古代語との親和性

「はい、聖石になりました」

「見事なものだ」

「結界石にしていきます」


 白金色へと変化した石に、今度は呪文を唱える。


 神の言語といわれる古代語を、神聖力を用いて言葉にしていくのだが、普通の人にはなにを言っているのか聞き取れないらしい。ユニヴェール的には、『こっちに入ってくるな、ここにはなにもないぞ、来たら危害を加えちゃうぞ』みたいなことを言っている。


 聖石に巻き付くようにして、文字が刻まれていった。

 刻まれた文字が金色に光っているので、無事に結界石が作れたようだ。


「これを、さらに複数に割ってもらえますか」

「割っていいのか?」

「いくつに分けても、ひとつの結界です」


 シリウスが無言で結界石を眺めた。


「心配ですか? わたしの結界でも、一日くらいは大丈夫だと思いますよ」


「いや……そうじゃない。なぜ神殿は、結界石を売らないのかと考えていただけだ。たとえ一日だけでも、冒険者にとって結界石は命綱となる。怪我を負って動けないとき、睡眠がとれず心が折れそうなとき、一日でも安心して休めたら立て直せることもある。高い金を払ってでも欲しいと願う者は、大勢いるはずだ」


 結界石を見つめるシリウスの瞳は、過去を見つめているようにも見えた。救えなかった命を見たことがあるような、やりきれなさを感じる。


「結界石を作れる人が、少ないからです」

「だが、ユニヴェールは今……」

「はい、作れます」


 シリウスが形よい眉を怪訝そうに寄せた。


「シリウスの話を聞いてからから告げるのは勇気がいりますが……正直に答えますね」


「真実を教えてほしい」


 ユニヴェールはしっかりと頷いた。


「結界の呪文は、誰にでも唱えられるものではありません。どれだけ大きな神聖力をもっていても、古代語との親和性が得られなければ発動しないんです」


「ユニヴェールには親和性がある、ということか」


「わたしは、古代語と相性がいいみたいです。だから使えるんですが……このことも、神殿には報告してません」


 これでは追い出されるのも当然な気がした。


「事情があるのか? 神殿のことを、あまり信頼していないようだが……」

「神殿が悪いわけじゃありません。信頼している人もいます。ただ一部の人が……」


 シリウスが察した様子で「嫌がらせか?」と訊ねてくる。ユニヴェールは応とも否とも示さなかった。


「明かりを灯せると知られてから、神殿中の明かりはすべてわたしに任されました。広い神殿内を五歳児が必死に走って、あちこちに明かりを灯すんです。とんでもなく大変でした。他にもやらなくていい皿洗いや洗濯の仕事もさせられて、聖女っていうか下女です。休日もあってないようなものです。これで古代語との親和性が高いなんて知れたら、もっと大変な目に遭わされます。だから他には何もできないことにしようって、固く誓ったんです」


「大変だったんだな」


「冒険者の方々にとって結界石がそれほど重要だと、考えも及びませんでした。ただ知ったとしても、結界が張れることを神殿に報告したかはわかりません。あれ以上仕事を増やされたら、わたしが死んでしまうので」


 心苦しさはある。しかし、ユニヴェールとて生きていくためには処世術が必要だった。


「今なら作れますよ。神殿とは、もう関係ないので」

「そうだな。期待している」


 シリウスがピッケルで結界石を砕いた。小さなかけらにする。

 それでもすべての欠片に、金文字が施されていた。


「これで、わたしたちを囲います」

「こんな適当でいいのか?」

「たぶん、大丈夫です。結界が発動しているのがわかります」

「ユニヴェールは優秀だな」


 そんなことを言ってくれるのはシリウスくらいなものだ。

 誰にも伝えていないのだから、当然といえば当然だが……。それでも嬉しい。


「でも、ちょっと狭いですね。ふたりで横になったらギリギリでしょうか? もうちょっと広げましょうか」


「い、いやっ、いいんじゃないか? 今日のところは、様子見ということで」


 シリウスが真っ赤になった。

 初めて実用する結界石だし、あまり楽観視しないほうがいいのは確かだ。


「そうですね。今日はこれで様子を見ましょう」

「ああ、責任はとる!」

「なんの責任ですか?」

「けっこ…………魔物とか」


 なるほど、よくわからない。


 シリウスが「なに言ってんだ、俺」と、真っ赤な顔のままで額を拭う。地下だからひんやりとしていて寒いのに、汗をかいているようだ。


「結婚とか早過ぎるだろう、馬鹿め。だが、すでに浅からぬ関係といっても過言では……」


 まるでうわ言のように呟くシリウスは、明らかに様子がおかしい。


「シリウス、熱があるんじゃないですか? 水に濡れましたからね。タオル……お借りしたものですが、早く拭いてください」


「い、いや、熱ではない……っ、いや、ある意味では熱よりも熱いが……っ」

「はあ?」


 シリウスは言葉遊びが好きなの? ユニヴェールは苦手だが。



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