お粗末ないいわけ
『本当に、ユニヴェールが男爵に近づいたのですか?』
セイフェルトが訊ねたら、『そうです』『間違いありません』と彼女たちは迷いなく応えた。
でもその顔は青ざめていたし、震えていた。
『本当に見たんです!』と繰り返し主張するものだから、鎌をかけてみた。
『男爵は、桃色の髪の少女に会ったことはないと、言っているのですがね』
聖女四人が口を閉ざす。全員が恐怖の顔を俯けて、がくがくと震えた。
たった今の言い分は嘘でした、と言っているようなものだ。
これが神の遣いといわれる聖女かと、失望した。
『クズめ』
冷たく言い放てば、聖女たちは泣いて詫びた。
『申し訳ありませんでした……っ』
『お許しください、大神官様……っ』
『生意気だったので、つい……っ』
『悪気はなかったんです……っ』
ユニヴェールのどの辺が生意気なのか聞きたいくらいだったが、どうせ大した言い訳はできまい。ただの嫉妬なのだから。
しかもセイフェルトの問いかけに自信をもって肯定しておきながら、実は嘘でしたと泣き出すなんてあまりにお粗末だ。大神官への背任行為という罪状を、付与してもいいくらいだ。
「懲罰房……いえ、祈祷室に入ってから、何日が過ぎましたか?」
「二十日です」
それはまた、随分と優しい。
平気で嘘をつく者に許しが必要と、セイフェルトは思わない。いっそ『ムカついたから追い出しましたザマーミロ』と正直に答えてくれたほうが、よほど信じられる。
聖女たちの神聖力を断ち切って放逐しようかとも考えた。しかし、腐っても聖女。神から与えられた力を、たかが人間のセイフェルトが勝手に断ち切ってはならないはず。
ルミエールに対する冒とくに値しそうで、ギリギリ思いとどまっている状態だ。
セイフェルトは胸のうちで嘆息した。
「いいでしょう、出してあげなさい。ただし次はないと伝えてください。もし次に嫌がらせが発覚した場合は、聖力を断ち切ってダンジョンへ追放します。戻ることが許されない階層へ捨てると、忘れずに伝えてください」
筆頭神官長が苦笑いで、「感謝いたします」と部屋を後にした。
(もう少し、厳しいといいのですが)
筆頭神官長を次期大神官と見込んでいる。
しかし彼は、どうにも人に甘い。優し過ぎる。彼の長所であり欠点だ。
まだ若い補佐官が、迷いつつ口を開く。
「今さら言うのは気が引けますが」
「なんです?」
「実は私、ユニヴェールが自死を選んだことがあるのを、知っています」
「なぜ……」
ユニヴェールが自殺未遂をしたなんて、ちっとも知らなかった。
「思いつめた顔で、自ら神殿の屋根から落ちる姿を見ました」
「そんな……あの子が……」
自分でも驚くほどに、セイフェルトはショックを受けた。
「もう、何年も前の話ですが……」
「なぜ、すぐに言わなかったんです……っ」
「伝えようと思いました。ですが、ユニヴェールも知られたくないだろうと」
そうかもしれない。触れてほしくない話題かもしれない。
「それほど思い詰めていた、ということですね」
「私も気にかけていましたが、もっとはっきりと、他の聖女たちを牽制すべきでした」
補佐官にも仕事がある。むしろユニヴェールとは、ほとんど接点がない。
「私の責任です。そこまで彼女が苦しんでいたことに、気づきませんでした」
ユニヴェールは人の意見に流されそうな態度に反して、意外にも周囲を淡々とした冷めた目で見ている。よく見ると、表情をあまり動かさない。
無表情というよりはきょとん顔。なにも考えていません無知です、みたいな無害そうな表情をすることが多い。笑顔でも悲壮顔でも聖女たちの気分を煽ってしまうからだろう。
逃げ場がない神殿暮らしで得た、彼女なりの処世術だったに違いない。
でもあの幼い表情の下に、大変な苦しみを抱えていた。
子どもの苦悩を見落としていたなんて、大人として恥ずかしい限りだ。
「ユニヴェールに、怪我はなかったんですか?」
「幸いにも上手いこと跳ねて、怪我はないようでした。無事に着地したあとは平然と歩いていましたので……私も、声はかけませんでしたが」
「女性のほうが、脂肪が多いと聞きますからね」
それでも跳ねるというのは疑わしいが、無事であったことは幸いだ。
「ユニヴェールが戻ってきたら、今度こそ私のもとで育てます。補佐官見習いとして君の下につけるのも、いいですね」
「彼女でしたら、大神官様のお役に立てると信じています」
今度こそ間違いないようにしよう。
そう思っていたのに、祈願祭の準備で忙しい最中に事件は起こった。
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