第8話 お人好しはお互い様

「なんだか少し緊張します」

「大丈夫ですよ。リラックスしましょう」


 ランディは今、応接室のソファに腰掛けている。隣にはサンプル用に小型化した馬車を大事そうに抱えるエリザベスだ。


 先程から「うー」だとか声を漏らす彼女は、言葉の通り緊張しているのだろう。そしてそれはランディも同様だ。彼女にリラックスしろ、と言っておきながら、ランディも結構緊張していたりする。何せ今から会うのは大貴族かつエリザベスの父母だ。


(違う違う。大事な商談前だから緊張してるんだ)


 先触れ代わりに冒険者が到着したのは既に一時間以上前。今は父アランやキースが応対しているころだろうか。この微妙な待ち時間が妙に長く感じてしまうのは無理もないだろう。


 長い待ち時間は、必然的に緊張を高めさせる。


「スー、ハー……」

 大きく深呼吸するエリザベス。


「妾に任せい」

 しゃしゃり出るエレオノーラ。


「駄目だ。お前はすっこんでろ」

 それを阻止するランディ。


 エレオノーラとランディの間で口論が勃発しそうになった頃、応接室の扉が静かにノックされた。ついに訪れたその時に、ランディとエリザベスは二人して立ち上がった。


 キースが扉を開き、父アランに導かれるように応接室へ入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の老夫婦だった。上品だが平服を纏った老夫婦は、知っているからこそ貴族と分かるが、知らなければお金持ちの老人にしか見えない。


(えらく手の込んだ変装だな)


 実年齢は四〇少々と聞いていたので、ランディには驚きしかない。が……


「え?」


 ……と声を漏らし、固まったエリザベスには通用しなかったようである。


「お父様……お母様……」


 呟いたエリザベスに、老夫婦はその変装を解いて優しく微笑みかけた。


「リザ……」

「ああ、本当に――」


 涙ぐむ二人を前に、エリザベスは絶賛混乱中だ。


 驚き。

 喜び。

 戸惑い

 そして、わずかな焦燥。


 色々な感情が籠もった瞳で、エリザベスはランディと両親をを見比べている。まるで「なぜこんな事を」とでも言いたげな視線に、ランディは肩をすくめてみせて笑ってみせた。


「おや? 商談相手がエリザベス嬢のご両親とは偶然ですね」

「とぼけないで下さい」


 エリザベスの瞳に少しだけ怒りの色が滲む。無理からぬ事だ。実家に迷惑をかけぬように、と立ち回ったのに、ここまで両親が来てしまえばそれが水泡に帰す恐れもある。それだけではない。場合によってはランディ一家にも火の粉が降り注ぐ可能性があるのだ。


(お人好しだな……ま、人の事は言えんかもしれんが)


 他人の心配で怒りを滲ませるエリザベスに、ランディは好感を抱いた。とは言え、今回は退くつもりはない。追放の時もそうだが、エリザベスは自分一人が責任を取れば良いと思っている節がある。


 だが現実はそう甘くはない。


 自分一人が責任を取り、全てが丸く収まった……とでも思っているは、この場で砕いておかねばならない。それが今後の彼女のためでもあり、ランディのためにもなる。


 関わりを持った以上、ランディは彼女を無碍に扱うつもりも、スケープゴートにするつもりもない。だからそろそろ、は叩き潰しておかねばならない。


「ランドルフ様――」

「そう怒らずとも聞こえておりますよ。邪魔者は退散せよ、と言いたいのでしょう?」


 舌を出したランディが、アランやキースを外へ促し扉に手をかけた。


「そうではなくて」


 背中に響くエリザベスの声に、アランが「ランディ」と嗜めるように声をかけた。


(流石に意地悪がすぎたか……)


 小さくため息をついたランディが、エリザベスとその両親を振り返った。


「エリザベス嬢、一つだけ――」


 言葉を切ったランディに、三人の視線が集まった。


「――あなたは世界に捨てられてなどいない。そして、あなたもまた、世界を捨ててなどいない」


 それだけ言い残すと、ランディは恭しいお辞儀を残してアランやキースを伴って応接間を後にした。








 扉を出たランディを迎え入れたのは、聞き耳を立てに集まった使用人たちだ。彼ら彼女らを前にランディが盛大なため息をついた。


「お前ら無粋な真似はみっともねーぞ」


 呆れ顔のランディに、誰も彼もが苦笑いを返して散っていく。そんな中にリタを見つけたランディが、彼女を呼び止めた。


「リタ、話が済んだら呼んでくれ」


 背後の扉を指すランディの言葉に、リタがゆっくりと頷いた。


 扉の前に控えるリタを見たランディは、もう一人、探していた人物へと声をかけた。


「ハリスン、冒険者の方々に会いたい」

「そう仰ると思って、外に待っててもらってますぜ」


 サムズアップを見せるハリスンは、何だかんだ言って優秀な男である。そんなハリスンが案内した先は、屋敷の正面玄関だ。


 扉を開ければ、いかにもな雰囲気の四人組の姿があった。盾持ちと僧侶は男性、魔法使いと斥候は女性。男女半々かつ後衛に前衛とバランスが取れた一般的なパーティだろう。


 屋敷から出てきた大柄なランディを前に、冒険者たちが一瞬身構えるが、ハリスンを確認してその警戒を解いた。


「すみません。お待たせしたようで」


 にこやかに手を差し出したランディに、四人が揃って一瞬固まった。それでも盾持ちの男性がにこやかにランディの手を握り返した。


「初めまして。ヴィクトール家嫡男、ランドルフと申します」

「こちらこそ初めまして。Aランク冒険者パーティ【鋼鉄の獅子】リーダーのイアンです」

「貴方がたが! お噂はかねがね」

「恐縮です」


(なるほど。侯爵閣下が護衛を依頼するだけはある)


 しっかりと握りしめられた手。そして淀みのない敬語。どうやらかなり上位のパーティなのは間違いない。事実、【鋼鉄の獅子】と言えば、公国では名の通ったパーティだ。


 どうやら侯爵は船の上まで侯爵家の護衛を、そして公国に着いてわざわざ冒険者を雇ったらしい。自領にも有名な冒険者はいるだろうに、中々の徹底ぶりである。


 もちろん、冒険者だけが護衛ではないようだが。


(侯爵家の影……ってところか)


 わずかに感じる複数の気配に、ランディが周囲を伺うように視線を飛ばした。流石に冒険者だけに護衛を、とはいかないのが大貴族というものなのだろう。


(結構やりそうだが……まあ、流石は侯爵家ってところか)


 感じる気配へ意識を割いたランディを前に、イアンと名乗った男がわずかに眉を寄せて口を開いた。


「それで? 子爵家の方が我々に何の御用が?」


 慌てて意識を目の前に戻したランディの前には、怪訝そうなイアンの姿があった。首をかしげる姿にも、言葉にも全く嫌味はないが、わずかに崩れた彼らの言葉にランディは引っかかりを覚えた。


「いえ、単純に私が冒険者の方を見たかっただけです」


 引っかかりを他所に、ランディは肩をすくめて続ける。


「ほら、ウチって田舎じゃないですか。なので、冒険者を見たことがなくて」


 ニコリと笑うランディの背後で、ハリスンが「大嘘じゃないですかい」と笑いをこらえている。肩を震わせるハリスンを「うるせー」と肘打ちで仕留めたランディが、「お付き合い頂き感謝します」と【鋼鉄の獅子】の面々に笑いかけた。


 実際ランディとハリスンの言っていることは、どちらも正しくてどちらも間違っている。


 ランディが彼らに会いたかったのは本当だ。

 だが、冒険者に会ったことがないというのは嘘だ。


 ランディは王国で何度も冒険者を見ている。だが、凄腕と呼ばれる冒険者を見たことはない。


 ランディが今回彼らに会いたかった理由はただ一つ。


 侯爵家が護衛に選出するレベルの冒険者が、どの程度出来るか、だ。これから魔の森産の素材需要が高まるだろう。そうなれば素材を採取してくる人間が必要になる。


 加工や処理をする人間もそうだが、採取も重要な役割だ。いつまでもランディや騎士達に頼るわけにもいかない。


 そこで白羽の矢が立ったのが冒険者である。


(ウチの騎士連中といい勝負ってところか。期待できるな)


 ランディの見立てでは、Aランクパーティの彼らなら、魔の森でもある程度の成果が見込める。それが分かっただけ、今回の邂逅は実りあるものだった。だからこそ、礼を尽くして帰ってもらわねばならない。


 今後、彼らには馬車馬の如く働いてもらわねばならないからだ。


「商談には二、三日かかるでしょうし、皆様は街の宿でお待ち下さい」


 にこやかなランディに、四人が不思議そうな顔を見合わせ……


「ランドルフ様、一つお聞きしても?」


 ……イアンがランディへ真っ直ぐ向き直った。瞳に宿る微妙な闘志に、ランディが内心眉を寄せる中、イアンがその口を開いた。


「若、と言うのはランドルフ様のことであっていますか?」


 どこか試すようなイアンの言葉に、ランディはもう一度眉を寄せた。



 ※すみません。長くなりすぎたので、話を分けてます。続きは間もなく公開します。

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