第5話 キャサリン〜狂い出す運命の歯車〜

「あー、サイコー!」


 浮き輪に揺られながら、私は思わず青空に向けて歓声を挙げてしまった。思った通りに事が進みすぎてるのだ。喜びを叫んだとしてもいいだろう。乙女ゲーム『運命の聖女と厄災の輪舞曲』――通称『うせやろ』だとか言われていたゲーム――に似た世界に転生した時はどうしようかと思ったけど……。


「さっすが愛されヒロイン、キャシーだわ」


 揺られる浮き輪の上から、ビーチをちらりと振り返る。そこにいるのは、水着姿が眩しい攻略対象である男子たちだ。


 王太子、エドガー・ロア・アレクサンドロス。

 宰相子息、ダリオ・ワイスマン。

 法務卿子息、クリス・ロウ

 騎士団長子息、アーサー・ランス。


 誰も彼もが父を継ぎ、この国の重鎮になるだろう事が約束された人物たち……まだ攻略ルートが開いたのは、王太子のエドガーだけど全然問題ない。というか、エドガーは攻略も何もないの。


 だってメインストーリーが、婚約者のエリザベスを追放しないと始まらないんだから。


 可哀想なエ、リ、ザ、ベ、ス(笑)……今頃は魔の森を彷徨っている頃かしら。いえ恐らく近くの


 ゲームでは国外追放の憂き目にあったエリザベスは、下心丸出しの護衛たちに魔の森へと連れ込まれ、襲われそうになる。近くにあった石で護衛を殴り飛ばした時、仰け反った護衛が封印の一角を担う祠を壊すんだったっけ。


 そしてこのゲームのラスボス、魔女エレオノーラに魂を乗っ取られるの。メイドもろとも護衛を皆殺しにしたエリザベスは、我に返ったあと失意の中森を彷徨い、近くの貧乏子爵に拾われる。


 でもジワジワと魂が侵食され、ついにはエレオノーラとして復活し、公国が滅ぼされてしまう。


 そして、私と心を通じ合わせた攻略対象達がエレオノーラ……いえ、エリザベスを倒して世界はハッピーエンドになる。そんなゲームよ。何周もしたからイベントも選択肢も全部覚えてる。


 そして、二学期からは攻略対象との絆を深めつつ、打倒エリザベスのために戦闘の経験も積まないと駄目なのよね。まあ、戦うのはあっちにいる皆なんだけど。


 私は聖女として皆を癒やすだけだし。


 戦いは皆に任せて、私はのんびり後ろで見学。だってそうでしょ? 平和な日本で育った私が戦えるわけ無いじゃない。ゲームでもキャシーは後ろで皆を癒やすだけだったし、大丈夫でしょ。


 それよりも、ああ。本当に、本当にか、わ、い、そ、う、な、エリザベス。私を虐めるから……実際には何もしてないけど。あのお高い雰囲気が嫌いなのよね。自分で何でも出来ます、って自立してる風の女ってやつ。嫌いだわ……あー、思い出すだけでも腹が立つわ。


 やれ淑女らしくないだとか。

 やれ聖女としての自覚を持てだとか。


 鬱陶しい事この上なかったわ。だからいい気味よ。怖い目にあって、魔女に体を乗っ取られて、絶望の縁で最後に私とあなたの婚約者に殺されるの。あ、元婚約者だったわ。


 それにしても一つ気になるのは、ゲームではもう少しエリザベスが反論してきた気がするのよね。もちろん、それに対する選択肢も覚えてるから、反論してきても問題ないんだけど、ただ黙ってたのが少し気味が悪いわ。


 もしかしたら、エリザベスも私と同じ転生者だったりして……。それはないか。だって、そうだとしたらクソ雑魚すぎて、転生しない普通のエリザベスの方が手強いんですもの。


 まあそのせいでブラウベルグ侯爵家への制裁が少し弱くなっちゃったけど、まあ関係ないわよね。そのうちエリザベスの死亡説が流れて、あの家がそれに怒って謀反を起こすんだから。


「おーい! キャシー!」

「はぁーい」


 エドガーが呼んでるわ。行かないと。とりあえず浮き輪から降りて、浅瀬を歩くと駆け寄ってきたエドガーが手を取ってくれる。


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですぅ」


 いいわー。流石ハイスペックイケメン。こうしてナチュラルに手を差し出してくれる所とか、もう最高。気分はまさに一国のお姫様。エドガーに手を引かれながら、優雅に砂浜へと戻った私を前に、待ってましたの言葉が聞かされる。


「どうも近くに古い遺跡があるらしいんだ」

「二学期からは、ダンジョン実習もありますし」

「僕らで一回攻略して見ようかと思うんだけど」


 口々に言う彼らを前に、私は内心ガッツポーズを隠せない。何せコレは重大イベントの一つ、【戦闘チュートリアル】と【ステータスウインドウ拡張】なのだ。サブイベントなどではなく、メインのイベントだが、学外で起きるイベントなので、ちゃんと起きるか少し不安だったのだ。


 エドガーに頼み込んで、リゾート地まで来た甲斐があったわ。でもここでいきなり頷いちゃ駄目。


「えぇー。遺跡とかぁ、恐くないですかぁ?」


「大丈夫だ。キャシーは俺が守る」

「俺もいるぜ!」

「私も魔法には少々覚えがありますし」

「ぼ、僕も!」


 将来の王、騎士団長、宰相、法務卿……ああ。なんて気持ちいいの。ハイスペックイケメン達が私のために頑張ってくれるなんて。最高すぎて鳥肌が立つわ。これは二学期からも気合を入れて、彼らの婚約者を追放しなくちゃ。だって、彼らに相応しいのは、絶対私だもの。あんなエリザベス二号や三号には彼らは勿体ないわ。


 まあそれよりも今は、イベントを進めようかしら。


「大丈夫だキャシー。俺達を信じろ」

「皆さんがぁ、そこまで言うなら」


 上目遣いで皆を見ると、誰も彼もが顔を赤くしちゃってる。フフフ、この程度でこんな反応とか、ヌルゲーすぎでしょ。


 ひとまず水着の上から上着を引っ掛けた私を、同じ水着と上着姿のイケメンたちが囲んで歩きだした。


「このままの格好でいいんですかぁ?」

「大丈夫だ。村の人の話だと、ゴブリンとかスライム程度しか出ないらしいからな」


 水着姿で剣を持つエドガーは、スチルで何回も見たあれと同じだ。割れた腹筋を伝う雫……これが実際に見られるとか、眼福ものよね。


「エドガーさまがぁそう言うなら」


 柔らかく微笑んでおけばオッケーでしょ。実際ゲームでも超雑魚しか出ない、戦闘モードのチュートリアルステージだし。





 うっわ。汚っい遺跡ね……さっさと目的の物を取ってまたビーチでのんびりしたいわ。


「なんだか、怖そうですぅ」

「俺の側から離れるなよ」


 ああ、エドガー優しいー。やっぱこれだけのハイスペックイケメンは、私くらいの女じゃないと釣り合わないわ。ハイスペイケメンに囲まれて、全く危ないこともなく進む私は上機嫌。もう気分はお姫様どころか女王様って気分かしら。


 ちゃんと私のバフも効果を発揮してるみたいで、いつも強い四人は、今直ぐにでも魔女を倒せるんじゃないかってくらい頼もしい。


 一気に遺跡を探索した私達の前には、見覚えのある最後の扉――あの先に、ステータスウインドウを拡張するクラフトと、おまけのコピースクロールがあるのよね。


 クラフトは今後アイテムとかを作れるようになるの。中盤でアイテムボックス拡張を手に入れるまでは、マジックバックを作ったり、後は単純に金策用かしら。


 他にもやりこみ用に、最強の武具を作れるらしいんだけど、エレオノーラ相手には、私の神聖魔法が特効すぎて武具はなくてもいいのよね。


 そもそも私は拡張前とは言えアイテムボックスもあるし、マジックバックも買ってもらった。だからクラフト自体はなくてもいいんだけど、実は一緒にコピーのスクロールがあるのよね。


 普通なら私の光魔法をコピーして、エドガーに覚えさせるのが一般的なんだけど、実はクラフトをコピーして使うと、クラフト二倍ってチートバグが使えるのよ。


 これを使うだけで、序盤の金策がかなり楽になるから、やっぱりあると助かるかしら。うーん。でもクラフト面倒なのよね。自由に色々出来るって売り込みだったけど、そもそも乙女ゲーのユーザーには響かないし。


 単純に古代魔法のスクロールって事で、売っちゃっても結構な値段になるし、売ってもいいかしら。


 ボンヤリと考えていた私の目に飛び込んできたのは……


「え? 動いてる……?」


 ……確実に動かされた棺だった。もちろんその下にあったはずのスクロールもない。


「なんだよ、空っぽか」


 アーサーが棺の真ん中を蹴った。そう、それは知ってる。本来なら今のキックで変な音がして、この下に空間があるって分かるやつじゃないの?


 というかそもそも、これって私のバフが掛かってる四人全員で押して、初めて動くレベルの重さじゃないの? 


 混乱する私と違い、私のナイト達は「なんだ。やっぱ初心者用ダンジョンだな」とか言って、宝が無いのを納得してるし。


 意味分かんないんだけど。欲しいドレスとか、宝石とか沢山あったんですけど。私のお金、どうしてくれんのよ。


 思わず爪を噛んだ私に、エドガー達が「キャシー?」って首を傾げてる。


「い、いえ。皆さんが頑張ったのに、残念だなぁって」

「お前は優しいんだな」


 そうじゃないけど……エドガーが優しく頭を撫でてくれたからいいわ。やっぱイケメン無罪よね。それにドレスも宝石も、皆に言えば買ってくれるし、今はいいわ。


 エドガー達の強さも分かったし、少しだけゲームとは違うところはあったけど、大丈夫よね。




 一方その頃――




「いやあ。ヴィクトール領もついに職人を雇ったのですね」

「まあ、そんなところです」


 ホクホク顔の行商人を前に、ランディは口角が上がるのを抑えられないでいた。エリザベスと二人、死骸の切れ端を低品質の素材へと生成した結果は、もちろん大満足だった。もちろんまだまだ高値とはいい難い値段だが、明らかに買取額が増えている事は明白だ。


(夏季休暇は忙しくなりそうだな)


 キャサリンは知らない。確かに子爵領でエリザベスが保護されているが、古の大魔法使いと、超絶脳筋転生者が彼女に全面協力している事など。そしてそれが、彼女の運命の歯車を大きく狂わせているなど、全く知るよしもない。



※宰相子息の名前を、ヴィクターからダリオへ変更しています。先の話でコメントに「ヴィクター」の表記があるかと思いますが、全てダリオの事です。

ヴィクターとヴィクトール家を混同してしまうための措置です。

読者の方々にはご迷惑をおかけしますが、ご了承下さい。

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