第6話 サプライズは根回しと準備が大事

 生産魔法、もといクラフトの能力を手に入れたランディとエリザベスは、興味の赴くまま様々なものにクラフトを試していた。今はまだ素材を精錬する程度の能力だが、エレオノーラ曰く、クラフトの名の通りランクが上がれば、様々なアイテムを作り出すことが出来るらしい。


 この能力を特に気に入っているのがエリザベスだ。


 まるで玩具を与えられた子どものように、毎日様々な物を精錬しては、その効果をノートへと書き連ねている。エレオノーラの話によると、彼女の生産魔法は近い内に強化されて、アイテムを錬成出来るようになる見込みらしい。


 とは言え、嬉しいばかりではない。二人がその能力に物を言わせ、魔獣を狩り、死骸を素材へ精錬し、行商へと売りつけ……を続けた結果。


「これ以上は流石に我々では――」

「あ、やっぱりですか?」


 行商人のキャパをオーバーしてしまい、結局不良在庫を多く抱える事となってしまった。


 倉庫の中で山のように積み上がった素材を前に、ランディは苦笑いでエリザベスを振り返った。


「そもそもの需要が少ない素材ですし」

「海の向こうにでも販路を開ければ違うのでしょうが」


 思いついたようなエリザベスだが、その表情を一瞬だけ曇らせた。


(ああ、確か実家は海洋貿易が盛んだったか)


 ランディですら知っている、ブラウベルグ家と言えば、王国の南西部に巨大な港を構え、異大陸との貿易で莫大な財を築いた一族だということを。貴族でありながら、自前の商会を持つ、やり手商人の顔も持っていることを。


 明らかに実家を思い出しているだろうエリザベスに、ランディが口を開いた。


「ドワーフあたりなら、喜んで買ってくれるかもしれない、ですか?」


 少し意地悪な気がするが、彼女のビジョンをランディは拾うことにした。無理に話題を逸らすのは、腫れ物に触るような扱いな気がして嫌だったのだ。


 ランディの踏み込んだ質問にエリザベスは一瞬驚いたものの、「ええ」と少しだけ微笑んでみせた。


「異大陸のドワーフ。彼らなら、こういった頑強な素材に興味を示しそうです」

「異大陸に海路ですか……領の端に大河に面した寂れた漁村があるんで、使うとしたらそこですかね」


 大河に面した寂れた漁村。今ちょうど母グレースと弟妹が里帰りしている場所だ。漁村とは名ばかりで、今やほとんどの村民が出稼ぎに出るような寂れた場所である。そこを港にするなど、かなり非現実的な話ではあるため、今はどうしようもない。


「ひとまず次の目標はアイテム作成にしましょうか。素材をアイテムに出来るようになれば、また色々道が開けますし」


 ランディも話は終わりとばかりに扉に手をかけた……が、ふと思いついた事でエリザベスを振り返った。


「エリザベス嬢――」


 ――ご家族が心配ですか?


 その言葉をランディは飲み込んだ。今この質問をしたところで、ランディにもエリザベスにもどうしようもないのだ。そもそもランディはエリザベスの実家が、彼女の放逐にどこまで関わっているかも知らない。


 何となくエリザベスの家族は無関係だろう、とは思っているが確証があるわけではない。


 だから今はまだこの質問は出来ない、と一度吐き出しかけた言葉を飲み込んで、別の言葉を紡いだ。


「――エリザベス嬢、頑張るのは良いですが、あまり根を詰めすぎないように」

「心得ております」


 優雅にお辞儀を返したエリザベスを残して、ランディは彼女の執務室を後にした。







「坊ちゃまの彗眼には感服いたしますな」


 執務室を出たランディに、不意に現れたキースが微笑んだ。神出鬼没の彼に、「急に現れんなって」とランディは驚きながらも、バツが悪そうに頭を掻いた。なんせ、自分の手柄があるとしたら、重たい石の棺を動かしたくらいだ。あとは、この妙なステータスウィンドウをエリザベスに分け与えたことも、か。


「おだてても何も出んぞ?」


 小さくため息を返すランディに、キースは「本心でございます」と頭を下げた。


「それで? 急に現れたってことは、?」


 ランディの言葉に、キースは首を振るだけで応えた。


「口は堅い、か」

かなり打ち明けてはいますが、その一点だけは頑として口を割らない模様です」


 見上げた忠誠心です、と続けたキースにランディが分かったと頷いた。


「俺が直接聞こう。リタは何処に居る?」

「ご案内しましょう」









 先導するキースに従い、ランディは屋敷の中を突切り中庭へと繰り出していた。そこで見かけたのは、洗濯中のメイドだ。キースの言っていた通り、リタは楽しそうにお喋りと洗濯に励んでいた。


(打ち解けたようで何よりだな)


 少しだけ安心したランディのため息に、一人のメイドが気がついたように顔を上げた。


「あれ? 若どうしたんです?」


 一人のメイドが上げた声に、全員がランディに気づいて立ち上がった。礼を取ろうとする彼女たちを、ランディが慌てて止める。彼女たちのテリトリーに入り込んだのに、更にその手を止めるのは流石に申し訳ない。


「悪いがリタを借りていいか?」

「構いませんが」


 訝しむメイドに、「なに、の面談だ」とランディは本筋を濁してリタを手招きする。楽しげだったリタの表情が、困惑に染まるのを申し訳なく思いつつ、ランディは直ぐ済む、とリタを洗濯場から少し離れた中庭の端へと促した。



、私に何か御用でしょうか?」

「お前まで若って……」


 頭を抱えるランディだが、今そこを突っ込んでいる暇はない。気持ちを切り替えるように大きく息を吐いたランディが、リタを真っ直ぐに見据えた。


「侯爵家と連絡が取りたい」


 その一言で、リタの肩が大きく跳ねた。


 不安。

 焦り。

 疑念。

 恐怖。


 それらが混じる瞳の奥底に、チラリと見える期待の色をランディは見逃さなかった。


「エリザベス嬢は世界に捨てられた……そう言ったが、違うな?」


 単刀直入に聞くランディに、リタは慌てたように「な、何のことでしょう?」と視線を逸らした。


「どうせ彼女のことだ。実家に迷惑がかかるくらいなら、自分一人が犠牲になれば良い……そんな考えだろう?」


 的を射たランディの発言に、リタが思わず目を見開いてランディを見た。


(当たりか)


 内心大きく息を吐き出したランディだが、当てずっぽうで言ったわけではない。以前見た彼女のステータス画面。そこにハッキリと書かれていたのだ……『侯爵令嬢』という文字が。


 彼女が本当に家から放逐されているなら、彼女が本当に家と関係を絶ったなら、『元』が付くはずだ。それが付いていない。つまり、彼女を国外へと出したのは、彼女の家族の意志ではない。その事実とエリザベスの性格を鑑みれば、容易に当たりはつく。


 実際キースも父アランも同じ意見だ。


「こ、侯爵家に連絡を取ってどうするんです?」


 怯えるリタが、「お、お嬢様とは、もう何の関係もありませんよ」と慌てたように続ける。彼女と彼女の意思を必死に守ろうとする忠臣の姿に、ランディは思わず微笑んでしまった。


「別に悪いことをしようってわけじゃない。向こうの出方を伺うだけだ」

「出方……?」


 首を傾げるリタに、ランディが何を考えているか説明する。


 既にエリザベスが国外へ出てから一週間以上が過ぎた。行方の途絶えたエリザベスは、既に王国内部で死亡説が囁かれている。もちろんその噂は公国にも入ってきている。


 そう、あくまでも噂だ。


 王国側も追放した人間の生死を、外国へ頼むわけにはいかない。そもそも正規の手続きすら踏んでいない国外追放だ。無理を通せば痛い腹を探られる羽目になる。


 公式に死亡を発表出来ないが、十中八九死んでいるだろう状況。だから死亡説。そこで、ランディは彼女の実家へ、彼女の遺品らしきものを見つけた、と連絡をいれるつもりだとリタへ明かした。


「遺品に対する態度で、ある程度だがブラウベルグ候のエリザベス嬢への思いがわかるだろ」


 要らないと突っぱねるなら、エリザベスの生存を伝えるつもりはない。

 要ると言うなら、彼女に寄り添えるなら、エリザベスの生存を伝えて安心させるくらいは出来る。


「要る、と仰るに決まってます」

「えらく自信があるな」


 真っ直ぐ見つめ返すリタに、ランディは思わず鼻を鳴らしてしまった。娘が大事なら、もっと上手く立ち回って護衛の一人や二人潜り込ませられただろうに。それすら出来なかったくせに、何を今更……そう口には出さないランディだが、リタは察知したように黙って首を振った。


「自信しかありませんよ。旦那様だからこそ、私をねじ込めたのですから」


 リタがそう言って聞かせたのは、エリザベスが実家からの援助という援助を全て断り、王家と聖女の采配に身を委ねた事だ。それでも身の回りの世話をする使用人くらいは、とブラウベルグ候が王家へ頼み込んでリタを派遣することが出来たのだ。


「侯爵家の方々は、お嬢様を愛していらっしゃいます。そしてその逆もまた――」

「だからエリザベス嬢は、侯爵家の迷惑にならないように、一人追放された、と」


 その言葉にリタが頷いた。


「キース、どう思う?」


 ランディは隣で黙ったままのキースを、チラリと見やった。


「信用しても、良いかと」


 髭をさすったキースが、リタの立場でエリザベスに不利になるような発言をするとは思えない旨を説明しだした。


「同感だな」


 ランディがその説明に頷いた。忠誠心などもあるだろうが、仮に打算的思惑で同行していたとしても、ここで嘘を付くメリットがリタには全く無いのだ。その確認が補完された以上、やるべき事はただ一つである。


「なら生存報告のほうが良いな」


 ランディが呟いた言葉に、リタが慌てて大きく頭を振った。


「侯爵家もお嬢様も、どちらもお互いを思い合っております。ですが、お嬢様は侯爵家の方々に迷惑をかけぬよう――」


 縋るようなリタの瞳にランディは小さくため息を返した。


「お前の気持ちもエリザベス嬢の気持ちも分からなくないが……」


 言葉を切ったランディが、声のトーンをわずかに落とした。


「娘大好きの侯爵が、むざむざ娘を殺されて黙ってると思うか?」


 ランディの言葉にリタが大きく息を呑んだ。


「で、ではどうすれば……」

「侯爵家にエリザベス嬢の生存を伝えるしかないだろう。秘密裏に、な」

「ですがお嬢様の意思は……」

「心配すんな。エリザベス嬢に悪いようにはしない。彼女はウチの大事な稼ぎ頭だからな」


 ランディの真剣な瞳に、リタがようやく首を縦に振った。リタの協力が得られた以上、もうやることは一つだ。


「キース、親父殿に――」

「もう預かっております」


 そう言ってキースは懐から、封蝋された手紙を一つ差し出した。既に準備万端の父と家令に、ランディがしてやられたという顔を見せた。


「十七年、坊ちゃまを見てきておりますから」


 してやったり、というキースの笑顔に、ランディが顔を引きつらせつつも笑みを返す。


「なら、決まりだな。親父殿への連絡は頼むぞ」

「かしこまりました」


 キースが恭しくお辞儀をするのと同時、「あ、あの」とリタが声を上げた。


「お嬢様が安住の地へとたどり着いたなら使え、と」


 リタが取り出したのは、鳥の形をした魔道具だ。


 ――メールバード。この世界における連絡手段を担う魔道具だが、値が張るため平民がおいそれと所持できる物ではない。


「宛先が記入されてるな?」

「はい。ブラウベルグ侯爵邸です」


 頷いたリタがメールバードを差し出した。


「お嬢様の事、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げたリタに、ランディが頷いてメールバードを受け取り「任せとけ」と手を挙げた。立ち去るランディの背中に、もう一度リタが頭を下げた。



 リタの期待を背中に受けランディの足は、気がつけばどんどんと速くなり……自室へとたどり着く頃には既に駆け足に近い状態だった。


 窓を開けキースから受け取った手紙をメールバードの背に乗せた……淡く光手紙が消え、同時にメールバードが輝きながら飛び立つ――。


 青空へと飛び立つメールバードの軌跡を、ランディは暫く眺めていた。

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