第4話 三人よれば文殊の知恵

 エリザベスがヴィクトール領で文官として働き始めてから数日……学園一の才女と名高い彼女は、執務室で頭を抱えていた。


「魔の森に痩せた土地……思っていた以上に酷いのですね」

「でしょ?」


 何故か自慢げなランディは、既に口調や態度が崩れてきている。頑張って猫を被ってはいるのだが、そもそもがずっと猫を被り続けるなど器用な事が出来る男ではないのだ。そのせいで学園でもなるべく人との関わり合いを避けていた節すらある。


 とは言え流石にハリスンやその他に対する態度と比べると、まだまだマシだ。ランディと言えどその程度の弁えくらい持っている。


「ウチの貧乏さは、この国でも有名ですから」


 偉そうにすることでもないのだが、と言いたげなエリザベスの視線にランディは肩をすくめるだけで応えた。


「主な収入は魔の森で取った魔獣の死骸ですか……」


 机に積まれた書類を捲ったエリザベスが「うーん」と唸る。領民の多くが痩せた土地を耕し頑張って小麦などを作っているが、それだけでは足りない。故に多くの住民が魔の森で魔獣を狩り、肉を食って、皮や牙を行商へと売って足りない作物を買い足しているのだ。


 そんな状態だから、税収などほとんどない。


「騎士や使用人達の給金はどうしているのですか?」

「それは、俺」


 再び胸を張るランディに、エリザベスが小首を傾げた。だがランディが魔の森で魔獣を狩っている事、それがそのまま騎士や使用人の給金に変わる事を知った頃には、再び頭を抱えていた。


「なんて行き当たりばったりなんですか……」


 思わずと言った具合にもれたエリザベスの言葉に、ランディは苦笑いを返すだけしか出来ない。実際は父アランが痩せた土地を何とか改良しようと日々研究を続けているのだが、その成果はほとんど出ていない。


 転生者であるランディも、うろ覚えの知識で父を助けてはいるが、如何せん農業に関しては完全ド素人だ。付け焼き刃の知識では、焼け石に水なのが現状である。


「ひとまず、を見せてもらうことは出来ますか?」


 立ち上がったエリザベスに、「まあ、いいですが」とランディが渋々部屋の外へ出た。


(正直ご令嬢に見せられるモンじゃねーんだが)


 ランディの思いを知ってか知らずか、エリザベスが鳴らす靴の音はどこか楽しげだ。









「さて、ここに俺が取ってきた魔獣の一部が置いてあります」


 ランディが指すのは屋敷の裏手にある大きめの倉庫だ。ランディだけでなく、騎士たちが取ってきた物も置いてあるため、倉庫の大きさは中々のものである。


「これを」


 ランディがエリザベスに差し出したのは、綺麗な布だ。


「もうすぐ行商が来るので、中は結構充実してまして……一応ある程度の処理はしてありますが」


 苦笑いを浮かべたランディが観音開きの扉を押し開くと……倉庫の中から何とも言えない強烈な臭いが吐き出された。


「な、何ですかこの臭い――」


 むせるエリザベスに、「うちの特産品です」とランディが苦笑いで振り返る。


 皮。牙。角。毛。骨……魔獣から剥ぎ取った様々な部位。剥ぎ取りの後ある程度の処理をしているとは言え、やはり死骸の一部だ。臭いが発生してしまうのは仕方がない。


 あまりの臭いにエリザベスはノックアウト寸前である。仕方がない、とランディは一人倉庫へと入って昨日取ってきたばかりの皮を手に外へと出た。


「これ、昨日取ってきたやつです」


 涙目のエリザベスに差し出したのは、黒光りする何かの革だ。生々しいそれにエリザベスが思わず息を飲んだ時、その髪色が黒へと変わった。


「ほう、ブラックサーペントか。小僧、貴様中々やるではないか」


 カラカラと笑うエレオノーラに、「そりゃどーも」とランディは適当に返事をした。


「小僧、中を見ても良いか?」


 エリザベスと違い、すえた臭いにも大丈夫そうなエレオノーラがランディの許可を待たずに倉庫の中へと消えていった。そうして暫く、出てきたエレオノーラは怪訝な表情だ。


「見た所、中々高位の魔獣の一部がちらほらあるな……大ぶりの魔石もあるし、なぜこれで首が回らん?」


 眉を寄せるエレオノーラに、ランディはため息を返した。


 死骸は所詮死骸である。

 加工費や下処理代を考えれば、皮や牙の買い取りなど二束三文にしかならないのだ。特に高位魔獣の解体には高い技術とそれに伴う大きな金額が動く。

 加えて部位の剥ぎ取り方にも問題がある。高級素材もボロボロでは形無しだろう。


「剥ぎ取りもマシにはなったが、如何せんいつ襲われるか分からんからな」


 ため息をつくランディが、他にも需要の少なさなどを説明する。それは魔石も同様だ。高位魔獣の魔石が有難られたのは、一世代前の話である。


 今や中位魔獣の魔石を高効率で変換できる技術が確立している。そのお陰で魔石全体の価格が下落しているのに、加工が難しく、変換器を通せない高位魔獣の魔石など、超ハイリスク・超ローリターンの産廃扱いだ。


 素材についても処理に技術と大金が発生する。


 つまり必然的に素材の値段は上がる……。素材が高価であれば作られる物の値段は言わずもがな、である。この時代、そんなものは酔狂な金持ちか、細々とした武具への需要しかない。


 つまりランディ達は、買い叩かれる中位魔獣の魔石と、細々とある武具などの需要で食いつないでいる状態である。


「加工……下処理、それに需要か」

「これ、魔石はおいとくとしても、素材採取から加工まで用意できたら、かなり成長余地があると思うのですが」


 一つの体で器用にやり取りする二人だが、エレオノーラが、何かを思い出したように顔を上げた。


「小僧、少し思い出したことがある。付き合え」


 ランディの返事を待たず、エレオノーラがランディの肩に手を乗せて指を鳴らした。地面から立ち上る光が二人を包み込み――「ちょ、」ランディの抗議だけを残して、二人が消え去った。






 光が収まった後、ランディの視界に飛び込んできたのは崩れかけた遺跡であった。


「どこだ……ここ?」

「大陸の東にある離れ小島じゃ」

「転移魔法、か?」

「まあ、一度行ったことがある場所しか飛べんがな」


 それだけ言うと、ついてこいとエレオノーラは遺跡の中へと躊躇いもなく入っていった。その後をランディが慌てて追いかける。今はエレオノーラが支配しているとは言え、身体はエリザベスのものなのだ。


 武器もなく――持っているのは、ブラックサーペントの皮だけ――大した準備もないのに遺跡の中を進む羽目になったランディではあるが、すぐに異変に気がついた。


「気配はあれど、襲ってはこず、か」


 周囲をキョロキョロと伺うランディに、エレオノーラが自慢気に胸を張った。この遺跡程度の雑魚ならば、エレオノーラの発する魔力に恐れをなして襲ってこないのだと。


(それであの時も襲撃が無かったわけか)


 エリザベスを助け、街へと帰るまで一度も魔獣の襲撃が無かったことにようやく合点がいった。森の浅い場所なら、小物しか出てこないのでエレオノーラを畏れていたのだろう。


 全く緊張感の欠片もないダンジョン探索は、すぐに終わりを迎えた。二人の前に現れたのは、小部屋とその中央に位置する石の棺だ。とは言え棺の蓋は開け放たれ、中に何かがあるようには思えない。


「ここが?」

「そうじゃ。貴様の、いや我らの切り札になるモノを隠した場所じゃ」


 ニヤリと笑ったエレオノーラが、ランディに棺をどかすように言う。この期に及んで罠に嵌める、などということはないだろう、とランディが力いっぱい棺を押した。


「重た……んのやろっ――」


 ズリズリと棺を押しのけるランディを、「おぉ! まさか一人で押してしまうとはの」とエレオノーラが感嘆とともに見つめている。



 わずかに魔力を宿していたエレオノーラを見るに、どうやらランディにバフでもかけてくれるつもりだったのだろう。それならば先にかけておけ、とランディが顔を顰めつつ棺を押す。


 棺があった場所には、小さな穴が空いていた。


「んだこりゃ? 羊皮紙?」


 首を傾げるランディに「スクロールも知らんのか、これだから野蛮人は」とエレオノーラが嘆息しながら羊皮紙を奪い取った。


 二つの羊皮紙を開いたエレオノーラが、「これじゃ」と片方をランディへと放り投げた。そこに書かれていたのは、『生産魔法』という言葉だ。


「古代魔法のスクロールじゃ。魔力を通せば使えるぞ」


 エレオノーラの言葉にランディが頷き、スクロールを起動した――スクロールが光り輝き、その光がランディを包み込む――浮遊感、とでも言うべきか、不思議な感覚がランディを包み、スクロールが消滅した頃には光も浮遊感も無くなっていた。


「これで、貴様も生産魔法が使えるはずじゃ」


 自信満々のエレオノーラは今も、「うむ、もしもの時のために隠しておいて正解じゃったな」と満足げに頷いている。そんなエレオノーラを他所に、ランディは唸り声を上げている。


(使えるってもな……良くわからんのだが)


 眉を寄せたランディが、意図せずステータスウィンドウを開いた。否、開いてしまった。


 そこにはちゃんとスキルの項目と『生産魔法:初心者』の文字。そしてステータスの横に新たなタブが出現していた。その名も『クラフト』というタブ。だが、そんな事よりも……


「貴様、なんじゃそれは?」


 ……ランディには驚くエレオノーラが印象的だった。確かにこの時代、誰もランディのようにステータス画面を表示する事など出来ない。それどころか見ることすら出来ない。だから油断していた。


(マズったか……)


 顔をしかめるランディと違い、興味津々にステータスウィンドウを覗き込むエレオノーラ。「なるほど」「ああ、これは」とブツブツ彼女が最終的に下した決断は……


「珍しい魔法じゃ」


 ……魔法ということだった。どうやら微弱ながら魔力の流れがあるらしく、ただエレオノーラを持ってしても見たことがない不思議な体系らしい。


「魔法、ねぇ」


 眉を寄せながら、ランディはクラフトのタブを弄った。直感的に操作できるそれに従うと……ランディの手の中の皮が輝き、綺麗な革へと変わっていた。


「ちゃんとなめした革になってる……」


 驚くランディに、エレオノーラがなぜが自慢気に頷いている。


「使い込めば、道具も作れるようになるぞ」

「マジでか?」


 勢いよく振り返ったランディに、エレオノーラがビクリと肩を震わせた。まさかの食いつき具合にビックリしたのだろうが、ランディからしたらそれどころではない。


 この力があれば、今まで知識だけで実現できなかったアレやコレが形になるかもしれないのだ。


(こいつはスゲーぞ)


 想像以上の効果に震えるランディだが、「そういえば」と思い出したように手を打った。


「もう一個のスクロールは何だったんだ?」

「ああ。あれはコピーじゃな」

「コピー?」

「左様。魔法をコピーしてスクロールに移す……そういった類のものじゃ」


 スクロールを開いてヒラヒラするエレオノーラを前に、ランディはふとあることを思いついた。


「俺のコレ……コピーできると思うか?」


 悪い顔でステータスウィンドウを指すランディに、「妾もそう思っておった」とエレオノーラが悪い顔で笑った。


 そこからは早かった。ランディのバージョンアップしたステータスウィンドウをスクロールにコピーし、出来た魔法をエレオノーラもといエリザベスに使用する――と……


「ステータスオープン、じゃ」


 ……エレオノーラの前にステータスウィンドウが現れた。しかもちゃんとクラフトのタブ付きで。


「おいこれって……」

「まあ待て」


 興奮するランディに手を挙げて、エレオノーラが即座にエリザベスと入れ替わった。今までのやり取りを見てきたエリザベスも、自分がすべき事を分かっているようで、ステータスウィンドウを即座に開いた。


「ランドルフ様……」


 驚くエリザベスにランディも同じ様に驚いていた。


「……魔力の値、おかしくない?」


 完全に文字化けして読めない魔力の数値。どう考えても自分よりチートな転生者っぽいエリザベスのステータスに、ランディが密かに肩を落としていたのはまた別の話。

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