スライムからの攻撃

「今はたまたま見つけたが、石をもっているのは百体に一体と言われている。探す労力に百万メテオは見合わないと思うぞ」


 ユニヴェールは追いかけるのを諦めた。

 シリウスが、スラ石をユニヴェールにくれる。


「地上へ戻ったら、売るといい」

「もらっていいんですか?」

「俺には必要ない」

「でも百万メテオっていったら、大金ですよね?」


 ユニヴェールが五十年ほど神殿にいて、ようやく手に入れられる額だ。


「百万程度では、ドレス一枚も買えないぞ」


 そんなはずない。


 ユニヴェールが買おうか迷ったエプロンドレスは、わずか五千メテオだった。

 SSランクにもなると、百万メテオですらはした金なのかもしれない。


「そういえば、仙桃杏バーサーカーって知ってますか? 桃に似た形の黄色がかった果物で、世にも美味な果実なんですが」

「ああ……本に書いてある、あれか」


 本って、なんの話だろう。


「シリウスは食べたことがありますか?」

「いいや、ない。仙桃杏バーサーカーはダンジョンにあると言われているが、実際に見た奴はいないんだ」


 あれ? ユニヴェールは首を傾げる。

 大神官は食べたことがあるって言っていたのに、どういうことだろう。


「とても深いところに、あるのかもしれませんね」

「もし本当にあるのだとしたら、それはスラ石よりも高値がつくだろうな」

「それはぜひ、探さなければなりません!」


 ダンジョンにはお宝がいっぱいだ。

 他にも、幻と言われるものがあるらしい。


「あっ、砂浜です! これが海ですよね!? 到着したってことですよね!?」


 目の前に広がったのは、エメラルドグリーンの海と白い砂浜だった。


「わあ……っ、海を初めてみました! 青緑色の水がキラキラしてて、綺麗です!」


 ユニヴェールは海を見たことがない。でも目の前の光景は絵で見た『海』そのもの、いいや、それ以上に美しいものだった。


 絶対海に違いないって思ったのに、シリウスが首を振る。


「ダンジョンでは海と呼ばれてはいるが、海水ではないので本物ではない。地下水が入りこんでいるだけだ。砂浜に見えるのは、石灰を含んだ岩盤が年月をかけて降り積もったものだ」


 シリウスが視線を向けた先には、音をたてて入りこんでいる水があった。


「違うんですね……残念です」


 もし海がこれほど近くにあれば、神殿からも見えたはずだ。小高い神殿からは見えるのは果てしなく続く街並みだ。


「水が青緑色に見えるのは、ユニヴェールの明かりがあるためだろうな。俺も……こんなに美しいとは知らなかった」


 エメラルドグリーンの水面を、シリウスが眩しそうに見つめる。その横顔を見て自分も存外役にたつものだと、ユニヴェールも満足気分を味わった。


「でもこの水って、どうなっているんですか? あんなに入り込んできているなら、すぐにいっぱいになっちゃいますよね?」


「岩盤に穴がいて、下層に落ちている。あそこだ」


 砂浜と海の境目に、穴が空いている。大きな穴ではないが、周囲には危険を促すロープが張ってあった。


「近づくな。落ちるぞ」


 ロープの外から覗むけれど、暗くてよく見えない。距離がありそうだ。


 そのとき、お尻にポヨンとなにかがぶつかってきた。スライムだ。危うく前のめりになるところだった。


「わたしを攻撃してるの?」


 ぶつかられても痛くない。つついてみた。

 弾力があってゼリーよりもやや硬い。ベッドや枕にできたら気持ちがよさそう。


「あはは、攻撃されても痛くないですよぉ」


 でも一体、二体、三体……と増えてくると、さすがに気圧される。


「なんで、わたしばかり攻撃するの……っ」


 本能的に、弱いと思われているのかもしれない。


(これでも神界では、狐を相手に拳を交えていたのに……っ)


 ユニヴェールは赤ん坊だったが、仙桃杏バーサーカーを食べたあとは強かった。


 お互いに二本足で立って、しゅばばばっと拳を交えていたし飛び蹴りだってできた。神界では赤ん坊らしからぬことがたくさんできたのに、現世界では人並みというのが残念すぎる。


 後ずさるユニヴェールに、シリウスが叫ぶ。


「それ以上は下がるな……ッ」

「え?」


 振り返ると同時に、ロープに足が引っかかった。尻餅をつくための地面が、なかった。


「ふあっ!?」


 身体が浮遊する。


 穴に落ちたようだ。



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