第14話 あだ名呼びになると、距離が縮まった感がする

 王宮からエリザベスの一時入国の許可が届いたその日……ランディとエリザベスそしてエレオノーラの三人は、バタバタとヴィクトール領を出発していた。


 無事に国境を越え、特に事件に遭遇することもない穏やかな旅路を続けること凡そ十日……。ランディ達は王都まで目と鼻の先の位置までたどり着いていた。


「今更ですが、よく許可が下りましたね」

「まあ、閣下と親父殿がコソコソ企んでましたし」


 肩をすくめたランディが、窓の外に広がる草原を眺めた。父アランとルシアン候の二人が、色々と手を回していた事を知ってはいるが、詳細までは知らない。


 それでも彼らの話に首を突っ込まなかったのは、自分では役に立たない事を理解しているからだ。


 転生者。

 二度目の人生。


 そう言えば聞こえは良いが、別になんでも出来るスーパーマンではない。


 恵まれたスタートだとしても、貴族同士の腹の探り合いや、政治と言った舞台での立ち回りなどは全くの素人である。出来ぬことは出来る人間に任せれば良い。一から十まで自分で出来ると思うのは、ただの傲慢だ。


(餅は餅屋……とは言え、確実に目をつけられているだろうが)


 ランディの視界が、遠くに見える王都の巨大な城壁捉えた。エリザベスも城壁を見たらしく、分かりやすく緊張した面持ちを見せている。無理からぬことだ。国境越え以外で、エリザベスの顔を知っている人間などいなかったのだ。


 だが今からは王都、そして学園である。エリザベスの顔を知っている人間が、彼女がどうなったのかを知っている人間が、彼女に奇異の視線を向けないなど考えられない。


「大丈夫ですよ。最初だけです。今のあなたはブラウベルグ侯爵令嬢ではなく、我が家の文官ですから。何かあっても私がお守りします」


 微笑みかけたランディに、「はい」とエリザベスが小さく頷いた。


「従者を守る主、ですか」

「まあそこはそれ。適材適所です」


 肩をすくめたランディに、エリザベスが思わずと言った具合に微笑みをもらした。どうやら緊張が少しは解れたようだ、と安心したランディが「そういえば」とゴソゴソと自分のポケットを弄って二つの腕輪を取り出した――




 ――――――――――――



 時は戻り。


 エリザベスとともに学園に通うことが決まったあの日、ランディはその足で魔の森へと来ていた。今晩の晩餐用の肉を取りに来た、という名目だが、それは建前である。


 実際は、いつまでもあの場にいたら居た堪れなかったのが一つ。そしてもう一つが……


「よし、これで必要な素材は揃ったかな」


 ……欲しい素材があったからである。学園に行く前日に欲する素材が何か、と言われればお守りを作るための素材だ。


 エリザベスを護衛するのは良いが、ランディには毒殺といった変化球に対応する手立てがない。そこでこのクラフト能力を使って、毒から身を守るお守りを作ろうと思い至ったのだ。


 そうして急ぎ魔の森で魔獣を狩って素材を集めることしばらく……目的の素材を集めきったランディは、魔の森のど真ん中でアイテムクラフトをおっ始めた。


 作るのは毒や麻痺と言った状態異常を無効化するアミュレットだ。


(んー。形はどうするかな。指輪は……多分色々マズい)


 ウンウンと唸るランディが、襲いかかってきた巨大なトカゲを座ったまま拳一つで叩き潰した。グレーターリザード。魔獣のランクで言えばB程度だが、拳一つで叩き潰せるような存在ではない。


 だがそれを易易とやってのけたランディは、「お、こっちの方が良い色じゃねーか」とグレーターリザードの紅い瞳を引き抜いた。キラキラと輝く紅玉のような瞳は、どこかエレオノーラの瞳の色に似ている。


「丁度良かった」


 笑顔のランディが、真っ白な魔石と紅玉の瞳をかけ合わせ――赤く輝く小さな魔石を錬成した。懐から出したくすんだ紅い魔石を放り捨て、今度は蒼い魔石を取り出した。


 蒼い魔石と紅い魔石を並べると、エリザベスとエレオノーラを思わせる輝きを二つが放った。


 その輝きに誘われるように、別の魔獣が現れるが、ランディに牙を突き立てる前にその身体が分かたれ吹き飛んでいく。


「えーっと、ここをこうして……」


 今回ランディは、エリザベスに渡すアミュレットを腕輪型に決めた。複雑な道具を一から作るには、心許ないランディの魔力であるが、腕輪などの簡単な形であれば問題ない。


 使っていない銀食器を腕輪に変え、それに毒や麻痺に耐性がある魔獣の素材を混ぜ、魔石をつけるだけの簡単なお仕事だ。


 黙々と腕輪を作ることしばらく……ランディの手の中には、歪な形をした腕輪が二つ出現した。紅と蒼の魔石をつけた、形の良く似た非対称な腕輪だ。


(上手く合わさりますように)


 ランディが願いながら腕輪同士を合わせると、二つの腕輪がピタリと重なり一つの腕輪になった。二つの魔石が並ぶ以外は華美な装飾などないシンプルな腕輪だ。イメージ通りの出来に、ランディが満足げに頷くが、それと同時にある事実に気がついた。


(こんな手作り感丸出しのアミュレットを、渡しても大丈夫なのか)


 ランディとしては一生懸命作ったし出来は悪くはない。だが相手は古の大魔法使いと、元とは言え侯爵令嬢だ。普通にルシアン侯爵にお願いして高級品を用意してもらった方が良かったのでは、と思えてならない。


(ま、まあ反応を見て渡すかどうか決めよう)




 ――――――――



 そうして作られた腕輪を、ランディがエリザベスに差し出したのだ。


「これは?」

「毒や麻痺といった状態異常を防いでくれるお守りです。と言っても、使い捨てですが」


 説明しながらランディは蒼い魔石のついた一つをエリザベスに手渡した。嬉しそうに目を輝かせるエリザベスに、ランディは内心安堵のため息をついた。優しいエリザベスが変な反応をするとは思わなかったが、実際喜んでくれてホッと一息だ。


「エリザベス嬢、すみませんがエレオノーラと変われますか?」


 ランディの言葉と、手に残った別の腕輪で察したのだろう。頷いたエリザベスがエレオノーラと入れ替わった。


「何じゃ小僧。妾を呼び出すとは――」

「お前の分だ」


 ぶっきらぼうに腕輪を手渡すランディに、エレオノーラが眉を寄せた。


「小娘の分があれば十分であろう?」


 エレオノーラが「身体は一つじゃ」と続けた言葉にランディが首を振った。


「身体は一つでも、お前らは別々だろ。ならどっちにも作らねーと筋が通らんだろ。なんせ身体はエリザベス嬢だ。俺はお前も守らねばならんからな」


 鼻を鳴らしたランディに「ふぅん」と、エレオノーラが値踏みするような笑顔を向けた。


「律儀な男じゃ。妾を一人の人として扱うか」

「そりゃそうだろ。お前とエリザベス嬢は別々の人間だ。変な奴だが、お前はお前。エリザベス嬢とは別に扱って当たり前だろ」


 鼻を鳴らしたランディに、エレオノーラがカラカラと笑う。


「まさかお主が妾に惚れておるとはの」

「何でそうなるんだよ」


 呆れ顔を向けたランディに、エレオノーラが「照れるではない」とまたカラカラと笑うものだから、ランディとしても言い返さねば気がすまなくなる。


「お前が身体を取り戻して、ボン・キュッ・ボンの美人だったら考えてやるよ」


 悪い顔で笑うランディに、エレオノーラもまた笑い声を上げて「楽しみにしておれ」とその意識をエリザベスへと戻した。


「ボン・キュッ・ボン……ですか?」


 どこか凍えるようなエリザベスの視線に、ランディは慌てて「じょ、冗談です」と首を振った。あまりにも慌てるランディの様子に、エリザベスが微笑んで二つの腕輪を合わせて腕につけた。


「綺麗。私とエレオノーラの色ですね。ランドルフ様……有り難く頂戴いたします」

「喜んで頂けて何よりです」


 内心ホッと一息ついたランディだが、続くエリザベスの言葉で固まることとなった。


「ランドルフ様。折角ですし、私にもエレオノーラのように、気安く話しかけて頂けないでしょうか?」

「へ?」


 思わず間抜けな声がもれたランディだが、「いえいえいえいえいえいえ」と全力でその首を振った。


「流石にエリザベス嬢に偉そうに話しかけるわけには」

「ですが、これから私はあなたの従者です」

「ぐぅ……確かにそうですが」


 思わず言葉を詰まらせたランディが、その重たい口を開いた。


「で、ではせめて皆の前だけということに――」


 そう口走った言葉に、わずかにエリザベスの顔が曇るのをランディは見逃さなかった。


「分かった」


 大きく太腿を叩いたランディに、エリザベスが思わず顔を上げた。


「オーケーだ。従者と主だしな。気安い口調で話しかけるが……気安く話しかける以上遠慮はしねーからな」

「はい!」


 嬉しそうなエリザベスの顔に、ランディはもうどうにでもなれ、と言った具合で大きく息を吐き出した。


「とりあえず、まずはアミュレットをアクティブにしとこうか」


 ランディの言葉でエリザベスが腕輪に視線を落とした。


「それぞれの魔石にそれぞれの魔力を通せば、効果がアクティブになる。身体は一緒でも、魂に依存する魔力の質は変性するだろ? リ――エリザベスとエレオノーラで」


 勇気を出して愛称を呼びそうになったランディだが、結局尻込みして名前呼びだ。なんとも情けないが、女性との距離感を間違えるわけにはいかない……と意気込んだつもりだが、少しだけ不満げに見えるエリザベスに、ランディが(失敗した)と肩を落とした。


 うなだれるランディを他所に、エリザベスは魔力を通しそして再びエレオノーラと入れ替わった。


「小僧も存外可愛いところがあるではないか」


 魔力を通しながらケラケラと笑い、ランディを馬鹿にするエレオノーラに、「うっせ」とランディが口を尖らせて窓の外を見た。


「そうじゃ小僧。妾に愛称をつける権利をやろう」

「いらねー。嫌がらせかよ」

「照れるでない」

「誰が照れてんだ――」


 弾かれたようにエレオノーラに向き直ったランディだが、かち合ったエレオノーラの視線は、冗談の中に少しの真剣さが見て取れた。


「……なるほど。古の大魔法使い様の名前は色々とマズいのか」

「存外賢いな」


 嬉しそうに頷いたエレオノーラに、ランディが「しかたねーな」とため息をついた。


(エレオノーラ……エレノア。普通ならノーラか)


 ノーラの響きがどうしても強そうなエレオノーラにピッタリすぎて、そのまま呼ぶ気にはなれない。どうせ愛称をつける権利を貰ったのだ。であれば、思い切り可愛らしい愛称でからかってやろう、とランディが悪い笑顔を浮かべた。


「良い愛称を思いついたぞ」


 悪い笑顔のランディに、エレオノーラが微妙に嫌そうな顔をした。恐らくランディの思惑に気付いたのだろうが、時既に遅しである。


「お前の愛称は、エリーだ。どうだ、可愛いだろ」

「何じゃその可愛らしい愛称は!」

「愛称なんだ。可愛くていいだろ」


 悪い顔で「ケケケ」と笑ったランディが、「これからもよろしくな、エリー」と勝ち誇ったような顔でエレオノーラの肩を叩いた。


 自分で言い出したこと故、エレオノーラも退くに退けないのだろう。わずかに笑顔を強張らせはしたが、「まあ良い」と諦めたように頷いた。


「貴様と小娘だけは、妾をエリーと呼ぶことを許そう」


 そう言って再びエリザベスと入れ替わるように、その気配を消した……のだが、戻ってきたエリザベスの視線はどこか羨ましそうだ。


「エリザベス?」

「はい」


 嬉しそうに微笑んでは見えるが、どこかこう、浮かない表情にも見えなくはない。


(これ、もしかしてエリザベスにも愛称をつけたほうがいい感じ?)


 真っ直ぐ見つめるランディに、エリザベスが小首を傾げて見せた。


(せ、正解が分からん。が、突いてみるか)


 先程の不満顔に望みをかけて、ランディは意を決して口を開いた。


「一つ思ったんだが、エリザベスって毎回呼び捨ては偉そうだよな。でも『リザ』って愛称は侯爵家の方々のものだろ?」


 ランディの意図を汲んだのか、リザの瞳にわずかな期待が浮かんだ。


「そうだな……エリザベス、か」


(普通に考えればベティなんだろうが、これは何だか色々マズい気がする)


「エリザべス…エリザ…リザ……リズってのはどうだ?」

「はい! ではこれからはリズとお呼び下さい」


 満面の笑みが眩しい。


(誰だよ【氷の美姫】とか呼んだ馬鹿は)


 あまりに眩しくて直視できない笑顔に、ランディは何とか正解を引き当てたと安心するとともに、折角ならばとエリザベスもといリズに、とある提案を投げかけた。


「俺も二人っきりの時は、ランディで構わんぞ。固っ苦しいのは苦手でな」


 肩をすくめたランディに、リズが頷いた。


「分かりました。これからよろしくお願いしますね、ランディ」


 微笑みと愛称のダブルパンチが凄まじい。


(これ、閣下にバレたら海に沈められたりとかしねーよな)


 ランディの心配を他所に、馬車は間もなく王都へとたどり着く――








「愛称呼びの主従など、淫らな男女の匂いがするの」

「うっせ! テメーはすっこんでろ!」

「そ、そそそそうです! 私達は清い関係で――」



 馬車から漏れる賑やかな声に、御者のハリスンが青空を見上げた。


「若いっていいっすねー」


 そう呟いた言葉は涼しくなり始めた風に攫われていった。

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