第16話 幕間 リフォームは勝手にするな
受付を経て部屋へとたどり着いたランディ達は、突きつけられた現実を前に苦笑いを浮かべていた。
あんなにドヤ顔で受付を済ませたランディであったが、実はそのあと言われた言葉に、真顔で閉口していたのだ。
――お部屋に従者様用の寝具も用意していますので。
リズと二人完全に固まったランディは、受付嬢に「早く退け」と遠回しに言われて、こうして寮の部屋へと来たわけだが……そこにあったのは、彼女の言う通り、従者用と思しき簡素なベッドとチェストであった。
ルシアンも、リズも侯爵家という高い地位にいたからこそ、従者用の部屋が与えられるのは普通であった。だがランディは留学生な上に弱小国家の子爵である。
部屋こそある程度の広さはあるが、従者用の別室などあるわけもなく。
「……どうしましょうか」
「どうしようか」
リズと二人、荷物を持ったままランディは部屋の入り口付近で、見つめ合うだけしか出来ないでいた。
(これはヒジョーにマズいことになった)
侯爵にバレたら沈められる。間違いなく沈められる。だがそれよりも問題なのは……
「どうするもこうするも、一緒に寝ればよいではないか」
……このトンチンカン魔女もセットという事だろう。
「誰が一緒に寝るか。だいたいベッドは二つあるだろ」
鼻を鳴らすランディを前に、エリーが嘲笑めいた笑顔を浮かべた。
「ほーん。小僧、さてはお主サクラン坊やじゃな」
「うっせ。どうせテメーは耳年増だろうが」
カラカラと笑ったエリーに、ランディが再び鼻を鳴らした。
「妾が耳年増じゃと? どこにそんな証拠があるのじゃ?」
「その反応が証拠だ、馬鹿が。フェロモンの出し方から勉強し直してこい」
逆に嘲笑を浮かべたランディに、エリーも分が悪いと感じたのか「ふん、サクラン坊やに妾の魅力は分からんわい」と負け惜しみを残してリズに入れ替わった。
ようやく邪魔者が退散した、と安堵のため息をついたランディだが……
「ランディ、サクラン坊やって何です?」
……天然爆弾が、安堵のため息を吹き飛ばした。
「な、何でもねー」
思わず視線をそらしたランディに、リズが「のけ者は酷いです」と口を尖らせた。
「のけ者ってわけじゃねーんだが」
苦い顔をするランディの前で、口を尖らせていたリズが急に「え? なんです?」と耳に手を当てて誰かと会話するような仕草をした。どうやら、脳内でエリーと会話しているのだろう。
ランディがそれに気がついた時には遅かった。
顔を赤らめたリズが、「ランディ、不潔です」と凍えるような瞳でランディを見ているのだ。
「誤解だ誤解! その馬鹿の言うことを真に受けるな」
何を言われたか分からないが、慌てて否定するランディの脳内には、『妾を虚仮にするからじゃ』と空耳ならぬ空念話が響いている。
そうして入り口付近でギャーギャーと、騒ぎ立てた三人がようやく本題へと戻ってきた。
「……結局、どうします?」
「どうするかな」
騒ぐだけ騒いだものの、ひとつ屋根の下どころか、相部屋問題が全く進展していないのだ。
(せめて仕切りがありゃ良いんだが……)
思いついたランディが、「ちょっと待ってろ」と荷物を放りだして部屋の外へと飛び出した。向かう先は寮の管理人室である。
急ぎ管理人室を訪れたランディは、何とか目的の物を借り受け、その足で部屋へと帰ってきた。
「部屋が一つなら、二つにすればいいんじゃね?!」
自慢気なランディに、「はぁ……」とリズが不思議そうに頷いた。
「リズ、そっち持っててくれ」
ランディが借りてきたのは、長さを測るための道具――この世界で主流の
しかも服飾用の
(ぜってーコンベックス作る)
そう心に決めたランディだが、それを許してくれる程女性たちは待ってくれない事を今は知らない。コンベックスなどよりも、早く美肌の友を……そう言われる未来は遠くない。
そんなことなどつゆ知らず。ランディは苦労しつつもリズと二人で協力して、部屋のサイズを測り終えた。
「ここが真ん中だな。ここにデカい仕切りを置きゃいいだろう」
「で、その仕切はどこから?」
「ここから」
笑顔のランディがステータスウィンドウを広げて、クラフトを指さした。とは言えここには素材の「そ」の字もない。故に……
「おい、耳年増ヤロー。お前の出番だぞ」
早速自領への転移を頼むランディだが、リズが困ったような顔を浮かべるだけで、エリーは顔すら見せようとしない。
「……なんて?」
「礼儀の知らん阿呆には協力せん、と」
苦笑いのリズに、ランディが「ぐぬぬ」歯噛みした。エリーの言う事がもっともなのだが、だからといって頭を下げられるかどうかは別の話である。
それでも頭を下げねば話が進まない、とランディは渋々頭を下げた。
「だいまほうつかい エレオノーラさま、どうか わたくし め を てんい にて おおくりください」
「気持ちがこもっていない、と」
「くっ……大魔法使いのエレオノーラさま。どうか私めを転移にてお送り下さい」
「『馬鹿な私めを』」
「ぐっ……大魔法使いエレオノーラさま。どうか馬鹿な私めを転移にてお送り下さい」
「『馬鹿で、助平で、どうて――』」
「おいこら、調子に乗るなよ」
顔を上げたランディの視界には、楽しそうなエリーの姿があった。
「おや、バレておったか」
「声のトーンで分かるわ。短い付き合いでもその程度分かるからな」
鼻を鳴らしたランディに「まあよい」とエリーが笑って、指を鳴らした。光が二人を包み込み……光が収まった頃には二人の姿は部屋にはなかった。
☆☆☆
「え? もう戻ってきた……」
「緊急事態だ」
驚く父アランを尻目に、ランディは屋敷を突切り裏庭へと躍り出た。
「木材で十分だろ」
エリーやリズの返事を待たずに、ランディは裏庭に突き立てられている大斧を担ぎ上げて裏の森へ。
ランディが自分仕様の大斧を、躊躇いなく振り……一気に木を二、三本切り倒してしまった。
「よし、これくらいあれば良いだろ」
丸太を引き摺りランディが再び裏庭に姿を現した。
「キース……息子が『緊急事態だ』って言って帰ってきたかと思えば、大斧で木を薙ぎ倒してきたよ」
「旦那様。坊ちゃまは昔からああいう手合かと」
遠回しにディスられているとは知らないランディは、切り倒した木をリズと二人で材木へと変えていく。
「リズ、こっちを頼む……エリー、お前は邪魔すんなよ!」
二人に指示を飛ばすランディを、これまた遠くからアランとキースが見守っている。
「キース。聞き間違いかな? リズって――」
「エリザベス嬢のことかと」
「ああー。聞こえない。聞きたくない。侯爵閣下に知られてないよね……」
「……聞かなかった事にしましょう」
二人の心配など知る由もないランディは、黙々と材木を作り出し……
「おい、大魔法使いサマよ。出番だぞ」
「お主、妾を便利な移動の道具と――」
「思ってねー、思ってねー」
「何だか釈然とせんの」
口を尖らせたエリーとともに、光に包まれてまた消えていった。
「あれ。何作ると思う?」
「坊ちゃまですからね。私めには想像すら出来ません」
「攻城兵器……とかじゃないよね」
「それは流石に。あの方が既に攻城兵器ですから」
「それもそうか」
褒められているのか貶されているのか、この微妙な反応もランディが知ることはない。
☆☆☆
再びランディ達の部屋に光が溢れ、その中からランディとエリーが姿を現した。
ランディとリズの二人が、材木を利用して黙々と仕切りを作っていく。そうして出来上がったのは、簡易的ではあるが扉もついた間仕切りだ。
防音性能など少々心許ない部分もあるが、これでプライベートな空間は確保できる。ランディがそう満足気に頷いた時、部屋の扉が静かにノックされた。
「はい?」
入口を開けたランディの目の前には、女性職員の姿があった。
「ランドルフ様。今回従者が異性かつ、同年代と言う事実が確認されたことで、緊急会議が開かれまし――って、それは何ですか?」
盛大に眉を寄せる女性職員に、ランディは「よくぞ聞いてくれました」と胸を張って男女が同室はマズいから壁を作った事を語りだした。
「良く分かりました。どこから持ち込んだのか、など気になる事はありますが、寮の部屋を無断で改築した、ということでいいですね?」
厳しい視線の女性職員に、「改築というか」とランディが頭を掻いた。
「無断増築、改築は禁止事項にあたります」
「き、禁止事項?」
「はい。違反者には厳しい罰則が科されます」
「ち、ちなみに処分は……」
「一発退寮です」
「「えーーーー」」
ランディとリズの絶叫が木霊した。
「安心して下さい。学園の近くに提携している宿があります。そちらに連絡を入れておきますので、荷物をまとめて管理室までお越し下さい」
それだけ言うと、女性職員は冷めた瞳を残して扉を閉め……ようとしていた手を止めて「あ、そう言えば」とランディへと視線を戻した。
「入寮数時間での退寮は、歴史ある王立学園においても最短記録です。おめでとうございます」
今度こそ女性職員は含み笑いを浮かべて扉を閉めた。
「ランディ……」
「皆まで言うな。しがらみの多い寮生活から開放された、と前向きに捉えよう」
「羽ばたくどころか、地面に墜落して減り込んでおるではないか」
「やかましい」
荷物を抱えたランディ達は、再び部屋を後にすることになった。
☆☆☆
「ちょっと、何処に居るのよ!」
ランディ達が寮を追い出されていた頃、キャサリンは女子寮の中をウロウロしていた。キャサリンの目的は、特別に女子寮へと配置されると聞かされたリズに会うためだ。
まだ接触禁止令も、正式に聞いていないキャサリンは、直接リズにダメージを与えるなら今しかないと躍起になっているのだ。
だが残念ながらリズは女子寮どころか、学園の敷地にすらいないのだが……。
そうとは知らぬキャサリンは、その日汗だくになりながらいつまでも女子寮を駆け回っていた。
「ちょっと! 本当に何処に居るのよ!」
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