消えたギリアン
コンコンコンッ。執務室のドアが手早くノックされる。
「どうぞ」
セイフェルトの若い補佐官がドアを開けるや否や、高位の神官が飛び込んできた。
「大神官様!」
「どう「ギリアン神官長が、消えました……っ」
セイフェルトの声にかぶせるようにして、高位の神官が告げてくる。
「消えたとは、どういう意味ですか」
「国境へ同行した聖騎士曰く、神官長のもとへ来客があり、その二日後に忽然と姿を消したそうです」
「どういう状況……いえ、同行した聖騎士を呼んできなさい。直接話を聞きます」
「はい!」
神官が足早に部屋を辞す。次から次へと、ギリアンはよく問題を起こすものだ。
「筆頭神官長を呼んでください」
「かしこまりました」
補佐官も足早に部屋を出ていった。
しばらくすると筆頭神官長が、遅れること高位の神官が、ギリアンに同行した聖騎士と責任者の聖騎士団長を連れて戻ってくる。
「どのような状況だったのか、まずは客が訪ねてきたところから話してください」
「はい、大神官様。あれは、国境へ赴いて二十日目のことでした」
先触れもなくシルヴェニア帝国の男爵が訪れた。
ギリアンは驚いたものの、自分のために出向いてくれた男爵に感激していた。
大したものがないと恥ずかしがっていたギリアンだったが、男爵が使用人も連れていたしストレージバッグに食材を準備してきていた。目的は、ギリアンとの食事会だ。
楽しく食事をしたいから席を外すようにと言われて、聖騎士たちは退出した。
「誰が、そう言ったのですか」
「最初は男爵です。神官長様もすぐに同意しましたので、我々は部屋を出ました」
「わかりました。続きをお願いします」
「食事が終わったあとも、二人はワインを飲みながら話をしていました。見回りがてら外から窺っていましたが、深夜まで二人で話し込んでいたのを確認しています」
男爵は翌日の昼には帰っていった。
ギリアンは、その日は務めを果たさずなにやや荒れていた。
「荒れていた? 怒っていたということですか?」
「どう申し上げればよいのか……、適切な言葉が思い浮かばず」
「神官長の体面など気にせず、見たままを報告してください」
「では……」
ギリアンは、言葉遣いや所作が普段よりも乱暴だった。横柄だった。給仕として来てくれていた女性がワインを注がなかったとしてグラスを投げつけるほどで、危うく怪我をさせるところだった。
男爵との会話に面白くないことがあったのかと思いきや、嬉しそうに笑っている。
「笑う? どのように?」
「にやにや……、という感じに見えました」
「続けてください」
ギリアンはわざと横柄に振る舞っているように見える。まるで貴族にでもなったみたい。
だが機嫌は悪くなさそうだ。ならば、そっとしておこう。
国境に出向いてからギリアンの機嫌が悪かったこともあり、八つ当たりされたくない聖騎士たちは理由を訊ねなかった。
さらに翌日、昼になってもギリアンが起きてこないため様子を見に行った。するともぬけの殻だった。夜回りはしていたが、夜盗の類は見かけていない。それらしい音も悲鳴も聞いていない。
「ベッドはどのような状況でしたか?」
「眠った形跡はありません。布団も冷えていました」
「ギリアンの荷物は?」
「残っていました。ですが私物なので、なにを持って出たのかはわかりません」
逃げ出したとみるのが妥当だろう。
男爵に、匿ってやるとでも言われたのかもしれない。
「国境付近は森もありますからね。馬車を隠しておくこともできたでしょう」
神聖国は山がほぼない上に、森もほぼない。
それでも国境付近には多少なりと森林地帯がある。身を隠すことくらいはできただろう。
「なんと愚かなことを……」
筆頭神官長が嘆く。彼は、危ういところのあるギリアンに目をかけていたからだ。
バカな子ほど可愛いとは、よく言ったものだ。
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