第12話 腹芸が出来てこそ大人

 エレオノーラの我儘から一夜明けて――


「さて、どうしたもんかな」


 ――ランディは考えながら屋敷を徘徊していた。


 今エレオノーラもといエリザベスは、彼女の両親と一緒にヴィクトール領を散策中だ。護衛にハリスンや騎士をつけているし、この領でヴィクトール家の客人に手を出すような不届き者は居ない。


 だからこうしてノンビリと思考を巡らせる事が出来るのだが、その考えるべき事が大きすぎて、全く頭の整理が追いつかない。


(普通に考えれば却下一択なんだが……)


 大きくため息をつくランディは、一周回ってエレオノーラもとい、エリザベスが学園に通うのはアリだと思っているのだ。彼女たちが学園にいれば、今のように様々な議論を交わすことが出来る。


 加えてエレオノーラの持つ転移の力である。


 一度行った事がある場所であれば、彼女の転移は距離と言う概念を覆す。つまり週末などはヴィクトール領へと戻り、様々な改革を続ける事が出来るだろう。


 領地運営が軌道に乗り始めの今、この二つのメリットというのはランディからしたら大きすぎる魅力だ。


 そして、エリザベスだ。


 気丈に振る舞ってはいるが、ランディが知る限りエリザベスにも友人が居たはずである。もしかしたら取り巻きかも知れないが、時折数人でランチをしているエリザベスの姿を見たことがある。その時の表情が柔らかかった事も覚えている。


 折角両親と会えたなら、次は友人たちとも……とランディが思うのも無理はないだろう。こんな辺鄙で何も無い所で頑張ってくれているのだ。出来る限り彼女の心労を和らげたい、と思うのは普通だとランディは思っている。


 そうでなくともランディは、彼女一人を働かせて、自分だけが学園を満喫するのに――満喫しているかどうかは置いといて――引け目を感じてしまう。


 もちろんエリザベスが学園に戻りたいのであれば、という前提条件がつくが。


(とは言え、デメリットがな……)


 死んでも構わない、殺すつもりにしか見えない追放劇だ。侯爵家こそ絡んでいなかったが、ヒロイン――キャサリンという名前を既に忘れている――や王太子だけでなく、どこまでの人間がエリザベスの追放に加担したか分からないのだ。


 廊下のど真ん中で考え込むランディに、メイドたちが奇異の視線を向けて通り過ぎていく。


 そんな視線に晒されることしばらく、ランディは思い立ったように父アランの執務室へと足を向けた。一人で考えても分からないことは、年長者の意見を聞く。それに限るからだ。






 運良く執務室にいたアランとキースへ、ランディは昨晩の出来事を説明した。幸いなことにあの場にキースも帯同していたため、アランにも事の詳細は伝わっていた。


「エレオノーラ殿は学園生活をご所望か」


 困ったように片手で頭を抱えるアランだが、完全に拒否するような雰囲気は見えない。


「普通なら却下一択だが――」

「通わせてあげたいんだろう?」


 呆れたような笑顔のアランに、ランディはどちらをと言うことなく「まあ、出来ればな」と頷いた。


「本来なら無理だ、と言いたいところなのだが――」


 アランが真剣な表情をランディへと向けた。余り見る機会のない父の真剣な表情に、ランディも今だけは表情を引き締めた。


「――恐らくエリザベス嬢の生存は、王国中枢に知られているだろう」

「そりゃそうだろうが……」


 苦い顔をするランディだが、昨日侯爵家の影の存在で、「そういう奴ら」がいる事を認識したのだ。基本的には外部の人間が入ってくる事の少ないヴィクトール領だが、つい最近まで行商の一行が立ち寄っていた。


(ただの護衛かと思ってたが)


 その中に、腕の立ちそうな人間が数人いた事をランディは覚えている。恐らく彼らが王国が派遣した内偵のようなものだろう、とランディもアランも睨んでいる。


「っつっても、生存を確認しただけで特段何もしてこねーのは何でだ?」


 ランディのもっともな疑問に、「さてね」とアランが肩をすくめた。実際はただキャサリンが「エリザベス様の無事が気になりますぅ」とか何とか言って、エドガー王太子に王国の影を動かさせただけだが。


 ゲーム正史通り、エリザベスが生き延びて子爵領で世話になっているのを確認しただけ……とは言えランディもアランも、そしてルシアン候ですらそんな事は知らない。


 故に、ゲーム本編正史から逸脱した舵を切っていく。


「昨日、夕食後に侯爵閣下と意見を交わしたのだが――。相手はまず間違いなく中央貴族だろう。領地貴族である閣下が、財務卿として中央まで進出した事への危機感からだろうな」

「器の小さいこった」


 鼻を鳴らしたランディだが、今だけは若干上の空である。なんせ、乙女ゲーだと思っていたら、色々な思惑が見え隠れしてきたのだ。


(婚約破棄からの追放……普通にただの乙女ゲーだと思っていたが違うのか)


 一瞬湧いた疑惑をランディが頭を振って打ち消した。


(いや、乙女ゲーで語られないフレーバーテキストが、この違和感の正体か)


 ゲームならば『悪役令嬢は国外追放になりました』、で済む一文の背景に隠された思惑。ゲームではない現実の世界だからこそ、追放一つとっても様々な人間の思惑が絡み合っているのだ。


(案外乙女ゲーのエンディング後は、幸せじゃないのかもな)


 内心ため息をついたランディに、「聞いてるのか?」とアランがわずかに眉を寄せた。


「聞いてる聞いてる」


 肩をすくめたランディに、「まったく」と呆れ顔を浮かべながらアランが続ける。


「先程の続きだが、閣下も私もエリザベス嬢は最も安全な場所に置いておく方がいい、そう考えている」


「なるほど。一番安全な場所ね……」


(なら学園は絶対にないな)


 ため息をついたランディに、アランが意味深な笑みを返した。


「ああ。安全な場所だ。ランディ、いやランドルフ」


 敢えて名前を呼んだアランに、ランディが思わず眉を寄せた。こうして父が名前で呼ぶ時は、大抵厄介事を頼む時と相場が決まっているのだ。


「侯爵閣下は、護衛にお前をご所望だ……なんせ学園だから、な」

「はぁあああ?」


 思わずといった叫び声に、アランがしてやったりの顔を浮かべ、そして……


「私はこれ以上ない護衛だと思っているのだが?」


 ……聞こえてきた声に、ランディが思わず振り返った。いつの間に現れたのか、そこには少しだけ面白くなさそうな顔をするルシアン候の姿があった。


 気配もなく現れたルシアン候に、ランディが一瞬驚いたが直ぐにそのカラクリに気が付き、扉の近くで微笑むキースを睨みつけた。


(キース……の野郎)


 達人でもないルシアンが、ランディに気づかれずに現れたのは、キースが彼の気配を別のものに紛れさせたからだ。扉の前に行き交う多数のメイド。キースはそれらにルシアンを紛れさせ、この部屋まで近づかせたのだ。


 キースを睨みつけるランディに、ルシアンは「どうかね?」と意識を自分へと向けさせた。


「私の娘の護衛を引き受けてくれはしまいか?」

「いや、ですがしかし……」

「一度間者に入られたこの領よりも、学園の衆人環視の方が余程安全だと思うが。加えてAランク冒険者を子供扱いする君の腕だ」


 ルシアンの言葉にランディは返す事が出来ない。そこを突っ込まれてしまえば、確かにそうだ、としか言いようがないのだ。間者についても、ランディの自重知らずの腕についても。


 だが、それとこれとは話が別だ。ランディがエリザベスを学園につれていくかどうかについては、話が別である。


「エリザベス嬢をお守りすることはやぶさかではありません。ですが学園で、というならお断りします。」

「ほう? その心は?」


 細められたルシアンの瞳を、ランディはそれでも真っ直ぐに見つめ返した。


「そこに、エリザベス嬢の意思が存在しないからです」


 睨みつけるようなランディに、ルシアンは値踏みするような瞳を返している。


「学園は、エリザベス嬢にとってもしかしたら大きなトラウマの舞台かも知れません。そんな場所に、彼女の意思を聞かず連れて行くわけには行きません」


 真っ直ぐルシアンを見るランディの背後から、アランが横槍を入れる。


「だがランディ、お前さっきエリザベス嬢を――」

「親父殿は黙ってろ!」


 アランに対して乱暴な口調で反論するランディに、今度は背後からルシアンが……


「丁度いいではないか。我が娘を連れていきたいなら――」

「駄目だっつってんだ……あ――」


 思わずルシアンにも乱暴な口調をきいたランディだが、顔を歪めて「ああもう」と叫んでルシアンに向き直った。


「この際、少々の無礼は勘弁願いますよ!」


 大貴族相手とは思えない声量でランディが啖呵を切った。その圧に負けるようにルシアンもただ黙って頷くだけだ。


「いいですか。何度も言いますが、エリザベス嬢の意思が介入しない限り、俺の答えはノーだ」


 素の口調になっていくランディの叫びが、窓ガラスをビリビリと揺らす。


「彼女を守る事には同意する。が、彼女の心はどうだ? 嫌な場所へ無理やり連れて行くってんなら、悪いが俺はアンタら相手に彼女を守る事になるぞ」


 ルシアンとアランを見比べたランディが、手を緩めないよう追撃の口を開いた。


「アンタの娘だろうが、今は大事なウチの人間だ。いわばヴィクトールの家族だ。それに害なす事に俺は同意できねー。大体、安全な場所がどうのって言うなら――」


 勢いの良かったランディだが……


「――侯爵領……に、で……もぉ?」


 ……何かに気がついたように、その語尾がしぼんで行き、ハッとした表情でアランを振り返り、今度はルシアンを見た。そうして、更に扉の前に控えていた気配が違うことにも気が付き……


(やられた)


 ……キースを再び睨みつけた。


「坊ちゃまの魂の叫び。このキース、深く感動いたしました」


 白々しく頭を下げるキースに、ランディの蟀谷がピクピクと動き、再びアランを振り返った。不意に逸らされた視線に「親父殿、てめー……」とランディが声にドスを聞かせた時


「ハハハハハハ! 思っていた通りに気持ちの良い男だな」


 ルシアン候の盛大な笑い声が部屋の空気を一変させた。


「だ、そうだが? リザ。お前の気持ちを聞かせてくれ」


 ルシアン候が扉の向こうに話しかけると、キースが待ってましたと言わんばかりに扉を開いた。入ってきたのはフローラ夫人に付き添われ、顔を赤らめたエリザベスだ。


「エリザベス嬢……」

「ランドルフ様、恥を承知で申し上げます。もし叶うのであれば、私……学園に戻りたく存じます」


 頭を下げるエリザベスを見て、ランディは確信した。


(こいつら、やりやがったな)


 ランディの言う「こいつら」はエリザベスを除く大人たちである。恐らくエリザベスの意思などここに来る前に確認していたのだろう。


「エリザベス嬢、二つ程お聞きしてもいいですか?」

「なんでしょう?」

「学園に戻りたい理由はなんですか?」


 ランディの言葉に少しだけ困ったような顔をしたエリザベスが、「それは……」ともじもじしながら、未だ領の発展計画も触りだとか、学園に残してきた友達が気になるだとか、とにかく彼女らしくない要領を得ない発言だ。


 だがそこに込められた妙な熱量だけは伝わってくる。戻れるなら戻りたいという熱量だけは。


(エレオノーラか? 何が吹き込みやがったな)


 当たりである。エレオノーラがエリザベスに「小僧がおらねば、改革は進まん」だとか、「ついて行って恩を返す時だ」とか言ってエリザベスを焚き付けたのだ。


 ようは、エリザベスに「ランディに着いていきたい」という気持ちを後押しする理由付けを放り投げた形である。もちろんエリオノーラ自体もランディについて学園を満喫したいという気持ちはあるだろう。


 何となくエレオノーラの気配を察知したランディだが、(あいつ、どんだけ行きたいんだよ)と予想は外枠しか捉えられていない。


「とりあえず、学園に戻りたい理由は分かりました」

「ご迷惑をおかけします」

「いえ。あとちなみにですが……俺に迷惑になるから、とか言いました?」


 目を見開いたエリザベスの反応で、ランディはこの茶番が完全に仕組まれたことだと理解した。


 ルシアンとアランとの間で、今回の追放劇が色々おかしいこと、王国側がエリザベスの生存を把握しているだろうこと、などが共有された結果……


 今後人の出入りが多くなるこの地よりも、限られた人間しか立ち入れない学園のほうが安全だと判断された。もちろん、相手の意表をつくことで出方を伺いたいルシアンの思惑もある。


 だが、エリザベスを学園に戻すにしても彼女の意思が第一だ。加えて精強な護衛も必要である。


 そこでエリザベスに確認を取ったところ、戻れるならば……との回答があった。だが、続けて彼女はランディへの迷惑も語ったのだ。


 優しいランディのことだから、エリザベスが頼めば二つ返事でOKしてくれるだろうことは目に見えている。だからエリザベスはランディには頼めない。


 そこでアランとルシアン、そしてキースにフローラ夫人が一芝居打つことを決めたのだ。もちろんエリザベスに知らせることなく。


 結果は、エリザベスが扉の外にいるにもかかわらず、ランディが侯爵相手に啖呵を切ってエリザベスの意思次第だと吠えることに。


 それにランディが気がついたのは、「安全な場所なら侯爵領にでも」と言っている時だった。実際そうなのだ。そこまで安全、安全というなら、密かに自分の庇護下に置けば良い。それをしない理由を考えるため、冷静になったランディがようやくエリザベスの気配を察知したのだ。


 ランディにとっても、エリザベスにとっても恥ずかしい宣言になったわけだが……最も楽しそうなのはフローラ夫人だ。


「ほら、私の言ったとおりだったでしょう?」


 笑いかけるフローラ夫人に、「そうだな」とルシアン候が諦めたように笑顔を浮かべた。


 こうしてランディの波乱の二学期が約束されたのである。

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