第7話 前世の知識プラス生産魔法って王道だよね

 ブラウベルグ侯爵家とのやりとりを、父アランに丸投げして一週間と少し。侯爵夫妻がこちらへ向かっていると聞いたのは、夏季休暇も丁度折り返した頃だった。


 そんな中、ランディはと言うと……


「ランドルフ様、大丈夫ですか?」

「ええ。もうちょっとで…………よし、完成です」


 ……心配そうなエリザベスに見守られ、馬車の下に潜り込んでいた。


 わざわざそんな事をしていた理由は、エリザベスと二人――正確にはエレオノーラもいるが――馬車の改造に取り掛かっているからだ。


 この世界の主たる移動手段である馬車だが、とにかく揺れる。道が整備されているアレクサンドリア王都周辺でも揺れるのに、悪路しかないこの周辺では、馬車はもはや凶器でしかない。


 裕福な家であれば多少マシな馬車を準備できるが、多少マシというレベルである。


 高級馬車の多くが、椅子の座り心地を柔らかくすることで、尻への負担を軽減している。だが揺れるという一点は変わらない。


 ……そう。人によっては酔う。それはもう、酷く。


 そこで悪路でも揺れにくい馬車を。というコンセプトで、馬車のサスペンションを作り直そうという事になった。一応馬車にもサスペンションらしきものはついている。ついているが、転生者であるランディからしたら、無いに等しい揺れなのだ。


 あと十日もすれば馬車での旅を経て、学園へ戻らねばならないランディからしたら、揺れの少ない馬車というのは目先の大問題である。


 もちろん、改造にはそれ以外の理由もある。この改造は、素材の錬成に続く自領の立て直しの一環でもあるからだ。


 改造を始めたここでも役に立っているのが、ランディが狩ってきた魔獣素材と生産魔法クラフト、そして古の大魔法使いエレオノーラすら認めるエリザベスの高い魔力である。


 ゼロから道具を作るには、かなり膨大な魔力を要する。ランディが持つ人並みの魔力では作れないような道具――ジャッキや簡易的な工具に至るまで――を、チートな令嬢が形にしているのだ。


 もちろんベースはランディの持つ前世の知識だが、図面一つで形にするにはエリザベスの魔力と聡明な頭脳あってのものだろう。


 そうして車軸固定の原始的な板バネを外し、これまたランディが図面を引いた板バネ――圧縮コイルばねよりは作りやすかった――と新たに独立した車軸をエリザベスが作った。


 その取付作業が先ほど終わったわけだが……


「では検証といきましょうか」

「はい」


 エリザベスを馬車に、そしてランディは御者台へ。馬を繋いだ馬車がゆっくりと動き始めた。


(おお! これはいいぞ。独立懸架と魔獣素材バンザイだな)


 車輪ごとに板バネを設置したお陰で、確実に今までの馬車よりも揺れが少ない。それぞれが独立して衝撃を吸収できる上、試行錯誤した素材が良い働きをしている。今までついていたのは、「本当に衝撃を吸収する気があるのか」と言いたくなるくらい堅い板バネだったのだ。


(バネ形状だとか、まだまだ改良の余地はあるが……)


「エリザベス嬢、高級品と比べていかがでしょう?」

『凄いです! こちらの方が揺れが少ないです』


 客室から聞こえる籠もった声は、分かりやすいくらいに喜びに跳ねていた。





 ひとしきり検証を終えた二人は今、ハリスンを始め屋敷の人間で馬車に乗る機会がある人々に乗り心地の検証をしてもらっている。と言っても父アランと家令のキースくらいだ。


 三人ともかなりの好感触だが、特にハリスンには一番ウケが良かった。ここ最近ランディの従者として馬車に乗る機会が最も多いので仕方がないだろう。ハリスンの喜びは、今や感心した眼差しとなってランディへ注がれていた。


「いやあ。若が神童って噂されてた事を思い出しましたよ」


 つぶやくハリスンの言葉に「神童、ですか?」とエリザベスが、らしくない驚きの声をあげていた。


 己の反応を恥じたのだろうか、エリザベスは引っ込んでしまい今はケラケラと笑うエレオノーラがその身体を支配している。


「小僧が神童……のぅ?」


 ニヤニヤと顔を近づけてきたエレオノーラの額を、ランディが指で押しのけた。


「敬えよ。大魔法使い」


 悪い顔で笑うランディに、「ほぅ?」とエレオノーラも悪い顔を返した。


「まあ当面の金策が立った事は認めてやろう」


 尊大に頷くエレオノーラが、馬車の下を覗き込み「まあまあの金になりそうじゃ」とランディを振り返った。


「悪いが、俺この技術を公開するつもりはねーぞ」


 鼻を鳴らすランディに、ハリスンとエレオノーラが同時に「は?」と声を漏らした。エレオノーラが自問するように「どういうことじゃ」と呟く様子を見るに、どうやらエリザベスもある程度纏まったお金が入る、と期待していたのだろう。


「若、折角の改造じゃないですか? しかも自領の素材が使える……。素材・加工・納品と一貫して出来たら、かなり金になると思いますが?」

「ああ。金にはなるだろうな」


 頷いたランディに、ハリスンとエレオノーラの「なぜ?」と言いたげな視線が突き刺さった。


「金にならないからだ」


 その言葉で父アランとキースは「なるほど」と頷き、対照的な三人が一斉に疑問符を顔に浮かべた。お金になるならいいじゃないか。そう言いたげな三人に、ランディはこの技術を売りに出した時考えうるリスクを説明する。


「一番の問題は、これを作れるのが俺とエリザベス嬢だけ、ってことだ」


 現状生産魔法が使えるのは、二人だけなので仕方がない。だがそれが招く事態は仕方がないでは済まされない。


 発注への対応、修理、改良、それら全てを二人で対応しないといけなくなる。いかに生産魔法を使って一瞬で作れると言っても、数が多くなれば労力も比例して増加する。


 当面の資金のため、魔獣の死骸を素材へと変えるのとはわけが違う。ランディはエリザベスを便利な道具にするつもりなど毛頭ない。


「第二に、このままだと、どこかの誰かに真似されて一瞬で終わりだ」


 生産性の少なさは、類似品の普及へと繋がる。生産性が同じ状況で真似をされても問題はない。相手は魔の森産の素材を使うことが出来ないからだ。


 だが生産性が勝る相手なら、安価な素材で価格勝負を仕掛けてくるだろう。


 生産体制の整わないランディ達。

 頑丈とは言え消耗品なのは変わらない。

 加えてランディ達は無名過ぎる。


 結果は明白。相手にシェアを奪われる未来が待っているだけだ。シェアを奪われてしまえば取り返す事は容易ではないのだ。


「つまり、ランドルフ様は量産体制を敷くまで、これを世に出すつもりはない……と?」


 戻ってきたエリザベスに「少しだけ違います」とランディが微笑んだ。


「違う、とは?」

「この技術を公開するのは、私ではなく別の人間……」

「つまり、技術だけを売り渡すと?」


 小首をかしげたエリザベスにランディが頷いて続ける。


「売る相手は選びますよ。他が手を出せないような、そして生産性の高い人間を選んで技術を売ります」


 そう。ランドルフは、力のある相手にこの技術そのものを売り、そのネームバリューと生産性を持って一気にシェアを獲得する気だ。ランディ達が売るのはあくまで一人。そしてその相手は既に決めてある。


 エリザベスの実家であるブラウベルグ侯爵家だ。


 海路を持ち、優秀な人材を多く抱えるブラウベルグ侯爵家であれば、この技術にいい値段をつけてくれるだろう。聞くところによると、最近では自領でドワーフを雇い加工貿易も行っているくらいだ。


「なるほど……そういう事ですか」

「さすがエリザベス嬢ですね」

「どういうことじゃ!」


 割って入ってきたエレオノーラと、未だ理解していないハリスンへ、エリザベスがランディの考えを説明している。


 この方法の最大のメリットは、エリザベスの負担を少なくしつつシェアを独占出来ることだ。シェアの独占……それが示すのは、素材の需要である。


 他での代用も出来なくはないが、やはり高位魔獣の素材だけあって性能と頑丈さは折り紙付き……ようはランニングコストを考えると、魔の森産の素材を使うほうが安上がりなのだ。


 そしてゆくゆくは、素材を作り出す職人を雇い入れる算段である。ランディが目指すのは、領全体の発展だ。雇用を作り出し、産業を活性させる事を目的としている。


 自分だけにしか作れない物に頼るなど、ランディからしたら論外だ。それは結局歪な発展でしかないし、ランディやエリザベスの足枷にしかならない。


 領が活発になれば、自然と出来ることも増える。

 出来る事が増えれば、選択肢が増える。

 選択肢が増えれば、不測の事態にも強くなれる。

 強い領は更に活発になる。


 この技術はそのための布石にすぎない。今までは知識だけで形に出来なかったモノたちを、チートなエリザベスが形にしてくれるのだ。それを上手く活用できるかはランディの手腕にかかっている。


 先ほどエレオノーラに「敬え」と言ったが実際ランディ自身、《神童》などと呼ばれていた事は知らない。知らないが、前世の知識を持った人間だ。幼い頃の受け答えで、周囲の人間が自分にどんな印象を持っていたかくらい認識している。


 別に前世の知識を使う事に躊躇いなどない。便利になるなら、何でも使えばいい。それがランディの信条だ。とは言え今までは知識だけでそれを形にする術が無かった。


 そこに降って湧いたのが生産魔法クラフトとエリザベスだ。賢さに加えて魔力の面ではエリザベスにもエレオノーラにも到底敵わないだろう。


 だがしたたかさという面では負けるつもりはない。


 知識の使い方。

 技術の使い方。

 交渉の仕方。


 神童などという評価に興味はないが、苦労をかけ続けた使用人達が込めてくれた期待だ。加えてエリザベスが頑張って形にしてくれた技術もある。


(本気で頑張るか)


 ここは学園ではない以上、自重する必要もない。目立っても問題ない、と父アランを振り返った。


「好きにすると良い。この件は、お前の発案だからな」


 ランディが何か言う前に、意図を汲んだのだろうアランが微笑んだ。ある程度の話を通していたが、理解ある父親というのはランディにとってもありがたい。


 アランからの許可も下りたことだ、とランディはエリザベスに微笑みかけた。


「まあ以後は私にお任せ下さい。商談の席には同席願うかと思いますが」


 どこか心配そうなエリザベスには悪いが、取引相手を明かすわけにはいかない。父アラン曰く、先方からエリザベスには内密にするよう強くお願いされているらしいのだ。


 どうも勝手に出ていった事に対する意趣返しらしい。


 まあ端的に言えばサプライズをしたいのだろう。大貴族と聞いているが、娘のことになるとお茶目な人のようだ。


「親父殿、先方はなんて?」

「そうだね。恐らくあと二、三日で公国につくらしいし、一週間とかからずにお見えになるかと」


 にこやかに微笑む父アランが、流石の手練手管だとブラウベルグ候の弾丸ツアーを説明してくれた。どうやら娘に会いたい一心で、ブラウベルグ夫妻はかなり早い段階で向こうを出立したらしい。


 聞くところによると、変装し、旅人のふりをして海路を経て水路にて公国へ入国予定だとか。


「全く驚いた御仁だよ。『冒険者に護衛されるなど、中々良い経験だ』と仰るくらいだから」


 肩をすくめたアランに、ランディは内心(娘大好きすぎんだろ)と苦笑いが止まらない。とは言え大事な商談相手でもある。折角向こうから出向いてくれるなら、これを利用しない手はない。


 ランディが満面の笑みで、ハリスンへと振り返った。


「ハリスン。仕事をやろう」

「嫌な予感がしますが」

「先方を迎えに行ってくれ」

「嫌ですよ! だって相手は大k――ムグゥ」


 禁句を口走りそうになったハリスンの口は、目にも止まらぬランディによって塞がれた。それでもフルフルと首を振るハリスンに、ランディが彼にしか見えない角度で悪い顔を浮かべた。


「いいか。この馬車で迎えに行く意味が分かるな? お前のプレゼン次第で技術の評価が上がる可能性がある……つまり、言いたいことは分かるな?」


 言外に含まされた成功報酬の話題に、ハリスンが一瞬目を見開いてゆっくりと頷いた。




「よし。じゃあ頼んだぞ」


 上機嫌に馬車を駆るハリスンが、「いやぁ、揺れが少ないっていいっすね」と笑いながら屋敷を後にした。


「まあ、報酬にお金がもらえるとは限らんがな」


 苦笑いを浮かべたランディの言葉は、ハリスンの背中には届かない。


「あの……大丈夫でしょうか?」

「問題ありません。アレでやる男なので」


 小さくなった馬車を見送るランディだが、今の発言は本心だ。ランディ同様口は悪いが、剣の腕も立ち、なにより人当たりが良い。ハリスンならば上手くやるだろう、とランディはエリザベスを屋敷へと促した。


「さて、我々はお見えになる方を迎え入れる準備をしましょうか」

「はい」

「とりあえず、先制パンチ用にコーヒーを美味しくしましょう」

「コーヒーですか?」


 楽しげに屋敷へと消えていく二人の背中を、キースとアランが笑顔で見守っていた。

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