黄金の家がほしい
「わたしは案外と、ダンジョン向きかもしれません」
すっかりと調子にのっているのは否めない。それでも加護が通用するのがわかって満足だ。
ユニヴェールの頭上にふわっとなにかが落ちる。タオルだった。
「こんな状況だというのに、前向きだな」
「お借りします」素直に礼を言って顔を拭く。
「神殿からほぼ出たことがないので、なにもかも新鮮です。もちろん、シリウスが一緒だったから心強かったんですよ。わたしひとりだったら、虫のところで死んでました。シリウスと巡り合わせてくれたルミエール様に、深く感謝いたします」
手を組んで祈る。シリウスが喉を鳴らすように笑った。
「ユニヴェールといると、俺も深く考え込まずにいられる」
それは誉め言葉なの?
でも、少年のように無邪気に笑うシリウスを見たら、どうでもいいことのように思えた。
「今日はここまでにしておこう」
「そうですね。朝からいろいろとあって、疲れました」
ちょうどいい岩陰があったから身を寄せたけれど、囲いがあるわけではない。
剝き出しの状態なので、魔物が目の前を過ぎれ気づかれるだろう。
「俺が見張りをする。ユニヴェールは休んでくれ」
「ダンジョンでは、どうやって休むんですか?」
「ひとりのときは物陰に隠れて、仲間がいれば交替で見張りをする。魔物が、いつ現れるかわからないからな」
「結界を張れば、安全に休めますか?」
シリウスが「張れるのか?」と目を瞠る。
「一応、張れます。ただ聖石が必要なんですが……」
せめて魔石があれば浄化して聖石にできる。
しかし目に映る範囲に、魔石は見えない。
「聖石はないが、魔石なら持っているぞ」
シリウスがポーチから魔石の塊を取り出す。
「わぁっ、すごく大きい!」
不吉なくらい赤黒い石は、ユニヴェールの両腕で包めないほど大きい。
「使ってしまっていいんですか? こんなに大きければ、売れますよね?」
「構わない。この程度なら、よく見かけるからな」
一攫千金を狙う冒険者が多い理由がわかる。
「お城も買えちゃうかも」
「さすがに、それはないな。ネックレスひとつも買ったら終わりだろう」
一攫千金というほどではないらしい。がっかりだ。
「城が欲しいのか?」
「お城っていうか、自分の家が欲しいんです」
「狭くてよければ、家くらい買えるぞ。俺と同せ……同居となるが」
「大きい家がいいので、自分で買います」
そうすれば家を好きにできる。
シリウスが「ああ……うん」と肩を落とした。
「他に魔石を持ってませんか?」
「足りなければ、まだある」
「足りないんじゃなく、片手分くらいでいいんです。わたしでは扱いきれないので」
「だったら、割ればいい」
シリウスがピッケルを取り出して躊躇なく石を割った。
「高値で売れるのに……っ」
割って売るよりも塊のほうが買取価格は高いはず。なぜなら聖石も大きければ大きいほど価値があるからだ。
「聖女なのに、案外と俗物的だな」シリウスが声をたてて笑う。
「もう聖女じゃないので、欲望に忠実でいいんです。わたしはお金持ちを目指します」
「そうだな。それくらい楽観的でいいのかもしれない」
本当に褒められているのか疑わしいけど、ゆるいくらいがちょうどいいと思う。
「わたしは黄金で作った家に住んで、宝石を散りばめたベッドで眠って、シルクで編んだドレスを着て、毎日お肉と甘いものを食べるんです。お金持ちの、贅沢スローライフですよ」
プハッ。シリウスが吹き出した。
「いいな、それ! ぜひとも、俺も住まわせてもらおう!」
「いいですよ。シリウスには瞳の色と同じ、アメジストとサファイアをあしらったベッドを作ってあげます」
「ユニヴェールはどんな宝石にするんだ?」
「わたしは、ピンクダイヤモンドとシトリンです」
「豪華だな」
神殿の抑圧された生活のなかで見た夢は、あまりに強欲だった。
「まずは、魔石を聖石にします」
魔石に手をかざして神聖力を流しこむ。赤黒い石が白金色へと変化していく。鉱石が吸った瘴気を散らすのだ。
「美しいな」シリウスが感心した口調で呟いた。
「神殿のお務めで、毎日浄化石を作っていたんです。わりと苦行でした」
聖石にした時点で浄化石じゃん――――と、子どものころに疑ったことがある。でも浄化石には神聖力が籠められている。浄化石は神官や聖女の代用品みたいなもので、水に沈めておけば聖水となる。
それなのに神殿は浄化石も聖水も市井に売っている。案外と高くて、見つけたときは目を剥いたほどだ。
(ダンジョンだったら、わたしって役に立つんじゃない?)
神聖力を使える範囲が狭くとも、加護が強みになる気がした。
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