第15話 幕間 〜鋼鉄の獅子〜

 ランディ達が、エリザベスの両親をもてなしていた頃……街の一角にある小さな酒場に彼らはいた。【鋼鉄の獅子】と名乗る公国でも有数の冒険者パーティは、ここ最近では珍しいくらい静かな酒宴の真っ最中だった。


 原因はもちろん、ランディとイアンの立ち会いだ。


「何なんだよ、あの青年はよ……」


 思い切りエールを呷ったイアンが、「怖すぎだろ」とその顔を覆って背を丸めた。


 巨大な丸太を持ってきた時は、「舐めているのか」とさえ思っていた。


 見た目に完全な超重量武器。鈍重だが一撃が重い相手なのは間違いない。盾で防ぐか、いなす事も考えたが、イアンが選んだのは回避からのカウンターだった。


 端的に言えば驕りだ。どれだけ長く、大きくともその重量から繰り出される一撃の速さは知れている。ならば回避したほうが良い。そんな今までの経験からくる驕りだ。


 もちろん立ち会う以上は油断はしないし、集中してランディと相対していた。それでも木剣相手に本気の装備で戦うことをプライドが許さなかったのだ。


 冒険者として幾つも修羅場はくぐって来ている。だからその鈍重な一撃を躱して、カウンターの一撃で終わらせる。そう意気込んだイアンは、技の起こりを見逃すまい、と全神経を集中していたのだが……結果は瞬殺であった。


 強さを測る。手合わせをする。そんな次元の話ではない力の差。ランディの想像を絶する強さは、イアン達高位ランクの冒険者をしても測りきれない程であった。


「盾使っても駄目っぽい?」


 声をかけてきたのは、チームの斥候役を務めるサラという女性冒険者だ。エールをちびちび飲む彼女に、イアンはちらりと視線を移して黙って首を振った。


「あの速度、重量……例え反応できても、盾ごと吹き飛ばされるだろうな」


 イアンが見つめる先には、相棒であり今まで多くの攻撃を防いできた盾がある。頑丈さと軽さを両立した盾が丸太相手に負けるとは思えない。丸太程度なら、傷一つつけられないだろう。それだけの上質な盾を使っているという自負がある。


 だが、使い手同士の次元が違いすぎる。


 いかに頑丈な盾であろうと、それを持つのはイアンである。ランディの一撃を、全身で受け止めきれる自信は湧いてこない。


 それは盾で攻撃をいなす場合も、である。ランディの一撃に反応できなかった以上、受け止めるではなく受け流すような動作を取れる自信はない。出来るとしても、咄嗟に盾を身体と木剣の間に滑り込ませるくらいだ。


 そしてそれはやはり、イアンが吹き飛ばされる未来へと繋がる。体勢も整わず、超重量の一撃を止めるなど想像すらできない。


「四人で戦っても無理そうか?」


 僧侶の男性――ショーン――の言葉に、隣で肉をつついていた魔法使いのエマも興味深そうにイアンを見つめている。


「俺のバフと回復魔法、それでお前を強化して一撃を防ぐ。サラに翻弄させてエマの火力でドン……」


 ショーンが語ったのは、【鋼鉄の獅子】の得意パターンだ。多くの強敵をこの連携で倒してきただけに、基本の立ち回りながらも最も信頼のおける戦い方でもある。


 自信のある立ち回りならば……と言う期待を受けるイアンだが、その首を静かに振った。


「誰か、ランドルフ様の動きが見えたか?」


 全員が静かに首を振った。その一言だけで、全員がイアンの言わんとしていることを理解した。理解できただけ彼らは優秀だろう。


 ランディの動きが見えなかった。つまり誰一人、ランディの攻撃から身を守る術を持たないのだ。


 バフをかける?

 翻弄する?

 魔法で叩く?


 無理なのだ。開始早々まず後衛が吹き飛ばされる。慌てて振り返ったイアンが叩き潰され、最後はサラが吹き飛ばされて終わり。全員の脳裏にその光景が過ぎり、そして同時に身震いした。


「それにな。仮にバフが掛かったとしても……」


 顔を青ざめるイアンの様子に「嘘だろ」とショーンがフォークに刺した肉を落とした。


「俺のバフをかけたお前は、トロールでも押し返せるじゃねーか」


 思わず声を上げたショーンに、イアンが青い顔でただ首を振った。


「あの後、ハリスンさんに木剣を持たせて貰っただろ。重すぎてビビったよ」


 再びエールを呷ったイアンが大きく息を吐き出した。


「あの重さをあの速さ。しかもタッパもあって本人のスピードも乗るとなりゃ……トロールなんてゴブリンと変わらねーって」


「マジかよ」


 ゴクリと生唾を飲み込んだショーンが、今度は手からフォークを落とした。


「さしずめ【紅い戦鬼】……ってところか」


 ショーンが呟いた言葉に、三人が納得したように頷いた。


「Sランクの連中にも負けねーだろうな」

「負けねーどころか、今の名ばかりSランクじゃ相手にならんと思うぞ」


 盛り上がる男子二人の会話に、女性二人も参戦する。


「じゃあ、一昔前に最強って呼ばれてた【剣聖】とかなら?」

「後は、【黒閃】とかいいんじゃねーか? 凄かったって噂だし」

「【剣聖】はまだしも、【黒閃】は昔すぎるだろ?」

「全然いいと思う。……ロマンは大事」


 結局彼らも冒険者なのだ。ロマンがある伝説だとか武勇伝には目がない。それが、自分たちの先達であれば尚の事であろう。


 そうしてランディと過去の英雄たちを比べる不毛な談義で盛り上がる事しばらく……


「でもさ、ちょっと気にならない?」


 エールを握りしめたサラが、三人の顔を見渡した。


「なんで、あんなに強いのかって」

「そりゃもう」

「まあな」

「……うん」


 三者三様の返しだが、全員が全員ランディの異次元の強さに興味を示しているのは確かだ。


「皆、提案があるんだが……」


 笑顔のイアンが、今後の活動について話し始めた。


「この仕事が終わったら、もう一度ここに来ないか?」

「魔の森で鍛えるってこと?」

「金にはならんぞ?」

「いや、案外そうじゃないかもしれんぞ。実はな――」


 イアンがハリスンから魔獣を狩る人間を探している、と聞いたことを三人に説明しだした。ランディから頼まれたハリスンの絶妙なパスは、彼らの興味を引き付ける事に大いに役立っているようだ。


 夜はまだ始まったばかり……彼らの熱い話し合いは、それから暫く続いていた。

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