と盛大なため息を返すだけだ。
ランディの言い分にも一理ある、と理解したのだろうリズが、小さく息を吐いて口を開いた。
「セシリア様。ご無沙汰しております」
まずは優雅なカーテシーでリズが先制パンチ。
「私を解放しろ、と仰りますが私は何も無理強いされてランドルフ様についてきたわけではありません」
首を振ったリズに、セシリアも大きく首を振って抗議の意を示した。
「なぜ私にそんな他人行儀に話すのですの?」
「仕方ありません。セシリア様は伯爵家令嬢。私はただの文官です。弁えを持たねば、主たるランドルフ様にも、そしてセシリア様にもご迷惑がかかります」
「迷惑だなんて思いませんわ!」
「思う、思わないではなく、事実として周囲に揚げ足を取られる状況は避けるべきだ、と言うお話です」
「そ、それは分かっております。でもせめて人目の無い時くらい……」
淡々と語るリズに対して、セシリアは分かりやすくシュンとしている。
(おい、何だか更にメンドクセーことになったぞ)
先程までの勢いは何処へやら、うなだれるセシリアを前に、ランディは天を仰いで大きく息を吐き出した。
「リズ――」
「何でしょう」
「今のはお前が悪いぞ」
ランディの言葉に、「「え?」」とリズとセシリアの声が重なった。
「お前を〝リザ〟って呼ぶことは、セシリア嬢は友人だったんだろ?」
ランディの呆れ混じりの言葉に、リズがゆっくりと頷いた。
「ここには誰もいない。こんな場所に俺達を連れ出したセシリア嬢の気持ちも汲んでやれ」
わざわざ人気のない場所に連れ出したのだ。セシリアとてリズが周囲に気兼ねなく話せるようにと気を使ったのだろう。衆人環視の中、ランディの逃げ場をなくすことも出来たろうに、リズが気兼ねなく話せる環境を優先したのだ。
「そうでなくても、お前の身を案じて噂の悪漢に、一人で向き合う根性だ。友人の思いには応えてやらねーと駄目だろ」
苦笑いのランディに、リズが初めてハッとした表情を浮かべた。ランディの言う通り、今学園内にはランディに対する悪い噂が回っている。リズはそれが間違いだと知っているが、セシリアはそうではない。
そんな状況で、リズを思ってランディを呼び止め一人で向き合ったのは、ベクトルこそ違えどリズのためなのは間違いないのだ。
それに気がついたリズが「そうです、ね」と小さく呟いて、セシリアへ微笑んだ。
「セシリー、お久しぶりですね」
「ああ……リザ――」
思わずと言った具合にリズに抱きつくセシリアは、貴族の令嬢にしては感情表現の仕方がストレートだ。
そんなセシリアを受け入れるリズを見るに、二人にとってこの関係は普通のようだ。
抱き合っていた二人がお互いを放し、それでも手を取り合ってお互いの近況をポツポツと話だした。特にセシリアに至っては、あの追放劇の時何も出来なかった事を悔いているようで、何度もリズへと謝っていた。
(それでこんな無茶を、か)
セシリアが無茶とも思える行動を取った理由に、ランディもようやく納得がいった。とは言えあの侯爵ですら手を出す前に採択された追放劇だ。言い方は悪いが小娘一人がどうこう出来たとは思えない。
セシリアとてそれを理解しているだろう。だが、理解していることと、納得出来るかは別だ。
(猪突猛進は考えもんだが、今回は仕方ねーかな)
時折笑い合い、そして驚き、また話す……そんな二人を見ながらランディは「どうかエリーが茶々を入れませんように」と小さく呟いていた。
ランディの心配を他所に、エリーも顔を見せず二人の会話が一通り終わった所で、セシリアが追放の事に触れた。
「追放ですが……」
言いにくそうにするリズの瞳に映るのは、追放騒動の裏だけでなくエレオノーラの事についてもだ。追放騒動の裏側も、エレオノーラの存在も、どちらも二人にとってはトップシークレットに違いない。
それを話すということは、セシリアも巻き込むことになる。それどころか、未だ憶測の域を出ない追放の裏側など、話せるわけがない。
巻き込んだ上、「間違ってました」では済まないのだ。
話したいが話せない、その葛藤にリズが分かりやすく俯いた。
「どうしたんですの?」
俯くリズをセシリアが覗き込んだ。
「セシリア嬢、察して下さい」
今日初めての、真剣なランディの声と顔に、セシリアが思わずビクリと肩を震わせた。
「これ以上のお話は、貴女だけでなく貴女のご実家への影響も大きい話になります故――」
それだけで全てを察したのだろう、セシリアが心配そうな顔でリズを見た。
「リザ……」
「大丈夫です。私には味方が沢山いますから」
微笑むリズを、「私も。私も味方ですわ」とセシリアがもう一度抱きしめた。しばらく抱きしめていたセシリアがリズを放した。
「ランドルフ・ヴィクトール様、勘違いでご迷惑をおかけして申し訳ございません」
深々と頭を下げたセシリアに、ランディも「いえいえ」と頭を下げた。
「学園にもリズの味方が居た事にホッとしています」
一先ずの誤解が解けたとランディは安堵のため息をついた。セシリアとリズの間では、周りに人がいない場合は、今まで通り接するという事で決着がついたようだ。
「それでは私はこれで――」
優雅なカーテシーだけを残してセシリアは去っていった。
「いい友達だな」
「……はい」
硬い表情で頷くリズに、「心配すんな」とランディが笑いかけた。
「別に飯食ったり、話したりするくらいなら問題ねーだろ」
自分の立ち位置を気にするあまり、過敏になっているリズへ釘を刺した形だ。元々友人同士だったのなら、学内で会話を交わしたりする程度、周りも気にする事はないだろう。
ランディの言葉に、今度こそ嬉しそうに「はい」と頷いたリズにランディも「よし」と頷いた。
「とりあえず、教室に行こうぜ。これ以上目立つのは勘弁だ」
「ですね」
セシリアが消えていった学舎へ向けて、ランディ達も歩きだした。
「そういや珍しくエリーが空気を読んでたな」
「お主と違って、妾にも友人はおった故の」
「お、俺にもダチくらい居るからな」
「ランディ、学園内で大声を出さないで下さい」
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