第15話 言いたいやつには言わせておけ

 リズことエリザベスを伴った王都凱旋だが、予想に反してすんなりと進行していた。


 検問所で驚かれると身構えていた二人だが、門番はリズを見てギョッとした表情を浮かべただけで、特に何かを言われたりすることは無かった。


「幽霊でも見た、って顔だったな」

「最近まで死亡説が流れてましたし」


 頬を掻くリズに、「そりゃそうか」とランディも頷くしか出来ない。


 ランディは王国政府がリズの生存を掴んでいながら、死亡説を否定しなかった理由を知らない。ただ何となく、リズの追放が歪だったことと無関係ではないだろうな、という予想だけだ。


 そしてその事に興味があるか、と言われれば否である。


 碌でもない連中の、碌でもない思惑など、ランディにとってはどうでもいいのだ。事実として、リズが国外に追放されたことと、一時入国が許されたことだけを知っていれば良い。


「死亡説まで流れてたんだ。こりゃ新学期早々スター扱い間違いなしだな」

「むぅ……嫌味ですか?」

 鼻を鳴らして笑うランディに、リズがわずかに頬を膨らませた。


「俺なりの元気づけだ」


 肩をすくめたランディが、「遠慮しねーって言ったろ?」と挑発するような笑みでリズを見た。


「そうですが……」


 それでも頬を膨らませるリズに、ランディは少しバツが悪そうに窓の外へと視線を逸らした。


「どんな状況でも楽しんだもん勝ち、ってな」


 後ろ指さされようとも、皆の注目を集めようと、それを楽しめば良いというランディの呟きに、リズがようやく「元気づけ」が本意だと気がついた。


「頑張ります」


 両拳を握りしめるリズに、「頑張っちゃ駄目だろ」とランディは苦笑いだ。




 そんな二人を乗せて、ノンビリと、だが着実に馬車は少しずつ学園へと近づいていた。


 流石に学園が近くなってくると、学園へと向かうと思しき馬車の数が増えてきた。明日に控えた始業式を前に、今日が寮へ戻って来るピークなのだろう。続々と集まってくる馬車の数に、流石にリズの顔が強張っている。


「心配すんな。目立つのは最初だけだ」


 もう遠慮はない、とふてぶてしい態度を隠すことのないランディに、リズがそれでも硬い表情で頷いた。どれだけ言葉を重ねたとて、安心できるかは別の話である。


 それが分かっているランディだが、少しでもリズの助けになれば、とまた口を開いた。


「目立つのはお前だけじゃなくて、俺も一緒だ」


 ようやく一人ではない事に気がついたリズが顔を上げた。


「それにな――」

「それに?」

「遠くからゴチャゴチャ言うやつは、それしか出来ねー。結局俺達の人生には、何の関わり合いもない人間だ」


 鼻を鳴らしたランディに、リズも思わずと言った具合に頷いた。実際口さがなく噂をするだけの人間は、リズの事を何も知らないから好き勝手言えるのだ。


「言いたいように言わせとけ。直ぐに黙ることになるさ」


 悪い顔で笑うランディに、リズが思わず「暴力は駄目ですよ」と口を尖らせた。


「ンなことするか。黙らせんのはリズ、お前だ。自分が誰か思い出してみろ」


 眉を寄せるランディに、「私が、誰か……」とリズが呟いた。


「そうだ。あの激怖侯爵閣下の娘にして、今は我がヴィクトールが誇る優秀な文官だぞ? その他大勢なんて、黙らせて貰わねーと困る」


 挑発するようなランディが更に続ける。


「お前は間違いなくここからまた羽ばたく。だから、その実力で黙らせてやれ。吹きとばしてやれ。後悔させてやれ。過去に囚われた馬鹿どもを、な」


 唇をきつく結んだリズが大きく頷いた。そうしてわずかに瞳を潤ませながら、ゆっくりと口を開いた。


「ランディも……ランディも、です。あなたもここから羽ばたくのですよ」


 真っ直ぐなリズの視線に、「不本意だがな」とランディが肩をすくめた。


「従者に劣る主人なんて、格好がつかねーからな。出来る限り頑張るさ」


 窓の外を眺めるランディに、リズが「はい」と大きく頷いた。


 馬車は間もなく学園へとたどり着く……先程よりも空気の軽くなった馬車の中で、リズがふと思い出したように口を開いた。


「そう言えば、何故ランディは学園では目立たないようにしていたんですか?」

「ああ、それか……」


 苦笑いを浮かべたランディが、「大した理由じゃねーぞ」と窓の外を眺めながら話し始めたのは、公国と王国の思惑の間に挟まれた留学の真実であった。



 ここ数年、公国には王立学園への特待留学の話が届いていた。

 大国であり、大陸の最先端である王国の王立学園だ。公国内では誰も彼もが手を上げ、最初の数年こそ本気で優秀な子女を王国へと送り出していた。

 だが、潮目が変わったのが第一期生が卒業する年であった。


 最先端の王国で学んだ優秀な学生が帰ってくる……そう思っていた公国の思惑とは裏腹に、卒業した学生はそのまま王都で官僚として就職してしまったのだ。


 そして次の年も、また次も……


 誰も彼もが進んだ王国に魅了され、公国へ帰ることを拒んだのだ。中には優秀すぎて王国がヘッドハンティングした、などの噂まで流れた。


 もともと公国が、中央貴族の子女を送っていた事も原因の一つかもしれないが――中央貴族は領地を持たないので、次子以降の就職問題がある――それでも全員が王国に取られては、公国としても面白くはない。


 優秀な人材が欲しい王国と、これ以上人材を流出させたくない公国。その思惑の間で生まれたのが、ランディの留学である。


 領地貴族であれば、帰ってくるだろうという思惑半分。

 仮に戻ってこずとも、木端貴族の代わりなどいくらでもいるという思惑半分。


 そんな消極的な理由で勝手に選ばれた留学に、ランディがやる気を出すなどありえなかったのだ。


「そうでなくても、学校……しかも貴族の学校だ。マウントの取り合い以外学べるモンがねーのに、興味なんて湧かねーだろ」

「そうなんですね。なら、悪いことをしましたか?」


 少し俯いたリズに、「まさか」とランディが鼻を鳴らした。


「今思えばガキの癇癪だ。それに気づかせてもらっただけ、感謝してるぜ」


 笑顔を見せたランディに「子供の、癇癪ですか?」とリズが首を傾げた。


「ああ。斜に構えて、与えられた機会を不意にしてたんだ。ガキの癇癪以外にねーだろ」


 呆れ顔のランディにリズが「フフッ」と微笑んだ。


「理由はどうあれ、機会があるなら利用しねーとな」


 ランディがそう言い切った瞬間、馬車がゆっくりと停止した。それが意味するのは、学園へ……その門へとたどり着いたという事だ。


 ハリスンが開いた扉から、外の光が馬車へと流れ込んだ。


 最初に堂々たる態度でランディが下り、そして


「手を――」

「主が従者に手を差し出すのは……」

「良いんだよ」


 笑顔のランディに負けるように、リズがその手を取って馬車から降り立った。


 周囲から分かりやすくざわめきが起こり、二人に多くの視線が突き刺さる。奇異の視線を受けながらも、ランディが堂々と受付までの短い道を歩き、その半歩後ろをリズが従者らしくついていく。


 たどり着いた受付を見下ろすようにランディが笑った。


「二年、ランドルフ・ヴィクトールと――」

「その従者、エリザベスです」


 リズが名乗った瞬間、周囲のざわめきはどよめきへと変わり、そこかしで「本当に生きてた」だの「誰だあれは」だのと好き勝手な言葉が飛び交っている。


 受付の女性事務員も、エリザベスに気がついたのだろう。慌てた様子で「ら、ランドルフ様……」と書類を確認し始めた。


 背中に刺さる奇異の視線。

 耳に届く好き勝手な言葉。


 それらを吹き飛ばすように、ランディが受付の事務員へと微笑んだ。


「二学期もどうぞよろしくお願いします」

「え、ええ。はい」


 有無も言わさぬランディの雰囲気に、事務員の女性が怖ず怖ずと頷いた。












 ランディ達が受付をする姿を、少し離れた所から様々な人間が見守っていた。


「ぅ゙えええ? 何であいつがここにいるのよ――」

「エリザベス・フォン・ブラウベルグ……キャシーに手出しはさせんぞ」

「本当に…リザ……ですの?」


 波乱の学園生活が始まる。




 ※これにて第一章は終了です。

 コメント、ハート、フォローに加えて星も沢山頂き有り難いかぎりです。


 またレビューコメントもありがとうございます。この場を借りて重ねてお礼申し上げます。


 皆様の応援が、日々執筆の活力となっております。

 この機会にまだフォローされてない方や、星を投げてないよ、という方はフォローや評価をしていただけると幸いです。


 とは言え、一番嬉しいのは読み続けて頂ける事です。ぜひ、この先の物語も同じように楽しんで頂ければ、と存じます。


 それでは二章をお待ち下さい。※幕間を挟みます。

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