絶対防御の力は絶大です

 ポヨーン、ポヨーン。


 さらに数回バウンドしながら転げ落ちていく。


「自力で止まれないのが難点なんですよね」

「いや、そもそも、なぜ跳ねるんだ?」

「考えたことはありませんが……怪我をしないためじゃないですか?」


 それにしても止まらない。むしろ加速している気がする。


「斜面だな」

「坂道――――ッ」


 ごつごつとした岩の地面を跳ねながら下っていく。まさにスライムのようだ。

 なにかに乗り上げたみたいで、ポヨヨーーーンと二人の身体が大きく跳ねた。


 ぽいっと身体が宙に投げ出される。

 坂道の終着点は、断崖絶壁だった。


「ひぃいいいっ……落ちるぅうううっ」


 落ちている途中で小高い山のような岩盤にぶつかった。


 跳ねる身体のせいで、さらにあらぬ方向へと飛ばされる。


 左右の壁にぶつかりながら地階へ下っていく。


 ポヨン、ポヨン、ポヨヨーンと、大きな岩を越えた。


 岩の向こう側はコロッセオのように円形に開けている。


 これなら着地できるかと思った矢先、なにやら蠢くものを見た。


「いやぁああああああッ、虫ぃいいいッ!」


 多足類生物そっくりの魔物が多数、赤い眼でユニヴェールたちを見上げていた。


「俺はここからは戦闘に入る……ッ、ユニヴェールだけでも逃げろ……ッ」


「嫌ですッ、絶対に離しませんッ! 脚がいっぱい生えてる虫が苦手なんです――ッ!!」


 子どものころ、同年代の神官見習いたちから嫌がらせを受けた。多足類の虫を手に追いかけられたのだ。


 最後は投げつけられて虫が顔に張り付いて以来、苦手となった。とくに多足類は見るのも嫌だ。ついでに、同年代の神官も苦手になった。


 だから虫がたくさんいる中でひとり取り残されたら、余裕で気絶する。


「わたしが気絶したら防御も解けちゃいますよ……ッ! わたしが無防備になったら足手まといになっちゃいますからねッ! それでも、いいんですかッ!?」


 半べそで脅せば、シリウスが吹き出すように笑った。


「ならば、目を瞑ってろ。この場を切り抜けてやる。ただし防御だけは解くなよ」

「絶対に解きません!」


「いい子だ」


 耳をくすぐるいい声で言われても、残念ながら今のユニヴェールには届かなかった。


 ユニヴェールは、きつく目を瞑った。


 ギギギギともギィギィと異様な鳴き声がする。間近で耳にしただけで怖気がたつ。


(虫だと思うからダメなの……ッ! 彼らは……ウサギッ、そう、ウサギ……ッ)


 ギギギギ、ギィギィと鳴く珍しいウサギ。

 ウサギの群れにいると想像すれば、心もほんわかする…………わけがない。


「ひぃいいいっ、脚いいっ、脚っぽいのが触った気がする――ッ!!」


 絶対防御アイギスの間は感触なんてないはずだけど、絶対になにかが触った。


 大騒ぎのユニヴェールとは違い、シリウスは冷静そのものだ。


 ユニヴェールの跳ねる身体を利用して、シリウスが回転をつけたり壁を蹴ったりしているようだ。確認したい気持ちはあったけど、ユニヴェールは頑なに目を瞑ったままでいた。


「もう、目を開けていいぞ」


 パチッ。音がしそうな勢いで目を大きく開ける。

 ユニヴェールは長い睫毛を数回またたかせた。


「あれ? また落ちてますね」

「あの数と戦わず切り抜けるには、落ちるしかなかった」


 魔物広場のどこかに、落下ポイントがあったのだろう。

 今度こそ無事に着地したい。

 そんなことを願った直後にバシャーンッと音がして、水しぶきが天使の羽のように広がった。


「川ッ!?」


 川といっても、白波しか見えない激流だ。

 その水面を飛び跳ねる小石のように、ポンポンと跳ねながら進む。


「水にも沈まないなんて、わたしの加護ってすごい……っ」


 自画自賛している場合ではない。


「ユニヴェール、覚悟しておけ」

「なにをですか?」


「これだけの勢いなら、アレがある」

「アレってなんです?」


 シリウスの返事が利く前に、川の終わりが唐突にやってきた。

 ポーンッと宙に投げ出される。


「た……滝ぃ――――ッ!!」


 轟々と唸り声をたてる滝は、瀑布と呼んだほうが適切な気がした。


絶対防御アイギスッ! 絶対防御アイギスッ! 絶対防御アイギス――ッ!!」


 重ねづける必要がないとわかっていても叫ばずにいられない。


 体感的に3階層分くらいありそうな瀑布の終わりは、比較的ゆるやかだった。


 跳ねながら流されていき、川の魔物に遭遇しては群がられ、岩に当たって着地したと思ったところを黒色ウールをもった羊の群れに巻き込まれ、尾が蛇のニワトリっぽいものに嘴でどつかれまくり、かと思えば宙返りをするコウモリに蹴り飛ばされた。


 シリウスが華麗に回避してくれることもあったけど、そのたびに地形の洗礼を受けて……と。


 ようやく落ち着いたころには、満身創痍だった。


「怪我はないか、ユニヴェール?」


「はい。シリウスこそ、怪我はありませんか?」


「俺も怪我はない。服が若干湿っているくらいだな」


 防御の加護が水も撥してくれたおかげで、ずぶ濡れではない。

 2階層から落ちた際に、頭から水をかぶったくらいだ。


「本当に大丈夫ですか? わたし、止血剤と包帯を持ってますよ?」


「治療薬は俺もひと通り持ってる。だが、本当に怪我がない。まだ確信したわけではないが……、ユニヴェールの手が届く範囲内は、加護の恩恵を受けられるんじゃないかと思う」


 範囲を示すように、シリウスが腕で輪っかを作った。


 つまりユニヴェールの加護が他の人にも役立つということだ。


 役立たずと罵った神官長に、今すぐドヤ顔したい気分だった。


「誰かを護るときは、相手を抱けばいいということですね」


「そう、いやっ、相手によっては誤解を与えかねないから、あまり……」


 シリウスがもごもごと懸念を示す。気をつけろと言うことだろう。


「どのような誤解をされようとも、命あっての物種です。これからも積極的に使っていこうと思います」


「……そうだな」


 シリウスが不安そうに眉を寄せつつも頷く。


「ところで、ここって何階層でしょうか? 随分と落ちましたよね?」


「体感的に、25階層くらいだな」


「25階層! 初心者にしては、すごいと思いませんか?」


「経験者だって、訪れる者はひと握りだ」


 これもすべて、シリウスのオーラとユニヴェールの加護のおかげ。

 ユニヴェールはSランク冒険者の自分を再び夢みて、誇らしい気分を味わった。



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