第二章

第17話 まあ、絡まれるよね

 ※前回、読者の方に斧とまさかりの違いをご指摘頂き、まさかりの部分を大斧に訂正しております。

 鉞は、主に材木の側面をはつり(削り落す)、角材に仕上げるのに使用するとのこと。


 私の不勉強ゆえ、誤解をさせる表記があったこと、ここにお詫び申し上げます。また、ご指摘いただいた読者様、ありがとうございました。


 それでは本編をお楽しみ下さい。



 ☆☆☆





(どうもランドルフです。え? なぜいきなり自分語りから入ったかって……そりゃもちろん――)


「ちょっと、聞いていますの?!」


 ランディの目の前で、金髪を綺麗に縦ロールにした令嬢が頬を膨らませた。


「聞いてますよ。えーっと……」

「ランドルフ様、セシリア・フォン・ハートフィールド伯爵令嬢です」


 眉を寄せるランディの横で、リズがため息交じりにジト目を浮かべた。


 そう、ランディは今、二度の人生を通して初めて女子に呼び出されるという体験をしている。淡い雰囲気ではないことは確実であるが。


「ランドルフ・ヴィクトール様。今すぐリザを解放して下さい!」


(あー。めんどくせー……)


 怒りに震えるご令嬢を前に、ランディは何故このような事になったのかを思い出していた。




 ―――――――――――



 時はしばし戻り……


「くぁ〜。眠いな」

「ランディ、行儀が悪いですよ」


 ……ランディとリズは学園近くの宿から登校していた。寮を無断で改築した事により、退寮となったランディとリズは紹介された宿の世話になっているのだ。


 退寮勧告をされた当初こそ、「やらかした」と気落ちしていた二人だが、よくよく考えればしがらみだらけの寮生活より、自由な宿暮らしの方が都合がいいと気がついた。


 人目を気にする必要もなければ、門限もない。更に聞くところによると、リズは特別措置で女子寮に行かされる所だったらしいので、その点でも宿へ避難できたのは良いことだ。


 そしてそれは、猫を被らなくて良いランディにとっても有り難い。故に……


「良いんだよ。誰も見てねーから」


 制服を着崩し、ポケットに手まで入れるランディに、リズがため息をついた。


「確かにこの辺に学生はいませんが、大通りに出たらちゃんとして下さいよ」


 周囲を見渡すリズの言う通り、二人の視界に学生の姿はない。それは単に二人が路地を通っているからであり、目の前に見えてきた大通りは別だ。この時間は王都に在住している中央貴族の子弟や、一般入試で入学した平民の生徒が通学する時間帯であり、大通りには少なくない学生がいることだろう。


「仕方ねーな」


 口をとがらせるランディが、手早くシャツをスラックスにねじ込み、ボタンを閉じてネクタイを閉めた。そのあまりの早業に、「ランディ……あなた――」とリズのジト目は止まらない。


 手慣れた感じから、ランディが普段の学園でも人目のないところでは制服を着崩し、ダラけていた事を察したのだ。


「俺流処世術だ」


 自慢気に笑うランディに、リズのため息は止まらない。


 ようやく大通りへと出た二人の前には、学園へと向かう複数の馬車と、数人の学生が姿を現した。


 路地から現れた二人に気がついた数人が、ヒソヒソと分かりやすく囁き合い、馬車からは不躾な視線が向けられている。


「くそ、ハリスンを帰らしたのは失敗だったな」


 キラキラと爽やかな笑顔を浮かべながら、ランディがボヤいた。


 貴族であるなら馬車での通学が認められているが、ランディは学園について早々、今まで通り馬車ごとハリスンを実家へ送り返していた。


 寮にいる以上、馬車など学期末のパーティくらいしか使い道がない。そしてヴィクトール領は慢性的に人手不足である。加えて今は大事な時期……ハリスンほどの男を、遊ばせておけるほどランディ達に余裕はない。


 そうでなくとも前回のパーティでは、早入りしてカジノで遊んでいた男である。少しくらいは本来の仕事にも精を出してもらわないと、他の人間に示しがつかない。


 だがそれは、ランディ達が寮にいるなら……と言う前提あってのことだ。こうして学園の外から通うならば、馬車はあったほうが良かった。後悔するランディを他所に、リズはと言うと心なしか嬉しそうだ。


「良いじゃないですか。歩くのもたまには良いですよ」

「たまに、じゃなくてこれから毎日なんだが……」


 爽やかな笑顔で器用に会話を交わす二人が、ようやく学園の門へとたどり着いた。先程までも注目を集めていた二人であるが、学生の数が増えたことで注がれる視線の数が一気に増えた。


 ただでさえ話題の二人だと言うのに、平民に混じって徒歩通学。そして……


「聞きました? 寮を改造したらしいですわよ」

「破壊したと聞きましたわ」

「なんでも職員に反抗したらしいぞ」

「本当かよ。とんでもない奴だな」


 ……寮の改築騒動に、尾ひれがついて独り歩きしているのだ。


「なんてこった」

「改築したことは事実ですから……」


 うなだれる二人が、それでも気持ちを切り替え学舎へと行こうとしたその時、


「エリザベス様ぁ、無事だったんですね〜」


 ピンクのモンスターが現れた。


 瞳をウルウルさせたピンク頭の令嬢――キャサリン・エヴァンス――の名前を、ランディはまたも忘れている。だがランディの存在など完全に無視して、キャサリンは再びリズへと話しかけた。


「私ぃ、心配だったんですよぉ」


(ンだこいつ。スゲーぶん殴りてえ)


 上目遣いと猫なで声のキャサリンを前に、ランディは笑顔のまま頬をひくつかせ、隣のリズはというと……すまし顔のままキャサリンを完全に無視している。


 三人の間に微妙な沈黙が流れ、リズがランディの裾をチョンチョンと引っ張った。


(ああ。面倒だから速く行けって言ってんのか)


 ランディなりにリズの気持ちを汲んだ結果、


「初めまして。…………聖女様。我々は急ぎますゆえ」


 爽やかな笑顔と礼だけを残して、「行くぞ、リズ」と呆けるリズを伴ってキャサリンの横を通り抜けた。


 衆目環視のもと、完全に無視されたキャサリンはというと、羞恥と怒りに身体を震わせ通り過ぎた二人を振り返った。


「そ、そうやってまた私を虐めるんですかぁ?」


 涙を浮かべたキャサリンの言葉に、周囲の学生たちがザワついた。


「何だあの女は。ぶん殴ってもいいかな」

「駄目です」


 キャサリンに背を向けたまま、コソコソと二人が囁き合い、そうしてリズがため息交じりに続ける。


「先程のは、ランディの許可を促したのです」

「許可?」

「はい」


 リズからしたら、接触禁止令も出ており何より今は形式上とはいえランディの従者である。主に帯同している状況で、その主を無視して他所の貴族令嬢と会話するなどもっての外なのだ。


 故にランディに対して「何かアクションしてくれ」と言う気持ちを込めて、裾を引っ張ったのであるが、相手はランディである。


 完全な勘違いで、キャサリンを無視するという暴挙。しかも「聖女」呼びである。名前を覚えていない、知らない事を言外に含ませる発言は、相手がキャサリンでなくとも怒るだろう。


「ここは一先ず私に任せていただいても」

「……任せた」


 自分では対応をミスるだろう、とランディはエリザベスに全振りを決め込んで、未だ喚くキャサリンを振り返った。


「ランドルフ様、発言の許可を頂いても?」

「許可しよう」


 偉そうに頷いてみたものの、(あ、こういう事ね)とようやくリズの要望に気がついている。


「キャサリン様、ご無沙汰しております」


 完璧なカーテシーを見せるリズに、キャサリンが「お久しぶりですぅ」と紡いだ言葉に、やや被せ気味に言葉を返した。


「しかしながら、私にはキャサリン様への接触禁止令が出されております」


 相手の言葉に被せ気味に話す……失礼に当たるか微妙なラインスレスレの行動は、キャサリンに二の矢を撃たせないための措置とも言える。


(ひょー。怖ー)


 笑顔のまま失礼な事を思うランディの隣で、リズが懐から羊皮紙を取り出し、キャサリンの前に突き出した。それこそ王国が発令した、キャサリンへの接触禁止令の写しである。


「私からキャサリン様への接触はいたしません、が反対もまた努力して頂かなければ、この命令を守ることが出来ません」


「でもぉ。私はエリザベス様が心配でぇ」


 瞳を潤ませるキャサリンに、リズは分かりやすく呆れたため息を返した。


「ご心配頂き感謝いたします。ですが、私は今後一切キャサリン様に関わるつもりはございませんので、是非キャサリン様も距離をおいて頂けると助かります」


 深く頭を下げたリズに、「で、でもぉ」とキャサリンは何とか食らいつこうと必死だ。だが、そこはリズの方が一枚上手である。


「お集まりの皆様。このようにキャサリン様は慈悲深い方です。こうして私の身を心配されて、今後もお声をかけようとされるかもしれません」


 大きくはないが通る声に、周囲のザワめきは一瞬で収まった。


「ですので、キャサリン様が私へ近づこうとした場合は、お優しい皆様がお止め下さいますよう――」


 再び完璧なカーテシーを見せたリズに、キャサリンは何も言い返すことが出来ない。


 こちらは近づかない。だからお前も近づくな。そして、周りの人間も良く見てろ。こいつから近づこうとしてきたぞ。今度はちゃんと止めろよ。


 そう宣言されてしまったのだ。


 こうなってはキャサリンから近づく事は二度とできない。リズを直接陥れる機会を、完全に潰されてしまったキャサリンは、リズとランディにしか見えないように悔しそうな顔を浮かべている。


(おお。醜悪な顔だ)


 キャサリンの歪んだ顔に、ランディが内心笑顔を浮かべた時、その脇が突かれた。どうやら言うべきことは終わったのだろう、とランディがキャサリンに向けて恭しく一礼をする。


「それでは……聖女様。我々は急ぎますので――」


 あれだけ「キャサリン、キャサリン」とリズが言っていたにもかかわらず、再び「聖女」と呼ぶランディに、キャサリンの顔が更に歪んでいく。完全に名前を覚える気がない。キャサリンなど、眼中にない。そう取れる発言に、リズですら遠い目をして空を見ていた。


 怒りと羞恥で忙しいキャサリンから、距離が開いた頃、リズがジト目でランディを見上げた。


「ランディ、せめて名前くらい覚えてはいかがですか?」

「無理だ。俺の脳みそのキャパは少ねーからな。無駄な容量は食いたくねーんだよ」

「……ハァ。悪い顔、してますよ」


 リズの指摘に、一瞬で爽やか笑顔に戻したランディ達は、ようやく学舎へとたどり着いた。


「さて。馬鹿も撃退したことだし、さっさと授業を終わらせるか」

「領の発展もですが、喫緊の問題として宿代も稼がないといけませんからね」


 現実を突きつけてくるリズに、「そーですね」とランディが面白くないと口を尖らせた時……


「お待ちなさい!」


 ……背後からかけられた声に、「次は何だよ」とランディが面倒さを隠さずに振り返った。


 そこにいたのは、金髪を縦ロールにした気の強そうな令嬢であった。


「ランドルフ・ヴィクトール様、でお間違いございませんよね?」

「ええ。そうですが」


 辛うじて笑顔を浮かべたランディを、金髪ドリルがきつく睨みつけた。


「私は、セシリア・フォン・ハートフィールドと申します」

「これは、ご丁寧にどうも」


 思わず頭を下げたランディに、「いえ、こちらこそ……」とセシリアと名乗った令嬢も頭を下げた。


「で、ではなくて! ランドルフ・ヴィクトール様! 少々お話がございます。校舎裏へお越しいただけますか?」

「無r――」


 無理だと言いそうになったランディに、すかさずリズが突いた。分かりやすい突っ込みに、ランディが隣を見ると、首を振るリズの姿があった。


(話を聞けってか)


 ため息を吐き出したランディが、「授業に間に合うようであれば」と作り笑いをセシリアへ返した。


 フンと鼻を鳴らしたセシリアに先導され、ランディ達は校舎の裏へとたどり着いた。


(女子に呼び出されたんだが……桃色な雰囲気ではねーな)


 校舎裏を見渡すランディに、セシリアが真っ直ぐな視線を向け口を開いた。


「ランドルフ・ヴィクトール様。今すぐリザを解放してくださいまし!」

「はぁあああーーーー?」


 ランディの盛大な疑問符が、校舎裏へと響き渡った。


 教室までがやけに遠い二人の初日は、こうして幕を開けたのであった。




 ※すみません。

 盆で帰省しているので、更新が滞るかもしれません。

 なるべく更新できるよう頑張りますが、ご了承頂けると幸いです。

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